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第97話 新人戦 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 闘技場の中央、一瞬の静寂と高揚、戦いの前にある独特の緊張が場の空気を支配していた。

 ふうぅぅと、誰かの長く息を吐く音が聞こえた気がした。


「ベールドミナ新人戦第五試合、開始!」


「「「「「「『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』!!」」」」」」


 試合開始の合図と共に両陣営から宣誓がなされ、計六名の生徒の輪郭が僅かにブレる。

 これは当の昔に廃れた魔法の中でも、奇跡的に後世へと伝わり現在まで残っている魔法の一つ、その効果。

 対象範囲内の人間の存在位置を世界から半分ずらす事により、対戦中寸止めを気にする事無く試合を行うことが出来る魔法『御天に誓う(フィーリア・リレイル)』。

 術式作動中は現実との感覚の差異も殆ど無く、体の動きはそのままに痛覚を鈍化する事も可能。

 その発動に必要な詠唱の文言は、この世界で広く信仰されているゼレス教の主神に対する公正の誓いも兼ねており、正々堂々勝負をしようという意思の表明でもある。

 現在は行われる公式戦の全てでこの保護術式が採用されており、やや高価なのを唯一の欠点として広く普及している魔法なのだ。

 閑話休題。

 宣誓後の硬直も溶け、さあここからという場面。

 本来なら味方と意思疎通を行い、合わせて行動したい所なのだが……


「っ……!ヴァルフォイル!」


 バレンシアの制止を意に介さず、赤き猛獣が相手校三人の下へと突撃する。

 ヴィル達に事前の相談は無く、また練習期間中にこのような作戦も立てていない。

 何なら突っ込んだ本人にも明確な作戦は浮かんでいまい。

 直情的で考え無しのヴァルフォイルらしい、極めて単細胞的な行動だ。

 一歩間違えれば味方が多大な迷惑を被る所だが、ヴィルとバレンシアもされると分かっていて対策をしない程馬鹿では無い。

 ヴィルに反発するヴァルフォイルならこうするだろうという予想を事前に立て、二人はそれに合わせる形で幾つかの作戦を立案していた。

 単騎での敵陣特攻、これはヴァルフォイルがやりそうな行動の一つとして、最有力候補に挙がっていた予想だ。


「あの馬鹿、本当に一人で突っ込むだなんて……。同じ裁定四紅として本当に恥ずかしいわ」


「まあまあ、分かりやすい行動をしてくれるだけましなんだ。一番の最悪は何もしてくれない事、でしょ?」


「……それもそうね。ではヴィル、悪いけど……」


「いいよ、シア。作戦通りに、右は任せる」


 互いに頷き合い、単独で三人を相手取るヴァルフォイルに向かって疾走する。

 戦端が開かれて三十秒、然程時間が経っている訳でも無いが、未だ人数不利を感じさせない戦いを繰り広げるヴァルフォイルは、戦力として見れば紛れも無く優れている。

 遠中距離は自慢の身体能力で攻撃を躱しつつ接近し、近距離戦では爆炎を撒き散らす火属性物理魔術と剛剣で薙ぎ払う。

 技術ではなく天性の感覚によって成り立つそれは、ヴィルのように相手の行動を読んで戦う思考型の天敵と言っても過言ではない。

 それは即ち裏を返せば味方として頼りになるという事。

 こんな状況でなければ素直に喜べたのだろうが。


「――しっ!」


「……ッ!テメェ……!」


 ヴァルフォイルの背面、斬り掛かろうとしていた剣士との間にヴィルが割って入り抜刀居合、袈裟斬り、左下段からの燕返し、不意打ちの三連撃を見舞う。

