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第114話 復帰と試験 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

「さて、週明けからは遂に定期試験が始まる。お前達にとってはこれが入学後初めての試験だ、くれぐれも無様な点数を取らないように気をつけろ。もっとも、普段から普通に授業を受けていれば余裕で通るようなものばかりだ、心配する事は無い。これにて朝礼を終わる。各々授業を準備をしておけ」


 朝の連絡事項を述べたグラシエルが教室を出ると、Sクラスはそれぞれ一時限目の授業の準備を始めていく。

 今日一番目の授業は魔術基礎理論、基礎という名前とは裏腹に専門的な魔術知識の習得を目的とする、一年次に受ける授業としてはかなり難解な内容の科目となっている。

 そんな重量のある授業を前に、クラスの面々は試験前という事もあってか大なり小なり気の重さが目立っていた。

 が、それより先に話題になったのは当然マーガレッタの件だ。


「ちょっとクレア!どうしてマーガレッタにあんな風に噛みついたのさ!ちゃんと事前に魔剣の事も伝えておいたよね!?」


「それはそうだけどさ、やっぱそういうのは自分の目で確かめてこそじゃない?百聞は一見に如かずってね」


「ってね、じゃないっ!」


 腕をブンブンと振り回しながら噛みつくニアを、飄々としたクレアが手慣れた様子で受け流している。

 普段ならザックやバレンシアが仲裁に入るのがお約束なのだが、事が事だからかそのような素振りは全く無い。

 そこにはニアが本当に怒っている訳では無く、またニアの心情が理解出来るからというのもあるのだろうが。


「折角重たい雰囲気にならないように余計な事言いそうなクレアに念押ししておいたっていうのに……」


「何の抵抗の無いまま戻れたってつまんないでしょ?だからこそアタシはあ・え・て、立ち塞がる壁になってあげたってワケよ」


「……ふーん。そういう事言うならあたしにも考えがあるから」


「へぇー?ニアがアタシに?いったいどんな手で来るのか楽しみにしてるわ」


「今後勉強面でヴィルの貸し出しを禁止します」


「ごめんなさいでしたぁー!!ってかヴィルを借りるのにニアの許可とか要らなくない!?」


「ダメです。絶対に認めません」


 二人のじゃれ合っているとしか思えない光景を前に、周囲は苦笑する事しか出来ない。

 と、そんなやり取りの中にも譲れないものを察したのか、クレアは、


「言っとくけどアタシは本気だったからね?もしマーガレッタが浮ついた気持ちで戻って来ようものなら絶対認めなかったし」


「それだけニアの事を心配していた、という事かな?」


「~~!そうよッ!!」


 的確なヴィルの横槍に、クレアは怒ったようにそっぽを向くが、真っ赤に染まった顔を隠し切れていない。


「あーもうクレアは可愛いなぁー好き!」


「この手の平返し!」


「あてっ!」


 それは美少女二人が戯れるという心温まる光景であったが、フェリシスとマーガレッタは気が気ではなかったらしい。

 視界の端でほっと安堵の息を吐き胸を撫で下ろしているのを、ヴィルの瞳は見逃していなかった。

 ともあれ、これにてマーガレッタ復学の件は解決、後は時間が解決していくだろう。

 差し当たって何とかしなければならないのが、先程グラシエルも言っていた定期試験の事だった。


「あ~、来週から試験かー。マジでどうしよ……」


「……クレア、そんなに不安?」


「そりゃ不安でしょうがよ。ヴィルの貸し出し禁止云々は冗談として、勉強に付き合ってもらったとしてもヤバいわね。そう言うクラーラは大丈夫なワケ?」


「ん。普段からしてれば問題なし」


「くっ、正解過ぎて反論できない……!」


 容赦の無い正論でクレアを論破したのは彼女の右隣、ニアの前の席に座るクラーラ・フォン・ウェルドール。

 青く澄んだ空色の瞳、肩口で切りそろえられた鮮やかな藍の髪には天使の輪が浮かび、眠たげな眼と無表情が相まって神話に出てくる天使を思わせる可憐さを持つ少女だ。

 クラーラは代々剣聖を輩出する名家、ウェルドール公爵家出身であり、その伝統に違わず剣才に恵まれた彼女はクラスでも一二を争う剣力の持ち主として認識されている。

 そんなクラーラは貴族なだけあって、実技だけでなく座学もそれなりの実力を持っており、まず間違いなくこのSクラス内でも上位に位置するだろうとヴィルは予測していた。


