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第100話 炎徒爆心 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

「決闘開始!!」


「「『御剣に(ヴァイネス・)賭けて(フェルベール)!!』」」


御剣に(ヴァイネス・)賭けて(フェルベール)』それはかつて神代の人々が決闘をする際、戦を司る女神アルスティリヤの御前で戦った事に由来している宣誓。

 以来、保護術式の有無に拘らず使われるようになったという。

 決闘の開始を周囲に告げる言葉であると同時に、戦う者に己が引けぬ一線を踏み越えた事を自覚させる言葉。

 ――直後、両者の距離が一瞬の内にゼロになる。


「「ッッッ!!」」


 二人の顔に驚きは無い。

 お互いがお互いに中遠距離の攻撃手段を持たない事は知っており、この決闘が終始超接近戦になるのは必然だ。

 まずは小手調べ、小細工無しの馬鹿正直に斜め上からの袈裟斬りを鏡合わせに放つ。

 ――快音。

 闘技場の丁度中央でぶつかり合う二人は、衝撃に激しく髪を靡かせ、拮抗する力は細かく腕を震わせ鍔迫り合う。

 このまま沈み込むのではないかという程、二人の周囲を巡る空気は鋭く重い。

 日光を反射し鮮やかに煌めく二振りの向こう、ヴィルとヴァルフォイルの視線が交錯する。

 赤色が鮮やかな魔力を感じる刀身、ヴァルフォイルの剣は確実に魔剣だ。

 対してヴィルは何の変哲も無い凡剣、多少頑丈以外の取り柄は無い。

 だが得物の差を嘆くつもりはヴィルには無い、ただ結果のみが真実だ。

 バレンシアと同じ神を創造の祖とするだけあって、彼女によく似た紅をした瞳が、剣越しに敵意を叩きつけてくる。

 ヴァルフォイルは歯を剥き出しにし、怒りを滲ませて。

 ヴィルもまた、表情に険しさが混じるのを抑えられないでいた。

 怒りに燃えている訳では無い、元よりヴィルは決闘を挑む前からヴァルフォイルに腹は立っていない。

 表情の理由は単純明快、先程からエネルギー操作魔術を使用して押し切ろうとしているのだが、全くと言って良い程に状況が好転しないのだ。

 一日と欠かさず鍛え上げて来た肉体に加え、身体強化とエネルギー操作を併用しても尚、である。

 それは即ち、ヴァルフォイルが身体強化魔術のみで今のヴィルと拮抗しているという事に他ならない。

 この情報だけでは、一見魔力を多く消費するヴィルが不利なようにも感じるかもしれないが、当然勝負は単純な力だけで決まるものに非ず。

 勝敗は実力と戦略、そしてその場の運によって定められるものだ。

 ――戦況が動く。

 鍔迫り合いに焦れたヴァルフォイルは自身の剣に魔力を通し、得意の火属性魔術にて膠着状態の打破を計る。

 ヴァルフォイルの膨大な熱量を以てすれば、そこから状況を好転させる事も叶っただろう。

 だが、ヴァルフォイルが短気な性格であるというのは公然の事実、そうやすやすと事は運ばない。


「ガッ――――」


 横薙ぎの一撃が直撃し、ヴァルフォイルが吹き飛んで地面を跳ねる。

 魔術を発動する為に生じた、一瞬の魔力の溜め。

 常人ならば把握する事すら困難なその隙を見逃さず、ヴィルは押し合う剣を自ら引き、それと同時に右の蹴脚を放って見せたのだ。

 素早い体重移動と、エネルギー操作魔術によって己が力とした押されるエネルギーが込められたヴィルの蹴りは、それ自体が決着の一撃となってもおかしくないだけの威力を有していた。