 そして勢いのままに首元への突き、相手に何もさせずにまずは一人を落とした。

 隣を見てみれば、並走していたバレンシアもまた同じく相手を圧倒し、今すぐにでも斬り捨てそうな程追い詰めている所だった。

 彼女のスタイルは苛烈にして華憐。

 敵を確実に仕留める為に無駄の削ぎ落とされた攻めの剣術が、そこにはある。

 ここ三ヶ月の僅かな間にも成長を見せる、ヴィルも流石と舌を巻く見事な手際だ。

 不満と殺気が交じり合う視線がヴィルに突き刺さる。

 発生源は当然ヴァルフォイル、余計な事をするなとでも言いたげな目で見ているが、当然これはチーム戦であり咎められる謂れは無い。

 相手校の残った最後の一人目掛け、ヴィルが姿勢を低く取ると、ヴァルフォイルは苛立たしげに舌打ち、得物を取られてなるものかと猛烈なラッシュを仕掛け始めた。

 己が内に燻る不満をぶつけるように、八つ当たりとも言える力任せの連撃が繰り返される。

 普通なら隙にもなりかねない愚行だが、ヴァルフォイルならばそれもある程度強力な一手として作用する。

 攻め、攻め、攻め――。

 守りなど知るかといった攻めの継続は、地力の差もあって一対一から十秒と掛からずの決着を迎える事となる。


「ルウゥゥゥゥアァァァア!!」


 攻勢の果てに生じた相手の致命的な隙、そこに爆発的な炎を伴う横薙ぎの一撃が突き刺さり、爆炎。

 凄まじい衝撃と共に最後の一人が爆発四散し、試合終了。

 アルケミア学園は無事準々決勝へと駒を進めるに至った。

 湧き上がる観客、しかしその大半は予想通りといったものや、相手校の健闘を称える同情が多いように見える。

 それもその筈、王立アルケミア学園と言えば王国四大大会の常連校であり、ここベールドミナの新人戦の中では聖光学園を抑えて優勝大本命の予想を受けているのだ。

 特に二年上のイリアナ・リベロ・フォン・ヴァーミリオンという、四大大会中三大会制覇に貢献した伝説が在籍している以上、そうした評価は逃れ得ぬもの。

 初戦からそんなチームと当たった相手校が、然程悔しそうな表情をしていないのも頷けるというものだ。


「「――――ッ!!」」


 向けられる称賛の中、ヴィルの鋭敏な聴覚は自身に向けられるあれは誰だという旨の多数の声を拾っていた。

 アルケミアに在学する並み居る名家を抑え、レッドテイルとバーガンディー、裁定四紅の二人と肩を並べる銀髪の生徒は一体誰なのかと。

 尋常ならざる剣才、現実離れした容姿に風に靡いて美しく輝く銀の髪。

 王国の名家に詳しい情報通も、社交界に顔を出す貴族も見覚えの無い青年。

 さぞ高貴な血の持ち主だろうと登録名簿を見て見れば、欄に載っているのは聞き覚えの無いマクラーレンという家系だ。

 青田買いに来た有力者はヴィルを知っている者は居ないかと人を走らせ、会場内の淑女は貴族と比べても同等かそれ以上の美貌に酔いしれ、それを悟った紳士は嫉妬の眼差しでヴィルを見る。

 会場内の注目は今、予想外の空気を纏ってヴィル一人へと集まっていた。


「お疲れ様。やっぱりヴィルは凄いわね、みんなあなたに注目してるもの。お陰で私に向けられる煩わしい視線が減って助かるわ」


 退場の最中、隣にやって来たバレンシアがそう揶揄うようにヴィルに声を掛けてきた。


「シアもお疲れ様。見られてるって意味ならシアやヴァルフォイルも同じだと思うけど」


「それ分かってて言ってるでしょう?私に向けられているのは見知ったものを見る目。あなたに向けられているのは自分達の知らない、未知を見る目だわ。その差が理解出来ないヴィルじゃないでしょう」


