第104話 雷水鳴轟 二
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
私――フェリシスという一人の貴族令嬢は、世間的に見れば弱小貴族出身の出来損ない魔術師に過ぎない。
実力で言えばそこらの魔術師よりも高いのだが、クトライアのという冠が付いた途端そういう評価が付く。
クトライア子爵家は、代々優秀な水属性物理魔術の使い手を輩出する魔術的名家であり、貴族としての位は低くともそれ以上の扱いを受ける家だ。
必然周囲からはより強力な魔術師を生み出す事を求められ、両親がどんな気持ちでいたのか、今の私ならそれが分かる気がする。
それはさておき、両親が結婚して直ぐに生まれたのが私だ。
まともだった両親は私の誕生を素直に喜び、歪んだ周囲の大人もその時は打算的ながらも祝福していた。
――五歳になって魔術が発現した私に、期待されたような魔術の才が無いと発覚するまでは。
魔術適性――水、魔力――普通、魔力効率――普通、発動速度――普通、有効距離・範囲共に普通。
笑顔で両親と同じ水属性で良かったと笑う私に、両親だけは嬉しそうに笑い掛けてくれていた。
だが周囲の人間はそうはいかない。
今回は残念だったと、次はきっとと両親に心にも無い励ましの声を掛けていく大人達。
残念?次は?なら……私は?
私は幼いながらに、自分が望まれた存在ではないのだと気付いてしまっていたのだ。
その後も、遠回しに次の子供の事ばかり聞いてくる周囲の人間に愛想笑いを振りまきながら、両親は私にだけは本物の笑顔を見せてくれた。
両親が居たからこそ、私は他の誰に認めて貰えずとも幸せに生きていける、そう考えて日々を送る事が出来ていたのだ。
――王城からの帰り、父を乗せた馬車が盗賊の襲撃に遭ったと聞かされた時、私は驚きのあまり思考が蒸発していて、当時の記憶があまりない。
ただ母と一緒になり、二人で声を上げて泣いた事だけが鮮明な記憶として焼き付いている。
父は先代の嫡男であり、母は家に嫁ぐ形で入って来た下級貴族の出だった。
実質的に血の途絶えた家に、最早利用価値などありはしない。
父の葬式は、その付き合いの広さからは考えられない少人数で執り行われた。
私はそれを寂しいとは思わない。
私にとって重要だったのは家族だけであり、父の葬式を母と悲しむ事が出来ただけで十分だったからだ。
だが、その後の生活は困難を極める事となる。
現当主を失ったクトライア家は先代の当主――私の祖父が政務に復帰する事で辛うじて領地経営していたが、依存していた人が離れ他の貴族の支援を受けられなくなった家がそう長く続く訳も無い。
結局一年ともたず、クトライア家の土地は隣領地であるアルドリスク家に吸収される事となる。
祖父母やメイド達は旧クトライア領の維持に残り、それに伴って私と母はアルドリスク邸に住む運びとなった。
だが私は女王陛下より下賜された領地を失った家の、出来損ないの娘。
代々続いてきた家を潰した愚かさは幼くとも理解出来るらしく、私はよく年の近い子達にいじめられていた。
父を失い、家と領地を失い、そうしてやって来たこの土地でも安寧は訪れないのか。
そんな生活の続いた私は次第に抵抗する事も忘れ、半ば諦めるように嫌がらせを受け続けたある日の事だ。
「あなたたち、なにをしていますの!!」
――私はその日、金色の太陽に出会った。
―――――――――――――――――――――――
マーガレッタ様が動いてすぐ、左手を前に出し水塊を三つ飛ばす。
右手にはヴィルに貸してもらった剣があるが、これはあくまでも護身用。
積極的に借りた剣を使うつもりは無い。
マーガレッタ様と戦うと決めた時、ヴィルから貰ったアドバイスは三つ。
一つ目は極力接近戦を避ける事。
理由はいくつかあるが、最大の理由としてはマーガレッタ様が持つ呪剣バルスラグの厄介すぎる能力だ。
一度も剣を握った事の無い子供であろうと、前の所有者の剣技を模倣し放てるようになる。
教養としての剣技しか知らない私が、そんな相手とまともにやり合える筈が無いだろう。
二つ目はマーガレッタ様がこれまで通りの実力であると思わない事。
ヴィル曰く、聖剣魔剣には身体能力や魔術を強化する基礎能力があるそうだ。
私の中には、誰よりもマーガレッタ様について詳しいという、ある種の驕りがあった。
放った水塊がいとも容易く斬り裂かれ、代わりに漆黒の雷撃が飛んでくる。
「はあっ!」
