第118話 ヴィル・マクラーレンのスキ 四
初心者マーク付きの作者です
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ヴィルがイリアナを週末デートに誘った。
その一文はバレンシア達に多大なる衝撃をもたらした。
「え……?」
「ウッソー!?」
「マジでか!?」
ヴィルとイリアナがデートと聞いて呆然とするバレンシアに続くように、リリアとザックが驚愕の声を上げる。
二人の反応はその他の面々も共有する所で、概ねその大きさも同じだった。
「ちょっとフェローどういうコト!?どういう流れでそうなったワケ!?」
「待て待て落ち着けクレア!俺にも何が何だか……。取り敢えずもう一回ちゃんと聞いてみ……何ぃ!?オーケーだとぉ!?」
「「「「「!?!?!?!?」」」」」
フェローの悲鳴にも似た報告に、その場の全員が目を見開いて言葉を失った。
ヴィルがイリアナを週末デートに誘い、その誘いをイリアナが承諾する。
それは生徒会副会長イリアナを知る学園の生徒からも、貴族令嬢イリアナを知るバレンシア達貴族からしてもあり得ない事だった。
前者の場合は己を律し恋愛などに現を抜かす事が無いというイメージが理由で、後者の場合はヴァーミリオンの当主を継いだ時点で、そう遠くない未来に然るべき地位にある貴族と婚約する事になるだろうという予想が理由だ。
それがこのタイミングで、いくら優秀とはいえ平民であるヴィルと付き合う意味がない。
或いはヴィルを自らの陣営に引き込もうと画策しているのかもしれないが、あのヴィルに通じるとも思えず、またイリアナをそういう類の人種ではない事も明らかだ。
ともあれともあれ、今は残りの会話を聞き取るのが先決。
何かの間違いか手違いかもしれないし、フェローの聞き違いか勘違いの可能性もある。
そんな期待にも似た感情を基に、その場の全員がフェローの下へ殺到した。
「フェローどういう事なの?そうなった経緯を詳しく説明なさい」
「ね、ねえちょっと!どうなってるの!?」
「よもや盟友とかの生徒会副会長が斯様な仲だったとは、な……。して、続きはどうなっている?おい、続きは……」
「冗談ですよね?フェローくんのへたっぴな冗談なんですよね?ネタばらしするなら今ですよ」
「だー、うるせー!!お前らが喋ったら余計聞き取りづらいだろうが!ただでさえ一人じゃ精度悪いってのに……。くっそ、外の風が強くなってきて碌に聞こえねぇ……!」
本来『順風耳』という魔術は、必要魔力量や数人で行使しなければならない点を除けば、およそ欠点らしい欠点の無い魔術である。
現在フェローが直面している盗聴精度や強風による音の混濁も、集団が注ぎ込む魔力やキャパシティ次第でどうにでもなる問題だ。
しかし個人で運用出来てしまうフェローにとって、既に全力を込めている状態からそれ以上を求められても、無いものは出せない。
集団魔術の個人運用という過去に例の無い強みを持つフェローにとって、唯一の欠点がこれだろう。
そうしてフェローが自然環境に妨害され苦戦する間にも、黒板に映る映像の中ではヴィルとイリアナの会話が続けられている。
しかし『順風耳』が機能していない以上、この映像も殆ど意味を成していない。
つまりは作戦失敗だ。
「ちくしょう、せめてこの場に読唇術を使える奴が居てくれたらカバーも出来たんだがな……」
「流石にそんな特殊技能を求めるのは酷というものでしょう。そんな技、その手の世界に精通している人以外持ち合わせている訳がないわ」
「いやぁ惜しかったね。ヴィルなら読唇術も使えたんだけど、今回はあっち側だからさ」
「「…………」」
何でもないかのように言い放ったニアの発言に、直前まで話していたフェローとバレンシアが気まずそうに目を逸らす。
まさか読唇術などという奇特な技術を会得した人物が身近に居て、それも盗聴の対象者が該当するなど誰が予想出来ようか。
他ならぬヴィルであるからこそ読唇が出来ても驚かず受け入れられるが、二人共冗談交じりに言っていただけに、教室に何とも言えない微妙な空気が流れる。
そうこうしている内にヴィルとイリアナの方は会話が一段落着いたようで、続けて話しながらリリアの投影が映す画角から外れて行ってしまった。
そうしてヴィルが用事を終えたという事は即ち、そう遠からずヴィルがSクラスの教室に戻って来るという事。
特に約束はしていないとはいえ、普段であればSクラスの教室で待っているだろうバレンシア達は今直ぐにでも戻った方が良いのだろうが、誰一人としてそれを提言する者は居なかった。
ここで問うべきは一つ、やるかやらないかだ。
場に停滞する沈黙を最初に破ったのは、この作戦の立案者でもあるフェローだった。
「……この中に週末、予定が空いてる奴は居るか?」
「うちはムリかな。知り合いの貴族のパーティーに出席しなきゃだから。おんなじ理由でクロゥもね」
