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第117話 ヴィル・マクラーレンのスキ 三

初心者マーク付きの作者です

暖かい目でご覧ください

 

 クロゥの証言で発覚した衝撃の事実、校舎裏へ消えたヴィルと生徒会副会長のイリアナ。

 放課後のSクラス内で行われていた直前の会話から、それが告白イベントだと断定したバレンシア達。

 年頃の生徒達がそんな面白そうなイベントを見逃す筈も無く、電撃的な閃き以て提案されたフェローの提案に全員が迷い無く賛同した。

 その悪魔の提案の内容というのが――


「盗視と盗聴ですって?」


「そうだ。普通なら異様に感覚が鋭いヴィル相手にはどっちも通用しないだろうが、俺とリリアが居ればそれが出来る。安心しろ、絶対にバレん大丈夫だ」


 訝し気に問うバレンシアに対し、作戦の発案者であるフェローは自信満々に胸を叩いて見せる。

 普段であればフェローのこんな言葉等真偽を問う事すら無く切り捨てるバレンシアだが、今回は事が事である。

 これまでありとあらゆる告白を断ってきたヴィルが、今回は彼から誘う形でイリアナを呼び出したのだ。

 ヴィルの友人としてもイリアナの同輩としても、気になってしまうのが人の心情というもの。

 あまりこう俗物的な真似をするのは気が乗らないのだが、今回ばかりは己が信条を曲げてでも乗ってみようかと一考する。

 ただフェローの言う絶対にバレないという点には疑問が残るが、仮に露見してしまったとしても寛容なヴィルであれば許してくれるだろうとも思う。

 そうしてバレンシアが一人考えを巡らせている裏で、続々とフェローに賛同する声が上がっていく。


「俺はフェローに賛成だぜ。どんな手であれヴィルの恋バナを聞けんのは面白そうだ」


「アタシもサンセー。あの完全無欠のヴィルがどんな告白をするのか、確かめてやらなきゃね」


「ヴィルが誰かに告白する姿なんて想像できないけど……まああたしも興味はあるかな」


「ワタシも異論無しよ」


「わたしは、そういうのあんまりよくないと思います。え?いやいや!ごめんなさいわたしも気になります混ぜてください!」


「賛成」


「うちもさんせ~」


「今世の盟友が如何様な判断を下すのか……余興がてら盗み見るのも悪くはないな」


 皆それぞれに自分の立ち位置を表明していくにつれ、自然と未だ一言も発さないバレンシアへと視線が集まっていく。

 無言で問われるバレンシアはこれ幸いと分かりやすく溜息を吐き、あくまで場の空気に合わせて賛同するのだという姿勢を見せつつ答える。


「仕方ないわね……。それで?一体どうやってあのヴィルの警戒を掻い潜るというの?具体的な方策を教えて頂戴」


「よくぞ聞いてくれたシア。全員賛成って事で早速作戦概要を説明するぞ。流れはこうだ!」


 全員の賛同を得られた事に満足感を得た笑みを浮かべつつ、フェローは作戦の第一歩としてニアに目を向ける。


「ニア。確かニアは予め認識しておいた特定の人物の位置を大まかに知れるんだったよな?その能力でヴィルか副会長の位置は分かるか?」


「うん。ヴィルの方なら分かるかな」


「よし、これで作戦の第一段階はクリアだ。次にリリア」


「うち?」


「ああ。リリアの光属性魔術なら離れた場所の景色を別の場所に投影出来るよな?あれはどのくらいの距離まで可能なんだ?」


「う~ん……まー詳しい位置さえ分かれば学園の敷地内は大体見えるよ。ただ設置型の魔法陣が用意できないからかーなーり粗くなるけど、それ以外はバッチリ任せろ!」


「バッチリ任せた!で、第二段階まで来れば後は簡単。俺が『順風耳』で音を拾えば作戦は完了。離れた場所からヴィルの様子を観察出来るって寸法だ。どうだ?案外ちゃんとしてるだろ」


