第111話 見舞いと末路 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
決勝戦を終えたその直後、ヴィル達はベールドミナ新人戦の表彰式に出席した。
表彰台はそのまま闘技場内に設営され、優勝校と準優勝校に賞状を授与する、決勝戦から僅か十五分後の突貫表彰である。
あまりにも忙しなく式が進んだ背景には、来賓として招かれていた貴族の予定が押していたという事実があったのだが、その事を知る者は数少ない。
ともあれ内容に変更は無く、新人戦の表彰式はつつがなく執り行われた。
まず行われたのは準優勝校への賞状授与だ。
司会の指示でサイル、タント、コールの三人が表彰台に上がり、賞状と楯を授与される。
前回大会優勝校である聖光学園の惜敗であったが、本人達は特に気に留めた様子も無く、純粋に二位になれた事を喜んでいるようだった。
それから聖光学園と入れ替わるようにヴィル、バレンシア、ヴァルフォイルが壇上へ上がり、それぞれ賞状と楯と賞金とを受け取る。
周囲に迷惑を掛け思う所があったのか、ヴァルフォイルは自分で自分の喜びに制限を掛けている様子だったが、それを気遣ったヴィルが背を叩いて笑いかけてからは一先ず吹っ切れたようで、しっかりと胸を張って堂々と賞金を掲げていた。
その後、三人は表彰式を終えて直ぐにクラスメイトの元へと戻ったのだが、そこでヴァルフォイルが全員に向けて謝罪を行った。
新人戦前から独善的行動を取っていた点と、自身の勝手な感情で新人戦を降りようとし、ヴィルに決闘を持ち掛けさせる迷惑を掛けた点についての謝罪だ。
ヴァルフォイルはその二点を謝った上で反省している事、ヴィルとの関係改善は果たした事、今後このような行動を絶対にしない事を約束し、再度クラスメイトとして迎え入れて欲しいとした。
その場には当然ヴィルも居合わせており、他でも無い彼本人がヴァルフォイルの証人として証言。
当事者が許しているのならばと、クラスメイト達はヴァルフォイルを許す方向性で合意する運びとなった。
そこには二人の決闘でヴァルフォイルが満身創痍となり、更には気絶までしたとあっては罰として十分だろうという同情もあったのかもしれないが。
ともあれヴァルフォイルは受け入れられ、現状のSクラスが抱える問題の半分は解決した形になる。
そして現在、ヴィルはニアと共に問題の残り半分である、マーガレッタの入院するベールドミナ大治癒院を訪れていた。
「ちゃんと失礼にならないような花を持ってきた、それからお見舞いの果物も持ってきた。よし、準備万端っ。ヴィル、マーガレッタ様が入院してる病室ってわかる?」
「確か一般病棟じゃなく、監視付きの専用の病室じゃなかったかな。例の薬は大半が抜けたとはいえ、まだ全てじゃないからね。向こうとしても直ぐ解放という訳にはいかないんだろう」
そこはベールドミナで最も設備の充実した治癒院であり、この街における医療の中心とも言える場所だ。
怪我や病気などの一般的な治療から、呪いや違法薬物、国から任された重要人物の治療も受け持つ。
一般人から大貴族、果ては犯罪者に渡るまでを扱うが為に、その警備は厳重である。
ヴィルがベールドミナ大治癒院を訪れるのはこれで二度目だが、一度目は銀翼騎士団としてだった為特権を行使する事が出来たが、今回は正面入り口から正規での訪問だ。
ヴィルとニアは受付に来た用件を話し、その際に騎士団から届けられた、二人がマーガレッタとの面会を認める旨の書かれた書類を手渡しておく。
「これは……少々お待ちください」
すると受付の女性は直ぐに奥へと確認を取りに行き、数分と待たされる事無くマーガレッタの居る病室へと通された。
病室内は他の部屋と左程変わり無く、監視付きとは言えかなり自由にされている事が窺える。
白を基調とした落ち着いた部屋の端、ベッドの上には上半身を起こしたマーガレッタの姿ともう一人。
「あれ、フェリシス?何でここに?」
