第119話 追跡!ヴィル・マクラーレン 一
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定期試験を乗り越え、試験の結果発表と順位発表も済んだアルケミア学園は先日終業式を迎え、生徒達は晴れて夏季休暇に突入した。
国内最高峰の教育機関ともなれば学習内容自体の難易度や授業の進行も早く、かなり過密なスケジュールとなっている。
特に一年生ともなれば土台作りとしての基礎教育や身体づくり、更には学園生活への慣れや適応も必要となりかなりの気苦労があっただろう事は想像に難くない。
そんな中で待ち侘びられた夏季休暇の到来に、学園生徒の多くは故郷の実家へ帰ったり友人と旅行へ出かけたりと、各々休暇を満喫すべく動き出していた。
それはアルケミア学園に限った話では無く、学園都市とも呼ばれるここベールドミナに存在する複数の学園でも同様に休暇の時期がやってきており、街に出て見れば普段より活気に溢れた大通りがお目に掛かれるだろう。
だがどこか弛緩した空気漂うベールドミナの一角、暗く寂れた路地に、そんな気配とは無縁の一団がひっそりと息を潜めて通りの様子を窺っていた。
「――目標確認。どうやらヴィルだけ予定よりも早く到着しているようですわね。ニア、あなたのクォントでヴィルは捉えられまして?」
「そっちは大丈夫。ヴィルとは子供のころから一緒に居るからね、いちいち目視しなくても捕捉できるよ。ただ、イリアナ先輩の方は毎回視界に入れないと追跡できないんだけどね」
「その点は心配いらないでしょう。二人で出かける約束をした以上、ヴィルさんとイリアナ先輩が別行動を取る可能性は皆無に等しいと思います。これはデートなのですから」
マーガレッタの問いにニアが答え、それをフォローする形でフェリシスが付け加える。
一学期が終わった以上、制服を着る義務が無い為私服を着る必要があるのだが、ニアとフェリシスは大きく移動する事も考えて動きやすい服装をしてきているが、この炎天下で唯一マーガレッタだけが華美で見た目重視の服装で参加していた。
ふわりと広がるスカートとヒール、見て分かる通り動き辛いのは必至だ。
「デートか……あんだけ告られて気疲れしてたヴィルがなぁ。ヴィルのタイプはやっぱ年上なのか?にしては上級生にも何回か告られてた筈だが」
「ヴィルのタイプか。俺らのグループに男子が少ないってのもあるが、あんま好みの女子の話にならないんだよな。まあ仮になったとしても本当か嘘か分からん要素なんだが。なぁフェロー、自分と同じくらい飯食う人がいいってヴィルの言葉信じられるか?」
「信じられるか!」
ちょっとした悪夢のような光景を想像したフェローが激しくツッコみ、だよなぁと納得したようにザックが苦笑を見せる。
その後方にはクラーラとレヴィアも居り、また路地の入口付近には外に視線を巡らせるバレンシアの姿があった。
バレンシア、ニア、クラーラ、クレア、ザック、レヴィア、フェロー、マーガレッタ、フェリシス、計九人での尾行だ。
こう一カ所に集まってみて見ればやや過剰な人数にも映るかもしれないが、ここから対象を追って行くにつれ数班に分かれる事を考えれば、然程おかしな数でも無いだろう。
ただ人数が増えれば増える程見つかる危険性も高まる訳で……
「ちょっとうるさいわよフェロー。ヴィルに気付かれたらどうするつもりなの」
「あー悪い、つい癖でな」
「次からは気を付けて。ただでさえヴィルの感覚は鋭いんだから、こんな些末事で気付かれでもしたら笑い話にもならないわよ」
それまで大通りを注視していたバレンシアが叱責を飛ばし、静かになった所で外からの注目を集めていない事にそっと安堵の息を吐く。
バレンシアの視線の先、大通りを挟んだ反対側にあるアルケミア学園寮の門の前にヴィルの姿はあった。
夏季休暇に入った事もあってヴィルもまた制服では無く、あまり高価ではなさそうだがそれなりにきちんとした格好でデート相手であるイリアナを待っている様子だ。
現在時刻午前十時、四季のある王国において気温は既に三十度近く、通行人が袖や手拭いで額の汗を拭いている仕草が散見され、それはバレンシアとて例外ではない。
にも拘らず、暑さを感じさせない爽やかな表情で待つヴィルの姿は、彼のイメージから外れず完成されている。