 説明を終えたフェローがドヤ顔で鼻を鳴らすと、真っ先に反応するバレンシアが口を開き、


「……そうね。フェローの立てる作戦というものに全く期待していなかったから、正直驚いているわ」


「本当正直だなおい……」


 さらっと酷い事を言われたフェローが若干落ち込むが、その内容が褒められていると遅れて気付き再び自信に溢れた笑みが戻る。

 確かにフェローの立てた作戦であれば、普通に盗み見るよりは気付かれる可能性は低くなるだろう。

 問題は盗視と盗聴に使用する魔術や魔力の痕跡で、ヴィルやイリアナに勘付かれやしないだろうかという懸念こそあるが、そんな事を言っていては元も子も無い。

 こちらはリスクを承知で臨むのだ、細かい事は気にしていられない。


「さて、そうと決まれば善は急げだ。二人の会話が終わらない内に覗かせてもらうとしようぜ!」


 斯くして、フェロー主導の下綿密な作戦が立案され、ヴィルの恋愛事情を覗き見る悪辣な企みは実行に移されたのであった。


 ―――――


 ――魔術には、魔力で以て世界の事象を書き換える通常の魔術と、魔術で世界を書き換えた事象で以て現実に干渉する物理魔術とが存在する。

 両者に細かな差異や過程の違いこそあれど、大枠としては魔術に分類され一つの分野として扱われる事が多い。

 ここで魔術と物理魔術の違いについて、最も分かりやすい火属性で、かつ手の中に炎を発生させ離れた対象を燃やすという条件の下解説しよう。

 先ずは前者、通常の火属性魔術からだ。

 こちらを行使した場合過程は単純で、ただ掌の上に炎を発生させるだけで済む。

 しかしここで注意しなければならないのが、この時生成された炎はまだ現実に確定していない仮想の炎だという事だ。

 火属性魔術で生成された炎は厳密には『対象を燃やす領域』であり、対象の可燃物にぶつかって初めて現実に火と温度が定着するのだ。

 故にこの場合炎が揺らめいて見えるのは領域に重なった空気を燃やしているからに過ぎず、正確にはまだ炎とは呼べない代物なのである。

 対して火属性物理魔術の場合、『対象を燃やす領域』を構築する所までは通常の魔術と同じで、異なるのはこの先にもう一工程存在する点だろう。

 こちらは掌の上で空気を燃やしてそのまま炎を発生させ、更に現実に生じた炎という存在を魔力で増大させた上で対象に向けて放出するのだ。

 両者は燃やすという結果は共通でしかし過程のみが異なっており、一見すれば工程の少ない魔術の側に軍配が挙がるようにも見えるかもしれない。

 だがそれは誤りであり、魔術と物理魔術にはそれぞれ利点と欠点が存在しているのだ。

 前者の場合射程距離や魔力効率に優れているが、世界に定着していないが為に情報の補強に魔力を必要とし、また現実に確定するまでの威力に乏しいという欠点も併せ持っている。

 対して物理魔術は工程が一つ多い分魔力効率が悪く、現実の事象であるが故に射程に劣る部分があるが、同時に威力が高くなり易く世界に定着しているが為に相手視点で防御が難しいという利点も併せ持っているのだ。