「私はつい先程アルドリスク家の遣いとして現状確認に。ニアさんとヴィルさんこそどうしてここへ?ここは関係者以外入れない筈ですが……」
「マーガレッタ様は伝えていなかったのですね」
「そう言えばそうでしたわね。フェリシス、この二人にはわたくしが騎士団を通じて許可を出すように頼んでいたんですの。お見舞いに来て下さるというお話でしたし、わたくしも二人にお礼をしなければと」
予想外だった二人の訪問に驚いたのは、マーガレッタの傍に座っていたフェリシスだ。
本人の言う通り、二人が受け取った許可証はマーガレッタが治癒院の承諾を得て、騎士団から二人へと送られてきたもの。
ヴィルはてっきり予めフェリシスにも伝わっているものと考えていたのだが、どうやら知らなかったらしい。
二人の口振りから察するに、フェリシスが病室を訪れて直ぐに伝えようとしたものの、その前に自分たちが来てしまったのだろう。
マーガレッタから説明を受けたフェリシスは納得の表情で頷き、それからヴィルとニアの分の椅子を用意し始めた。
「それでは自分はこれで。部屋の外に居ますので何か御用であれば何なりとお申し付け下さい」
ヴィル達をこの病室まで案内してくれた騎士がそう言い残して退室していく。
この治癒院は国が管理をしている為、院内には国から派遣されて来た正騎士達が常駐している。
特に一般病棟で扱えない患者を収容するこの場所には、警備と監視と護衛の三点を兼ねて、案内の際もああして騎士が付けられるのだ。
これで病室内に残ったのは、真に今回の件を知る四人のみとなった。
「どうぞかけて下さいまし。大したおもてなしも出来ませんけれど」
「そういうのはお気遣いなく。これ、お花と果物です。フェリシスと二人で食べてくださいね」
「あら、感謝いたしますわ」
慣れない敬語を使いながらも無事ニアの手からお見舞いの品も渡せ、二人が着席してようやく落ち着いて話せる場が整った。
最初に話し始めたのはマーガレッタだ。
彼女はいきなり座った状態からヴィルとニアに向けて頭を下げ、開口一番謝罪する。
「まずはヴィル・マクラーレンさん、ニア・クラントさんに再度お詫びを。この度は大変なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
まだ完全に体調は回復しておらず、ベッドに座ったままの謝罪となったマーガレッタだったが、礼儀作法のなってる彼女の姿は本心からの謝罪なのだと思わせる真摯さがあった。
マーガレッタと言えば高慢でプライドが高く、他人、特に目下の者には頭を下げる事は無いというイメージが存在する。
だが、そうした先入観は実際本人に会ってみれば直ぐに瓦解した。
「どうか頭をお上げ下さい。これで受け取る謝罪は二度目、僕達は決して謝罪を求めてここに来た訳では無いのですから」
「ですが……先日の模擬戦でも一歩間違えれば、ヴィルさんが割って入らなければニアさんを斬ってしまうところでしたわ。人の命を奪いかけた以上、謝らなくてはわたくしの気が済みませんのよ」
唇を噛んで目を伏せるマーガレッタに、被害者であるニアがおずおずと声を上げる。
「ええと、あたしは別に気にしてないですよ?確かに怖かったけど結局ケガは一つもなかったし、傷ついたのは最終的にあたしを庇ったヴィルだけで、ヴィルが気にしてないって言うならあたしも気にしません。だからマーガレッタ……様も気にしないでください」
薬によって正常な思考を失っていたとはいえ、加害者であったマーガレッタはここで責められてもおかしくない立場にある。
にも拘らずヴィルは責める事も無く、ヴィルが責めないのならばとニアも笑顔さえ浮かべて見せた。
そんな風に振る舞われてしまえば謝罪のしようも無い。
マーガレッタは力無げに、観念したように小さく笑った。
「分かりましたわ。ひとまずこの場では謝罪は無しにします。けれどそれではわたくしの気が収まりませんの。後日きちんとした形で当家に招いておもてなしさせて頂きますから、覚悟していて下さいまし!」
