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第96話 新人戦 一

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。

 

 かたかたと石畳の上を走る振動がゆっくりと止まり、静寂が目的地への到着を告げる。

 ほんの十分程度の移動にわざわざ馬車を使うのは贅沢かもしれないが、これもまた選び抜かれ厳しい日々の鍛錬に耐えるSクラスの特権。

 その中の三人はこれから激戦を演じるのだから、これくらいは許されてもいい筈だろう。

 このうだるような暑さの中、今頃アルケミア学園からここまでの距離を歩いているだろうAクラスに同情しつつ、ヴィルは空気の悪い馬車の窓から耐えかねてちらと顔を出す。

 そこは白と青を基調とした建物群、清廉な雰囲気漂う学園の入り口たる巨大な門前。

 王立アルケミア学園とはまた異なった美しさを誇り、またそれに応じた力をも誇示する迫力ある外観。

 ここベールドミナに直線状に敷かれた石畳も正門を境にぷっつりと断たれ、そこから先は嫌が応にも高級を予感させる材質の地面へと変化しており、正に別世界への入り口だ。

 ――今年行われる新人戦の開催校の一つ、陽光満ちる聖光学園。

 聖光の名に恥じない風光明媚なこの学び舎には、現在近辺の十六校が集まり、ぶつかり合うその時を今か今かと待ち望んでいる。

 風景に見惚れるヴィルもその一人であり、これが平時であれば純粋に戦いを楽しみにする気持ちでいられたのだろうが。

 頭を窓から引っ込め、夢のような景色から打って変わって現実を見る。


「…………」


「…………」


「景色、綺麗だな……」


「そうねえ、綺麗ねえ……」


「…………」


 馬車内の空気は完全に死に絶えており、時々うわ言のように繰り返されるフェローとレヴィアの会話以下のやり取りが、この空間唯一の音だ。

 アルケミア学園から聖光学園までの道程十分間、この身じろぎ一つできないような居た堪れない雰囲気が続いていた。

 ただただひたすらに窮屈な時間。

 だがヴィルも二人も、決して口数が少ないという事は無い。

 フェローはよく女子に話しかけに行っているし、レヴィアも社交界の経験があり会話術が達者だ。

 会話が苦で無いという意味ではヴィルも同じ、では何故かと言うと原因は残りの二人にある。


「「…………」」


 視界に入れてなるものか、気にしてなるものかと、互いに別の場所を見て関係ない素振りを見せているバレンシアとヴァルフォイルだ。

 この二人はヴァルフォイルのヴィルへの態度を原因として喧嘩の真最中であり、そのせいで居心地の悪い場が出来上がっていた。

 喧嘩が始まってから新人戦までに数日あり、その間ヴィルやニアが手を尽くしたのだが、結局関係改善は成らず当日を迎えてしまい。

 三人が新人戦の代表だというにも拘らず、三人全員が喧嘩に関わる当事者だと言うのだからどうしようもない。

 バレンシアとの連携はともかくとして、ヴァルフォイルをどうするのか。

 先の見えない戦いに溜息を吐きつつ、ヴィル達を乗せた馬車は検問を終えて再び動き出したのだった。


 ―――――


 王国に存在する魔術・剣術を教える教育機関の殆どが参加する、各地域毎に分かれて開催される新人戦の目的は、勝敗ではなく戦力の情報共有こそにある。

 本大会は三人一チームが十六校、計十五試合を行うプログラムとなっており、一応は普通の大会と同じ形を取っていた。

 優勝校にはトロフィーが贈られ、二位三位も表彰されるが、あくまで運営側の謳い文句は『参加校の新入生同士の交流と以後の大会を踏まえた優秀な人材の披露、及び刺激的な試合を通した武術の発展』であり、勝敗が全てでは無いとしているのだ。