「然り」
「わたしは少し実家に用がありまして、力になれそうにないです、ごめんなさい」
「私は問題無いけれど、流石に休日の街中で友人を尾行するのは気が咎めるわね」
リリア、クロゥ、アンナがこの時点での離脱を宣言する。
貴族である彼女達は、学園が休日であるからといって何時でも予定が空いているかと問われれば否だ。
バレンシアのように全員が全員そうという訳では無いが、家の用事や貴族同士の付き合いと多忙な生徒は珍しくない。
であればフェローの要請に応えられるのは、用事の無い貴族か或いは……
「アタシもザックも毎週暇だから行けるわ。ヴィルにバレないように尾ける自信は全くないケドね」
非貴族、即ち平民であるクレアやザックといった面々だけだ。
これである程度人手の問題は解決した形になるが、それと同時に尾行する上で最大の問題が浮上する。
今現在フェローが頭を悩ませているのもその事で、
「そこなんだよなぁ。ヴィルの奴ありえんくらい感覚が鋭いからな、生半可な技術じゃ気付かれる可能性は十分ある。その辺り、幼馴染である所のニアはどう思う?尾行の成功率はどのくらいか」
「う~ん、かなり厳しい気はするけど、まあやりようはあるんじゃないかな?」
「と言うと?」
「ヴィルの第六感みたいな感覚って、殺意とか敵意みたいな、悪意とか害意に敏感みたいなんだよね。だからそういう部分を抑えて追って行けば、もしかするともしかするかもしれないかなって」
「なるほど。つっても、どこからどこまでが悪意なのか、どうやってそれを抑えるかが問題だな。興味本位で見てるだけなら大丈夫か?」
などなど、その後も様々な考察を重ねるも所詮は机上の空論、実際に試してみなければ効果の程は知りようがない。
更に言えば挙げた数々の方策も、本当にあのヴィルに通じるかと問われれば疑問が残る。
フェローの質問に答えたニアの、まあダメもとでやってみてもいいんじゃない?とでも言いたげな苦笑の表情を見れば、ヴィルを尾けるというのが如何に無謀な試みか理解も及ぶというものだ。
ヴィルがどうかは分からないが、大抵の人間は自分が尾行されていたと気付けば不快な気持ちにもなるだろう。
フェロー達にとってヴィルは大切な友人だ、そうした悪感情を抱かせるのは望む所ではない。
とはいえ、それはそれとしてヴィルの恋路は気になる悩み所。
いやはやどうしたものかと、そんな風に考えていた時だった。
「――話は聞かせてもらいましたわ!」
バンと勢い良く扉が開け放たれ、それに驚いた教室内の視線が一斉に入口の方へと向けられる。
そこに居たのは自信に満ちた美貌、輝く金の縦ロール、華美に改造された制服を着こなし控えめな胸を張る立ち姿、その姿を知らぬ者はこの学園には居ないだろう。
言わずと知れたアルドリスク公爵家のご令嬢、マーガレッタその人だ。
ちなみにその脇にはフェリシスも控えていたのだが、マーガレッタの威光を遮るまいと陰に徹していた為か気付いた者は少ない。
「話は聞かせてもらいましたわ!」
「いやその台詞はもう聞いたが。というか何だってこんな空き教室に居合わせてるんだよ。まさか尾けてたのか?」
場の全員を代表してフェローがそんな疑問を呈するが、当のマーガレッタはというと、
「尾けてただなんて心外な。わたくしはただ、Sクラスの教室からぞろぞろと出てきたあなた方を見つけたので追ってはみたものの、途中で見失ってしまいしらみつぶしに探していた所に賑やかな声が聞こえて途中から聞き耳を立てていただけですわよ」
「それを尾けていたというのよ」
ツッコむバレンシアが頭に手をやって呆れる中、誰の許可も得ず堂々と教室へ入って来るマーガレッタと後ろ手に扉を閉めるフェリシス。
「ちょっと!何勝手に入って来てるワケ?アタシら誰も歓迎した覚えないんだけど」
それを見たクレアが慌てた様子で叫ぶが、
「教室の外で問答をするのがお望みでしたらそうしますけれど、今はバレたくない相手も居るのではなくて?」
「なら出て行けばよかったでしょ。こっちにはその問答をする意思が無いって言ってるの」
「そう強く当たらないで下さいまし。別に嫌がらせをしようという訳ではありませんわ。ただクラスメイトとして、仲良く同じ悪だくみに混ぜて頂きたいだけですのよ」
およよとわざとらしく傷ついた風に振る舞うマーガレッタに、当然胡散臭いものを見る視線が複数集まる。
マーガレッタといえばプライドが高く高圧的で、よく仲の良い貴族同士で集まって談笑している姿こそ目撃されていたが、今のようにクラスの誰かと交流を持とうとしている姿は誰も見た覚えが無い。
普段の態度や性格からしても、今のマーガレッタは少々不自然だ。
何か企んでいるのではないかと疑われても無理は無い。
唯一事情を知るニアを除いて、という枕詞の付く話ではあるが。
