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第120話 追跡!ヴィル・マクラーレン 二

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 時間は既に一時を回った昼時、商業区を歩いて回ったヴィルとイリアナは何軒か飲食店を見て回った後、意見の合った一店に入店していた。

 そこは商業区でもかなり有名かつ評判な料理店で、同時にかなり値が張る事でも有名な店だった。

 そうして尾行対象が少し遅めの昼食を取るにあたり、フェロー達もまた一旦集まり昼食の時間と相成った。

 まずはその相談からだ。


「さて、それじゃあ私達も昼食の時間となった訳だけれど、どうしましょうか」


「なーんにも考えてなかったね」


「どうすっかな。当然向こうもある程度は店から出て来ないだろうが、一応見張っておく必要はあるしな。かといって交代で取る程時間がある訳でも無し」


「それではあちらの屋台なんかどうですの?」


 バレンシアやフェローがどうすべきか悩む中、どこか楽し気な面持ちのマーガレッタが一つの店を指さして提案する。

 そこは主に肉の串焼きを売っている小さな屋台で、辺りに食欲を掻き立てる匂いを撒き散らしては、誘われるようにやって来る客に串焼きを売り捌いている。

 絶えない客足を見るにかなり盛況なようだ。

 ごくりと唾を飲み込む音が鳴ったのは、一体誰の喉だったのか。


「……いいな」


「アタシもサンセー」


「ワタシもなんだかお肉の口になってきちゃったわね」


 マーガレッタの意見にザックとクレアが同意し、更にレヴィアまでも傾いた事で昼食は手軽に済ませられる串焼きで決定した。

 問題は誰が買いに行くかだが……


「そこはわたくしの出番ですわね」


「マーガレッタと屋台……提案してきたのもそうだがびっくりするくらい合わない組み合わせだな」


 咄嗟にフェローが零した通り、マーガレッタといえば高級レストランが似合うイメージで通っている。

 高級志向であり平民が通うような飲食店、特に串焼きを売っているような屋台など目もくれないだろうと思っていたのだが。

 誰にとっても意外な選択ではあったが、その理由は実に単純なものだった。


「確かに似合わないかもしれませんわね。事実わたくしはああいう店を訪れた経験はありませんし。けれどだからこそ、こういう時くらいは粗野なものも食べてみたいと思うものではなくて?」


