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第115話 ヴィル・マクラーレンのスキ 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

「「終わったーーーー!!」」


 いつもと何一つ変わらない定刻を告げる学園の鐘の音。

 だがことこの時においてだけは、何の変哲も無い鐘声が特別な意味を孕んでいた。

 それは……


「はーい、これで試験は終わり、おしまいでーす。みんなお疲れ様。この後は自由時間だけど、試験が終わったからってハメを外しすぎないように注意ね。それじゃ」


 最後に最低限の注意事項を言い残し、数学担当の女性教師が教室を去って行く。

 そう、今しがた鳴った鐘の音は一年Sクラスにとって初の定期試験の終わりを告げるものだったのだ。

 試験後の教室はいつにも増して解放感に溢れており、背伸びやこの後の予定を決める声が散見された。

 教師が居ないからこそ気を抜き切っているのだろうが、仮に教師が居たとしても咎められる事はあるまい。

 国内最高峰の教育機関なだけはあって、初の定期試験はそれなりに難易度の高い問題が並んでいた。

 少しでも油断しようものなら足元を掬われかねない……と言うより、既に掬われた生徒も多そうだ。

 そんな中で友人達は無事試験を終えられただろうかと、ヴィルが心配しつつ筆記用具を仕舞っていると、


「いやー、ホント勉強会開いてもらって助かったわー。ヴィルに教えてもらったトコいっぱいあったし結構解けたわ」


「マジで何カ所出たんだって数え切れないくらい合ってたな。ありがとよ!」


「僕の予想が当たってて良かったよ。これで掠りもしてなかったら申し訳無かったしね」


「あたしもかなり解けたよ。とりあえず赤点は絶対回避かな」


 こうして見る限り、皆十全に勉強の成果を発揮出来たらしい。

 表情も晴れやかで強がっている様子も見られない、本人の与り知らない失点までは分からないが、前日ヴィルが作成した模擬試験の結果を見る限りは十分だろう。


「ヴィルくんはどうだったんですか?わたしが聞くのもあれですけど、勉強会が負担になってなかったかなって」


 ヴィル達が安堵を共有していると、後ろから同じく勉強会に参加していたアンナがヴィルに問うてきた。

 気遣いの出来るアンナらしい一言に、ヴィルが苦笑交じりに答える。


「僕の方は心配ご無用。体感ではミスらしいミスはしてなかったから、大丈夫だと思うよ」


「ほらね?アンナは心配しすぎだって。ヴィルがもしアタシ達に勉強教えてなかったら一教科120点は取ってたかもしれないんだし」


「どういう理屈だそりゃ」


 何故か胸を張ってのクレアの物言いに、ザックが困惑気味のツッコミを入れる。

 流石に120点は冗談としても、ヴィルには複数の教科で満点を取った自身と確信があった。

 とは言え特段喜ぶ事でも無し、ヴィルにとっては当然の結果といった所だ。

 そんな事を考えつつ隣を見ると、どこか陰鬱な雰囲気を纏いつつがっくりと首を垂れるバレンシアの姿があった。

 いや、本当の事を言えば試験が終わった直後から視界には入っていたのだ、ただ誰も触れていなかっただけで。

 目配せで行われた役割の押し付け合いの結果、一番近いヴィルが担当する結果となる。


「えーっと……シア、試験はどうだった?」


「……問」


「ん?」


「最低でも三問は確実に間違えたわ、はぁ……。最後の選択問題だってあまり自信が無いし……ねぇ、ヴィルは最後の問題何番を選んだの?あなたの事だから完璧なのでしょう?正直に答えて」