 ……が、当然血気盛んな新入生がそんな建前だけで満足する訳も無く、新入生達は全力で優勝を目指す姿勢であり、青く熱い戦いは毎年他の大会にも劣らない人気がある。

 また学園側も新人戦をただの人材披露の場とは考えておらず、新人戦での勝利はその後の大会において大きな意味を持つからか、生徒と同じくらいに勝利に重点を置いているのだ。

 故に自校の生徒を勢い付かせる目的で、各校毎に定められた観覧人数上限ギリギリまで生徒を狩り出す為、歓声も凄まじい事になるのが慣例となっている。

 アルケミア学園も例に漏れず、より正確に表すのならば担任のグラシエルも例に漏れず優勝を目指しており、それが理由で特別授業を組んだり自身の裁量で代表選手を決定したりしていたという訳だ。


「アルケミア学園の皆様の席はこちらとなっております。事前のご連絡で前にSクラス、後ろにAクラスとのことでしたが、よろしかったでしょうか」


「ああ、ありがとう。お前達も聞いたな。指定された範囲内ならば自由に座って構わん。出場組も試合前まではここでの待機となるからそのつもりでな。私はこれから諸々の書類を提出しに行ってくるが……リリア、あとは任せるぞ」


「分かりました。それじゃあみんな、さっそく席を決めてこー!」


 黄金色に輝くツインテールをぴょこぴょこと跳ねさせ、元気よく声掛けをするリリア。

 彼女は元々、生徒主導でSクラス内の物事を決める時によく司会役に立候補していたのだが、いつの間にやらそれが定着しSクラスのまとめ役のような立場になっていた。

 今回も同じように、リリア主導となって席決めをする流れになっていたのだが……


「…………」


 割り当てられた席の端、誰への相談無しに真っ先にヴァルフォイルが腰掛けた。

 しかし、その身勝手で協調性に欠ける行いを咎める者は、今のSクラス内には居ない。

 というのも、


「リリア、私達でこの辺りの席を貰ってもいいかしら」


「うんいいよ!じゃあ七人は決まりとして、ほか希望ある人―」


 端に座るヴァルフォイルとその対極に位置する席を取ったバレンシアとが、最悪の関係にある事は既にSクラスの皆が知る所であるからだ。

 これは決してヴァルフォイルに配慮しているのではなく、あくまでもバレンシアへの配慮。

 二人の喧嘩は同時にその原因までもが知れ渡っており、明らかにヴァルフォイルに非があるというのが全員の共通認識となっている。

 にも拘らず放置されているのは、ヴァルフォイルが人の話を聞く性分ではなく、また彼自体が非常に威圧感の強い人物だからだ。

 故に誰も注意せず、ただヴァルフォイルを腫物のように空気のように扱うのみ。

 唯一ヴァルフォイルに話しかけるのはリリアくらいのもので、そのリリアも露骨に話しかけてはヴァルフォイルの機嫌を損ねると、必要な連絡事項を伝えるに留めている。

 今の席決めで何も言わなかったのも、その辺りを考慮しての事だ。

 Sクラスでもトップのコミュニケーション能力と空気を読む力に長けたリリアをもってしても、ヴァルフォイルの態度は崩れなかった。


(人に頼っているようではいけないか)


 ヴィルにも分かっているのだ、この問題を解決できるのは自分とバレンシア、当事者でしかあり得ないのだという事は。

 多少話は大きくなっているものの、所詮は三人の間で起こっているありふれた諍いでしかない。

 話し合うなり和解するなり、いずれは時間が解決してくれると、そう。

 だがこのタイミング、この代表選手間でのすれ違いだ。

 それが新人戦に如何なる歪みをもたらすのか、まだヴィルにも明確な予想は出来ていない。

 個人個人の強さで言えば、アルケミア学園代表の三人は他校の代表と比べてもトップクラスの位置にある。

 だがチームの結束力で言えば、詳細を説明するまでも無く最下位の評価だろう。

 結局、あれだけあった新人戦に向けての授業の殆どを個人練に費やさざるを得なかったせいで、三人での連携は絶望的。

 バレンシアとはそれぞれの判断で各個撃破するという、脳筋一直線な作戦で一旦の合意をしたが、これは一種の賭けでもある。

 これが吉と出るか凶と出るか。


(さてこの新人戦、一体どうやって切り抜けようか)


