第98話 意外な衝突 一
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
ベールドミナ新人戦初戦第五試合、人間関係の問題を抱えつつも危なげなく突破したアルケミア学園は、その後の準々決勝も同じく一人も落とされない完全試合で準決勝へと駒を進めていた。
その際、第五試合の時よりもヴィルに張り合おうとするヴァルフォイルの態度が目立ったが、幸いと言うべきか、特にぶつかり合う事ない無事の勝利だ。
やはりと言うべきか、ヴァルフォイルの戦闘スタイルは予想通りの猪突猛進型で、大丈夫と頭では分かっていても冷や冷やさせられる場面もあったが、ヴァルフォイルは強かった。
そう、ヴァルフォイルは強いのだ。
強烈で勇剛な猛獣を彷彿とさせる剣技はヴィルをして厄介と思わせる連弩を誇り、対人有利と言われる火属性魔術はやや短距離な制限こそあるものの、他を寄せ付けない高温と炎の密度には目を見張るものがある。
また純粋な身体能力も侮れるものでは無い。
身体強化という概念がある以上、基礎の身体の性能は価値の無いものと思われがちな風潮は確かに存在する。
だがそれは誤った認識だ。
僅かとは言え一定以上の筋肉量があればその分発揮される力に加算されるし、関節の稼働領域などは身体強化後ももろに影響する。
その点で言えば筋骨隆々というよりもぎっしりと詰まった、ヴィルに似たしなやかな筋肉を持つヴァルフォイルは、剣士として一種の理想に近しい。
短気かつ短慮な人間性はともかくとして、その強さだけはヴィルも認めている所だ。
相変わらずヴァルフォイル側はヴィルの事を認めていない様子であったが。
そしてアルケミア学園同様に、聖光学園もまた一人も落とされる事無く準決勝へと勝ち進んでいた。
こちらはアルケミア学園とは異なり、見事なチームワークを披露しての勝利だ。
正直個人としての強さ云々はさておき、試合の内容的には完全にヴィル達が負けていた。
ヴィル達は個人戦闘の末の各個撃破、聖光学園は集団戦闘の末の撃破なのだから当然とも言える。
が、中身は中身、結果は結果だ。
二校は同じ舞台へと進み、アルケミア学園は準決勝と決勝戦を残すのみとなった筈だったのだが……。
ヴィル、バレンシア、ヴァルフォイル。
代表選手が抱える問題は唐突に表面化し、また誰もが予想だにしなかった意外な形で解決される事となる。
―――――
「――ヴァルフォイル!あなたいい加減にしなさい!!」
「チッ、ちょっとばかし戦闘中にぶつかったってだけだろうが!お前もアイツの肩を持つってのかよ!」
「私はそういう話をしているんじゃないわ。あなたはすぐそうやって人が誰の味方か区別しようとする。いい?世界はそんなに単純じゃないのよ。ありえないでしょうけど、仮にヴィルがあなたと同じような態度や行動を取ったりしていれば、私は変わらずヴィルに注意していたわ。誰がやったかじゃない、これは礼儀や筋の問題よ。その点から言ってあなたの態度は目に余るの。自分でも分かっているくせに」
「わっかんねぇな!わっかんねぇよ!!オレがあの野郎にどんな態度を取ろうが、シアにも誰にも関係ぁねぇじゃねぇか!」
「もしあなたが本当に自覚が無いと言うのなら……私はこれからのあなたとの付き合いを本気で考え直さなければならなくなるわ」
「ハァ!?この程度のことでかよ!?じゃあなにか?オレが大嫌ぇなアイツと仲良しこよしでいろってのかよ?ッ冗談じゃねぇ!」
それはアルケミア学園が準決勝を終えたすぐ後、決勝戦までの残りの試合を消化するまでこちらでお待ち下さいと案内された控室での事だった。
ヴィルは先にトイレを済ませてからにしようと、直接部屋に向かうのではなく観客席の方に行っていたのだが、そこで慌てた様子のニアが、
「大変!シアとヴァルフォイルが控室で言い争いを始めちゃって、急いで来て!!」
と報告してきた為、急いで飛んで来てのこの状況である。
突然の事に状況を呑み込めないヴィルだったが、二人の会話を聞くにこういう事らしい。
先の準決勝、ヴィルとバレンシアは準々決勝と同様に突撃するであろうヴァルフォイルに合わせて、同じように各個撃破するつもりで臨んでいた。
ところがいざ試合になると、三人がそれぞれの相手と衝突した次の瞬間、ヴァルフォイルがあっという間に相手を斬り捨ててしまったのだ。
相手選手も突っ込んで来ると頭では分かっていても、あの形相と勢いで突進されては萎縮してしまって、思ったように動けなかったとしても不思議では無い。