「まあ、そんなもんか?」


「そんなものですわ。それから今日のお昼代はわたくしに持たせてくださいな。迷惑を掛けたお詫びではありませんけれど、このくらいはしなくては貴族の名折れですわ」


 そう笑みを湛えた顔で言い残し、颯爽と歩き出したマーガレッタは屋台に着くなり懐に手を差し入れて――


「串焼きを五十本ほど、部位は適当に見繕ってもらって結構ですわ。お代はこれで。残りはチップですわ」


 大金貨三枚を店のカウンターに叩き付け、ふふんと会心の笑みを浮かべてそう言い切った。

 ちなみにこの店では串焼き一本を小銀貨二枚程で販売しており、王国内最大の価値を持つ硬貨である大金貨三枚とは、その小銀貨で表せば三万枚もの価値がある。

 串焼き換算で言えば実に一万五千本、何か大規模なイベント事があったとしてもそれだけの数は売り上げないだろう。

 当然そんな大金を叩きつけられてはいそうですかと懐に入れる訳にもいかず、店主は絶句したまま固まってしまっている。


「ああ、マーガレッタ様。常識に欠ける姿も何と愛らしい」


 こんなポジティブな感想を抱けるのは、マーガレッタに対し並々ならぬ感情を抱くフェリシスくらいのものだろう。


「それでは私はマーガレッタ様のフォローに行ってきます。このままでは折角のお肉を焦がしてしまう上に、注目を集めてヴィルさん達に勘付かれては事ですから」


「あー頼むわ。やっぱマーガレッタ一人に行かせるんじゃなかったな」


 その後、フェリシスのフォローもあって一行は無事串焼きを確保、晴れて昼食にありつけたのだった。


「あら、美味しいですわね。たまには庶民の味を知るのも悪くありませんわね」


「中々に旨いな」


「ちょっとそっちの串くれないか?」


「チョット、それアタシが狙ってたんですけど!」


 思いの他美味しかった串焼きに舌鼓を打ち、一行は腹も膨れた所でヴィルとイリアナの尾行を再開する。

 幸いにもバレンシア達が昼食を食べ終えても二人はまだ店内に居て、イリアナの皿の上にはまだ少し料理が残っていた。

 対してヴィルの皿は綺麗なものだが、相変わらずと言うべきか何と言うべきか、一般男性の食事量を大きく逸脱するであろう数の皿が並んでいる。

 これが初見であったなら見れるリアクションも取れたのだろうが、付き合いの浅い者を除いて既に見慣れた光景だ。


「今日は遠慮してるな」


「ねー。今日はデートだからかな」


「あ、あなた方はそれで良いんですの?」


 その付き合いの浅い数少ない例外がマーガレッタとフェリシスの二人。

 ついこの間、時期的には夏季休暇に入るほんの少し前に打ち解けた二人は、ヴィルと食事を共にする事自体が稀だったりする。

 その為フェローやニアの淡泊な反応にも、それが正しい反応であるのか判断が付かないのだ。


「それにしても、あれだけ食べたにも拘わらず体形は変わらないのかしら?だとしたら羨ましい限りですわね」


「はい。日々体重管理に余念がないマーガレッタ様は勿論の事でしょうが、私としても体型維持には相応の苦労を要しておりますので。マーガレッタ様のお気持ちは痛い程良く分か……」


