第109話 新人戦決着 一
初心者マーク付きの作者です。
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保護術式の詠唱と共に、体の中身が裏返る感覚とでも言うのだろうか。
自身の次元がずれる感覚というのは奇妙なもので、他に味わえない、例えようも無い体感を使用者にもたらす。
中にはその感覚にいつまで経っても慣れる事が出来ず、保護術式を使いたがらない人も居るとか。
魔力制御の甘さや感覚の鋭敏さが原因ともされているが、詳しい事は分かっていない。
ただ少なくとも、この場の六人にそうした弊害は見られないようだ。
決勝戦は試合開始から戦況は動かず、膠着状態が続いていた。
両者共にまだ一度も剣を交えておらず、またその前兆も見えない。
聖光学園側は恐らく、これまでのアルケミア学園の試合から開始直後の真正面への突撃、それからの真っ向勝負を想定して受け身の態勢を取っているのだろう。
大盾を前に、その後ろに剣と槍が控える隊列がそれを物語っている。
対するアルケミア学園は、
「さて、どう攻めましょうか。私達には事前に決めた作戦も無い訳だけれど」
「悪ぃ、オレのせいだ。オレが練習んときにちゃんとやってりゃこんなことには……」
「今更悔やんだって仕方無いでしょう。問題はこの場をどうするかよ」
前を見つめたままのバレンシアとは対照的に、ヴァルフォイルは俯き気味に弱音を零す。
確かにヴァルフォイルの言う通り、彼が最初から真面目に練習に取り組んでいればこのような事態にはなっていなかっただろう。
その事は最早疑いようもない。
だがヴァルフォイルは今、その事を心の底から悔やんでいた。
あの時ああしていれば、この時こうしていればと、そう。
であるならば、ヴィルにとってはそれで十分だった。
「なら問題は無いね。ヴァルフォイルが突っ込んで僕とシアがそれに合わせる。これまでと何も変わらない」
「そ、それでいいのかよ」
「自慢じゃないけど、人に合わせるのは得意なんだ。臨機応変に行こう。僕とシアならそれが出来る、でしょ?」
「いっそ馬鹿らしい位に安い挑発ね。けれどいいわ、お望み通り乗ってあげる。私とヴィルで合わせるから、ヴァルフォイルは好きなように暴れなさい。いつも通りにね」
「シア……」
そう言ってやれやれと肩を竦めるバレンシアの背中を見て、ヴァルフォイルが目を大きく見開く。
何事か言おうとして、しかし上手く言葉を紡げず口をパクパクと動かす。
が、やがて息を大きく吸い込むと、ヴィルとバレンシアの間から前に位置取り抜刀、腰を低く落として突撃の態勢を取る。
言葉で伝えられぬのならば態度で示す、それはヴィルがヴァルフォイルに行った事と同じだ。
魔力の立ち上るヴァルフォイルに合わせ、残る二人も仕掛ける準備を行う。
ヴァルフォイルのしなやかな筋肉がたわむ。
「――行くぜッ!」
合図と共にヴァルフォイルが走り始め、ヴィルとバレンシアがそれに続く。
全くズレの無い完璧なタイミングで駆け出した三人に、観客席が驚きでどよめく。
ここまでの戦い、アルケミア学園はいずれも個人プレーで各個撃破する形で、準決勝までを勝ち抜いてきていた。
それがいきなり一糸乱れぬ連携を見せ始めたのだから、驚くのも無理は無い。
ヴァルフォイルは盾と槍の生徒――タントとコールに向かって行き、バレンシアもそれに合わせるように二対二の状況を作りに行く。
であれば必然、ヴィルは片手剣のサイルの相手をする事になる。
異論は無い、先の宣誓通り全力で以て戦うだけだ。
「ヴィルくんか!相手にとって不足なし!」
「しっ――」
笑顔で防御の構えを取るサイルに対し、ヴィルは助走のエネルギーを乗せた強力な突きの一撃を放つ。
常人ならば目で捉える事すら困難な速度だが、決勝戦ともなればそう簡単にはいかない。
ヴィルの剣撃をギリギリまで引き付けてから半身になって避け、お返しとばかりにカウンターを見舞うサイル。
だが第二視界領域――半径五メートル以内の魔力の動きを脳内で把握し、それに伴って物体の動きも把握可能な特殊能力――で周囲を俯瞰出来るヴィルには通じず、胸が地面に着く程の低姿勢で反撃を掻い潜り、そのままサイルの足元を薙ぎ払いが刈る。
