表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/206

第101話 炎徒爆心 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

「さあ、第二ラウンドと行こうか」


 そう呟いたヴィルは、余人から見てあまりにも痛々しい姿だった。

 アルケミア学園の生徒である事を表す制服は、上着が肘の当たりまで焼失し、その下の皮膚はヴァルフォイルの炎により醜く焼け爛れている。

 服で火の粉の触れた部分は黒く焦げて小さく穴が開き、煤や灰がヴィルの顔や美しい銀髪を汚す。

 その格好は誰が見たとしても、直前の激戦を想起させるに相応しいものだった。

 ――にも拘らず、右の拳を前に、左手を引き腰を落として構えるヴィルの周囲には、息が詰まる程濃密で尋常では無い量の魔力が渦巻いていた。

 魔力量500、それが過去に行った魔力測定のヴィルの結果だが、目の前の光景を見た後ではとてもでは無いが信じられそうにない。

 身体強化か別の魔術で消費しているのかは定かでは無いが、どちらにしても同じ事。

 これだけの勢いで魔力を放出していれば、例え計測結果に誤差があったとしてもあっという間に枯渇してしまいかねない。

 しかし威風堂々と二本の足で立つヴィルの表情に焦りは無く、時間的・量的な制限は無いように見える。

 元々ヴィルは自身の魔術適性を明かしていない為、何を隠していても不思議では無かったが、これはどう見ても異常だ。

 これ以上無い程に状況が理解不能な中、決闘相手であるヴァルフォイルはいち早く我に返った。

 目の前の男の異常さが、その膨大な魔力だけでは無いと気付いたからだ。

 先の一幕、無意識によるものだったとはいえ自身の魔剣による一撃を防がれた事にも驚いたが、何より驚いたのは鉄すら溶かす炎を纏った剣に向かって、保護術式も無い戦いで欠片の躊躇も無く、素手を伸ばして来た精神性についてだった。

 痛みを恐れない、そういう気概についてはまだ理解出来る。

 戦う者の多くはそうした勇気を持っているし、ヴァルフォイルもまた持ち合わせている内の一人だ。

 だがアレは違う。

 あんなに躊躇い無く、手近な羽ペンでも掴むかのように、覚悟も何も無い平然とした顔で炎に手を伸ばすようなモノが、勇気と同じ尊い代物である筈が無い。

 あれだけ酷い火傷を負って尚、拳を握れているのだってそうだ。

 一目見た時から気に食わないと感じていた、ヴィルという男の魂の奥底に眠る狂気。

 ヴァルフォイルはその片鱗を垣間見たのかもしれない。


「……一体何の真似だぁオイ。折角オレから魔剣を奪ったってのに、何で捨てやがった?テメェは、何がしてぇんだよ」


 唐突に自分を殴った事も、今している決闘の事も、予想外の手段で魔剣を奪い取り投げ捨てた事も、ヴィルの何もかもが理解出来ない。

 ここまで理解出来ない相手と対峙するのは、ヴァルフォイルにとって初めてだった。


「何がしたい……か。少なくとも、僕は有利な状況で一方的に君を倒す事を望んではいない。僕の目的は決闘で君に勝つ事じゃなく、決闘で君に伝えたいだけだ。君相手じゃ只の言葉じゃ伝わらないから拳で伝える、単純な話だろう?」