 その証拠に、ヴィルの脚には確かな手応えがあったが……


「こんなぁもんかぁ!?」


 二度地面を跳ねた辺りで受け身を取り、反転。

 直進しか知らぬが如き勢いで突っ込み、意趣返しの蹴りが飛ぶ。

 ヴィルは咄嗟の判断で両腕を交差させこれを受けるが、あまりにも呆気無く蹴り飛ばされ、視界に映る景色が高速で前方に流れていく。

 がヴィルを蹴飛ばした張本人、ヴァルフォイルはしかし、そのあまりの手応えの無さに首を捻る。

 対して、飛ばされるヴィルの表情は冷静で驚きは無い。

 空中で器用に体を回転させ、両足裏を背後に向けて闘技場の壁に着地し、そのまま軽やかに地面に立つ。

 原理は単純、ヴァルフォイルの蹴りを受ける直前に、エネルギー操作魔術で自身に掛かる重力を操作し、体重を平時の半分以下にまで落としていたのだ。

 重力というのは、この世界のありとあらゆる存在に絶え間無く降りかかるものであるが故に、ヴィルの魔術を以てしても中和して浮遊する等の行為は困難を極める。

 だが軽減や半減程度であれば問題なく発動が出来、消費する魔力量に応じての調整も可能だ。

 通常よりも高高度への跳躍であったり、今のような防御と間合い管理を兼ねたりと、戦術の幅を広げる手段にもなり得る。


「チッ、めんどくせぇもん持ってんなぁ!」


 叫びつつ、再びの突進。

 ヴァルフォイルはヴィルのエネルギー操作を知らないが故、今しがた起こった事象の原理を理解していない。

 何かしらの魔術だろうという推測は立てていたが、同時にそれ以上の考察は不要と判断していた。

 軽くなって衝撃を散らされるのならば、足と壁で押し潰してしまえば良いと考えていたからだ。

 何とも単純で幼稚な発想だが、この場ではそれが最適な判断の一つだった。

 距離が縮まり、眼前のヴィルに再度壁と挟み撃ちにする為の一手を放とうとして――


「なっ!」


 ――一瞬、攻撃を躱され壁でも蹴ってしまったのかとヴァルフォイルは錯覚する。

 それ程までに、靴裏に感じた重さと質量は反発力があるものだったからだ。

 だが目の前では確かに、掌越しに胸で受けてその場に立ち続けるヴィルの姿があった。

 重さを増やして攻撃を受け切られた、そう野生の勘で判断する。

 その山勘の半分は正解であった。


「はぁっ!」


 足が載った手を流し、カウンターの薙ぎ払いと左の逆袈裟斬りで返すヴィル。

 しかしヴァルフォイルは自身の片足が浮いた状態でも攻撃を受け、更には反撃すら行ってくる。

 紡がれる剣撃。

 暴力と暴力が激突するような金属音はずしりと重く、一撃一撃が致命傷となるやり取りが一瞬の内に数十合と繰り返される。

 決闘を見守る観客――Sクラスの面々も二人の激闘に息を吞む。

 これまでの学園生活において、ヴィルとヴァルフォイルが戦った事はただの一度も無い。

 授業内ですら剣を交えた機会は無く、これが初戦になる。

 加えて決闘により、敗者が勝者の要求を呑まなければならないのだから、見る側の緊張も相応だ。

 そうしてクラスに見守られて踊る剣舞は、徐々にヴィルの側に傾き始めていた。

 やはり剣技の差が出たか、ヴァルフォイルも善戦するが、ヴィルの奇想天外で型に囚われない剣が遂にヴァルフォイルの体勢を崩す。


「そこ!」


 連撃の末に生まれた隙、狙い澄ました二連撃がヴァルフォイルの胴に吸い込まれていく。

 だが、ヴァルフォイルも一介の剣士に収まる器ではない。

 一撃目を剣で受け、二撃目を即座にバックステップで距離を取る。

 ヴィルはすかさず追撃を入れようと試みるが、直ぐに踏み止まる事となった。

 先程までヴァルフォイルが立っていた位置に火花が散り――巨大な火柱が立ったからだ。

 遅延を掛けて残された魔術は、あのまま進んでいればヴィルの身体を骨まで焼き尽くしていただろう。

 短気な性格で単純な戦略を用いる彼だが、それが取る戦術まで単純になるという事では無い。

 凝った小細工や搦め手は無くとも、こうした奇術は使ってくる、そういう相手だという警戒がヴィルに芽生えていた。

 十足の間合い、ヴァルフォイルが嘲るように笑う。


「ハッ!とんだ道化だな。ちまちました小細工がなきゃまともにオレと戦えねぇか」


「ご不満かな?生憎と、僕はこういう初見殺し的な戦い方が性に合っているんだけど」


「そんなんじゃねぇ、そういう手合いはどこにでもいやがるからな。オレが言ってんのぁ、オレを殴ってあんだけの啖呵切りやがったテメェがそんなつまんねぇ戦い方でいいのかって話だよ」