 胡乱気な目で責められ、ヴィルは素直に両手を上げて降参の姿勢を取る。


「そうだね。確かにそんな感じがするよ。これはまたフェローに睨まれそうだ」


「それはそうでしょうね。モテたい一心の彼からすれば人の目を奪う才能を持ったあなたは天敵みたいなものだもの。フェローのそんな願望には欠片も興味は無いけれど、ヴィルは新人戦が終わったら用心しておいた方が良いと思うわ」


『女好き』の通り名で知られるフェロー・フォン・フロストリークはヴィルのクラスメイトであり、二つ名の通り女性にモテる事に余念の無い人物である。

 友人でもある彼は普段からヴィルと友好な関係を築いているが、ただ一点、女性が関わると途端にライバル視してくるのだ。

 しかしあくまでも冗談やじゃれ合いの範疇で収まっており、ヴィルはフェローの事を見ていて飽きない貴重な友人として扱っている。

 が、貴族としてヴィルよりも長い付き合いの筈のバレンシアはフェローに関して興味が無いらしく、そんな事はどうでもいいと吐き捨てて、ヴィルに忠告をしてきた。


「用心?」


「そうよ。新人戦は各校が仕入れた実力者を披露する場。当然多くの人が注目してる訳だけれど、平民だからと辛うじて知名度が低かったあなたはこの機会に一気に注目される筈だもの。そうなればあなたの価値を求めて人が殺到するでしょう。具体的には……」


「女子からの告白が相次ぐと?」


「……私が言うまでも無かったようね。ただの告白に収まる場合は良いとして、中には権力を使って無理矢理迫ったり手籠めにしようとするのも居るでしょう。だから用心よ」


「心配してくれるなんて嬉しいね。シアがそこまで言ってくれるなら僕も気を付けるようにするよ」


「……言って損したわ」


 先の揶揄いを返され不機嫌になるバレンシアに小さく笑いつつ、ヴィルはこれまで通りの平穏が望めないであろう学園生活に思いを馳せる。

 バレンシアの言う通り、新人戦が終わればヴィルの学園内での注目度は大きく跳ね上がるだろう。

 そうなれば客観的に見ても、両親から受け継いだ優れた容姿を持つヴィルは常に女性陣の関心を惹く事になる。

 そこからはフェローも羨む青い春の到来だ――問題はその全ての思いに応えられないという点だが。

 王国で最高位の公爵にして銀翼騎士団(シルバーナイツ)を率いるシルベスター家、その唯一の嫡子であり勇者である身分の人間が、おいそれと他人と関係を持つ事が出来るだろうか。

 答えは否、両親は共に結婚相手に寛容な姿勢だが、少なくともヴィルは勇者としての役割を果たし終えるまで、特定の誰かを選ぶ気は毛頭無い。

 これだけの秘密を抱えて付き合ったとしてもお互いが不幸になるだけ、更にその先に待っているのは避けようの無い――


「…………」


 そこまで考え、ヴィルは思考の海に沈んでいた意識を現実へと戻す。

 いや、戻されたと言う方がより正確であろうか。

 隣り合って話しながら歩くヴィルとバレンシアの後方、そこから嫉妬や憎悪を含んだ視線が圧となってヴィルを襲う。

 目を向けずとも分かる、ヴァルフォイルだ。

 先の試合で援護をした辺りからだろうか、より露骨になった殺気がヴィルを刺し貫いている。

 最早誰に隠す気も無い苛立ちを露わにするヴァルフォイルは、感情的な人間の悪い部分全てが出ているようだ。

 観客の注目を集めたせいか、はたまたバレンシアと親しく話し過ぎたせいか。

 どちらかと言うと後者の比重が大きく思えるが、前者が全く影響していない訳ではあるまい。

 順当に行けば残り三戦、果たしてこの薄氷の上に成り立つチームは存続できるのか。

 ヴィルは溜息一つ、そんな不安と疑問を抱きながらクラスメイト達が待つ観客席へと戻っていったのだった。


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