すかさず周囲の水を集めて防壁を築くが、相当な厚みを持たせて尚殆どが蒸発してしまった。
想像を絶する威力の魔術。
ヴィルの忠告が無ければ、私はこの時点で威力を見誤って負けていただろう。
そして三つ目は、可能な限り様子見や牽制を排し、短期決戦に持ち込む事。
最後のこれは助言というよりも、私がマーガレッタ様と戦う上で守らなければならない大前提、最低条件だ。
その理由を説明するには、まず私の体質について知っておく必要があるだろう。
魔術には魔術適性、魔力効率、有効距離、有効範囲、発動速度など様々な項目が設定されている。
その殆どが平均かやや優秀程度に収まる私だが、たった一つ、世界中のどんな魔術師も及ばないレベルで抜きん出ている項目が一つだけ存在する。
――それは一度の魔術に込められる魔力の量、所謂出力限界という項目だ。
通常、人は自身が保有する魔力の内、全てが一度に放出可能という訳にはいかない。
2000の内100を出力可能な術師が居れば、800の内200を出力可能な術師も居る。
そして私は1300ある保有魔力の内、最大で500までを一度に放出できる。
他の項目では一線級の魔術師に数段劣るが、私は私と同量の魔力を放てる術師を他に知らない。
直接見た事も競った事も無いが、或いはこの一点だけでもグラシエル先生にも勝てる可能性はある。
だがこの体質を聞いて、誰もが真っ先に思い浮かぶであろう欠点がそう、魔力の消費効率だ。
500使えるからと言って二発放てばその時点で枯渇するし、当然魔力を多く使う魔術は制御も難しい。
更に難点として、その出力限界を引き出すためには私の感覚の話にはなるが、ある種の枷のようなものを外す必要があるのだ。
その枷を外すと出力限界が上がるだけでなく、平時と比べて魔力の操作精度や身体能力なども上がる反面、徐々に魔力を消費してしまう。
詳しい原理は分かっていないが、普段は身の丈に合わない出力限界や操作精度に無意識に蓋をしており、枷を外すというイメージを引き金に解除しているのではないか、私はそう考えている。
魔力の消費も、無理に枷を外している代償と考えれば説明が付く。
肉体的にも魔力的にも、この状態はそう長く続けていられない。
それ故の短期決戦だ。
「『水穿渦』ッ!」
浮かんだ水球から、圧縮された水の槍を連続で放つ。
水という属性、特に物理の魔術は侮られがちだが、その共通観念を打ち崩したのがクトライアの魔術だ。
一たび触れれば肌を裂き肉を穿つ、そんな高圧高威力の槍が枷を外した状態ならばいくらでも出せる。
これならば流石のマーガレッタ様も防御に専念せざるを――
「――『雷衝波』」
「――――ッ!!」
得ない、それは誤りだった。
マーガレッタ様はお構いなしに地面を舐めるように雷の波を放ち、水の槍とすれ違ってこちらに迫る。
急いで水の防波堤を作って対処しマーガレッタ様を見ると、私の放った槍はその全てが剣で受け流すようにして呆気無く後方へと消えてしまっていた。
剣とは、ああも綺麗に魔術を流してしまうのか。
刹那の思考の間隙、突進が、来る。
「水よ!」
だが安易に距離は詰めさせない。
私へのルートに障害物となるよう水の棘を配置し、更に絶え間無く水の弾丸を撃ち続ける。
だがマーガレッタ様は速度を落とすどころか、命中する弾丸全てを斬り落とし棘を払いながら一直線に、寧ろ速度を増して私を捉えに来る。
中途半端な足止めは魔力を浪費するだけの愚策、ならば。
「はあぁ!」
「へぇ……」
両手で剣の柄を握り、大上段に構えて迎え撃つ――振りをする。
それを接近戦の合図と勘違いしたマーガレッタ様は私に応えるように、遂にその刃を届かせた。
マーガレッタ様は中段の横薙ぎ、そのままの軌道で進めば振り下ろす私の剣とぶつかり、膂力で遠く及ばない私は容易く押し切られてしまうだろう。
故に真正面からは斬り合わない。
剣と剣とが衝突する直前に腰を落とし、刃を滑らせるようにして前に進む。
その凄まじい威力に腕が軋む、剣越しに載った手応えが大岩のように重い。
すると頭上を横薙ぎの剣閃が駆け抜け、私は再び剣の間合いを大きく離す事に成功した。
だが安堵はしない、更に距離を取りつつ続けざまに魔術を放ち、息つく暇を与えない。
「やはり、あなたのそれはお飾りでしたのね」
落胆したような台詞と共に腕を薙ぎ払い、同時に黒の雷撃が私の魔術を掻き消した。
それからマーガレッタ様の細く綺麗な指が私を指し、
「『被雷身』」
来た――!