「お二人共申し訳ありません。これはマーガレッタ様なりの照れ隠しですので、どうぞ誤解なさりませんよう……」
「そ!れ!か!ら!わたくしの事はマーガレッタとお呼びなさいな。こうして言う機会が遅れましたけれど、クラスメイトなのですからわたくしに対してのありとあらゆる敬称は不要ですわ。もちろん、敬意を持つそれ自体を否定するつもりはありませんけれど?ニアは様付けに慣れていない様子でしたし」
「う……悪かったね!」
オホホホと口に手を当てて笑うマーガレッタは、もう随分といつもの調子を取り戻しているように見える。
それもフェリシスが昔から知っているような、そんないつもだ。
「それじゃあお言葉に甘えて。マーガレッタは体の調子はどうかな?手紙では聖光学園での怪我は完治したようだけど、アンドレアルフスの後遺症が気になってね」
「その事ですの。怪我はこの通り治癒魔術で傷跡一つありませんわ。薬の方は依存症が少し。薬と認識して摂取していた訳ではありませんからまだマシですけれど、たまに無性に、サラの淹れる紅茶が飲みたくなりますわね」
「…………」
自嘲気味に視線を落とすマーガレッタと、隣で後悔を募らせ顔を伏せるフェリシス。
というのも遡る事三か月前、今回の事件の首謀者であるサラはマーガレッタに近づき、人の意思を縛り思考誘導を受けやすくなる等の効果があるアンドレアルフスを飲ませる際に、紅茶を入れるのが得意だと言って、かなり長期間に渡って勘付かれぬよう少量ずつ摂取させていたようなのだ。
事実紅茶を淹れる技術には秀でており、生成が困難で高価な薬物をマーガレッタの紅茶にのみ仕込んでいれば、異変を周囲にも勘付かれづらい。
その事に気付けなかった後悔はマーガレッタとフェリシス、両者が共に持っている感情だ。
どうしてあの時と、そう思う気持ちは中々拭い去れるものでは無い。
だが、
「そう後悔してはいられませんもの。わたくしはわたくしらしく、この後悔を踏んで潰して乗り越えて、それで最高の貴族へとまた一歩近づくんですのよ。どれだけ大きく躓いたとしても、必ず」
「……私だってただマーガレッタ様の歩む道のりを後ろからついて行くつもりはありません。躓いたのなら支え、転んだのなら駆け寄って立ち上がるのを必ず助けます。紅茶が飲みたいと仰るのでしたら、私の淹れた紅茶で上書きして差し上げます!」
「そ、そうですの……。フェリシスもフェリシスであの一件以来なんだか遠慮が無くなりましたわね。別に、ダメだというつもりはありませんけれど……」
「既に想いを打ち明けた身ですから。まだ想いの丈全てを知って頂けた訳ではありませんが」
「え?あー、もしかして、そういう?」
「?」
分かりやすく頬を赤らめるマーガレッタと、同じように耳を赤くしながらもすまし顔で胸を張って開き直るフェリシス。
そして何かを察したニアと、首を傾げて理解が及んでいない様子のヴィル。
「あれってあたしの見間違いとか勘違いじゃなかったんだ」
「はい。貴族で、しかも同性である以上明かす訳にはいかないと秘めてきた想いでしたが、この機会に。口が裂けても良かった等とは言えない事件でしたが、この事だけは別です。仮にこの想いが果たされる未来がやってこないとしても、私はこの選択を後悔する事は無いでしょう」
心の底から安堵したような、そんな柔らかな表情を見せるフェリシスにニアが寄って手を握る。
「よかったじゃん、ちゃんと伝えられて。マーガレッタも受け入れてくれてるみたいだし。あたしの場合はほら、見ての通りそういうの伝わらない系だからさ」
「……どうやらそのようですね」
そんなやり取りを経て、ニアとフェリシスの二人に生暖かい視線を受けて尚、ヴィルに気付いた様子は全く無い。
普段は何もかもを見透かしたような目をする癖に、こういう時だけは嘘のように鈍いのだから質が悪いと、ニアとフェリシスは嘆息して思った。
次回第四章終了です
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