続けて飛んで宙に逃れたサイルに左下からの逆袈裟を放つが、
「はっ!」
逃げ場の無いサイルは空中で身を捻りながら剣で剣を受け流すという、何とも器用な手段でもって攻撃を凌ぎ、更には魔術まで織り交ぜてきたではないか。
剣を振った直線状に生じた鎌鼬を躱して思う。
ヴィルは最初、サイルの事を模範的で素直な剣技であるという風に認識していた。
だが蓋を開けて見ればどうだ、変幻自在で流れるような淀み無い動きで翻弄してくる。
決して王道ではないが、このまま進んでいけば一つの完成形に至る事は疑いようもない芯があった。
(これは楽しい勝負になりそうだ)
絶えず甲高い鋼音が闘技場に響き渡り、観客達を魅了する。
高密度に紡がれる剣戟は、とてもではないが一年のそれとは思えない。
何も知らなければどこかの大きな武術大会だと言われても、誰も不思議には思わないに違いない。
息を入れるヴィルの口元に笑みが浮かび、自然と使を握る手に力が籠る。
――ヴィルは今回、クラーラに借りた聖剣クリフィーラの能力を使わない事を最初に決めていた。
自分が下手に他人の聖剣を扱えると知られたくないというのもあるが、戦いの前に全力を出すと言った手前、借り物の聖剣の力を振るのは違うのではないかと思ったからだ。
正々堂々という言葉に相応しいのは、己の剣力で道を切り開く事こそだろう。
「君はすごいな!こんなに勝てないと思ったのは先生と戦った時以来だ!」
「それはどうも。君みたいな剣士にそう言って貰えて光栄だよ」
「だがこのまま負けるつもりは毛頭ない!速度を上げる。ついて来れるか?」
「愚問だね。君こそ遅れないように、ね!」
サイルの挑発に挑発で返し、ヴィルは一歩目の踏み込みから予備動作無しで加速、魔力を運動エネルギーに変換しつつ先以上の速度で迫るが、
(……速い)
対するサイルもまた凄まじい速度を見せ、直進する両者は一秒と待たずに激突する。
轟音――。
「おおおおおおおおおお!!」
「はあああああああああ!!」
上段斬り、左一文字、右袈裟、突き、多種多様な剣技が続く激しい剣戟。
不思議な事に、ヴィルとサイルの二人は鏡合わせのように同じ技をぶつけ合っており、その様は事前に示し合わせていたかのようだった。
だが勿論の事そのような事実は無く、ただ奇跡的に同じ技を繰り出し続けているに過ぎない。
ぶつかり合う金属音以外の雑音と観客の歓声も聞こえない、二人だけの世界。
集中の先にしか成立し得ない極限状態に、しかし少しずつズレが生じていく。
「くっ……!ぐぁ……!」
ズレの原因はサイルにある。
そもそもの前提として、サイルとヴィルには埋め難い剣力の差が存在しているのだ。
片や一個人として剣の頂を目指した者、片や銀翼騎士団の騎士として、人類を守護する勇者として鍛錬を積んできた者。
背負うものも覚悟も、そして費やした時間も比較になろう筈が無い。
サイルも魔術を混じえて使う事で何とか誤魔化そうとしているが、その魔術も本業程威力のあるものではなく、牽制程度に留まる。
ヴィルの圧倒的な技量と速度の前に、サイルの剣技は少しずつその精度を鈍らせていった。
遂には体勢を崩す程に大きく剣を弾かれ、サイルの胸に剣閃が炸裂する。
「いッ――――!『風よ』!」
それ以上の継続を困難と見たか、サイルは小さなつむじ風を起こしてヴィルの足を止め、バックステップで距離を取る。
胸に入った一条の傷は決して深くは無いが、しかし浅くも無い。
どくどくと血が溢れる傷口は保護術式で痛みが半減しているとはいえ、存在しているだけで身体の動きを阻害する。
一度体勢を立て直す為にも、距離を取るのが最善と判断したのだろう。
(シアとヴァルフォイルは……うん、大丈夫そうだね)
ヴィルはちらと横目で二人の優勢を確認する。
大盾相手に攻めあぐねているようではあるが、それも時間の問題だろう。
現にシアの魔術で地面は燃え上がり、ヴァルフォイルの桁外れの膂力で押し切りつつある。
あちらはあのまま任せておいても問題なさそうだ。
現状確認を終えたヴィルは、サイルが距離を取ったのを好機と見て一気に踏み込む。
