第10話 事変と覚悟 一
「「「「『御天に誓う』!!」」」」
闘技場の中、大勢の大人達に交じり変声前の少年の声が響く。
大勢の大人達に向かって勇ましく剣を向ける少年――レイドヴィルは十歳になっていた。
体格や顔つきも既に目に見える幼さは消え失せ、成人への道を順調に進んでいるように見える。
宣誓を終えると同時に、特訓相手の騎士達が一斉に襲い掛かった。
対するレイドヴィルは落ち着いた様子で、ゆっくりと息を吸い込んでいく。
すると、それに呼応するように段々とレイドヴィルの魔力が彼自身の体を覆い、不可視の形を伴って固まる。
これはレイドヴィルがイザベルの研究理論を応用して編み出した、ただ魔力を押し固める魔力障壁とはアプローチが異なる、言うなれば組み立てるような形の新しい魔力運用。
レイドヴィルとイザベルはこれを、魔力装甲と呼称している。
魔力装甲は従来の魔力障壁の持つ対魔術性能と身体強化に加え、ある程度の対物もこなす優れ物で、その有用性は実際に使用しているレイドヴィルが一番良く分かっている。
魔力を練り組み立てる過程にレイドヴィルのエネルギー操作魔術を使用する為、彼にしか使えないのが致命的な欠陥ではあるが、共同開発者であるイザベルは満足そうであったので良しとしよう。
「ら、ああぁ!!」
「はあっ!」
集団の中で一人先行してきた騎士が間合いに入った瞬間、触れることなく切り捨てられる。
淡い光となって消えた騎士に続いて来ていた騎士は、剣を打ち合わせた直後走った電撃に体を震わせている間に首を落とされた。
喉を、首を、胴を切られては消えていく騎士達とレイドヴィルには、既に埋めがたい実力差が存在している。
騎士達も黙ってやられていくだけではないが、立てる策略も組む陣形も、その全てをレイドヴィルは半径一メートルという狭い範囲内で打ち破っていく。
やがて相手をしていた最後の騎士が光と消えた所でわずかに視界がブレ、模擬戦は圧倒的なレイドヴィルの優勢で終了した。
「……ふぅー」
ぶっ続けで模擬戦をしていたレイドヴィルが大きく息を吐き、その場に座り込む。
その原因は肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労が蓄積していた為だ。
肉体的な体力の話をするのであれば、レイドヴィルは既に一人の騎士として活躍出来る程度に身体を作り上げている。
そも『御天に誓う』を使っている時点で肉体も魔力も消耗しない、するのは幾度も死線をくぐり続ける精神だけ。
「おつかれー、ヴィルくん」
「お疲れさまでした、レイドヴィル様」
「ありがとう、ベル姉。メイド長も」
終始観戦していたイザベルと、模擬戦の終わりに合わせて濡れたタオルを持ってきたメイド長に礼を一つ。
僅かに額を濡らす汗を拭き取り、さっぱりとした気分のレイドヴィルはほっと一息吐く。
「それにしても驚きです。たった十歳でこうして大人の騎士達を打ち倒すだなんて……やはり日々の練習が大輪の花を咲かせるのですね」
「うんうん、魔力装甲も上手く使えてるし、将来が楽しみですな~」
「そこまでじゃないよ。この間シルベスター領の方に行った時にかなり経験を積めたからね。そのおかげじゃないかな」
照れたように話すレイドヴィルとは対照的に、イザベルとメイド長は伏し目がちに目線を落とす。
実は先日、エミリーの誕生日会と領地の視察を兼ねて、レイドヴィルが人生初の外出をしたのだ。
そんな訪問中のある日、エミリーと護衛の騎士数名とで領地近くのある山に遊びに行ったのだが、その際に盗賊団と遭遇。
戦闘になり、エミリーだけは守らねばとレイドヴィルも参戦したのだが――
「確かその時初めて人を……」
「あ、うん。でも気にしないで。いつか経験する事だし。その時も迷いとか躊躇は特になかったから、後悔はしてないよ。けど……」
躊躇う様に言葉を切り、自嘲気味に笑うその様子からはレイドヴィルが本心から傷ついている事が覗える。
「――エミリーには、嫌われちゃったかな……」
「確かエミリー様を守るために全力で戦われたのですよね。エミリー様は蝶よ花よと育てられた方ですから、血や人の死はさぞ衝撃的だったのでしょう」
「うん……でもいつか仲直りできると思うんだ。また会った時にもう一度謝って、そうしたらまた友達に戻れるよ」
寂しげな表情はそのまま、しかし瞳の奥にはまだ希望があるように見える。
メイド長はその様子を見て安心したように微笑んだ。
「それでは参りましょうか。お食事の用意が整っていますから」
「沢山特訓して、沢山食べて……は余計だったか。立派になってエミリー様を驚かせないとね!」
二人並んで、一人は一歩引くように後ろを共に歩く。
恵まれ、充実したいつまでも続きそうな毎日。
だが、変化は無情にも突然に訪れる。
日常は残酷にも、唐突に崩れ去る。
そこに例外は、ただの一つとして、無い。
―――――――――――――――――――――――
それが起こったのは昼下がり、昼食を終えたレイドヴィルが腹ごなしに再度模擬戦を行っていた時の事だった。
――執務室にて。
「――以上で報告を終わります」
「ありがとう。下がって頂戴」
一礼して、報告を行っていた騎士が下がっていく。
ふぅと溜まった疲れを取るようにアルシリーナが吐息を零す。
三年前の魔獣の大量発生以来魔獣による被害報告は増える一方で、連日報告が山のように寄せられてくるのだ。
正騎士団や冒険者ギルドとも協力して事態の解決に努めており、今も騎士達が総出で出動しているものの、焼け石に水といった所だ。