「フェリシス!それ以上は言わなくてよろしい!!」


 余計な事を言いかけたフェリシスを、マーガレッタは顔を赤くして黙らせる。

 クラスメイトとの距離を改め始めたマーガレッタだが、その付き人的存在であるフェリシスもまた変わり始めていた。

 以前のフェリシスであれば、こうもマーガレッタと距離を詰める事は無かっただろう。

 だが事件を通じて、マーガレッタという一見完璧にも思える人間も不完全であり、また自分がもっと近い距離でマーガレッタを支えても良いのだと気付く事が出来た。

 互いに生来の性格では決してあり得ないが、そうした心境の変化が両者に起きたからこそこうして砕けた付き合いが出来るようになったのだ。


「もう二人共!そろそろ雑談は終わり。ヴィルとイリアナ先輩が出て来るよ」


 尾行中の路地で遠慮無く騒ぐ二人にニアが注意すると、互いが互いを横目で見つつも素直に聞き入れた。

 同じくそろそろ注意しようとしていたバレンシアは先んじて行動してくれたニアに視線で感謝を示しつつ、再びヴィルとイリアナの居るレストランの店内へと目を向ける。

 少し遅れていたイリアナも完食したようで、今は丁度会計のタイミングといった所か。


「お、ヴィルの奴自分で会計持ってやがる。やるなあ」


 財布を出そうとしたイリアナを手で制し、自らの懐から食事代を捻出する事を選んだヴィルにフェローが感嘆の声を上げる。

 男女がデートをする際、食事代を男性側が出すというのは必ずしも義務ではないが、一種暗黙のルールとしてこの世の中に存在している。

 その理由に関しては最早、ここで語る必要もないだろう。

 だがその関係も、互いの身分差がある程度フラットでなければ成り立たないものだ。

 特にヴィルとイリアナのように、平民と公爵という埋め難い差がある場合などは爵位を持つ側が食事代を持つ事が多い。

 その為今回のようなケースも、当然イリアナが奢る事になるだろうと誰もが考えていたのだが、結果は意外な結末となった。


「まさかヴィルが出すなんてね。あそこ結構するんじゃなかったっけ?」


「その筈だぜ。学園からの支給金しか収入源がない俺達にとっちゃ結構な痛手なんだがな……」


「ヴィルはヴィルで入学前、冒険者活動でそれなりに貯金は作ってたからねー。特にお金のかかる趣味も持ってないし」


 そんなニアの説明を聞いて、疑問の解消されたクレアとザックがなるほどと納得の頷きを返す。

 身分の高い側が食事代を出す傾向にあるというのは先述の通りだが、かと言ってその逆をしたとて咎められる謂れはない。

 寧ろ一男性として筋を通した事で、好評価を受ける場合が多いだろう。

 そういった細かい点まで隙のないヴィルという存在に、感嘆を通り越した呆れの溜息が仲間達から吐き出される。


「やっぱヴィルだな」


「そうですね。こういう所がフェローさんよりも女性人気が高い理由なのでしょうね」


「そうだな……って俺貴族なんだが!?もうどうしようもない領域なんだが!?」


「そういう細かな配慮という事よ。それくらい分かるでしょう」


「な、納得いかねえ……」


 何とも締まらないフェローではあるが、それもヴィルと比べればという話であって、彼は彼で女性に対しての気遣いの達者な出来る男であり、容姿もヴィルに勝るとも劣らないものを持っている。

 ただフェローは伯爵家の人間という事もあって、声を掛けるハードルや将来然るべき血筋から嫁を迎える必要がある為に長続きしない、現実的な側面から抵抗があるだけなのだ。

 本人がその事を認識しているかは定かではないが。

 話が逸れた感はあるが、ともあれ店内から出て次の目的地に向かう二人に合わせ、バレンシア達は自然な足取りで再び動き始めた。


 ―――――


 その後、ヴィルとイリアナは午前中と同じように少しの間市場を見て回っていた。

 丁度市場の端から端、出店している店のほぼ全てを見て回った形になるがこの後は一体どうするのか。

 そんな事を考えていたバレンシア達だったが、その答えは直ぐに得られる事となる。

 二人共大通りを離れ、商業区の中央から離れ、人通りを避けるかのように歩き始めたからだ。


「二人共どこに行こうとしてんだ?この先って何かあったっけか?」


「ある程度この街の地理は頭に入れている筈だけれど……特に思いつかないわね」


 フェローの疑問に答えようと頭を捻るバレンシアだったが、しかし具体的な回答を出す事は出来ず。

 頭を悩ませるバレンシア。

 ふと、脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。


「そうね。強いて言うならこの先に王国主導で教育関係の施設の建設予定地があるくらいかしら。けれど幾つかの問題が発生したとかで計画が練り直しになっていたから、本当にただ平らな土地が広がっているだけよ」