「他人の心配とは随分と余裕だね、ヴァルフォイル。それだけの余裕があるならシアとの仲直りし方でも考えていると良い」


「あ?」


 ヴァルフォイルの表情に怒りが浮かび、剣を握る手に力が込められた。

 ヴィルが嫌われた理由、ヴァルフォイルが怒る理由はここにある。

 彼にとって、バレンシアという存在は地雷なのだ。

 彼女を思うが故に過敏になり、平穏を乱すかのように割り入って来たヴィルが許せない。

 狭量なそれは、子供じみた独占欲の類いだ。

 だからこそ、ここで正す。


「君は知らないだろう、イリアナ先輩が君の件でどれだけ申し訳なく思っていたか。リリアがどれだけ関係改善を図って手を回していたか」


「黙れ……」


「黙らない。シアだって君を……」


「黙りやがれェェェえ!!」


 ヴァルフォイルが感情のままに踏み込む。

 先程とは打って変わり、殺気を露わにし愚直なまでに突っ込んでくる。

 ただ一つ違う点は、その手に持つ剣が紅蓮の炎に包まれている事。

 恐らく魔術によるものではなく、魔剣の持つ能力だろう。

 対応する属性を刀身に纏わせるというのは、聖剣魔剣に備わる能力として珍しくないものだ。

 怒りに任せたそれは、恐らく彼の全力の一撃。

 ヴィルは自身の剣に、エネルギー操作による温度の一定化を記述した耐熱領域を展開し、構える。

 腰を落とし、弓を扱うようにして肩の後ろ辺りまで引いて、溜める。

 息を吸って――放つ。


「――三腔蛟(さんこうみずち)


