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第102話 敗者の矜持

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 ゆっくりと、意識が暗闇から浮上する。

 微睡みの中で遠く聞こえるのは、三人の話し声だ。

 一人は女好きで一人は面食い、自分の友人ながらこれまた碌でも無いのが集まったものだと思う。

 だが長い付き合いなだけあって、良い所の一つや二つが簡単に思いつく位には二人の事を信用していた。

 それを本人に面と向かって言おうとは絶対に思わないが。

 そして最後の一人、この声の主には一言や二言では表し切れないだけの感情を抱いている事を自覚していた。

 或いは、他人と競い合う以上の情熱を持てるのは、彼女だけではあるまいかと思う程に想っていた。

 だがそれも、今回の件で完全に望みは絶たれただろう。

 元々、自分が彼女から幼馴染以上の感情を向けられていない事は薄々勘付いていたのだ。

 幼い日にはこのまま結ばれるのが当然と思っていた時期もあったが、世界がそう単純に出来ていないと気付いてからは違った。

 ならば自分の努力で振り向かせようと奮起した事もあったが、結果は惨敗。

 失恋に心を痛めた事も一度や二度では無かったが、それでも思いは揺らがず諦めきれなかった。

 そんなにも想っていたのに、結局彼女を取られた嫉妬心から暴走してこのザマだ。

 自分の無様さに嫌気が差す。

 これなら彼女にも愛想を尽かされて当然だ。

 曖昧だった意識が明確になり、完全に意識が覚醒する。

 だが先程までの行動を顧みた結果、彼女に合わせる顔が無く、もう少しこのまま微睡んでいようとして――


「――起きているのでしょう。もう皆気付いているから目を開けなさい。焼くわよ」


「――――」


 いっその事、罰として焼いてくれればという思考が脳裏を過ぎったが、それでまた治療の手間を取らせるのも悪いと感じ、渋々瞼を開く。

 すると目の前には、ベッドに横たわる自分を覗き込む三人の姿があった。


「やっと起きたかよ。ヴィルに散々ボコられて良かったな。ぶっ倒れてたお前はイケメンだったぜ」


 思わず殴りたくなるようなニヤニヤ顔を見せてくるフェロー。


「あの時のヴィルはすっごくカッコよかったわねえ。その点はヴァルフォイルも凄く良かったわよ?まあ引き立て役としてだけど」


 クスクスと小馬鹿にして笑うレヴィア。

 そして……


「けどヴィルもやりすぎたわね。あれだけボロボロにされたら、私が殴る訳にはいかなくなったじゃない。少し位私の分も残しておいて欲しかったわ」


 詰まらなさげに嘆息するバレンシアだ。

 自分が悪いと分かっている状況でも尚、その表情と心が目を惹き付けて離さない。

 だがこのまま見惚れている訳にもいかず、全く把握出来ていない現状確認を試みる。


「……ここは……?」


「医務室よ。ヴィルとの決闘の後、結局意識が戻らなかったあなたはアンナから簡単な治療を受けてここに運ばれてきたの。次に顔を合わせる機会があったらお礼を言っておきなさい」


「新人戦の、決勝は?」


「まだよ。さっきまで行われてた準決勝も聖光学園の勝利で終わって、今は決勝までの待ち時間という所ね。いくら快勝だったからと言って、戦って直ぐにうちと決勝という訳にはいかないでしょう?身体的な疲労はほぼ無いにしても精神的なものは別なのだし」


「そうか。てか別にそんな詳しく説明されなくたって分かる。オレもそこまでバカじゃねぇんだからよ」


 思わずいつもの口を突いて出た言葉に、バレンシアの目がすっと冷めて細められる。


「あらそう。私はてっきりただでさえ馬鹿で単純で救いようの無い頭の中身が、決闘でヴィルに繰り返し殴られて取り返しのつかないレベルでパーになってやしないかと心配して懇切丁寧に説明したのだけど、どうやらその心配は杞憂だったようね安心したわ。この分ならまだ私が叩く分も残っていそう……」


「あー……悪かった。悪かった。オレが悪かったから、流石に今は勘弁してくれ」


 即座の降参。

 これまで培ってきた経験が、生物としての本能が、ここで謝罪しておけと警戒信号を発していた。

 感覚に逆らわずの行動だったが、それは正しかったらしい。


「今は……。そう、今は、ね?後から罰を受けるつもりならいいわ、今は見逃してあげる。どうせ満足に身体も動かせないでしょうし、ね」


 意味有り気に微笑むバレンシアに首を傾げる。

 直後、首の辺りから人体から鳴ってはいけない音と共に、凄まじい鈍痛が脳に突き刺さった。


「ンだこれ痛ってぇ!何で……痛ってぇ!体中が痛ぇ!!」


 痛みに絶叫し上半身を起こすが、その動きがまた新たな痛みを発生させる。

 状況が呑み込めないが、どうやら全身が重度の筋肉痛のような症状を起こしているらしい。

 治療は受けたという話だったのに、何故なのか。

 痛みに藻掻く姿を見て、フェローとレヴィアがニヤニヤと笑うのを余所に、バレンシアが何でもない事かのように、


「ああ、それは私がアンナに頼んで治療を中途半端にしてもらったの。馬鹿に付ける薬は無いとはよく言うけど、痛みならそれ相応に薬になるでしょう?ヴィルに貰ったその痛みで少しは反省なさい」


