第108話 置き土産 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
マーガレッタ救出作戦が決着して暫く、地上で別行動を取っていたニアが援軍を連れて、フェリシスの解呪も終えたヴィル達の元へとやって来た。
十人に満たない彼らは全員が白を基調とし、所々に青をあしらった騎士服を着用しており、あまりにも特徴的な援軍の正体に気付いたフェリシスが意外感に目を丸くする。
「銀翼騎士団?どうしてここに……」
「いやね?ヴィルに騎士を連れてきてって頼まれて探してたら真っ先にこの隊長さんを見つけちゃってさ。孤児院時代の顔見知りだったから来てもらったんだ」
「アルケミア学園に入ったとは聞いていたが、まさかこんな所で会うとはな。ヴィルとも再会の喜びを分かち合いたい所だが……その余裕は無さそうだ」
当然の事だが、この場に銀翼騎士団が来たのは偶然ではない。
事前に本部に連絡し、聖光学園内に事態収拾用の部隊を用意してもらっていたのだ。
隊長は荒れた倉庫内を見回してから、
「他にも敵が居た筈だな。隣か?」
「ええ。そちらの部屋に纏めてありますので皆さんで持ち帰って下さい。それからそこの魔剣は封印を施した上で厳重に保管をお願いします」
「分かった。マーガレッタ様、フェリシス様。お二人にも詳しい事情を伺いたいのでご同行を。すぐに聖光学園側に部屋を用意してもらいますのでそれまでここでお待ちいただく事になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません。マーガレッタ様もそれでよろしいですか?」
「ええ。あなた方に従いますわ」
「ご協力感謝します」
そんなやり取りをし、騎士三人を残して隣の部屋へと移っていった。
ニアがヴィル達の傍へと寄って来る。
「無事助けられたみたいだね。まあヴィルがしくじるなんてかけらも想像はしてなかったけど」
「僕は何もしてないよ。解呪こそしたけど、それもフェリシスが勝っていなければ間に合っていなかったかもしれない。マーガレッタ様を助けたのはフェリシスだよ」
「それは謙遜です。私一人の力ではとても……」
「かもしれないね。けどこの部屋を見れば分かるよ、フェリシスがどれだけ頑張ったか。あたしは毎日必死に努力してたフェリシスを知ってるからね。もっと胸を張っていいんだよ!」
「ニア……」
ニアが呪いが解け、綺麗になったフェリシスの手を握って笑いかける。
その笑顔につられるように、フェリシスの顔にも柔らかな笑顔が浮かんだ。
そんな二人を見て、フェリシスの膝を枕に休んでいたマーガレッタが体を起こす。
慌てたフェリシスが支えようと手を伸ばすが、他ならぬマーガレッタ本人がそれを手で制して止めた。
――深く、頭を下げる。
まだ体力が戻っておらず、座った状態での謝罪だが、マーガレッタの姿勢には心からの謝意が籠っているように見えた。
「お二人共、この度はわたくし事でご迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありませんでした。そしてあなた方が居なければわたくしは命を落としていたでしょう。心から感謝を」
「私からもありがとうございました。この礼は後日必ず」
「分かった。取り敢えず今日はしっかりと休息を取ってね。呪いは解呪したけど、マーガレッタ様の薬の方は後遺症が心配だ。禁断症状も出るだろうからお抱えの医者と相談して対処してもらって、話はそれからだよ」
「ええ、心得ましたわ」
そう穏やかに微笑むマーガレッタは、これまでの学園での印象とは随分と違っている。
薬が抜けてアンドレアルフスの影響が無くなったから、命の恩人に対してだから。
様々な考えがヴィルの頭をよぎるが、マーガレッタの隣に座るフェリシスの表情を一目見て理解した。
これこそが本来のマーガレッタが持つ慈愛であり、フェリシスが取り戻したいと願った主の姿なのだと。
カリスマとでも言うのだろうか、ヴィルの目すらも惹き付ける不思議な魅力がそこにあった。
「よしよし。これで一件落ちゃ……ああー!忘れてた!!」
突然に大きな叫び声を上げたニアに、マーガレッタがびくりと体を震わせる。
何事かと問いかけたのはフェリシスだ。
「えと、一体何を忘れていたのですか?」
「新人戦だよ!もう決勝が始まるの!ヴィルが居ないから探すの協力してって言われてたのに!」
「ああ、確かにもうそろそろ始まる頃合いだったね。急がないと」
「急がないと、じゃないよ!ホントに急がないとうちはシアとヴァルフォイルの二人だけになっちゃうん、だから!」
焦った様子のニアが背を押すが性別や体格の差も相まって動かせず、ヴィルはその場で困ったように笑う。
