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第116話 ヴィル・マクラーレンのスキ 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 ヴィルとリリアが生徒会室に向かってからかれこれ十数分、試験を終えたSクラスの教室ではヴィルとニアの幼少の頃の思い出について話していたのだが、ヴィルと『英雄の子』の噂を結び付けたいバレンシア達にとっては収穫の無い会話が続いていた。


(ニアの話で疑うべき点は無い。それともまだぼろを出していないだけ、なのかしら……。いえ、仮に嘘だとしてここまで高精度な話を組み立てられるのかしら。やっぱり私が考えすぎているだけ……?)


 表面上は雑談を楽しみつつ考えを巡らせるバレンシアだったが、考えれば考える程ニアがただ楽しそうに思い出話をしているだけに見えてきて、裏であれこれ疑っていた自分の醜さに自嘲的な笑みが零れる。

 ただ友人と話しているだけに過ぎないというのに、自分はなんと汚い人間なのかと自己嫌悪。

 実際彼女の疑念は正しいものであり、ニアは偽りの思い出話をしているのだが、終ぞその結論に至れなかったバレンシアはひっそりと罪悪感を感じていた。

 それはフェローやレヴィアも同じで、程度の差こそあれど似たような後ろめたさから噂の正体がヴィルなのではないかという疑いを捨て始めている。

 更に言えば仕方なくとはいえ友人達を騙すニアもまた罪悪感を抱えており、この場の実に半数が後ろめたさを覚えながら会話しているという、何とも珍妙な空間が生まれていた。

 だがそんなすれ違いもここまで。

 そこにはバレンシア達が疑念を忘れようと努め始めていたというのもあったが、ただ単純に会話が偽る必要のない話題へと流れ始めたからである。


「そういやヴィルってスゴイモテるけどさ、ニアはヴィルのことどう思ってるワケ?前付き合ってるか聞いた時は付き合ってないってヴィルに否定されてたけど」


 話題の移り変わりのきっかけとなったのがこの、特に裏があるでもないクレアによる発言だ。

 普段はあまりこういう話に乗ってこないクレアだが、年頃なだけあって同級生の色恋沙汰に興味自体はあるのか、珍しく話を振っていた。


「うーん、まあ普通に好きだよ?」


「普通に好きって、アンタ……」


 首を傾げながらのニアのそのあまりにもあっさりとした物言いに、想像していた反応と違っていたクレアが困惑したように言う。


「だってヴィルを嫌いな人ってそうそういなくない?カッコいいし何でもできるしそりゃあたしだって好きだよー」


「それはそう」


「そりゃアタシだって好きか嫌いかで聞かれたら好きだけどさ……。そんなあっさり言うかね?」


 頷くクラーラやクレア、また話を聞いていたその他の面々も概ねニアと同じ意見ではあった。

 頭上に輝く陽の光、その眩きよりも尚煌めく銀髪に蒼穹を思わせる御天色(みそらいろ)の双眸。

 市井でも最上の美形と称えられる王家と比べても遜色の無い容姿を持ちながら、それでいて気取った風も無く誰に対しても平等に接する事の出来る人柄。

 加えて学園内でもトップクラスの学力と戦闘能力を有しており、大抵の事柄に対して解を用意出来る知識や適応力もある。

 その点では過去にフェローが評した、ハイスペック完璧超人という言葉もあながち間違いではないのかもしれない。

 だがそれはそれとして、クレアの言うようにニアの淡泊な反応も気になる所。


「好きったってアレだからね?恋愛感情的なアレじゃなくて友人としての好き嫌いというか、家族愛?兄弟愛?みたいなアレだからね?」


 言っている自分でも少し恥ずかしいのか、各所をぼかしつつニアは詳細な説明を試みる。


「ほら、あたしとヴィルって本当にちっちゃな時から一緒にいて生活してた訳じゃん?そんなのほぼ家族みたいなものだし……ヴィルは子供の頃から今と同じだから双子のお兄ちゃんって感じかな?とにかくそうやって生活してると、大きくなっても恋愛感情みたいなのは湧いて来ない訳ですよ。まあ、仮にヴィルが好きでも、あたしじゃ釣り合わないだろうなーって思っちゃうんだけどね」