「ぐ……ぐ……っ」


「何?文句でもあるの?」


 視線は冷徹ながらもこてりという効果音が似合う首の動きに、場違いな愛嬌を感じつつ、奥歯をこれでもかと噛み締めてどうにかその衝動を抑える。

 この仕打ちはどうかとも思うがあれだけの醜態を晒したのだ、バレンシアの怒りも最もであるし、この程度の罰は甘んじて受け入れなければならない。

 溜息を一つ。


「いや、別にねぇよ。今回ばっかりは……」


「「「今回ばっかり?」」」


「……今回もオレが悪いってのは身に染みて分かった。反省してるし、アイツの決闘での要求――もう一度よく考えろってのもやってやったよ、ちゃんとなぁ」


「……アナタが素直に反省~だなんて言うの珍しいじゃない。一体どういう風の吹き回しなのかしらあ?」


 唇に手を当てて、レヴィアが意外感を含んだ質問を投げかけてくる。

 いやレヴィアだけではない、バレンシアもフェローも少し驚いた表情をしているのは同じだ。

 何より自分だって驚いている、反省などそれこそ幼少期を最後にした覚えがない。

 だというのに、どういう訳か今回の件は素直に自省できた。

 その理由を問われても……


「んなの自分でも分かんねぇよ。オレが反省なんて柄の人間じゃねぇってことは自分でも分かってんだ。だってのに……」


 痛む腕を動かし、自分の頬に触れる。

 一際痛むそこは決闘で出来た痣ではなく決闘前、新人戦を降りようとした時ヴィルに殴られた場所だ。

 その時は無防備で、かつ腰の入った良い拳を貰ったのは確かなのだが、これ程までに痛む道理が分からない。

 殴られた回数で言えば決闘中に数えられない程、威力の高さで言えば決闘の最後に受けた穿華とやらの方が上だった。

 にも拘らず、何故あの一撃を忘れる事が出来ないのか。

 それはきっと……


「――アイツの気持ちが一番こもってやがったのがあの一撃ってことかよ」


「何だって?」


 呟くように発した言葉は宙に掻き消え、聴き取れなかったフェローが問う。

 が、こんな感覚を簡単に言語化出来る筈が無い。

 だが敢えて言うのならばだ。


「アイツが決闘中に言ってやがった口じゃ伝わんねぇから拳で伝える、的なのあったろ?」


「そんなに頭悪そうじゃなかったとは思うが、まあ言ってたな。それがどうした?」


「チッ、いちいちムカつく野郎だな。いいんだよんなことはよぉ。……アイツは強かった、オレがこれまで戦ってきた中でもダントツにな。あんだけボコボコにされたのも子供の頃以来だった。笑えるだろ?この歳になって、このオレが同い年のヤツにボロ負けしたんだ。勝てねぇって思わされたのは、アイツが初めてだった」


 思い返すだけで胸の奥が熱くなる。

 一言では表し切れない複雑な感情が、己が胸の内を焦がしていた。

 当然悔しさはある、他の何でも勝てないと考えていた相手だけに、強さしか取り柄の無い自分が戦いですら負けてしまった事が悔しかった。

 羞恥もあった、あれだけの啖呵を切った手前、無様に敗北した事が恥ずかしく無い訳が無い。

 だがそれと同じくらい、同じクラスにここまで強い人間がいたという事実に対する驚きと喜びがあった。


「けど、アイツはただ強いだけじゃねぇ。アイツの攻撃からは、とにかくもの凄ぇ熱い思いが伝わって来たんだ。拳で語り合うっての?その感覚がようやく分かったぜ」


 あの時あの瞬間言葉は無くとも、確かに会話はあったのだ。

 こう考えているのは自分だけではない、きっとヴィルも通じ合ったと考えている筈だ。

 それを直接聞いた訳では無い、無いが、どうしてかその確信があった。

 自身の拙い語彙では言い表す事が出来ないが、同時に言語化しなくていいとも感じる。

 安易に言葉に出来ない、してはいけないものというのは必ず存在するからだ。

 ただ一つ、言える事があるとするなら、


「オレぁ負けた。吹っ掛けられた決闘でぶっ倒れたオレは弱者で敗者だ。こうなった以上アイツが――ヴィルが正しかったって認めざるを得ねぇ。だから謝って、決勝で勝って、そんで次はヴィルに勝つ。自分でも何言ってんだかぐちゃぐちゃだが、これがオレの反省、どうだ!」