正直に評価して、例えアルケミア学園が二人で決勝戦に出場する事になろうと、聖光学園に負ける事は無いだろう。
だからと言って二人で出れば良いなどと言うつもりはヴィルには無い。
ヴァルフォイルにも言ったように、この新人戦は多くの人の思いを背負った上で出場する事が許されている場だ。
その思いを踏み躙る事は誰にも許されない。
だがそれはそれとして、まだこの場には回収する物が残っているのだ。
「分かってるからちょっと待って。まだフェリシスに剣を返してもらってないし」
「あ、そっか。ちょっと急かしすぎたかも、ごめん」
ニアは慌てて手を離すと、えへへと笑いながら手をひらひらと振ってみせる。
それを胡乱げな目で見つつ、ヴィルは剣を持つフェリシスの元へ近づいていく。
フェリシスはヴィルが近づくと腰のベルトと剣を外し、やや緊張した面持ちで剣を手渡した。
「剣、ありがとうございました。これがなかったらどうなっていたか……」
「いいんだよ。困った時はお互い様だ」
「その……最後に一つ質問をしてもよろしいですか?」
緊張の正体、それがこの質問なのだろう。
ある程度の予想はしつつ、ヴィルはベルトを腰に装着しながら笑みを湛えて首を傾げる。
「ん?何かな?」
「その剣、聖剣ですよね?それもあの呪剣と同等の。どこで手に入れたんですか?」
フェリシスの一歩踏み込んだ質問に、しかしヴィルは予想通りと内心で安堵する。
「ああ、これはクラーラの聖剣でね、借り物であって僕のじゃないんだ」
「へ?」
そのあまりにも常識外れな回答に、思わず間の抜けた声を上げてしまうフェリシス。
だがそれも仕方の無い事だろう、聖剣という存在はそれだけ大きいものだ。
これが本当に剣聖の娘クラーラの持つ聖剣クリフィーラならば、大貴族の邸宅と天秤に掛けて尚聖剣に軍配が上がる程にその価値は高い。
フェリシスは聖剣の価値を知っていたのだろう。
それ故に、それだけ価値がある剣を貸し借りしたクラーラとヴィルが信じられなかったのだ。
ぽんと貸したクラーラもだが、更に又貸ししたヴィルもヴィルだ、国宝クラスどころか国宝そのものに対する認識が足りていないのではないか。
「あ、クラーラにはちゃんとフェリシスに貸す承諾を貰ってるから安心して良いよ」
そんなフェリシスの考えをよそに、ヴィルは見当違いのフォローを入れていて何も言えない。
クラーラも相手がヴィルだからこそ信用したのだろうが、本当に規格外だ。
ベルトを締めたヴィルが、剣を腰に据えてフェリシスに向き直る。
――その姿に、フェリシスは思わず見惚れてしまった。
決闘のせいで制服はボロボロ、倉庫の汚れを落とした水に触れたからか何ともみすぼらしく映る。
だがそれでも、聖剣を携えて立つヴィルはお伽噺の騎士に見えた。
その姿に見惚れていたフェリシスだが、はっと我に帰ると慌てて居住まいを正す。
色々と聞きたい事もあるが、この場で言うべき言葉は一つだけだ。
「決勝戦、勝ってきて下さいね」
「勿論。皆に優勝を持ち帰ってくるさ」
ヴィルはふっと口の端を上げて笑い、ニアを伴って地上への出口に向かって駆けて行く。
その後ろ姿を、フェリシスとマーガレッタは寄り添い合い静かに見守っていた。
―――――
ヴィルとニアが地下を走っている頃、地上ではベールドミナ新人戦の決勝が始まろうとしていた。
会場には既に選手と観客が揃い、最後の戦いが始まるのを今か今かと待っている状況だ。
本来ならばとうに始まっている時間だったが、そうなっていないのはひとえにアルケミア学園の対戦校、本大会の開催校でもある聖光学園側が正々堂々の勝負を望んでいるからに他ならなかった。
だが、
「それもそう長くは待ってくれねぇぞ。ったく、一体ヴィルはどこに行きやがったんだ?時間に遅れるなんてあいつらしくもない」
「アンタが焦ってもどーにもなんないでしょうが。みっともないからチョットは落ち着きなさいな」
「そういうテメエも必死になって探してたろうがよ。俺には随分と苛立ってるように見えたんだがな」
「そぉお?アンタの気のせいじゃないの?」
「こ、コイツ……」
観客席に設けられたアルケミア学園の指定席、そこではザックとクレアがいつも通りの会話劇を繰り広げていた。
ヴィルが居ないという焦燥感を誤魔化す為なのだろうが、いささか緊張感に欠けるやり取りだ。
「ヴィルの事だ、また何かの事件に巻き込まれでもしたんだろう。フェリシスとニアも同時に消えた辺り、恐らくはマーガレッタ関係だろうな」
二人の二つ隣、ニアの席を空けてヴィルの席に座るグラシエルが呆れたようにこぼす。
彼女はこの半年に満たない僅かな期間で、ヴィルが巻き込まれ体質であると同時に厄介事に首を突っ込むお人好しな人物である事を理解していた。