 それは柔軟な肉体と強靭な筋肉による瞬発力と、たゆまぬ研鑽と努力が生み出す精密な剣捌きによって成り立つ銀華流――シルベスターの剣の奥義が一つ。

 ほぼ同時に放たれる三度の刺突は視認それ自体を困難とし、認識出来たとしても迎撃を許さない。

 銀翼騎士団(シルバーナイツ)でも五人と使える人物の居ない技であり、齢十六で修得したヴィルはただただ異常だ。

 故にその剣撃は、初見殺しとしてこれ以上なく機能する筈だった。

 しかし――


「う、らぁ!!」


 凄まじい温度の炎を振るう、面での攻撃。

 魔剣の能力と自身の魔術とで構成される炎は互いを燃やし合い、組み合わさったそれは万物を燃やし尽くす劫火と化した。

 ヴィルの剣技が計算され尽くした天性の剣だとするならば、ヴァルフォイルの剣技は力任せ、勘任せの野生の剣だ。

 どちらも一言で優劣の付け難い代物ではあるが、この場での結果は一つだ。

 ――三点の攻撃を面の攻撃が覆い尽くし、尚有り余る灼熱がヴィルの剣を融解させた。


「――ッッ!!」


 警戒は十二分にしていた。

 精密な剣に重点を置いて、身体強化を残して運動エネルギーの操作を捨ててまで、その分のリソースを剣の耐熱処理に回したのだ。

 にも拘らず、結果はこの有様。

 柄を残して溶け落ちた残骸を牽制に投げつけ、素早く退いて追撃に備える。

 しかし、ヴィルが警戒した追撃は無く、柄を払ったヴァルフォイルはただ勝ちを確信した笑みを浮かべるのみ。

 その気持ちは分からないでは無いが、


「何かおかしな事でもあったのかな?」


「はぁ?んなこともわかんねぇのか。オレは魔剣を持っててテメェは素手、もう勝負にもお話にもなんねぇだろうがよ」


 馬鹿にしくさったように鼻で笑い、ヴァルフォイルが最後通告とばかりに剣の切っ先をヴィルに向ける。


「決闘はオレの勝ちだ。とっとと諦めて、大人しく降参しやがれ」


 決着は着いた、そう審判や観客に印象付ける為の宣言。

 或いはそれは、誰も怪我無く終わらせる最良の選択故だったのかもしれない。

 しかし彼の表情は自身の勝利を疑わず、誇るように言い張る姿は邪魔者を排除出来たという喜びだけ。

 多くがそう思い、考え、疑う事をしなかった。

 事実、そのまま何もしなければ、審判であるグラシエルもヴァルフォイルの側に勝利の旗を上げていただろう。

 だが――


「オイ、何笑ってやがんだ?」


「ああいや、済まない。随分と甘いんだなと思ってね。決闘の相手である僕にまで気を遣うとはお優しい事だ」


 喉の奥でくつくつと笑いを零すヴィルに対し、ヴァルフォイルはドスの効いた声で威嚇するように問い質す。

 明らかな形勢不利の状況で笑うヴィルに、クラスからは異質なものを見る目が集まる。

 普通なら剣を失った段階で降参してもおかしくない筈なのだ。

 だというのに、ヴィルはこの状況で尚笑みを絶やさない。


「……気持ちわりぃ、なんなんだテメェ。テメェは負けだ、負けたんだろうが。敗者なら敗者らしくしてろ。ヘラヘラヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!!」


「なら負けを認めさせるといい。相手は素手なんだ、簡単な事だろう?」


「……どうなっても、知らねぇからな」


 姿勢低く、一言発してから突進するヴァルフォイル。

 表面上は変わらず迫るその姿は、ヴィルの目にはやはり――


「お、らァ!とっとと!失せろやぁッ!!」


 ヴァルフォイルが繰り出すのは、連撃と刺突を織り交ぜた縦横無尽の攻撃。

 幾重もの剣閃が空間を埋め尽くし、舞い踊るかのように周囲を穿ちながらヴィルに襲いかかる。

 右へ左へと剣を振るい、かと思えば即座に切り返し放たれるそれはヴァルフォイルの戦闘センスの高さを示していた。

 ――だがそれらの攻撃は、肝心の炎を纏っていない抜き身の剣によるものだ。

 故にヴィルは刀身の幅、剣撃の範囲のみを回避する最低限の動きだけでそれら全てを躱し切る。

 武器を持たずの回避にはそれなりの魔力を使うが、それだけだ。

 例えば魔剣を使えば、火属性魔術を使えばもっとヴィルを追い詰める事も叶っただろう。

 だがそれはしない、何故ならこの闘技場には保護術式が搭載されていないからだ。

 保護術式が無ければ、戦闘中に負った怪我はそのまま残ってしまう、それ故の遠慮がヴァルフォイルの根底にあるのだろう。

 ヴィルはそれを――


「――やっぱり甘いね、ヴァルフォイル」


 甘さと評した。


「――――ッ!」


 突如飛んで来たシンプルな右の拳。

 ここまで回避に徹していたヴィルの反撃に、ヴァルフォイルの顔が引き攣る。

 だからきっと、それは身体に染みついた咄嗟の動きだったのだろう。

 ――魔剣が炎を纏い、ヴィルに死が振るわれる。

 前述の通り、この戦いに保護術式は存在しない。

 一たび触れれば肉を焼き、骨を焦がし、命すら溶かし尽くす炎だ。

 そんな炎渦巻く剣に対し、ヴィルは寧ろ積極的に手を伸ばしていく。

 握り込んだ拳を開き、刀身の部分に向けて。

 その光景に、誰もが目を疑った。

 あの魔剣の炎に自ら突っ込んだヴィルの行動と、剣を止められないヴァルフォイルに。

 だがその直後、決闘を見ていた者は再度驚愕させられる事となる。

 ――ヴァルフォイルの魔剣が、宙を舞う。

 固唾を呑んで見守る中、くるくると回りながら落ちる剣はやがて――ヴィルの火傷だらけの手に収まった。

 ――奪刀術、それは素手の状態から相手の持つ武具を奪う技術の総称。

 有事の際の護身術、または護衛術として軍式格闘術の中にも含まれているが、今し方ヴィルが使用したのはそれとは別体系の代物。

 瞬時に入れ替わった有利に会場が色めき立つが、驚きはまだ終わらない。


「…………あ?」


 有ろう事か、ヴァルフォイルからの奪取に成功した魔剣を闘技場の端に向かって放ってしまったのだ。

 剣は勢い良く飛翔し、石畳に突き刺さって十字架を作る。

 事態を把握出来ない観覧者とヴァルフォイルに、暴力的なまでの魔力の圧がぶつけられた。


「「「――――ッッ!!」」」


 ここまでの疲労を全く感じさせない、常軌を逸した魔力量を身に纏い腰を落とすヴィルは一言。


「――さあ、第二ラウンドと行こうか」



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