真っ先に一人を落とした、普通この点だけを見れば喜ばしい事実の筈だが、問題はヴァルフォイルが一人だけ自由になってしまっているという点だ。
ヴィルの事がとにかく気に入らないヴァルフォイルにとって、ヴィルよりも優れた成績を残す可能性がある状況というのは願っても無い好機。
本当にそう考えたかは定かではないが、結果としてヴァルフォイルはヴィルから横取りする形で相手校の計二人を葬らんとしたのだ。
その際、ヴァルフォイルは相手選手とヴィルの両者を巻き込む斬撃を放っていた。
あわや同士討ちという場面で、ヴィルは背後から迫る剣撃に辛うじて剣を合わせ事無きを得たが、数メートルに渡り吹き飛ばされる羽目になってしまった。
試合自体は勝つ事が出来たが、後々に禍根を残しかねない行為。
バレンシアはその独りよがりを叱責し、同時にヴィルに謝罪するよう要求しているという訳だ。
しかし当の本人は謝る気どころか、ヴィルに対して申し訳無いという気持ちすら無いように見える。
ヴィルが部屋に入った際、殺気の籠った一睨みをくれたのがその証拠だ。
なお、控室の中に居たのは新人戦メンバーだけではない。
「まあまあまあ、二人とも落ち着いてって!今は言い争ってる場合じゃないでしょ!シアもヴァルフォイルも、決勝戦前にこんなのおかしいって、ね?」
小柄な体格ながらも、必死に二人の間に割って入ろうとするリリア。
「ていうかよ、普通にヴァルフォイルの方に非があるんだからとっとと謝ったらどうなんだ?この状況で意地張る必要なんざねぇだろ」
「それも心底つまんない、ね。アタシは元からシアとヴィルの味方だしアンタには何の興味もないけど、今のアンタはそれ抜きで見るに堪えないわ」
ザックが正論でヴァルフォイルに謝罪を促し、クレアは苛烈な毒舌でヴァルフォイルを批判する。
後からやって来たフェローとレヴィアは同情の余地無しと静観を貫き、その他のクラスメイトもこの場に集まっていたが、誰一人としてヴァルフォイルを擁護する意見を挙げようとはしない。
その多対一の状況は、そのままクラスの総意となって表れていた。
「…………」
ヴィルは動かない、ヴァルフォイルを見つめたまま、如何なる行動を取るべきか思案している。
ニアはそれを不安そうにしながらも、必ずヴィルが何とかしてくれる筈と瞳の奥に希望を浮かべて状況を見守る。
バレンシア、ザック、クレアは糾弾の視線を向け、リリアやフェローやレヴィアといった生徒は中立を見せつつもバレンシア――ひいてはヴィルの側に立っているように見える。
場の形勢は、明らかにヴァルフォイルに不利に傾いていた。
ふと、ヴァルフォイルと長考するヴィルとの目が合う。
「ンだよ、それ……」
ぽつりと、そんな呟きが静かな空間に反響した。
俯いて肩を震わせるヴァルフォイルが、バッと怒りに染まった顔を上げて、吼える。
「テメェら全員がソイツの味方するってんなら……いいぜ、やめてやる。新人戦なんてやめてやるよ!!」
瞬間、ヴィルの目の端がピクリと動く。
それは、この流れで想定していた中でも最悪の言葉。
ヴァルフォイルの一言に、ここで初めてバレンシアが動揺を見せた。
激情に駆られたヴァルフォイルの言葉に一瞬呆気に取られつつも、すぐに我に返って食って掛かるバレンシアだが……
「ちょっとヴァルフォイル、冗談を言うのも大概に――」
「冗談?これが冗談に見えっかよ。何を勘違いしてんのか知んねぇが、オレぁ元々新人戦なんざ興味ねぇんだよ。注目だの名声だのも全部いらねぇ。ただ気持ちよく戦ってたかっただけだ。それが何だ?気に食わねぇ奴とチーム組まされて、連携を取れだぁ?ふざけんじゃねぇ!」
抑えていた激情が再燃したかの如く、勢いを増すヴァルフォイルの啖呵には届かない。
ヴィルを指差し、闘志を剥き出しに宣言する。
「テメェのスカしたツラも態度も、何もかもが大っ嫌いだ!!もう我慢すんのもここまでだ、決勝も新人戦も捨ててやる!!」
「ヴァル……」
「ッ……!その呼び方で、オレを呼ぶんじゃねぇよ」
バレンシアがそう呟いた最後の一瞬だけ、ヴァルフォイルの顔に疼痛が走った気がした。
そこから、控室を出て行こうとするヴァルフォイルを説得しようと、バレンシアやリリア等が声を掛けていくが、どれも芳しくない。
説得の声は多数あれど、辞めるなら好きにしろと言う声は一つも出なかった。
