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第105話 雷水鳴轟 三

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 私――マーガレッタという一人の貴族令嬢は、世間的に見れば上級貴族出身の才能に恵まれた魔術師だ。

 幼くして高い魔術の適性に目覚め、大人顔負けの雷魔術の腕を披露する私はいつからか『雷麗』の二つ名を付けられ、アルドリスクの神童と謳われるようになった。

 アルドリスク公爵家は、代々雷属性物理魔術の使い手を輩出する魔術的名家であり、それと同時に広大な領地を有する王国でも五本の指に入る家だ。

 必然家には毎日のように権力者たちが集まり、またアルドリスク家も積極的に強固な人脈を築き上げていた。

 そんな権力闘争渦巻く環境の中で、私は長女として生まれた。

 生まれてすぐ、両親が私の誕生を素直に喜んだかは分からない。

 両親は共に良くも悪くも、高位貴族らしい性格と思想の持ち主だ。

 領民に圧政を敷いていたりといった事は無かったが、尊き血を持った自分が平民達を導かなくてはならないと考え、身内には常に完璧を求め、特に血を受け継いだ子供には厳しく接した。

 気高くあれ、完璧であれ、常に上を目指し続けろ。

 そんな内容の言葉を口癖のように言う人達だから、もし私が才能を発揮しない凡人であったなら、どんな待遇で育てられていたか分かったものではない。

 だが幸いにも、五歳になった私は百年に一度の傑作と称えられた父すら凌駕する、稀代の魔術の才を発現した。

 両親は笑顔で私を褒め、それが私が初めて見た両親の笑顔となった。

 そして私はその時、才能を持つ者には義務がある事を知る。

 貴族として生き、領地を発展させる者としての責務――即ち領主としての役割だ。

 思えば両親はこの時から私に期待していたのだろう。

 魔術特性が発覚してからというもの、私の生活は多忙を極めた。

 一般教養、礼儀作法、魔術訓練、領地経営の勉強。

 今考えれば過酷な内容だったが、当時の私は周囲の期待に応える行為を苦とも思わず、日々を過ごしていた。

 そんなある日の事、息抜きにメイドを連れて庭を散歩していると、一人の子供がいじめを受けている現場に遭遇したのだ。


「あなたたち、なにをしていますの!!」


 私はただ、人の上に立つ者として曲がった事は許せないという、幼い正義感に従ってその子供を助けたに過ぎなかった。

 その子供は名をフェリシスと言った。

 フェリシスが当時吸収したばかりだった領地の家の出らしいというのは、フェリシスを助けた後に知った事だ。

 それからというものフェリシスはすっかり私に懐いてしまい、私もまた自分の子分が増えたと喜び、暇な時間は毎度のように連れ回した。

 勉強の息抜きの散歩やちょっとしたお茶会、果ては貴族の子供が集められるパーティーにまで。

 私の周りには、常に人が絶えなかった。

 幼い内に取り入ろうとする大人達や、その大人に言われて仲良くしようと寄ってくる子供。

 或いはそれは強い人の傍に居れば得が出来るという、子供ならではの考えだったのかもしれない。

 だがそんな下心を秘めた人達とは異なり、フェリシスは純粋に私個人を見て付き合ってくれていた。

 勿論フェリシスの本心は知り得ない、アルドリスク家に住んでいる彼女が追い出されまいと無理をしていた可能性だってある。

 けれどいつしか、私の一番のお気に入りはフェリシスになっていた。

 家庭教師にフェリシスと授業を受けられるよう頼むと、必然遊びの間だけでなく勉強の時間も一緒にいる事が多くなる。

 慣れない環境ながらも、すぐに才覚を現し知識を吸収していくフェリシス。

 彼女を傍に置く私の将来はより明るいものとなるだろう、私は心の中でそんな風に考えていた。

 ――当時の私が何度挑んでも勝てなかった教師を、フェリシスが初の模擬戦で倒してしまうその時までは。


 ―――――――――――――――――――――――


「私が、マーガレッタ様を心よりお慕いしているからです」


 何かの作戦か、そうでなくては枷を外した代償で頭がおかしくなってしまったのか。

 それがフェリシスの発言を聞いて、私が率直に思った感想だった。