 勿論これらの長所短所は一般的な傾向であり、魔術師の特性や使用する魔力量によって左右され補える点も多くある。

 だが魔術と物理魔術、この二つに明確な違いがあるという事だけは知っていてもらいたい。

 そしてその違いが身近な所に存在しているという事も。

 ――とある教室内にて、ささやかな光が集まった数人の顔をぼうっと照らす。


「「「おお~」」」


「う~んここら辺……もうちょい奥かな?」


「いや、もうちょっと手前だね。その近く……あ、今の花壇のちょっと左くらいかも」


「んお、いたいたビンゴっ!よしよし、あとは明度と解像度を上げていけば……」


 場所は三階空き教室へと拠点を移したフェロー達は、早速ヴィルとイリアナの密談を盗み見るべく作戦を実行に移していた。

 作戦の第一段階であるニアによる二人の位置把握と、第二段階のリリアによる投影魔術により、教室内の黒板に映像が映し出される。

 何事か話しているらしい二人の映像はかなり粗い代物ではあったが、盗視という褒められた行為でない以上妥協すべき点だろう。

 そしてこの第二段階、ニアの位置把握はクォント『魔力感知』によるものであるからして説明を省くが、リリアの投影は先の解説とも関連する為説明しておく。

 リリアの投影魔術は属性の系統に分類すると、光属性魔術という大枠に当てはまる魔術だ。

 術式の内容としては対象の座標を第二の視点として設置し、その座標から見た光景を映像として任意の場所に投影するというもの。

 主な用途は偵察や諜報であり、戦争時に戦場を俯瞰する目的で開発された軍事用大規模術式、その縮小版である。

 規模を抑えているとはいえ行使にはそれ相応の才と技能を必要とするが、そこはヴォルゲナフの血を継ぐ貴族、この程度の距離であれば設置型魔法陣すら無しに軽々発動出来るようだ。


「グッジョブだぜニア、リリア。あとは音だけだな。失敗は出来ねぇぜ、俺」


 無事黒板に映し出された映像を見つつ、覚悟を決めるように口元を笑ませるフェローがそう呟く。

 皆自分が提案した作戦に乗ってくれたばかりか、ニアとリリアに至っては手まで貸してもらったのだ。

 ここで不甲斐無い結果を出す訳にはいかないという、妙な責任感を胸にフェローが魔術を行使する。

 ――殆どの窓を閉め切った教室内に、前髪を撫ぜる程度のささやかな風が渦巻いていく。

 扉も閉まったこの教室の隙間といえばたった一つ空いている窓だけで、それもほんの僅かな隙までしかなく、今日の風はそれ程強くはない。

 誤解のしようも無いだろうが、これはフェローの魔術によるものだ。

 フェローの適正は風属性物理魔術、であれば行使する魔術もまた同じ。

 彼の生まれ育った家であるフロストリーク伯爵家は代々優秀な風属性魔術師を輩出する名家であり、また抱える魔術師の特性やその役割から『順風耳』の異名で呼ばれている。

 そも『順風耳』とは一つの魔術の名称で、この異名が付けられた理由は彼らがこの魔術を好んで行使しているからだ。

『順風耳』――リリアの投影魔術と同じく偵察と諜報を主な用途として開発された集団魔術であり、しかしその目的は投影が戦時中であるのに対し、こちらは暗闘を想定して編み出されたという違いがある。

 術式の内容としては元から存在する空気を操り、不可視の円筒状の道を形成、離れた位置から対象の会話や音声を盗み聞くというもの。

 この魔術は発動に複数人を必要とし、かなりの消費魔力である代わりに隠密性が極めて高く、一流の魔術師相手であっても魔力の残滓を気取らせない利点がある。

 フロストリーク家は優秀な風属性物理魔術師を多く抱え込んでおり、安定してこの魔術を運用可能な事から、王国における最高の諜報部隊として、敬意を込めて術式名である『順風耳』と呼ばれているのだ。

 ――そして、そのフロストリーク家に生まれた麒麟児と名高いフェローは、集団魔術である『順風耳』のたった一人での行使を可能としている。

 それは異才であり異例であり、異常だ。


「けど実際に使えるんだからしょうがねぇよな。別に狡い真似してる訳でもなし」


 頬を微かに歪ませ、自嘲気味に口の中だけで呟かれた声は音にはならない、それは只の独白だ。

 幼少から異才だ天才だともてはやされ、家のお偉い方にも長男を差し置いて次期当主の座が相応しいと認められていた。

 その結果兄弟仲は見るに堪えぬ状況となり、残ったのは年を食っただけの爺達の称賛のみ。

 誰が好き好んでそんな無価値を欲するものか。


「ただまあ、顔が良くて魔術も使える。そのお陰でモテたのは人生得だったな」


 再びフェローの頬が歪むが、今度ははっきりとした笑みの形を作る。

 貴族でなければ捨てたくなるような家であっても、今の自分を形作ったのはフロストリークの環境だ。

 そしてフェローはその力を振るう事に一切の躊躇いを覚えない。

 術式の締め、生成した円筒を自身の耳元まで繋ぎ、これで作戦の第三段階も無事終了だ。

 集団魔術を個人で行使出来るという強みは、代わりに『順風耳』の発動中は他の魔術を使えず、音声を拡大する程の余力を残さないという弱みをフェローに抱えさせていたが、その程度の代償なら気にはならない。