 事も無げに答えるヴィルだったが、その内容は頭が飛んでいるとしか思えないものだった。

 言葉で伝わらないから殴って伝える、斯様に突飛な行動は仮に蛮族であっても取りはしないだろう。

 こんな馬鹿な理論がヴィルの口から発された事が、またヴァルフォイルに一つ理解出来ない点を残していった。


「剣を抜きたければ抜きに行くと良い。僕はそれを止める事はしないし、剣を持った君ごと殴り飛ばして見せよう。さあ、どうする?」


 まるで意味が分からない。

 色々考えた末に、ヴァルフォイルが至った結論がそれだ。

 今目の前に居るのはヴァルフォイルにとって……否、多くの人間にとって理解不能の怪物だった。

 だが、だがそれでも、ヴィルへの返答は一つに決まっている。


「――ハッ、ざっけんじゃねぇ!素手のテメェと戦うのに魔剣なんざ必要ねぇ!オレの手で直接、テメェのその綺麗な面ぶん殴ってやるよ!!」


 大口を開けてヴィルの挑発を笑い飛ばし、爛々と闘志を宿す瞳でヴァルフォイルが吼える。

 相手が怪物だろうが誰だろうが関係無い、自分の前に立ち塞がる敵は全員倒す。

 簡単で単純明快なそれは、幼き日の自身の誓いだった。


「――――」


 ヴァルフォイルの啖呵を聞いて、ヴィルの口元に薄っすらと笑みが刻まれる。

 ――直後、両者は再び激突する。

 その戦いは先の剣戟が美しく見える程に、荒々しく不細工で泥臭いものだった。

 互いに拳をぶつけ合い、蹴脚を交わす、完全なゼロ距離での激しい接近戦。

 攻撃が当たる度、どちらのものとも判別の付かない汗と血が飛散する。

 どういう訳かヴィルもヴァルフォイルも殆ど回避行動を取らず、互いのほぼ全ての攻撃が直撃し続けていた。

 腹を殴っては腹を殴られ、腿を蹴っては腿を蹴られ、顔面をぶち抜いては顔面をぶち抜かれる。

 最早我慢比べのようになってしまった戦いに、Sクラスの一部は愉快そうな表情を浮かべ、また一部は見ていられないと痛々しいものを見る表情をしていた。

 当たった拳を引く度に、どちらのものとも判断の付かない血が尾を引いて再度相手へ振るわれる。

 闘技場の中心で殴り合う彼らは、その周囲に血の円環を描きながら、相手を削っていく。

 体力が枯渇するまで、根性が尽き果てるまで、両の足で立てなくなるまで殴る、殴る、殴り続ける。

 ヴィルもヴァルフォイルも、身体にはとうに限界を迎えてもおかしくないだけの負傷を刻みつけていた。

 両腕に大火傷を負っているヴィルは言わずもがな、ヴァルフォイルも切創を主とする外傷と、殴り合いによる骨折や打撲などの内傷で満身創痍だ。

 夥しい量の血を流す彼らは当初の寸止めを忘れ、本来ならば今すぐに治療を受けなければならない程に危険な状態だった。

 だが、折れる訳にはいかない。

 小難しい事情も、誇りも栄光も関係無く、今はただ目の前の打ち倒すまで、倒れる事は出来ないのだ。

 殴る、殴る、蹴る、殴る、殴る殴る殴る。

 技術も駆け引きも無い愚直な殴り合いで、先に抜け出したのはヴァルフォイルの方だった。


「ゥゥゥゥウウウラアァァアアッッ!!」


 ヴィルの拳を顔面で受けたヴァルフォイルは、凄まじい雄叫びと共にゼロ距離から更に左足を踏み込み、お返しとばかりに強烈な膝蹴りをヴィルの腹部へと叩き込んだ。

 内臓が潰される圧迫感に息を吐くヴィルに休息を与えず、浮いた身体に向かって続けざまに右の踵落としを見舞う。

 踵から肋骨の圧し折れる感覚と共に地面が陥没し、衝撃波が砂埃を巻き込んで地面を駆け抜ける。

 勝利を確信してもおかしくない一撃だったが、ヴァルフォイルはもう油断はしない。

 目下自身の足の下に伏せる男が、如何にしぶとく諦めの悪い人間かは既に知っている。

 故にこれ以上の反撃は許すまいと、審判に決着の判断をさせるべく止めの一撃を放つ――


「――捕まえ、た」


「ッッッッ!!」


 不意に、ヴィルの背を踏み付ける足首を掴まれていた事に気付く。

 あれだけの威力を食らう中で、冷静な思考無しには成し得ない行動を取っていた事に、ヴァルフォイルの思考がほんの一瞬固まる。

 だがその一瞬が、彼にとって致命的な隙となった。

 ――元から油が塗られていたかのように、ヴァルフォイルの足がヴィルの背中を滑る。

 勿論この摩擦力の低下は油によるものではなく、ヴィルのエネルギー操作魔術による効果だ。

 そうして拘束から抜け出したヴィルは、足を掴む左手を起点に曲芸じみた動きで回転しながら立ち上がり、そっとヴァルフォイルの無防備な腹部に右の掌を宛がう。

 それは、今まで繰り広げられていた乱打の応酬を思えば、緩慢とすら感じる動き。

 だが、発揮される威力はそれらの群を抜く。


「――穿華」


 ――ぽつりと言葉が紡がれた次の瞬間、極至近距離で放たれた可視化される程の純粋な破壊の力が、ヴァルフォイルを貫き激しく吹き飛ばした。

 穿華は発勁の派生形であり、ヴィルが開発したオリジナルの技だ。

 基本的な原理は同じだが、インパクトの瞬間に自身の魔力を運動エネルギーへと変換。

 更に、衝撃が接触する際に発生する反作用すらも作用に上積みする事により、その威力を飛躍的に上昇させる事に成功している。

 全力で放てば内臓を破裂させ、即死の危険性すら孕む絶大な威力を秘めた穿華だが、運動エネルギーに変換する魔力量によって威力の調整が可能となっており、今し方放ったものも身体強化を加味した加減は行った。