「『ニンフの羽衣』」
『被雷身』――任意の相手に誘電性を付与する魔術――に指定され雷撃が襲い来る直前、何とか防御魔術を滑り込ませる事が叶い、魔術が間一髪で肌と服の上を滑っていく。
『ニンフの羽衣』とは水属性防御魔術の一つで、自身に水の膜を張る事で魔術に対する耐性を得る効果がある。
流石に致命傷となるような威力のものは防げないが、今のように低威力の魔術であれば弾けるという訳だ。
だが当然その分の魔力は消費する。
枷を外している今の私にとって、その消費は少なくない出費だった。
「くっ、ぅぁ……はぁ……はぁ……」
急な眩暈に立ち眩みがし、私はその場に立っていられず咄嗟に傍にあった箱に寄り掛かってしまう。
視界が狭まり、生じた違和感を探り手で顔を拭う。
そうして見た手には真っ赤な塗料、ではなく、鼻から流れた血液がべったりと付着していた。
息が荒い、動機が収まらない。
肺と心臓が異常を訴え、きりきりと締め付けられるような痛みが断続的に発生している。
頭も酷く重い。
「ふんっ、どうやら限界のようですわね。枷を外してあれだけ魔術を連発したんですもの、肉体が負荷に耐えきれなくなっても不自然ではありませんわ」
鼻で笑うマーガレッタ様が言語化した途端、染み込んだ言葉がそのまま症状となって表れていく気がした。
肉体が負荷に耐えきれない。
それはそうだ、普段扱わない量の魔力を一度に操り、普段放出しない量の魔力を回していたのだから。
これまで節制に努めてきたが何と言う事は無い、魔力より先に身体が限界を迎えたというだけの事。
自分の不甲斐無さに奥歯を噛む。
「代償が存在する以上毎日鍛練する訳にはいかない、クトライア最後の秘術であるが故においそれと他人に見せる訳にはいかない。思っていたよりも手強かったのは事実ですけれど、所詮その程度ですわ」
私を見下ろし嘲るように言うマーガレッタ様は息こそ上がっていたが、まだ余力を残しているように見える。
対して私は息も絶え絶えに、箱に寄り掛からなければ立っていられない程消耗してしまっていた。
苦戦こそしつつも一人で倒せると、そう信じていなかったと言えば嘘になる。
最後にマーガレッタ様と戦ったのは一年と少し前、まだ学園に入学していない頃だったが、その時は私が勝った。
その前も私が枷を外せば必ず、物量で押し切る形でマーガレッタ様にも勝つ事が出来ていたのだ。
当時は魔剣も持っていなかったし、それに伴う魔術強化や薬物による強化もまた存在していなかった。
魔剣という存在は、それだけ驚異的な力を持っているという事なのだろう。
やはり、埋め難い装備の格差がある以上、代案であるヴィルに頼らざるを……
「諦めなさい」
――信じてるよ
不意に、ヴィルに貰った言葉が脳裏によぎる。
「ああああ!!」
「ッッ!?急になんですの!?」
突然大声を出した私に、マーガレッタ様が大層驚かれる。
だが私はそれを気に留める余裕も無く、自分の愚かさにただ憤っていた。
魔剣?薬物?装備の格差?私は一体どれだけマーガレッタ様を侮辱すれば気が済むのか。
どうして一年も前の戦いとの差異をそんな風に決め付けてしまったのか。
その差をマーガレッタ様の努力とどうして考えられなかったのか。
私は、いつからこうも簡単に人に頼るようになってしまったのか。
領地を失い貴族の責務を忘れ、マーガレッタ様のお傍に付いてからは悩む事も殆ど無くなった。
だってマーガレッタ様の後ろを歩いていれば、全てが上手くいくのだと信じていたから。
何たる惰弱、何たる他力本願か。
震える腕に力を入れ、寄り掛かっていた箱から手を放す。
同時に立ち眩みが発生したが気合で耐え、剣を構えて再び戦意を高めていく。
「どうして、そこまでするんですの?あなたでは今のわたくしには勝てない、それくらい分かっているでしょうに。どうして……?」
確固たる意志を見て諦めていない事を悟ったのか、マーガレッタ様が私に疑問を投げ掛けてきた。
確かに、マーガレッタ様から見れば私は理解不能の存在だろう。
薬物と呪剣で強化されたマーガレッタ様と私の差は歴然、まだ魔力が残っているとはいえそれも残り僅か。
正直言って望みの薄い勝負だ。
けれど、それでもなお諦めないのはきっと――
「――私が、マーガレッタ様を心よりお慕いしているからです」
場違いと分かっていても尚高鳴る胸に手を当て、私はマーガレッタ様の目を見てそう微笑みかけた。
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