「……四番」


「ああ……」


 更に落ち込んでしまったバレンシアを見て、何をしてくれたんだという視線がヴィルに寄せられたが、自分に非は無いと身振り手振りで静かに弁明をしておく。

 にも拘らず依然としての不利状況に、教室の出入り口付近から救いの手が差し伸べられる。


「おーいヴィルっち!急がないと会議に遅れるぞぉー!早く早く!」


 片手をピンと伸ばし、足りない背を補うようにぴょんぴょんと跳ねて呼び掛けるのは、鮮やかな金髪をツインテールに纏めた少女、リリア・フォン・ヴォルゲナフ。

 クラスでなく学年で見ても一二を争う小柄さを誇るリリアはヴィルのクラスメイトであり、友人であり、共に学園の生徒代表たる生徒会長を支える仲間でもある。

 ただし正式に役員なのはリリアだけで、ヴィルはあくまで手伝いという立ち位置ではあるのだが。

 この狙ったとしか思えない助け舟は勿論噓ではなく、事実として試験終了後生徒会では会議が予定されており、非正規の立場であるヴィルも会議に参加予定となっていた。

 そうとなればやる事は一つと、ヴィルは纏めた荷物はそのままに立ち上がって、


「そういう訳だから僕はこれで。じゃ」


「「あー!逃げたー!!」」


 軽く手を上げて振り、リリアと合流して颯爽と教室を去って行った。

 そうして残されたバレンシア達はといえば、学園に残っても何も無しと帰寮するのも選択肢に挙がっていたのだが、


「会議ったっていつも通りの時間だろうし、十分二十分程度なら待っててあげましょ。逃げた追及もしなきゃだし」


 というクレアの発案により、ヴィルとリリアが戻って来るまでの間教室で雑談して時間を潰すという結論に至っていた。

 その中で話題になっていたのが、今回の試験でほぼ失点をしていない旨の発言をしていたヴィルについてだ。


「そういえばさっきから会話だけは聞こえていたのだけれど、ヴィルは今回も一分の隙も無いのようね。入学試験に続いて一年最初の試験も譲るだなんて……悔しいわ」


 まだ若干沈んだ気持ちを引きずっているバレンシアだが、少しは持ち直したようで溜息を吐きつつも会話に参加してくる。


「入試一位だもんねぇ」


「それも恐らくは不正解前提の問題を解いた上での、ね。その点を加味すれば日々の成果を測る意図での今回の試験では間違えようも無いでしょう」


「んで俺らのために勉強会まで開いてくれたんだもんな。マジで頭の中どうなってんだ?」


「アタシはあんまりそーゆう完璧な人とか信じちゃいないんだけど……アレは人が違うとは思うわね」


「ん。これまでわたしが会った中でも一番いい人」


「ええ~、ヴィルってあれでも案外腹黒いよ?けんぼうじゅっすうっていうの?そういう言葉が似合う性格してるんだけど」


 試験結果から話は流れ、ニアの口からヴィルの内面に関する発言が出た所で、バレンシアの中のある疑念が頭をもたげる。

 それはヴィル・マクラーレンという人物が、実は『英雄の子』なのではないかという疑念だ。

 中身としては王国の英雄であるシルベスター家の両親の間には、隠された嫡子――『英雄の子』が居るというもの。

 長らく只の希望的観測に過ぎないと放置されていた噂話であったが、ヴィルのような常識の枠を外れた銀髪を持つ者が現れれば、与太話も途端に現実味を帯びてくる。

 一度は自身の口で否定したバレンシアも、結局その可能性を完全に消し去る事は叶わなかった。

 そしてこの場にヴィルは居らず、対してヴィルの幼馴染であるニアが居るという絶好の機会。

 幼馴染という関係性の真偽は定かでは無いが、どちらにせよその辺りの事実からも探りを入れられる一石二鳥の展開だ。

 若干の罪悪感を抱きつつ、バレンシアはグループの会話をどう操作すべきか思案し始める。

 すると――


「お、なんだなんだ、ヴィルの話か?なら俺も混ぜてくれよ。街で遊ぶにも時間が早すぎてさ、丁度暇してたんだ」


「フェローがヴィルの話ぃ?アンタが男の話なんてどう考えても女がらみとしか思えないんだけど」


「おっとバレたか。いやー、ヴィルについて知れればもっとモテられるかと思ってな」


「それじゃあ、ワタシも混ぜてもらっていいかしら?特に用事も無い事だし、ねえ?」


 近付いてきたフェローは照れたように頭を掻きつつ、レヴィアは面白そうなものを見る目で微笑みつつ、ちらとバレンシアに目配せを寄越す。

 つまりはバレンシアの意図を察し、その上で乗っかろうという事なのだろう。

 繰り手が増えればその分やりやすくなるのは助かるが、まさか二人共がまだ興味を持っているとは思いも寄らなかった。

 だが好機だ。


「別に大した話はしていないけれど、それでも良いなら構わないわ。皆も大丈夫よね?」


 何か隠し事をしていた訳でも無し、クラスメイトが会話に参加して来るのを拒む生徒はこの場には居ない。


「悪いね。と、話を遮っておいて言うのもなんだがヴィルの性格が悪いって?とてもそうは思えんのだが……ありゃ猫被ってんのか」


「正しくは性格が悪いって言うより()()性格してるって感じかなぁ。チェスとかトランプとかの勝負事になるとすっごい嫌な手使ってくんの」


「あー……なるほどなぁ。俺めっちゃその場面想像できるわ。つか思い当たる節があったわ」


 思い返されるのは以前ヴィルとザックと行った自主練の事。

 自身の発言を穿った見方で見ていたヴィルが思い出され、フェローは顎に手を当てて納得する。

 それと同時に、勝負事と聞いて思い当たった人物がもう一人。


「ザックは前にヴィルとチェスしてたわよねえ?確か談話室でだったかしら?あの時は邪魔しないようにすぐ部屋に戻っちゃったけど」


「おう、レヴィアも見てたんだな。結局えげつない手を打たれて完敗だったぜ。別に誰にも負けねぇなんて自信があった訳じゃねぇが、まさかあんなに一方的に終わるとは思ってもなかったな」