「……ぁ……く……」


 だがとうに限界を迎えていた身体だ、加減したとはいえそんな威力の技を食らってまともに立てる筈も無かった。

 最早うつ伏せに震えるヴァルフォイルの手足に力は入らず、何度も立ち上がろうとしては地面に伏せてしまう。

 額から血を流し、満身創痍で折れた肋骨を庇いつつも二本の足で立つヴィルと、血塗れで倒れたまま立ち上がれないヴァルフォイル。

 決闘の勝敗は、誰の目から見ても明らかだった。

 グラシエルが決着の判定を下す。


「そこまで!勝者、ヴィル・マクラーレン!」


 それを聞いて完全に沈黙するヴァルフォイルと、ゆっくりと息を抜くヴィル。

 決闘の終わりを見て、クラスの面々が慌てた様子で観客席から闘技場の中央へと駆け寄ってくる。

 中でも速かったのが、アンナをお姫様抱っこの要領で抱えて飛んで来たバレンシアだ。


「ヴィル!」


「わわっとぉ!?」


 どうやら唐突に運ばれたらしいアンナは目を白黒させていて、ヴィルの口元に苦笑が刻まれる。

 限界の限界まで追い込んだ体だったが、まだ手を挙げて応えるだけの力は残っていたようだ。


「やあシア、アンナ。苦しかったけど何とか勝ったよ」


「やあってあなた……。大丈夫、では当然ないわね。アンナ、早くヴィルの治療をしてあげて」


「は、はい!あの……ヴァルフォイルくんの方が重傷なんじゃ……」


「あの馬鹿は馬鹿だから放置で良し。一応後で治してあげて頂戴。悪いわね」


「いえ、バレンシアさんが謝ることじゃないですよ。わたしにはこれくらいしかできませんし」


 そう言って苦笑いの表情を見せるアンナだが、その治癒の腕は王国で見ても随一のものだ。

 まだ若くその自覚が無いせいだろうが、もう少し自信を持って良いように思う。

 その点も最近は少しましになってきてはいるが。

 アンナが手を翳し、淡い治癒の光がヴィルの身体を照らす。


「具体的にここが痛いみたいな場所はありますか?あれば重点的に癒しますので、ここに座って下さい」


「ありがとう。そうだね……。両腕の火傷と内臓の損傷、後は左の肋骨が三本くらい折れてる位かな」


「ず、随分と冷静ですね……。けど分かりました。治します」


 患部の場所を問うアンナは、自身のクォントである『共感』を使用していない。

 本人は使った方が良いのではないかと言っていたが、そこはヴィルが止めさせていた。

 痛みは思考を乱し、思考の乱れは術式の乱れに繋がる。

『共感』を使いこなせず強弱を調整出来ない今の状態では、かえって治療の効率を下げる恐れがあると判断しての事だ。

 怪我の度合いや患部を特定できるのは強みだが、痛みの克服は容易では無い。

 ヴィルはその事を誰よりも良く知っていた。


「ヴィル……」


 アンナの治療を受ける最中、少し遠慮がちにバレンシアが声を掛けてくる。

 恐らく青痣だらけのヴィルを気遣っての事なのだろうが、見掛け程堪えてはいないので問題は無い。


「どうかした?」