「仲良くですって?あなたが?とてもではないけど信じられないわね」
「ええ、ええ。わたくしも少し前ならこんな事は言い出さなかったと思いますわ。けれどわたくしは変わりましたの。フェリシスとニアと、そしてヴィルのおかげで」
「ニアと、ヴィル……?」
「わたくしがヴィルに人の精神に干渉する魔剣から助けてもらった事はご存じでしょう?その時に救われたのはこの命だけではありませんでしたわ。それと同時に心も救われた……有体に言えば改心しましたの」
視線を伏せ気味に胸に手を当てるマーガレッタはらしい雰囲気こそ纏っているものの、改心した等と言われてもとてもではないが信じられるものではない。
口では何とでも言える上に心変わりは所詮一過性のもの、更に言えばその心変わりとやらも真実である保証は何処にもないではないか。
確かに例の事件は魔剣のせいだったかもしれない、その件はヴィルやニアたっての願いにより許され復学も叶った事であるし、この場の誰も今更追及するつもりは皆無だ。
だがだからといって、傲慢さが目立つあのマーガレッタを好き好んで自分のグループに入れようという生徒もまた居ないだろう。
それだけマーガレッタという人間の好感度は低いという証左だ。
けれど……
「わたくしはこれまで、わたくしが強い人間なのだと信じていましたわ。自分が最も優秀であり、誰の助けも必要としないのだと。けれどそれが思い上がりだと、他ならぬ助けてくれたヴィルに思い知らされましたわ。人は一人では生きられない、そしてそれはわたくしも例外ではないと、そう。ですから今更と思われるかもしれませんけれど、どうかわたくしを仲間に入れて下さいな。この通りですわ」
――それは一人の貴族令嬢として手本とすべき、洗練され気品に溢れたお辞儀だった。
腹の上に両の手を重ね腰を折る姿は美しいが、そう見える理由は何も格好が型通りに整っているからというだけではない。
それは恐らくマーガレッタが心の底から思った、彼女の本心がそのまま込められていたからだ。
出来事の大きさに拘らず、たった一つの事象が人の心を変えるという事はまま起こりうる。
きっとマーガレッタと魔剣を取り巻く一連の事件が、マーガレッタにとっての大きな転機となったのだろう。
プライドの高い彼女がこうも容易く頭を下げる程に。
「あたしはいいと思うな。あたしはマーガレッタがどれだけ後悔して反省したかを間近で見たし、みんなも許して、信じてあげて欲しい」
「ニア……」
テスト前、マーガレッタが復学してきた時と同じように説得してくるニアに、それまで忌避感を抱いていたバレンシアやクレアといった反対派も、少しずつ心を動かされていく。
グループに対し微笑みかけるニアは先日の事件の最大の被害者と言っても差し支えない立場にあるが、他ならぬその彼女がマーガレッタを受け入れようとしているのだ。
「はぁ、仕方ないわね。ニアがそこまで言うのなら私もマーガレッタの参加を認めるわ。個人的には色々と思う所もあるのだけれど……私個人の感情で迷惑を掛ける訳にはいかないもの」
「シアはそれでいいのね?アタシとしては復学はさておいてさ、そうすんなりつるむコトまで認めるのは癪なんだけど……」
「なんだけど?」
「シアがそう言うならアタシが一人であーだこーだ言うのもなんか違うじゃない?あんまりしつこく言ってニアに嫌われるのもなんだし」
「もう結構いろいろ言ってるけどね」
「そこは、ほら……ニアのためを思ってってコトで」
妥協の末、バレンシアが認めた事でつられるようにクレアが認め、クラーラやクロゥは言わずもがなその他の面子もそれに合意する形でマーガレッタとフェリシスは迎え入れられる運びとなった。
しかしそこに至るまでの過程を見れば分かる通り、全員が全員ニアやリリアのように快く承諾した訳では無い。
ヴィルの言う通りという訳では無いが、当人が許したのであれば周囲が頑なに騒ぎ立ててもみっともないだけだろうという判断の下、マーガレッタの加入を容認したに過ぎないのだ。
果たしてこの判断が吉と出るのか凶と出るのか。
「ま、こっちとしても人手が多いに越した事はないからな、協力してくれるなら異論は無いさ。それで?話は聞かせてもらった!的なノリで入って来たんだ、そっちにも何かしらの策があるんだろう?聞かせてくれ、ヴィルの超感覚をすり抜ける作戦ってやつを」
「……?わたくしそんなもの持ち合わせておりませんわよ?」
「じゃあ何であんな登場の仕方した!?」
マーガレッタという不安要素を迎え入れ、ヴィル・マクラーレン包囲網は着々とその準備を整えていくのだった。
尚――
「…………」
大量の荷物が残されたSクラスの教室で、イリアナとの一件を片付けて戻ったヴィルが一人立ち尽くしていた事を最後に記しておく。
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