 だってそうだろう、模擬戦ではない命の取り合いをしている状況下で、相手に向けて笑顔さえ浮かべて愛を囁いているのだから。

 ――そう、これは愛の告白だ。

 俄かには信じ難い事に、目の前の少女は確かに私に向けた愛を嘯いていた。

 目に、視線に、口に、吐息に、表情に、言葉に、全身に愛を込めて、私への想いを語って見せたのだ。

 思考を止め隙を晒した私への不意打ちも、虚偽の発言だったと弁明する言葉も、どれだけ待てども出て来る気配は無い。

 こんなの、こんなのは……


「間違っていますわ……」


「間違ってなどいません。私はあの日あの時、マーガレッタ様にお救い頂いた瞬間より密かに想い続けておりました。この言葉には一欠けらの嘘もありはしません」


「そんなの嘘ですわ!!」


 フェリシスの言葉を否定する、否定しなければならない……筈だ。

 だってそんなの、有り得ない。

 確かに私にはアルドリスク家の一人娘という肩書きがある。

 それは一種のステータスであり、王国内どころか他国の人間でも知っている事実だ。

 加えて私の容姿は自惚れでもなんでもなく万人が美しいと答える程整っており、立ち振る舞いも貴族の娘として恥ずかしくないよう教育されてきた。

 そんな私に憧れる人は数多くいたし、年の近い男子からは何度もそうした感情を向けられていたのだ。

 けれど、愛を向けられた事は一度たりとも無かった。

 貴族として生を受けた以上、恋だの愛だのが成就する確率は限りなく低い。

 その相手が同性であるのならば尚更。


「あなたは、あなただけはわたくしを認めてはいけないのに!」


 一番傍で私を見てきたフェリシスだけは、私が世間のイメージと乖離した人物である事も分かっている筈なのだ。

 何事も一度でやってのけるなんて冗談じゃない、本当の私はそんな大層な人間なんかじゃない。

 他人を利害でしか評価できず、高慢で、周囲に厳しく接する性格の悪い女、それが私だ。

 フェリシスのような善人に思いを寄せられる程、大層な人間では無い。

 こんな私を想っていたのでは、フェリシスがあまりに報われないではないか。


「結局あなたは何も分かっていないのですわ!わたくしが如何に醜く、浅ましい人間なのか。わたくしがあなたを救った?そんなものただの気まぐれですわよ。クトライアの血を継いでいるなら何かには使えるだろうと思っただけで……。あなたは少し拾われたという恩義を恋慕と勘違いしているだけですわ!!」


「マーガレッタ様こそ何も分かっていらっしゃらない!ただ拾い上げられたというだけで、今私の胸がこんなに痛むものですか!!」


 否定の叫びに対し、フェリシスは即座にそう返してきた。

 正体不明の激情に激情で返され、一瞬言葉を失ってしまう。

 私は一体何をしているのか。

 こんな事をしている暇は無い筈だ、皆と合流する為に今すぐにでもフェリシスを殺して……殺さねば、ならぬというのに。

 本当に、殺さなくてはならないのだろうか。

 いや、違う。

 人の指図を受ける気はさらさら無いが、他ならぬサラの頼みなのだ、聞き入れなくては。

 ……サラとはそこまで親密な仲だっただろうか?

 そんな思考の合間にも、フェリシスは気持ちの吐露を止めない。


「私がお慕いしているのはあの日あの時、私を救って下さった瞬間のマーガレッタ様だけではありません。雷麗と称えられる強いマーガレッタ様も、公爵令嬢としての見本になる美しいマーガレッタ様も……そうやって醜い所を隠して、裏で努力を重ねて気丈に振舞い続ける、そんな弱いマーガレッタ様も、私は想っているのです!」


「わたくしはそんな綺麗な人間じゃありませんの!あなたが言うような、人格者などでは」


「それでも皆の見本となる為に強く在ろうとし、己を律し続けるマーガレッタ様こそが、私が恋慕する唯一の方なのです」


 遂に言葉にしてしまったフェリシスの真っ直ぐな瞳に、思わずたじろいでしまう。

 どうしてそこまでこんな私を想う事ができるのか、全く理解が及ばない。

 ただ一つだけ分かる事があるとすれば、これほどまでに気圧されるこれは本物の感情であるという事。


「そんな理由など、認められる訳がありませんわ……!」


「ならば理屈をこねくり回す必要はありませんね。ただ出会った時よりマーガレッタ様をお慕いしている、この世界のどこにでもありふれた一目惚れです。これならいかがですか?」