相変わらずどこか人間味の無い人だななどと思いつつ、バレンシアがヴィルの周囲に視線をやっていると――
「来たわね」
「お、ようやくか」
その独り言に反応したフェローが不敵に笑い、その他の面々にも緊張の色が広がる。
ヴィルの待ち合わせ相手であり此度のデートの相手、生徒会長イリアナ・リベロ・フォン・ヴァーミリオンがやって来たのだ。
いよいよ開始となる作戦を前に、静寂の落ちる路地に誰かの固唾を呑む音が響く。
それもその筈、この場の誰も、というよりは大半は誰かを尾けるという行為をした事は無いだろう。
仮にあったとて技術が磨かれている訳でも無し、また完璧な尾行技術を持っていたとすればそれはまともな職の人間ではない。
そして今回初となる尾行、その相手が他ならぬヴィルだという点が大きなプレッシャーに繋がっていた。
ニアの挙げていたヴィルの第六感についての注意点、悪意や害意を極力抑える事。
それに対する具体的な対策は終ぞ決定される事は無かった。
幾つか案が挙がっていたのは確かなのだが、どれも決定打に欠けるものばかりで、中途半端に意識して集中を欠くくらいならば最初から意識しないものとして扱うという結論で落ち着いていた。
果たして無策でヴィルとイリアナ両名の尾行が叶うのか、それは実際やってみてのお楽しみだ。
「よし皆、ヴィル達が出発する前に話を聞いてくれ」
今回の作戦の立案者であるフェローが号令を出し、それに従いその場の全員がフェローの下に集う。
「前に言ってあったとは思うが、これから三班に分かれてヴィルを尾行する。理由としてはリスクの分散や尾行のしやすさだが……まあ今は省くか。まずニア、マーガレッタ、フェリシスの三人。ニアが二人を見失う事はまずないだろうから、ヴィル達とは離れた位置から見張ってもらう事になる。ここの班がヴィル・マクラーレン尾行作戦の要になるからな、三人共頼んだぞ」
「任せて。今イリアナ先輩の魔力も捕捉できたし、絶対に見失わないって約束できるよ」
「わたくしが居ればまず作戦の成功は間違いありませんわ。大船に乗ったつもりで安心しなさいな」
「マーガレッタ様の言う通りです。私も微力ながらお力添えさせて頂きます」
「次にザック、クレア、レヴィアの班。三人にはヴィル達の背後から尾ける形で追ってもらいたいと考えてる。出来るだけ人混みに紛れて歩いてもらう事になるが……出来るか?」
「おう、任せとけ!こん中じゃ一番平民度が高いのが俺とクレアだからな」
「ま、ただ後ろついてくだけだしねー。別に身構えるコトもないでしょ」
「まあ、二人の足を引っ張らないようにやるわ」
「頼んだ。最後に俺、クラーラ、シアだな。俺達はザックの班よりちょい離れた位置から目視で尾行する他の二班の中間みたいな役割だ。何かあれば両班のカバーに向かう。まあ臨機応変にいこう」
「分かった」
「かなり自由なのね。万一他がバレた場合の保険という事なのかしら」
「まあそんなとこだ。よし、それじゃあこんなもんか。じゃあくれぐれもヴィルに気付かれないように――作戦開始だ」
フェローの合図と共に三班はそれぞれの役割に別れ、直接見ずとも位置を把握出来るニアの班を除いた二班が路地から大通りに出ていく。
既にヴィルとイリアナは出発した後、ザックとフェローは目を合わせて頷き合い、尾行を気取られないよう十分距離を保って追いかけ始める。
ヴィルとイリアナを先頭にやや間隔を空けてザック班、その更に後方にフェロー班といった具合だ。
何度も言うようだが、フェロー達に尾行に関する知識や特殊技能は存在しない。
あるのは自分達で挙げた、尾行する上で考えうる限りの注意点に対する対策のみ。
(こんな付け焼刃未満の尾行、とても上手くいくとは思えないけれど……)
それでもやるしかない。
そう自分に言い聞かせ、バレンシアは手を繋ぐイリアナとヴィルの背中を追いながら、薄ぼんやりとした不安と不満とを無理やり意識から閉め出した。
―――――
ヴィルとイリアナが最初に向かったのは、ベールドミナの四つの区の内の一つ。
食料、雑貨、衣服、武具類と、この街で何かを買い求めるならここと言える位にモノが集う、俗にベールドミナの心臓とも表される商業区だ。