というのも、新人戦は基本的に登録選手以外の出場を認めておらず、病気やトラブルで出場困難な場合は残りの二人だけで戦わざるを得なくなるからだ。
まだ準決勝は終わっていないが、十中八九勝ち上がって来るのは聖光学園。
いくら個人戦力に秀でたアルケミア学園と言えど、相手が聖光学園では万が一も起きかねない。
それ故クラスの一部が説得に動いていたのだが、短気で一度こうと決めた事は曲げない頑固さを持つヴァルフォイルには望み薄と、誰もが気付き始めている。
諦めムードの空気の中、最早出て行くヴァルフォイルを見送るしかないのかと、誰もが立ち尽くして状況を見ていた。
―――――
正直、もう諦めるべきだと思っていた。
意固地になったヴァルフォイルは、それこそ梃子でも動きはしないだろう事は容易に想像出来たからだ。
従姉妹に当たるイリアナでも、彼が密かに想いを寄せるバレンシアであっても、今の彼には逆効果にしかならない。
新人戦を辞める、きっとその言葉を吐かせてしまった時点でこの展開は決まっていたのだ。
現在の状況を覆せる何かは、この場には存在していないのだから。
であるならば、もうヴァルフォイルの説得に拘泥する必要はない。
少々厳しい展開にはなるだろうが、フルメンバーでの出場は諦め、二人での戦いに集中するべきだ。
ヴァルフォイルが抜ければカバーの必要も無くなり、その分のリソースを連携に割く事が出来る。
個人戦力は申し分ない、今からでも戦略を練ればそれなりの立ち回りは可能になるだろう。
そうと決まればヴァルフォイルへの対応は他に任せ、選手は選手で決勝に向けた作戦会議をするべきで……
――否、ここが、ここがターニングポイントだ。
これまでの自分ならば、まず間違いなくヴァルフォイルを放置する選択肢を取っていただろう。
ヴァルフォイルを説得するの必要な時間と労力、彼が心変わりをするそもそもの可能性、この両方を考えた時、口説き落とすのはお世辞にも得策とは言えないからだ。
だが、果たしてそれでいいのか?
この問題を先送りにした未来は、完璧なものと言えるのだろうか。
答えは否、それはあるべき未来ではない。
今Sクラスを取り巻く問題を放置したとして、その先時間を掛けたとて必ず解決出来る保証はどこにも無い。
もし取り返しの付かない事態に陥った場合、幼馴染であるバレンシアや仲裁の叶わなかったリリアはこの事を引き摺るだろう。
太陽の翳ったSクラスは何も成せぬまま終わりに向かって行くだろう。
これまで通りの選択の先にある未来は、そういう未来だ。
それだけは断じて認められない、断じて認める訳にはいかない。
――だから正そう。
これから取る方策は絶対的に正しい手段では無い。
判断の一つ、足運びの一歩でも間違えれば最悪の結末へと導かれる、賭けの要素が強い選択の連続だ。
――ならば乗り越えよう。
ヴァルフォイルとバレンシアとSクラスと、そして何より己の誇りと尊ぶべき借り物の命に賭けて。
自信にとって絶対の誓いを右手に握り締め、運命を破る第一歩を踏み出した。
―――――
その状況に、誰もが手を出せずにいた。
ある者は諦観に俯き、ある者は睨み付け、ある者はその自分勝手さを見限る。
状況の打開に向けて動いていた者らも、ここで下手な手出しをして状況を悪化させまいと、或いはこれ以上何を言っても状況は変わるまいと、その場で黙って推移を見守る他なかった。
――ただ一人を除いては。
一歩、信頼と安堵の眼差しが背中側から向けられる。
二歩、希望と期待の視線が踏み出す足に勇気をくれる。
三歩、何をしでかす気かという怪訝な視線により一層の気力が満ちる。
近づく気配を悟ったのだろう、まだ自分を追いかけてくる存在にヴァルフォイルが苛立ちを隠さず振り返った。
「しつけぇんだよ。誰に何を言われようとオレぁ――――――ッッ!」
その瞬間起こった出来事に、その場に居た誰もが驚きの表情を見せざるを得ずにいた。
訝しげに見ていたバレンシアも、目をしばたたかせるリリアも、呆けるニアも。
そして、尻もちをついて見上げるヴァルフォイルでさえも。
誰かの行動無しには誰一人として動けない、そんな空気の中、この空間を生み出した張本人が口を開いた。
「――いつまでそうやっているつもりだ、ヴァルフォイル・リベロ・フォン・バーガンディー」
ヴァルフォイルの頬を殴り飛ばした拳を強く握り締めたまま、ヴィル・マクラーレンは冷たく激怒してそう言い放った。
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