「っ…………!」


 理屈で否定しようにも、フェリシスはそれすら許してはくれない。

 一目惚れの真偽は定かでは無いが、理屈は否定出来ても感情は否定出来ない。

 感情を否定する事は即ち、フェリシスを否定する事になってしまう。


「わたくしは……わたくし、は……」


 分からない、もうフェリシスという存在が分からない。

 十年近くも傍に居て常に自分を支え続けてくれた、もし立場が対等であれば幼馴染の関係であったろう彼女が、今はもう何も。

 動揺を隠せない私に、フェリシスがフッと笑い掛ける。


「別に私の気持ちを受け入れて欲しいという訳ではありません。身分の差以上に、性の差が覆し難い壁だというのは重々承知している事ですから」


「ならば、どうしてわたくしに伝えたんですの……?」


「――マーガレッタ様を、その身を縛る闇よりお救いする為に」


 真面目な顔で小恥ずかしい台詞を口にして、枷を外したフェリシスが剣を向ける。

 その相手は私であって私でなく、その奥に渦巻く醜悪だった。


「あ、あ……ああ……!」


 頭が割れるように痛い、頭蓋の中身がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているようだ。

 剣を持った右手が疼く、濃密な魔力に反応して、魔剣がフェリシスの血を求めているのが分かる。

 でも――駄目だ。

 斬れない、殺せない、フェリシスだけは、絶対に。

 そんな抵抗の意思を踏み躙るかのように、魔剣が右手から右腕を侵食してくる。


「ぅぐ、ぁあああああああ!!」


「マーガレッタ様!」


 異変に気付いたフェリシスが駆け寄ってくるが、既に身体の制御は手元を離れた。

 拒絶するように振るわれた剣が、伸ばされたフェリシスの腕を斬り裂く。

 その白い柔肌に、一条の深い傷と呪いを残して。


「近寄らないでぇええええ!!」


 魔剣が、私の意思を捻じ曲げる。

 フェリシスに付けられた呪いは、それ自体が生き物かのように蠢き広がっていく。

 その呪いは宿主である私すら例外なく、じわじわと浸食を進める。

 首の右側は熱を持ったかのようで、もう顔の近くまであの醜い呪いに侵されているのだろう。

 私はもういい、違法な薬で操られ魔剣を握ったのだ、その結果死ぬのなら自業自得だ。

 だがフェリシスは違う、人に愛される資格などない私に叶わぬ恋をし、何事にも真摯に向き合うこんなにも純粋な少女が命まで落として良い訳が無い。


「逃げなさい……あなたはまだ助かりますわ。これ以上、あなたを傷付ける訳には……」


「マーガレッタ様を置いて逃げる事など出来ません!それに、私はマーガレッタ様を救う為にここに来たのです。ここで逃げてしまえば、何の為にここまで来たのか分からなくなります!」


「そんなの、できっこありませんわ……っ!」


 フェリシスは私を救おうとしている。

 それは分かるが、その方法が分からない。

 まだ呪いを受けたばかりのフェリシスはともかく、私はもう手遅れなのだ。

 既に右手を中心に、魔剣の呪いが広がり過ぎている。

 例えどれだけ腕の良い治癒術師に掛かったとしても、これだけ広範囲の呪いを解呪するのは至難の業だろう。

 だがフェリシスはまだ軽度だ、呪いの原因から離れれば十分助かる。

 だと言うのに、


「この程度で、マーガレッタ様を諦められるものですか!!」


「フェリシス……」


 フェリシスには諦めという概念が、まるで存在していない。

 どくどくと腕から真っ赤な血を流しながら、両手で白く綺麗な細身の剣を握り直す。

 魔剣の力により、剣というものを理解した今の私なら分かる。

 フェリシスの構えは格好こそらしく見えるが、その中身はあまりにもお粗末だ。

 良くも悪くも教科書通りの型で、にも拘らずあれでは次の行動に一歩遅れてしまう。

 フェリシスが剣を学んでいたという記憶は無い、つまりあれは文字通りの付け焼刃という事だ。

 私がおかしくなってから今までの短時間に、一体どれだけの鍛錬を積んだのだろうか。

 そしてその努力の全ては、私を救う為。

 ……ああ、私は本当に馬鹿だ。

 フェリシスが私に想いを寄せている事実に気付けた筈なのに、そんな可能性を無意識に切り捨てていた愚か者だ。

 価値が無い、資格が無いなどと、本当に救えない。

 あのフェリシスが認めてくれている、たったそれだけで価値も資格もあるではないか。

 ただ私は、その価値と資格を自分で捨てていただけなのだ。


「――やっと、名前で呼んでくれましたね、私の太陽、私の、親友」


 友などと、そんな風に呼んで貰っても良いのだろうか。

 もしも、もしもだ、フェリシスの前でだけ公爵家の人間としての立ち居振る舞いを捨て、一人の友人として接する事が出来たのなら。

 出来たなら、私は――


「――助けて、フェリシス」


 みっともなく乞って頼って縋っても、許されるのだろうか。


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