特にベールドミナを半ば縦断する形で存在している大通り、商業区と接している辺りでは市場が開かれており、毎日人の流れの絶えない賑やかな場所となっている。
そんな市場は今日が休日という事もあってか、平時より人通りが多く、夏季休暇に入ったと思しき学生の姿も多数確認された。
人が増えれば増える程、尾行するバレンシア達にとっては都合が良い。
人通りが多ければそれだけで視線を遮る壁となり、極めて優れた容姿を持つ二人が注目を集めれば集める程、自分達の向ける視線もまた紛れる。
木を隠すなら森の中ではないが、これだけ好奇の視線が集中していればそうそう気付かれる事も無いだろう。
実際ヴィルとイリアナに気付いた様子は無く、二人はまず市場を見て回る事にしたようで、歩きながら露店を指さして何事か話したり、興味本位に店に立ち寄っては気に入った品を購入しているようだ。
楽し気に会話しながら、時折笑みを交換し合う二人はバレンシアから見てもかなり上手くいっていて、既に付き合っていると言われても違和感が無い程度にまで親しくなっている様子だった。
「へぇ、案外上手くいってるもんだな」
「そうね」
「別に二人共他人との会話が苦手な方じゃないが、先輩と後輩、それも公爵令嬢と平民であそこまでやれるなんてかなり相性が良いのかもな」
「かもしれないわね」
「告白を受け入れた事といい、こうやって楽しそうに話してるのを見るとここまま付き合うんじゃないかって思っちまうよな」
「どうかしら」
わくわくした表情で話しかけて来るフェローに対し、バレンシアは返事こそ返すもののどこか気もそぞろといった有様だ。
何かしら考え事をしているのだろうか、そんな風に考えながらフェローは露骨に呆れた溜息を吐く。
「おいおいシア、聞いてんのか?ずっとクラーラみたいな返事しかしてないぞ」
「……そうだったかしら。なら返事としては十分ね」
「ん。わたしの返事は完璧」
「いやいや、クラーラのは欠陥だらけだろ」
相変わらず無表情で分かりずらいが、心なしかしゅんとした様子のクラーラをよそに、フェローは仕方なさそうに再び溜息を吐く。
「どうしたよ。そんなにヴィルとイリアナがくっつくのが気に食わないのか?」
「そんなのじゃないわ。ただ、そうね……イリアナが本気でヴィルと交際するつもりがあるのか疑問に思っただけよ」
「疑問?あんなに上手くいってるように見えるのにか?」
「だってそうでしょう。いくらヴィルが優秀とはいえ平民は平民。決して身分の低い人達を悪く言うつもりは無いけれど、公爵家の一人娘、それも既に当主の座を継いだ人間と釣り合うとは到底思えないわ。その事はフェロー、私達が一番よく分かっているでしょう」
「それはまあ、な」
「それならイリアナ、ひいてはヴァーミリオン家が戦力や有用な人材としてヴィルを欲していると言われた方が余程納得できるわ。ヴィルの恋愛感情を利用してね。けど」
「それが分からないヴィルじゃない、か」
平民と貴族、身分の異なる男女二人が恋焦がれ、求め合い、様々な障害を乗り越え結ばれる物語というのはありふれたもので、劇的で人々の憧れを掻き立てる王道ではある。
しかし現実はそう甘くない、大概は悲恋で幕を閉じるか、そもそもが恋愛にすら発展せず幕が上がらずに終わるかだ。
下級貴族ならまだしも、仮に叙勲を受ける程の貢献を国にしたとしても上級貴族、それも裁定四紅の当主ともなれば絶望の一言しかない。
運良く両想いが実り交際までこじつけたとしても、周囲の人間は卒業後に別れる事になるお遊びとしか認識しないだろう。
だがその結末を分かっていて付き合う二人ではない事は、バレンシアもフェローも知っている。
或いはバレンシアの言った通り、能力目当てと言われた方が納得出来るというものだが、勝手知ったるイリアナの性格から外れる上に、ヴィルがそうした強い情念を持つ姿は想像出来ず、また持っていたとて利用される姿など全くと言って良い程イメージが湧かない。
――だがもし、ただ本当に二人が両想いで、抗えない運命に逆らおうとしているのならば……
「そんなの、認められる筈が無いわ」
そっと呟かれた一言は、誰の耳に届くでも無く街の喧騒に消えて行った。
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