この事は常に悩みの種として、頭から離れずに纏わりついている。
「私だ、入るよ」
と、そこに外に出ていたヴェイクが戻ってきた。
「おかえりなさいヴェイク、王国はどうって?」
「ああ、国としては騎士団からの人員拡充と、冒険者ギルドの魔獣討伐の報酬上乗せを行う方針のようだ」
「そう……無難な手だけど、現状ではそれが限界でしょうね」
アルシリーナが悔し気ながらも納得した表情で頷く。
未だ北の帝国との緊張状態が続く王国は、豊かではあるものの無限に財があるという訳では当然無い。
金を出し渋る気持ちは分からないではないが、こういう時くらいは思い切った決断をして欲しいものだ。
「分かったわ。それならこちらも国の方針に従う形で……」
「っ!!失礼します、奥様!!」
アルシリーナの言葉を遮るように、執務室へ駆け込んで来たのはメイド長だった。
それを驚いた表情でみるアルシリーナ。
それも当然か、普段ならばどれだけ急いでいても礼を失することのないメイド長が、入室前に声を掛けることなく、激しい音を立てて扉を開けたのだから。
「ど、どうしたの?そんなに慌てて……」
「大変です!!レイドヴィル様が大けがで意識不明の状態で!直ぐにこちらへ!!」
「なんですって!?――ヴェイク!」
「分かっている。事情は移動しながらでいいな?」
「はい、こちらです!」
―――――
メイド長の案内でレイドヴィルがいるという部屋へと向かう二人は、道中で事のあらましを聞く。
「――訓練中の事故?」
「はい、私も直接見たわけではありませんが、イザベル様や訓練に就いていた騎士の方々が仰っていました。『御天に誓う』を用いた模擬戦の途中で、突然レイドヴィル様が保護術式上で全身の骨を折って退場。その後、保護術式終了後に同じく全身を骨折なさったそうです。その場ですぐに治癒魔術による治療を受けたため一命は取り留めたようですが……状況は芳しくありません」
状況を話しながら向かっていたこともあり、スムーズにある程度の状況を理解した状態でレイドヴィルの元へと到着した。
抑えきれない焦燥感から、激しく扉を開け放って名前を呼ぶ。
「ヴィル!」
部屋の中に入り、真っ先に目についたのはベットに横たわるレイドヴィルだ。
毛布を被せられて全容は見えないものの、それ以外の見える範囲に傷はなさそうで、毛布も緩やかに上下を繰り返していてひとまずアルシリーナは安心する。
メイド長の言葉通り命に別状はないらしい。
それから落ち着いて部屋を見ると、俯きながら部屋の隅で立ち尽くすイザベルと、ベットの傍には銀翼騎士団所属、王国において最高峰の治癒魔術の素養を持つ、七翼が六翼、隊長のナリアが座っているのが見えた。
「ナリア、レイドヴィルの様子は……」
「アルシリーナ騎士団長……。既にご存じの事とは思いますが、状況は思わしくありません」
どこか疲れたように硬い表情で話すナリアは、一旦言葉を切ってレイドヴィルに掛かっている布団をめくり――
「っ!これは……抗魔具?」
布団に隠されていたレイドヴィルの腕には犯罪者を拘束する時などに使用する、抗魔石と呼ばれる魔力の働きを阻害する鉱石が使用された手錠が填められていた。
「こんなの、どうして……」
「……レイドヴィル君が重傷を負った原因は、魔術演算領域の暴走だと思われます。魔術の制御が利かず、体が自壊してしまったのだと。ですが身体には何の異常も見当たりませんでした。……ここからは仮説ですが、強すぎる魔術特性に魂が耐え切れずに、体が壊れてしまったのではないでしょうか。時々激痛にうなされる様子や、私の解析からもそうではないかと推測できます。彼は今、自分の魔力を制御出来る状態にありません。その証拠に……」
「……これはヴィルが特訓に使っていた剣だね。それにしても、酷い状態だ。普通に使っていればこんな風に柄がひしゃげる事はまず無い」
ヴェイクが無残になった剣を手に取り、ナリアの言葉を裏付けるように証言する。
これからより精密な検査を受ける必要はあるだろうが、証拠も揃い、王国一の腕を持つナリアがこう言う以上術式の暴走、魂の限界だと考えるのが自然だろう。
「……治療法はあるの?」
「悔しい事ですが治療は難しいと思われます。魔術演算領域を破壊するか…………あまり得策とは言えませんが、このまま自然の回復を祈るかです。後者ならば普通の生活は望めませんし、そもそも生きていられる可能性はかなり低いと思われます。仮に生き残れても激痛でまともに生活できるかどうか……。ただ、運が良ければこれまで通りに回復する可能性も残されています。前者ならば生きる事は可能でしょうが……二度と魔術を使う事は出来なくなります」
「そんな……」
俯きながらも話を聞いていたイザベルが、バッとショックと絶望に彩られた顔でナリアの方を見る。
実の弟のように接していたレイドヴィルの命は何よりも惜しい。
だが家庭教師を務めていた身としては、レイドヴィルが努力に努力を重ねてきた魔術が失われてしまう事もまた耐え難い事だった。
だが本当にどうしようもないのだろう、ナリアも悔しげな顔でレイドヴィルの方を見ている。
「どうかお早いご決断を。長引けば長引くほど、レイドヴィル君の命も危うくなりかねません」
それは最後通告、レイドヴィルの運命を左右する決断の時。
その部屋の中は、一家族が揃っているとは思えない程に沈鬱としていた。
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