 たははと笑うニアは明るく、思いで話をしていたさっきと同じで不自然な様子は全く見当たらなかった。

 話を聞くクレア達も、実際身近に居ればそんなものかと納得している。

 だが何故だろうか、その様子を見ていたバレンシアの目には、今のニアが不思議と悲しい噓を吐いているように映っていた。

 ただその疑問が口を突いて出そうになった所で……


「ならヴィルはどうなんだ?誰が好きとか過去に誰が好きだったとかあるだろ。学園であれだけモテてるのに誰とも付き合わないのは変だと思ってたんだよ」


 どうやらヴィルからモテる秘訣を知りたいというのが嘘ではなかったらしいフェローの、ヴィルの恋愛遍歴を問う話題を振った事で遮られてしまった。

 聞けなかった事に未練が無いではないが、同時に言葉にしてしまわないで良かったともバレンシアは思う。

 さっきまで疑ってかかっていた身ではあるが、それ以前にヴィルとニアとは友人だ。

 積極的に疑いたい訳では無いし、ましてや傷付けるつもりなど毛頭無い。

 それにだ。


「「「――――」」」


 フェローだけでなくレヴィアやクラーラ、アンナといった女性陣もヴィルのそういった過去には興味があるらしく、期待を込めた視線をニアに向けているのが分かった。

 バレンシア的にはそこまで関心のある話題では無かったが、どうせ聞けるのならばと先の疑問を完全に捨て去り耳を傾ける。

 そんな周囲の無言の圧を感じ取ったのか、ニアが少々気圧されつつもそうだなぁと口を開き、


「少なくともあたしの知る範囲で誰かと付き合ったりしてるのは無いかな。孤児院時代も院内とか冒険者仲間とかに告られてたけど、結局誰とも遊んだりくっついたりしてないみたいだったし」


「そ、そうなんですね!わたしはてっきりもう誰かとお付き合いされてたのかと……」


「安心した?」


「し、してません!クレアさんはいじわるです!」


 悪い顔をして茶々を入れられ、それにアンナが顔を赤くして怒る一幕を挟みつつ、グループにどことなく安堵するような空気が広がる。

 新人戦以降学年や身分を問わず告白され続けているヴィルが、よもや過去の未練が原因で断り続けているのではないかという憶測もあったのだが、それも見当違いであったのだ。

 場の空気が弛緩するのを感じつつ、バレンシアが自身の心の片隅に存在する謎の安堵に勘付き掛けた直後――


「――あ、けど初恋の人がいるのは知ってるかな」


「「「「「!?!?!?!?」」」」」


 まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで投下された爆弾発言に、和気藹々とした空気が一転、全ての視線が一挙にニアへと集中する。

 ヴィルへの興味の持ち方や性別に拘らず、ヴィルの初恋という話題に対し誰もが心中穏やかでは居られない。

 それは心の内に目を向けていたバレンシアとて同じ事。


「初恋だって!?あのヴィルのか!?」


「……それはそれは、是非詳しく聞かせてもらいたいわねえ」


 フェローとレヴィアに詰め寄られ、あーこれ言っちゃまずかったかなぁ等とニアは速攻自身の発言を後悔する事になっていた。

 別に機密上漏らしてはいけなかったという情報でもないのだが、この場の面々に話すには少々そぐわなかったらしい。

 とはいえ時間を巻き戻す事など不可能なので、ニアはこの場を適当に誤魔化す事を選んだ。


「って言っても期待に応えられるような内容じゃないよ?その初恋の相手って言うのが同じ孤児院で育った人でさ。イザベルっていう人なんだけど、あたし達の七歳上のお姉さんなんだ。すごく頭が良くて、シルベスター公爵家に認められて魔術の研究なんかをやってた。ヴィルに勉強とか魔術を教えたのがベル姉だから、憧れだったんじゃないかな」


「なるほど。今のヴィルを形作ったのがイザベルって人な訳か。憧れの年上女性ってのはあるあるだが……それだけに強いな」


 しみじみと、納得するように呟くフェロー。

 かく言う彼の初恋もヴィルと同じ年上の女性に対するものであり、儚く散ってしまった最初の失恋でもあった。

 今でこそ一人に絞らずアプローチをかけまくっているフェローだが、昔純粋だった頃の自分はそれはもう一途に想っていたものだ。

 故にこそ、過去を引きずる気持ちというのにも非常に共感出来た。

 そんな感情の込められたフェローの言葉を聞いたレヴィアは、なるほどねえと納得しつつ、


「じゃあ、ヴィルが誰ともお付き合いしていないのも初恋が忘れられないからなのかしらあ?」


 頤に指を当て、当然行き着くであろう結び付けでヴィルが断り続ける理由を推察する。

 だが……


「う~ん、どうなんだろ。少なくともあたしは長い間ヴィルの口からベル姉の名前が出たのを聞いてないし、初恋っていうのもあたしがそうじゃないかって思ってるだけだからなぁ。それに……」


「それに?」


「――ベル姉がいなくなって、もう五年になるから」


「「「「「――――」」」」」


 目線を落とし、寂寥感と共にぽつりと零したニアの言葉に、全員の表情が一瞬固まった。

 その別れというのが屋敷を去ってしまったのか、或いはこの世を去ってしまったのかの判断はつかない、聞けない。

 だがいずれにせよ、二人にとってイザベルとの離別が望まれたものでない事は明らかだった。

 当のニアは相変わらず笑っている、笑っているが、その瞳の奥に溢れる悲しみを隠し切れていない。

 ――或いは、ヴィルもニアと同じなのだろうか。

 そう考えて、バレンシアは得も言われぬ胸騒ぎを覚えた。

 それは先刻心の内で発生した極小の安堵とは比べ物にならない程大きな感情であり、バレンシアにとって無視出来ない情動だ。

 バレンシアも、初恋の人ではないが大切な家族と死別した経験がある。

 だからこそ分かる――本当に大切な人との別れは、どれだけの時間が過ぎたとて風化する事は無いのだと。

 そうした経験に照らし合わせれば、ヴィルは今もイザベルという人物の事を……そんな風に考えていた時だった。


「――おー!みんな集まってどしたの?授業終わっても教室残ってるなんて珍しいじゃん。あ、もしかしてうち待ち?だったらごめんねー!思いのほか会議の後片付けに手間取ってさー」