「じゃあ他……ヴィルとシアは問題ないとして、ニアは?ニアも勉強苦手だったわよね?」


「あたし?あたしはヴィルに教えてもらってるから全然大丈夫」


「ウソ!?なんでアタシには教えてくれなかったのさ!?」


「定期試験の直前で良いって言ったのはクレアじゃないか」


 あれは確か入学式の翌日、初授業の事だっただろうか。

 初っ端から密度の高い授業についていっていたヴィルに対し、クレアは試験直前という条件付きで勉強を教えて欲しいと願い出ていたのだ。

 一字一句を過たず、ヴィルはその事を覚えていた。


「う~、そう、だった気がする。……はぁ、仕方ない。大人しくザックと一緒にお世話になるとしますか」


「俺もか?」


「アンタはアタシと同じでバカなんだからアンタもでしょうが。なーに当たり前の事言ってんだか」


「ぐ、反論できねぇ……!分かったよ!ヴィル、この通りだ、勉強教えてくれ!」


「ほらヴィル、こいつもこう言ってることだし是非勉強会を……」


「…………」


「はい、ごめんなさい。ヴィル様、アタシからもお願いします」


「うむ、よろしい。と、そうだね、それじゃあ放課後にでも集まろうか。寮の談話室でいいよね?」


「あたしはそれで良いよー。シアとクラーラはどうする?」


「私は遠慮しておくわ。ヴィルとは学年主席を争う事になるだろうし、教える側に回っても良いのだけれど……手を抜けばどうなるかは目に見えているもの」


「わたしは行く。みんなでやった方が集中できる」


「おっけー。アンナはどうする?」


 振り向くニアが声を掛けたのは、ヴィルの後ろの席に座るアンナ・フォン・シャバネールだ。

 発色の良い水色の髪、その前髪をやや長めに伸ばし、僅かばかり隠した同色の目が特徴的な幸薄げな少女。

 学生ながら王国内でも指折りの治癒魔術の才能を持っており、将来有望な生徒の一人だ。

 元々他人と関わる事が苦手で、以前はヴィル達ともあまり会話が無かったのだが、学園生活や誘拐事件に巻き込まれた件を通じて、今や食事や帰寮を共にするまでに進展していた。


「わたしもあまり勉強が得意ではないので、お邪魔でなければ参加させてもらえますか?」


「もちろん邪魔なんかじゃないから参加ね!これでもろもろの予定は決まったし、ひとまずは集中して授業を受けますか!」


 ニアの号令と同時に一限開始の鐘が鳴り、それまで話していた面々は前を向いて魔術基礎理論の教本を開いている。

 素早い意識の切り替え、それは万事に通ずる基本だ。

 新入生が学園で一番最初に叩き込まれる考え方であり、もう夏休みも近いこの時期では全員の習慣として根付いている。

 そうしてSクラスは、計六授業をつつがなく終え放課後を迎えたのだった。


 ―――――――――――――――――――――――


 時は夕刻、日も落ちかけ連日の猛暑も幾らか涼しくなった時間に、帰寮したヴィル達は一度解散してから各自教材を持って再集合していた。

 Sクラスの寮は他クラスと同じように男女別に分かれているが、全体的な人数が少ない事もあり一階が共有スペースとなっている。

 置かれた設備は炊事場、大浴場、簡易道場、談話室と豪華で、よく優遇されていると評されるSクラスの特権の中でも代表的なものだろう。

 それらの内の談話室にて、朝話されていた勉強会は開かれようとしていた。

 必要な家具類に加え大きなテーブルが三つと小さなテーブルが四つ、今年のクラス人数に合わせて二十の椅子が用意されている。

 そのどれもが聞けば目が飛び出るような値段の調度品であり、貴族でもなければお目にかかれない品ばかりだ。

 相応の資金を投じている分使い心地は好評で、深夜でもない限り大抵誰か一人は利用している。

 ヴィル達も授業が終わった後時間があればここに集まり、気軽に会話出来る場として憩いの場として利用していた。

 だが今回はあくまでも勉強会、雑談もそこそこにそれぞれが好きな教科の復習を行っている。


「……だから治癒魔術は混ぜた属性に応じて効果や過程が変化するんだ。火なら治癒対象生来の回復力の増強、水なら内臓系の治療がやりやすかったりね」


「は~なるほど。ようやく分かった……気がするわ。ありがと」


「いいよ。また何かあれば遠慮無く聞いてね」


「なあヴィル。ここってどう計算すりゃいいんだ?やり方は分かるんだがいまいち理屈が分からなくてよ」


「どれ?……ああ、その公式は二つの公式が合わさってるからね、全体で考えるよりここで割って前後半で考えると分かりやすいんじゃないかな。ほら、それぞれに別の式を当て嵌めて……」