「それじゃあなんだ?二人共人目をはばかる事でもしようとしてるって事か?ヴィルも案外積極的な所があるじゃないか」


「あなたとヴィルを一緒にしないで。そんな軽薄な人間じゃない事くらい分かっているつもりよ」


「ん。フェローとは大違い」


「……まあ、その辺りは冗談として?本当にどういう要件なんだろうな」


 理解出来ない二人の行動に尽きない疑問。

 恐らくこの場に居ないニアや、ザックやクレアも二人の意図を測りかねている事だろう。

 或いは気の向くままに歩いているのかとも考えたが、しかしそれにしては歩みに迷いが無さ過ぎる。

 少なくとも明確な目的地があって進んでいるのは間違いないようだ。


「不味いな……もうすぐ建設予定地に出ちまう。開けた場所じゃ尾行するには都合が悪すぎるぜ」


「一旦全員で集まりましょう。皆の意見が聞きたいわ」


 最早複数班に分かれて尾行する意味は無く、全員合流してヴィルとイリアナの尾行を今まで通り継続するか、それとも全員揃って後を付けるか、その判断をしなくてはならない。

 バレンシアがそう切り出した所フェローが頷き、風魔術を行使してニアとザックに連絡を取る。

 この時使用したのは盗聴に使用した『順風耳』の応用、向こうの声が聴けるのなら逆に向こうに声を届ける事も出来るという訳だ。

 程なくして昼食ぶりに九人が集まり、作戦会議を行う事に。

 こちらにはニアが居るという事で、見失う事はまず無いという判断だったのだが……


「あれ?ちょっと待って。ヴィルとイリアナ先輩が足を止めたみたい」


「あん?ってマジじゃねぇか。なんだってあんなとこでつっ立ってんだ?」


 ニアが指さした方角を見て、ザックが驚いた声を上げる。

 それも無理は無い、ヴィルとイリアナは本当に辺りに何も無い空き地で二人、向かい合って何事かを話し合っているのだ。

 見るものも無い、やる事も無い、そんな場所で何故という疑問を抱くのは至極当然と言える。

 のだが……


「……なあ」


「アタシもそう思う」


「おいクレア、俺はまだ何も言ってないんだが」


「なんかいい雰囲気だよね」


「……まあいいけどよ。ニアもそう思うか」


「うん。て言うか、もうこのままキスまで行きそうな、雰囲気で……」


「…………」


 独特の、どこか浮ついた緊張感のある空気が漂ってくる。

 命の掛かった緊張とも、重く圧し掛かるプレッシャーに圧し潰されそうな圧迫感ともまた少し違う、独特の雰囲気。

 見れば二人の目線は合っておらず、どちらも決定的な何かを避けるように互いを見ては、目が合うたびに視線を逸らし合っている。

 それは先日の校舎裏、会話の流れからは想像も出来なかったあまりにも唐突過ぎるデートの誘いとは訳が違う。

 確かに互いが互いを意識しているが故の――告白一歩手前の空気であった。


「――――」


 その状況を見守る誰もが固唾を呑んで見入っている。

 距離こそ離れているがその空気は最早同じ、一挙手一投足を見逃せない決定的瞬間を待ち望んでいた。

 そして遂にその瞬間は訪れる。


「…………」


 向かい合う二人の変わらぬ距離が、ヴィルが一歩を踏み出す事で破られる。

 一歩、二歩と進めれば二人の距離はゼロに、目と目がかちりと音を立てたかのように互いを捉えて離さない。

 女性にしては背の高いイリアナも、ヴィルと相対すればやや見下ろされる形だ。

 そっと、イリアナの上気した頬にヴィルの手が添えられる。

 絡まる視線、二人の世界。

 次第に縮まる唇と唇に、イリアナはすっと瞼を閉じて――


「あ、ダメ……」


 その時声を漏らしたのが誰であったのか、その答えは永遠に得られないまま次の瞬間に霧散する。

 ――ヴィルの身体が反転、空中に向けて掲げた掌に飛来した魔術が直撃し、爆炎がイリアナを巻き込んで二人の姿を覆い隠してしまう。


「おい、何が起こった!」


「分かんない!いきなり魔術が飛んできて爆発して……!けど二人共反応はあるから生きてるよ!」


 手を掲げて衝撃波に巻き上げられる砂塵から顔を守りつつ、状況把握に努めるフェローとニア。

 あまりにも唐突な事態に誰もが混乱し、咄嗟に正しい行動を取る事が出来ずただ見ているだけしか出来ない。

 ――爆心地から新たな衝撃波が放たれ、辺りを覆っていた砂塵が吹き飛ばされる。

 砂塵を払ったのは無傷のイリアナ、手には呪符が握られており、咄嗟の判断にしてはあまりにも早く冷静が過ぎるだろう。

 その傍らには片手を掲げたまま立っているヴィルも居り、同じく無傷のままだ。

 一体何がどうなっているのか、その疑問は、


「――かかった」


 恐らくはそう呟いたであろうヴィルの口の動きによって、一気に解消の動きを見せていくのだった。


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