 勢い良く扉が開かれ、元気一杯な声と共に会議を終えたらしいリリアがSクラスに乗り込んで来る。

 常日頃から変わらず明るい気を纏う彼女は、先程まで教室内に蔓延していた気まずい雰囲気を完全に吹き飛ばしていた。

 これこそ笑顔のリリアが無自覚に発揮する陽の気であり、彼女がクラスのまとめ役を買って出た際に一つの文句も出なかった理由でもある。

 そんなリリアは自分の席に置いていた鞄を回収してから、集まるバレンシア達の近くまで寄って来て問う。


「何話してたの?」


「……ちょっとニアからヴィルの昔話をな」


「えー、何それズルいっ!いいなーうちも聞きたかったなー」


 頭の動きに合わせてブンブンと金のツインテールを振り回しつつ、リリアが羨望の眼差しでニアの事を見詰める。

 ……咄嗟に誤魔化したフェローの行いを咎める目や口は無い。

 代わりに当然という視線や、どこか安堵のような吐息が聞こえてくる。

 昔話をせがんだ側の反応としては適切ではないのかもしれないが、それでも無遠慮に踏み込んでしまった身として、ヴィルもニアもこの話が広まる事を望むまいと思った、それだけだ。

 そんな事を考えていると、何かに気付いたリリアがきょろきょろと教室内に視線を巡らせる。


「あれ?で肝心のヴィルっちは?」


「あなたと教室を出てから見ていないけれど……生徒会の会議は一緒ではなかったの?」


「んや。そりゃもちろん一緒だったけど、うちは会議の後片付けしてたからね。ヴィルっちは先に出たからてっきり教室に戻ったんだとばかり……どこ行ったんだろ?」


 疑問を呈したバレンシア同様、知っているとばかり思っていたリリアもまたヴィルの行方を知らないようだ。

 こういった場合一番初めに挙げられる選択肢ではあるが、一足先に帰った訳ではあるまい。

 その根拠として隣を見れば、ヴィルの席にはまだ彼の荷物が置いたままだ。

 更に言えばヴィルはこういう置き忘れというものを今の今までした事が無い為、只のうっかりという線も消していいだろう。

 では何処へ行ったというのか、一行が首を捻っていた時だった。


「――ほう、此の刻になって集うとは何たる珍事か。汝ら、何ぞ悪巧みでもしていたか」


 再び開け放たれた扉から、ここ数か月聞き続けて尚聞き慣れない珍妙な喋り方と共に中に足を踏み入れる、学年一背の低いリリアと同等の小柄さを持つ少女の姿があった。

 この国では珍しい紫交じりの黒髪に、同じヴォルゲナフの血を継ぐリリアとよく似た相貌。

 ここまで聞けば、リリアとの違いは髪色と厨二病的な言動だけかと誤解してしまうかもしれないが、二人の決定的に違う身体的特徴が一つだけある。

 ――それは少女の目色が紫と黄と左右で異なり、かつその両目に相異なる異能、クォントを宿しているという点だ。

 クォントとはこの世界に生を受けた生命が稀に所持している能力であり、天より与えられた祝福であり呪いであり、異能である。

 異能の内容は単純な筋力や再生能力など多岐に渡るが、少女の持つそれは魔眼だ。

 長きに渡って刻まれてきた人の歴史の中でも類を見ない、クォントの二個持ちという稀有な存在。

 それが黒髪の少女の何よりの特徴であり、そんな彼女の名こそ――


「クロゥ!ごめんね待たせちゃって。会議も終わって荷物取りに来てさ、今から探しに行くとこだったんだよ~」


「フッ、気にするな我が半身よ。寧ろ我を探させる手間が省けたというもの。それに手慰みにと向かった図書館で目的の書物を入手出来た故に、な」


 クロゥ・フォン・ヴォルゲナフ、無意味に虚無的な笑みを浮かべる厨二病少女である。

 リリアとクロゥは血の繋がった従妹同士なのだが、相反する性格の割にかなり仲が良いらしく本物の姉妹のように接していた。

 今も帰りの待ち合わせをしていたようで、クロゥが図書館で時間を潰していたのも会議に出ていたリリアを待っていたかららしい。

 何とも微笑ましい関係である。


「して、一体何の話をしていた?」


「そうそう、うちより先に戻ったはずのヴィルがいなくてさー。クロゥは見てない?」


「盟友であれば見たぞ、丁度教室に来る直前に副会長と共にな。何やら余人には聞かせられないだの秘密の話だのと、盟友が声を掛け校舎裏へと消えて行った」


「「「「「…………」」」」」


 ヴィルの過去、初恋、校舎裏、告白。

 先程まで話していた面々の脳裏にそんな単語が浮かんでは消えていく。

 直後、フェローから為された悪魔の提案に乗らなかった者は、誰一人として居なかったという。


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