「今回の件、本当にごめんなさい。本来は私がどうにかしなければならなかった所を、あなたの手を煩わせて。挙句こんなに怪我をさせて、制服と剣だって」


「良いんだって。さっきも言ったけど、これは誰にやらされた事でもない、僕がやりたかった事なんだから。お疲れ様くらいの軽い労いで良いんだよ」


「……本当に、あなたのそういう所は本当にズルいと思うわ。それじゃあお礼も何も出来ないじゃないの。あなたは全く……」


 やや拗ねた口調で目を逸らすバレンシアだったが、その口元には不満と笑みとが同居していた。

 それから直ぐに顔を戻し、親しい間柄の者にしか見せない笑顔を見せる。


「決闘お疲れ様。これから決勝戦も控えているのだし、ヴィルは少し休みなさい。あの馬鹿の相手は引き継ぐわ」


「一応ヴァルフォイルだって決勝に出るんだからお手柔らかにね。アンナもありがとう、治療はここまでで良いよ」


「え?でも……」


「重い怪我は粗方治ったし、残りは救護班にでも頼むよ。アンナにはヴァルフォイルを診てあげて欲しいしね」


「分かり、ました。ちゃんと安静にしてて下さいね。ちゃんと、絶対ですよ?」


「了解。それじゃあ後でね」


 意識を失ったのか、起き上がる気配の無いヴァルフォイルの下へと向かう二人に手を振って別れ、ヴィルは直ぐに遅れてやって来た他のクラスメイトに取り囲まれる事となった。

 怪我の心配をする者、よくやったと決闘を褒め称える者、早く休めと急かす者と反応は様々だが、皆一様にヴィルの勝利を喜んでいる様子だ。

 どうやらSクラスの面々は、決闘開始から間も無く剣を失ったヴィルを見て勝敗が決したと思っていたらしい。

 それが満身創痍ながらも立ち上がり、逆転して勝ちを掴んだのだから驚くのも無理は無い。

 更にSクラスでも最強の一角に数えられていたヴァルフォイルを破ったとなれば、最早興奮せずにいられる筈も無く。

 労いの言葉と祝福の代わりにもみくちゃにされる位、代償としては安いものだろう。

 そんなクラスメイト達による喧騒の最中、一人の女子生徒が集団に割り入ってくる。


「はいはいみんな~、どいてどいて!ヴィルだって疲れてるだろうし詳しい検査もしなきゃなんだから、そろそろ解放してあげなきゃでしょ!ほらヴィル、医務室行くよ!」


 集団の垣根を掻き分けて近付いて来たのはニア、ヴィルの手首辺りを掴んで引き、闘技場の出口へと向かって行く。

 その当然の行動を止める者は一人も居らず、温かい言葉で送られてヴィルとニアは闘技場を去った。

 だがニアの足は医務室に向かう気配が無く、そのまま聖光学園の門を出る道のりを歩いて行く。

 何事かを問おうとして、薄暗い通路に一人佇んでいた人物見た瞬間にヴィルの疑問は氷解する。

 三人は、暗がりの中へと消えた。


誤字、感想等ありましたらお気軽にどうぞ。

また評価ボタンを押していただけると筆者の励みになります。

皆様の清き一票をどうかよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