「おお!さっすが分かりやすいな。あんがとよ」


「どういたしまして」


「ヴィルくんごめんなさい。わたしもここが分からなくて……」


「はいはい」


 クレアに呼ばれて魔術を教え、ザックに呼ばれて計算を教え、アンナに呼ばれて……。

 勉強会でのヴィルは主にこれの繰り返しであり、基本的に自身の勉強を行う事は無い。

 試験まで一週間を切っているにも拘らずそれで良いのかと思うのかもしれないが、ヴィルはシルベスター家を継ぐ嫡男として幼少より英才教育を施されている。

 その厳しさたるや、当時の日程表を知った者が大抵同情の目線をヴィルに向ける位だ。

 だがそんな過酷な幼少期を送ったヴィル自身には、勉強を苦と感じた経験や両親を恨んだ事は一度も無かった。

 勉学とは貴族に与えられた当然の責務の一つでしかなく、存在したのは向上心という名の知識への渇望だ。

 それはシルベスター家を離れた今も変わらず、学園の図書館で本を漁る毎日。

 ともあれそんな日々のお陰で、一年で学ぶ内容のほぼ全てが既に頭の中に入った後である。

 一度見たものを忘れない記憶力も相まって、ヴィルには復習の必要性が無い為こうして試験対策の勉強会を催しているのだ。

 と、ここにきて早くも勉強に飽きが出てきたのか、クレアが完全に背もたれに背を預け雑談を始める。


「それにしてもヴィルってホント何でもできるわよね。今もアタシ含めて四人の面倒見てるわけだし」


「確かになぁ。実技座学は言わずもがな、そんなのいつ使うんだって知識も持ってやがる。マジで何でも知ってるんじゃないか?」


「何でもは知らないさ、まだまだ知らない事は多い。それは流石に買いかぶりすぎってものだよ」


「またまたー。そんなこと言いつつ褒められてうれしいクセに~」


「……褒めても何も出ないからね?はい、喋ってばかりいないで勉強に集中する」


「は~い」


 ヴィルの注意を受け、一度は机に向き直ったクレアだったが……


「そういやニアはまだヴィルに質問とかしてないけど大丈夫なの?」


 と、集中は数分と持たず再び雑談を始めてしまう。

 元々堪え性の無い性格ではあるが、勉強会を始めてここまで既に三時間前後。

 休憩するには頃合いかとヴィルも容認する構えだ。

 その事を察してか、他の四人も一旦筆を置いて会話に参加する。


「んー、本当に分からない箇所は聞くけど基本的には自分でやるかな。間違ってるとこがあれば教えてくれるし」


「なんか変なトコでこだわるわよねニアって。確かに頼りきりになるのはアレだけどさ」


「そっそ。いくらヴィルが頼りになるからって足は引っ張りたくないから」


「だとよ。クレアもニアを見習わねぇとな」

「だってさ。ザックもニアを見習わないと」


 奇跡的に発言の揃った二人が睨み合うのをよそに、ヴィルは勉強を見ていなかったクラーラの様子を窺う。

 元々勉強会に参加するというよりは勉強するという空気に混ざりに来ただけのクラーラだが、皆に合わせて息抜きしているようで、声を掛けに行くならここだろうと判断したのだ。


「勉強は順調かい?」


「ヴィル。見ての通り問題ない」


 近くにあった椅子を引き寄せ、それに腰掛けたヴィルが小さなテーブルの上を覗いてみると、そこには綺麗に纏められたノートがあった。

 それは勉強の出来るヴィルからしても目を見張るもので、非常に分かりやすくかつ簡潔に要点を抑えている。

 本人の口述通り、日頃から集中して授業を受けている成果と言えるだろう。


「流石だね。これなら試験も余裕じゃないかな。けど尚更この勉強会に参加して良かったのかい?クラーラの実力なら賑やかな空間に居なくとも一人で勉強していればかなり上位を狙えそうだけど」


「いい。元々集中するのは苦手。みんなといるからこうして向き合っていられる。邪魔じゃ、ない」


「そっか。なら良いんだけど」


「それに実力以上を目指す気概もない。頑張りすぎないのが一番」


「確かにある程度以上に無理をする必要は無い、か。クラーラらしいね」


「ふ」


 短く笑い返したクラーラに、ヴィルも似たような笑みを浮かべた。

 クラーラを省き勉強会に参加した四人、彼ら彼女らは勉学を苦手としつつも一生懸命に学び合おうとしている。

 そしてクラーラやこの場に居ないバレンシア、レヴィアやマーガレッタもそれぞれ試験前のこの期間に仕上げて来るだろう。

 そうなればさしものヴィルとて気を抜いてはいられない、空いた時間を見つけて少しは自分の勉強をしなければならない。

 それに何より競い合うライバルや、幼少の頃に勉強を教えてくれていた教師達に胸を張れる結果を出さなくては。

 そんな思いを抱きつつ、試験までの数日、ヴィルは毎日のようにクラスメイトの勉強を見ていたのだった。


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