身体能力、体力共に優勢と確信したヴィルは剛の剣で、息をつく間も与えぬ程の苛烈な猛攻を仕掛けていく。
サイルも負けじと応戦するが、ヴィルの放つ剣は一撃一撃が地名となり得るまでに重い。
合わせ、退け、受け流す腕に疲労が蓄積し、次第にその速度を鈍らせていく。
「『風よ』!『炎よ』!」
絶え間無い斬撃に魔術を滑り込ませ、何とか凌ぎながらも活路を見出そうとするサイル。
だがそれも長くは続かない。
ヴィルは既に魔術に対する剣での防御を捨て、身体に纏ったエネルギー操作魔術で分解するに留めていた。
もう何度もサイルの魔術を見て、回避や迎撃は不必要と判断したのだ。
遂に壁際まで追い詰められたサイルは咄嗟に土壁を生み出して防壁とするが、そんなものはお構いなしとばかりにヴィルの剣撃が襲いかかる。
――白く輝く聖剣の一撃が、空気を断つかのように土壁を斬り裂いた。
重ねて言うが、ヴィルは聖剣の能力を一切使用していない。
白の輝きはあくまでヴィルの魔力によるもの、単なる魔力強化だ。
だがその輝きは、聖剣の放つ光に劣らぬ程に強く、そして美しい。
しかし、美しいからと見惚れていては命を失う、これはそういう代償を必要とする美だ。
事実、土壁を斬り裂いたヴィルの剣は威力を落とす事無く、サイルの喉元へ迫っている。
回避不可、迎撃不可の銀閃は、一秒と経たずその首を落とすだろう。
(貰っ――)
「――させるかぁああああああ!!」
刃が首の肉を裂き頸椎に届こうかというその時、横合いから衝撃がヴィルを襲う。
激しく吹き飛ばされるヴィルはしかし、魔術で威力を和らげて何とかの着地に成功する。
領域に敵が入って来た時点で咄嗟に行動していたから助かったものの、まともに受けていれば右半身の骨はバラバラに砕けていた事だろう。
衝撃は確かにそれだけの威力を有していた。
サイルを仕留め損なった事は一旦忘れ、ヴィルは体勢を整え状況理解に徹する。
ヴィルを襲った衝撃の正体は大盾を持つタントだ。
恐らくはサイルの不利を悟って、窮地から救い出す為にここまで突進してきたのだろう。
バレンシアとヴァルフォイルの相手もあっただろうに、よくそれだけの隙を作り出したものだとヴィルは思う。
それだけタントという戦士が優秀であるという証左なのだが、今は面倒な事この上無い。
遅れて槍使いのコールと、バレンシアとヴァルフォイルが合流し、これで再度六対六の状況になった。
「タント!?何故……?俺はヴィルくんとの一騎打ちを……」
「この馬鹿野郎!これは個人戦じゃねぇ団体戦なんだぞ!もっと俺達を頼りやがれ!!」
「タント……」
「そうそう。それと情けない事に攻めが俺だけじゃあの二人は止められねぇんだわ。つーわけで、お前の剣も借りさせてもらうわ」
「コール……」
タントとコールの物言いに一瞬呆けていたサイルだが、二人の心意気に触れて目の中の闘志の色が変わる。
パンッと力強く己の頬を両手で張り、サイルは再び剣を握りしめて吠えた。
その様は先までの彼とは別人のようで、明らかに闘気の質が上がっている。
「二人共、感謝する。そしてヴィルくん、済まない。君とは一騎打ちで決着を付けたいと考えていたが、どうやらそんな我儘が通る程俺は強くないらしい」
「構わないさ。盾の彼が言う通りこれは三対三の団体戦なんだ、その点で言えばこれが正しい姿とも言える。それに……」
「それに?」
「チャンスはこの先幾らでもある。一騎打ちの決着はまたの機会といこうじゃないか」
「っ…………!感謝する!」
ヴィルの笑みはサイルへと伝播し、それに伴ってタントとコールの口元にも笑みが刻まれる。
それぞれが武器を構え直し、聖光学園側の三人の戦意が高まっていく。
それにつられたアルケミア学園側も……
「なぁ、オレらが置いてかれてる気がすんのは気のせいか?」
「……気のせいよ。良いから私達も参戦しないと、本当に置いて行かれるわよ」
バレンシアとヴァルフォイルが遅れて合流し、新人戦決勝戦は佳境を迎える。
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