「へぇ、ザックがそう言う位には強いのか。今度俺も挑んでみるとするかな」


 どうやら惨敗したらしいザックが唸り、それを見て自身も盤上遊戯を嗜むフェローが好戦的に笑う。

 そんな取り留めもない内容での談笑から、話は徐々にヴィルの孤児院時代の内容へと移っていった。

 その過程にはバレンシア達による操作もあったが、会話は概ね自然な流れであったと言える。


「それでね、ヴィルは銀翼騎士団(シルバーナイツ)の見学の最中に騎士を倒しちゃったんだよ。あの時のみんなの反応ったらなかったなぁ」


「おいおいそりゃ七歳の時の話だよな?規格外過ぎんだろ……。マジであいつの弱点とか隙って存在すんのかよ。まあ、ニアの話が本当ならだが」


「いやここ嘘つくとこじゃないし」


「ということは、やっぱり銀翼騎士団(シルバーナイツ)とヴィルは接点があったのねえ。ならスカウトとかはされなかったの?」


「あー、何回かされてたね、けど全部断ってたよ。なんか自分の未来は自分の手で掴みたい的な理由で」


「どこぞの主人公じゃないんだから」


 話を聞いていたクレアが、我慢出来ないとばかりに驚きつつも呆れたツッコミを入れる。

 バレンシアやその他の面々も、ニアの話に概ね同じ位大きな驚きを共有していた。

 学園に入学可能な十五歳を前に純粋な実力から勧誘される、それ自体がそもそも滅多に無い事であり、将来を約束されるに等しい光栄な誘いである。

 とりわけ銀翼騎士団(シルバーナイツ)からの勧誘ともなれば、それは万人が首を縦に振るであろう望外の幸運だ。

 かの魔王殺しの英雄の血族シルベスターが率いる少数精鋭の私有部隊、それが王国下独立騎士団『銀翼騎士団(シルバーナイツ)』であり、その在り方から正騎士団よりも民の支持を得る事も少なくない。

 そんな騎士団からの誘いを断るという行いは高尚な信念とも表せなくは無いだろうが、悪く言ってしまえば正気の沙汰では無い所業だ。

 他ならぬヴィルがやったからこそ、それが伊達や酔狂では無いのだと不思議と理解出来るが、数回に及ぶ勧誘全てを断るのは他にやりたい事でも無い限り在り得ない事。

 またヴィルと親しい者は皆彼の望みが騎士になる事であると知っている為、困惑は更に強いものとして話の印象を残していた。

 銀翼騎士団(シルバーナイツ)ではなく正騎士団が良かったのだろうか、などと話されている中、ニアは会話に混ざりつつ裏で思考する。


(よし、今の所不自然な箇所は無いよね。何があってもぼろは出さないように一言一言気を使わなくちゃ)


 ニアの口から語られる、今現在の雑談の要であるヴィルの幼少期の思い出。

 その大半はヴィルとニアが出会ってからの三年と少しという年月をかけて、一切の矛盾が無いようにと二人で考えた偽りの記憶だ。

 正体を隠して学園に通う以上、親しくなった人間から過去を聞かれる事は容易に想像出来る。

 そうなれば必ず求められると、過去の偽装をヴィルに持ち掛けられた時は心底驚いたものだが、こうして実際必要になるとその先見性にも驚かされる結果となった。

 当時はヴィルに言われるがまま、万が一にもヴィルの話との整合性を欠かないようにと必死になって幾つもの思い出話を頭に叩き込んだが、その甲斐あって咄嗟に話題を振られてもあたかも事実かのようにすんなり話せるまでになっている。

 だがまだ油断は出来ない。

 どんな些細なドジがきっかけとなって張りぼての砂城が崩れるか知れない以上、クラスメイトとの雑談すら細心の注意を払って行わなくてはならないのだ。

 人とのコミュニケーションが好きなニアにとって、気楽に会話出来ないというのは中々に堪えるものがあったが。

 今もそう、聞かれた質問に対して適切なエピソードを記憶から抜き出し、どう話せばいいかを思案しつつ組み立てていく。

 そうして積み上げられた記憶を携えて、ニアはクラスメイト達に語り聞かせるべく唇を湿らせ、また一つ友人に嘘を吐く。


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