「よっし繋がった。相変わらず音声は途切れ途切れだが……聞き取れない事はねぇ。通訳は俺に任せろ!」


「いよいよですね……!なんだかいけないことをしている気分です」


「いやいや、普通にダメな事ではあるでしょ」


 思わず頷いてしまいそうな程自然なアンナの楽しそうな声にしっかりツッコミつつ、しかしそう言うクレアも随分と悪い表情でいる。

 そのやり取りを見てクロゥがやれやれとばかりに肩を竦めているが、そもそもこの企みに賛同した時点でこの場の九人は既に共犯者だ。

 それは妙に達観しているクロゥとて変わらない。

 二人のやり取りをよそに、フェローは早速ヴィルとイリアナの会話へと耳をそばだてる。


「えーと何々……。ヴィルも先輩も話し始めたばかりみたいだ。今は『改めて新人戦優勝おめでとう』って先輩から言ってる所だな。ヴィルは『これも先輩達の指導の賜物ですよ』だとよ」


「ヴィルらしい」


「まあそうねえ。けど、ワタシたちが今求めてるのはそれじゃないのよねえ」


 不満の色を含んだレヴィアの言葉に全員が頷き、視線は再び映像を映す黒板と一人音を拾い続けるフェローへと集中する。

 それは周りに合わせて仕方なくというスタンスを貫いているバレンシアも例外ではなく、内心ではかなり興味を惹かれていた。

 あのヴィルが、新人戦以来続いていた告白を煩わしがっていたヴィルがだ。

 同じ裁定四紅であるヴァーミリオン家のイリアナに対し声を掛けたばかりか、あまつさえ校舎裏というらし過ぎる場所へ呼び出したではないか。

 普段からあまりにも常人離れしていた為忘れていたがヴィルとて男子、誰かと付き合いたいという願望自体はあってもおかしくない。

 イリアナの何がヴィルの興味を惹いたのか、或いは年上が好みなのか等と考えていて……ふと、バレンシアの脳裏に疑問が生じる。

 ――果たして、ヴィルは本当に告白目的でイリアナを校舎裏に呼び出したのだろうか。


「――――」


 改めて、状況を確定した情報で俯瞰してみる。

 生徒会室での定例会議を終えたヴィルは、何らかの用でイリアナを呼び出し現在に至る……以上。

 ……これは、明らかに告白ではないのではないか。


「…………」


 冷静になって考えてみれば、誰一人としてこれが告白であるともヴィルがイリアナに懸想しているとも言っていない。

 自分達がそう判断したのも、直前までの会話あっての事だ。

 となれば、これはヴィルが別の用件でイリアナを呼び出した可能性が高く……いや、寧ろその可能性しかないのではないかとすら思う。

 悪い予感に駆られたバレンシアが改めて映像に目をやっても、告白前特有の緊張感や緊迫感というものは欠片も存在していない。

 バレンシアに動く口元で会話内容を読み取る能は無いが、それでも仕草や表情から普通の歓談のように見える。

 そういった要素を除いても、かれこれ五分は経過しているこの映像から、ヴィルが別の用件でイリアナを呼び出した可能性は濃厚だ。

 もう盗み聞ぎは止めにしよう、そうバレンシアが言い出そうとした瞬間、それまで通訳を務めていたフェローの表情がぴしりと固まった。

 動かないフェロー、皆の不審がる表情、集まる視線。

 それらが重なった静寂の中、ぽつりとフェローが漏らす。


「――ヴィルが『次の休日に、街でデートでも如何ですか?』って……」


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