「どうだも何も、その前に謝らなければいけない相手があなたの目の前に居るでしょう。本当に反省したと言うなら、まずはそこからじゃないの?」


 熱くなった頭に冷水をぶっかけられた気分だった。

 迷惑を掛けた相手はヴィルだけに留まらず、もっと大勢居たではないか。

 相変わらず回らない頭に、自分で自分に腹が立つ。

 その全員に謝罪する義務が、自分にはあるのだから。

 だからまずは、近く親しい相手からだ。


「そう……だな、悪ぃ。シアには……ってシアだけじゃねぇな。フェローにもレヴィアにもすんげぇ迷惑かけた。許してくれ、この通りだ」


 ベッドの上、体の柔軟さが許す限り深く腰を折り曲げて謝罪する。

 本来ならば土下座しても足りない愚行の数々だが、バレンシアの罰により床に降りる事も満足に出来そうにない。

 ならばせめて心で、そしてこれからの行動で示していく。

 そんな覚悟を決めて、頭を下げ続ける。

 そうやってどれだけの時間が過ぎただろうか。

 沈黙を破ったのはフェローだった。


「俺は別に構わんぜ。俺自体何か被害を被った訳でも無いしな」


「ワタシも別に。なんだか今更って感じもするしねえ」


 レヴィアも後から続き、残るはバレンシアだけ。

 クラスの中でもヴィルと同じくらい迷惑を掛け、喧嘩までした相手だ。

 これまで掛けてきた分を考えても、まずは彼女に許してもらえなければ何も始められない。


「顔、上げたら?」


「シア……」


 そう促されて姿勢を戻した直後、風圧と共にバレンシアの掌が右頬に触れる寸前まで迫っていた。

 無意識、歯を食いしばり衝撃に備える。

 目だけは逸らさない。

 だが想定した衝撃は無く、平手打ちは寸止めの形で止まっていた。

 何故止めたのか、その疑問が口を突いて出るよりも一歩早く、


「――罰は後で、そう約束したものね」


「――――」


 目の前の少女は一欠けらの笑みを浮かべる事も無く、厳しい眼差しで自分を射抜いている。

 今し方の子供をあやすような柔らかな声が想像出来ない程に、穏やかに湛えた微笑を掻き消すように。

 その糾弾するが如き表情はきっと、今最も自分が欲していたものだった。


「この場で二つ、約束なさい。一つ目、新人戦が始まる前に一発殴らせて。それで私の怒りは一先ず納めてあげるわ」


「分かった。気が済むように遠慮なくぶん殴ってくれ」


「二つ目、さっきあなたが言った誓いをもう一度誓いなさい。決勝で必ず勝つ、それがあなたを許す最低条件よ。約束出来る?」


「――あぁ!ああ!!オレは絶対に決勝で勝つ!そんでもって次こそはヴィルにも勝ってやらぁ!!」


 もう迷いは無い。

 バレンシアが出した条件が、彼女にとってかなり譲歩したものである事には気付いていた。

 惚れた女にここまで言わせたのだ、ここで応えなければ二度とその隣を歩けない。

 女々しいかもしれないが、それだけは嫌だった。


「まあヴィルに勝つ云々はどちらでもいいけれど……そう。ならちゃんと見ておいてあげるわ。頑張りなさい、ヴァル」


 一体何年ぶりか、いつの間にか呼ばれなくなってしまった愛称に胸が高鳴る感覚を覚えつつ、任された気持ちで歯を剥き出しに笑う。

 そうと決まれば今すぐにでもちゃんとした治療を受けなければならない。

 バレンシアからの罰とはいえ、流石にこの痛みを背負ったまま戦いに出る訳にはいかないからだ。

 その前に、ヴィルや皆に対しての謝罪も考えなければならない。

 負けて覚悟を決めたとはいえまだ蟠りの残る相手だ。

 さてどうしようかと、そんな事を考えていた時だった。

 医務室の扉が叩かれる。


「どうぞ」


 入って来たのは聖光学園の制服を着た女子生徒。

 新人戦の開催校として運営を手伝っているスタッフなのだろう。


「失礼します。もう決勝戦が始まりますがヴァルフォイル選手のお加減はいかがでしょうか?階段から転げ落ちたと聞きましたが……」


「問題ないそうよ。アルケミア学園は選手登録の通りに出場するわ」


「そうですか、分かりました」


 しれっとバレンシアに階段から落ちた間抜けにされていた事に思う所がありつつも、意見できる立場では無いなと不満を呑み込む。

 いよいよ決勝、どうやら謝罪の言葉を考えている余裕は無いらしい。

 だが元より、自分は難しく考える事が出来ない人間だ。

 ならばこれまで通り、その場の言葉で伝えるだけだ。

 などと考えていると、女子生徒がきょろきょろと部屋を見回して聞いてきた。


「あの、こちらにヴィル選手はいらっしゃいませんか?」


「いや、見てねえな。指定席で観戦でもしてるんじゃないのか?」


「こちらに伺う前に確認したのですが……そうですか。そうですか……」


 どこかそわそわとした落ち着きの無さを感じさせる女子生徒に、四人で違和感を覚える。

 すると――


「ヴィルいた!?」


「リリア?どうしたのそんなに慌てて。ヴィルはここにはいないわ」


 勢いよく扉を開き、綺麗な金髪を揺らしながらリリアが医務室に飛び込んで来た。

 ここまで走って来たのか激しく呼吸を繰り返しながらも、彼女は一同を驚愕させる爆弾発言を放り込んだ。


「「「「ヴィルが消えた!?」」」」



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