担任教師という立場上、生徒が関わった事件は全て耳に入ってくるのだ。
その報告の中にヴィルの名前がある頻度からの傾向だった。
「先生、このままヴィルくんが間に合わなかったらどうなるんですか?代わりの選手を立てるとかなら決めておいた方が」
「いや、新人戦では選手交代は認められていない。アンナの言いたい事も分かるが例外は無い」
「そんな……」
「そう悲観するな、向こうの辛抱が持つ限り試合は始まらん。それにクラーラは何かを知っているようだしな」
「…………」
グラシエルの発言を聞いた生徒の視線がクラーラに集中する。
だが当のクラーラは座ったまま何を言うでもなく、ただ目を閉じて泰然とその時を待っていた。
そしてその目が開く。
「――来た」
振り返って上方を見上げたクラーラに釣られ、周囲の人々が一斉に後ろを振り向く。
視線の先には、多数の観客の頭上を飛び越えるヴィルと、ぜぇぜぇと息を切らしたニアの姿があった。
「「「ヴィル!!」」」
「待たせて済まない」
一切の足音無く華麗な着地を決めたヴィルは、開口一番にそう謝罪した。
待ち侘びたクラスの面々には言いたい事もあったが、今は試合が優先だと皆が思考を切り替える。
「ヴィルっち遅い!もう試合始まっちゃうよ!」
「了解、直ぐに行ってくる」
リリアに急かされ、すかさず中央に飛び込もうとするヴィルに対し、
「あー待て待て待て!そんなボロボロの服じゃ格好付かねぇだろ!俺の上着持ってけ!そら、よっと!」
制止したザックが自らのブレザーを脱ぎ、ヴィルに向かって放り投げる。
背格好がほぼ同じのザックとヴィルは、制服のサイズも似たり寄ったりなのだ。
「ザック……ありがとう」
そうして借りたブレザーへ袖を通すヴィルに、少し離れた位置からフェローが声を張り上げる。
「おーいヴィル、お前さっきの決闘で剣無くしてたろ!俺のを貸してやるよ!これで借り一つなー!」
ニヤリと笑うフェローは、本来であればヴィルを含めた周囲の好感度を上げ、自身の株を上げる事にも繋がっていたのだろうが、
「あ、ごめん。もうクラーラに借りちゃってるんだ、気持ちだけ頂くよ。クラーラ、引き続き借りていくけど良いかな?」
「いいよ。剣も喜んでるみたいだし」
「なんだ先約があったのかよ……ってそれ聖剣じゃねえか!!クラーラお前なんてもん貸し出してんだ正気か!?」
「ん?だってヴィルだし」
「ふっ、単純だが何とも納得できる理由だな」
クラーラの回答に、グラシエルが口の端を僅かに吊り上げて笑う。
ヴィルの普段の行いを見ていれば、それだけ信用される理由も分かるというものだ。
席から立ち上がったグラシエルは準備の整ったヴィルの後ろに回り、その背中を強く叩く。
予期せぬ激励に、ヴィルは目を丸くしてグラシエルを見て……
「行ってこい」
「はい!」
短いやり取り、だがそれだけで十分だった。
ヴィルはその場から大きく跳躍すると、そのままバレンシアとヴァルフォイルの待つ闘技場の中央へと降り立つ。
突然の闖入者に審判が一瞬色めき立つが、ヴィルが身に纏う制服の紋章を見て察したようだった。
「ようやく来たのね。間に合ったようで何よりだわ」
「オレぁ……何か言える立場でもねぇな。向こうはこっちを待ってやがったんだ、とりあえず礼だけ言っとけや」
バレンシアが腕を組んでそう言い、何故か頬を腫らしたヴァルフォイルはどこかばつが悪そうに頭を掻く。
そう簡単に解ける蟠りでも無いだろうに、ヴァルフォイルは努めて普通を取り繕おうとしている。
どうやら自分が居ない間に、バレンシアとフェローとレヴィアは上手くやったようだ。
そう考えたヴィルはヴァルフォイルの肩を叩き、それがそのまま彼への赦しとなった。
「聖光学園代表選手の皆さんに遅れてしまった事についての謝罪と、そして試合開始を待って頂いていた事に深く感謝を」
ヴィルは聖光学園側に向き直ると、深く一礼してそう述べる。
授業で皆伝を言い渡された見事な礼儀作法は、見た者に心からの誠実さを感じさせるには十分なものだった。
「何、礼など不要さ。けど、遅れて来た以上は期待してもいいんだろうね?」
「ああ、勿論。――僕の全力でもって君達を打倒しよう」
「ハッ、そうでなくては!」
ヴィルの返答に、相手校の生徒が好戦的な笑みを浮かべて武器を構える。
二人に続くようにして他の四人も各々構えを取り、臨戦態勢に入った。
審判が試合開始の合図を出すべく手を挙げると、観客の視線が闘技場の中央へ集中する。
そして……
「ベールドミナ新人戦決勝、試合開始!」
「「「「「「御天に誓う!!」」」」」」
会場に轟く歓声と共に、最後の戦いの火蓋が切られたのだった。
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