 最早占いをせずとも最悪と分かる状況に内心頭を抱えつつ、ヴィル達の新人戦は幕を上げたのだった。


 ―――――


 唸る風切り音と共に剣閃が駆け抜け、客席から歓声が湧き上がる。

 ベールドミナ新人戦の第二試合、バーネスハイム学園と本大会の優勝候補の一つである聖光学園の戦いも終盤を迎え、今丁度バーネスハイム側の生徒が落とされた所だ。

 斬られた死体が砕けるように消え、敗者は現実へと戻される。

 試合開始から数分、先の競り合いでバーネスハイム側の二名は脱落し、最後の一人を残すのみ。

 その一人も片腕を負傷し消耗しており、最早これ以上戦える体ではない。

 対して聖光学園は三人が五体満足で残っており、試合の勝敗は既に決している。

 最後は自棄になった残党を難無く仕留め、聖光学園は準々決勝へと駒を進めるに至った。


(やっぱり聖光学園は強いな。個人の強さだけじゃなく集団としても高いレベルで仕上がっている。トーナメントに位置的に当たるのは決勝戦か)


 聖光学園の代表選手の構成は前衛の片手剣使いサイル、同じく前衛の大盾タント、中衛の長槍コールの三人で成り立っている。

 後衛が居ないという点では新人戦の編成としてありふれたものだが、この大盾というのが曲者だ。

 右に大盾左に短剣のこの生徒は、基本的に槍の生徒の前で立ち回る戦術を取っている。

 積極的に攻撃はせず、自校の中で最大のリーチを持つ槍の生徒を守る役割という訳だ。

 聖光学園の試合を見て、多くの人が目を止めるのはまず間違い無く片手剣を振るう生徒だろう。

 単純に容姿に優れているというのもあるが、戦い方が派手であり、実力も聖光学園の代表選手の中で一番なのが大きい。

 実際、今の第二試合で二人を仕留めたのがこの生徒であり、聖光学園の主軸である事は疑いようも無い。

 しかし、強敵との試合でいざという時に前線を維持するのは、片手剣ではなく大盾だ。

 そう長くなかった大盾とバーネスハイムの生徒の接近戦、ヴィルは少し見ただけで大盾の生徒が守りに優れた人物だと見破っていた。

 正確に攻撃を見て立ち位置を変える判断力、攻撃に合わせて縦の向きや角度を変える反射神経、そしてその攻撃を防ぎ切るフィジカル。

 どれも一朝一夕で成り立つ動きでは無かった。

 片手剣の生徒が主役だとするならば、大盾の生徒は縁の下の力持ち、影の立役者といった所だろう。

 アルケミア学園と聖光学園が勝ち残る事を、ヴィルは既に決定事項として疑っていない。

 であれば、決勝戦で最も厄介なのは彼になる。

 本来ならば、可能な限りチームで議論を重ね、最適な戦術を考え実行するのが最善なのだが、今のヴィル達の関係性ではそうもいかない。


「アルケミア学園の代表選手の方~!そろそろ準備をお願いします!」


「もうそんな時間か」


「私達は第五試合が初戦なのだしこんなものでしょう。それじゃあヴィル、行きましょう」


 独り言を呟いたヴィルに、隣に座るバレンシアが反応して立ち上がる。

 ヴィルもそれに倣って席を離れると、クラスメイトや後方に座るAクラスの面々から暖かい激励と黄色い声援が投げ掛けられた。

 それらに軽く手を挙げて応えつつ、誘導係を務める聖光学園の生徒に従って歩いて行く。

 と、


「チッ…………」


「…………」


 横に立ったヴァルフォイルがヴィルを見て舌打ちし、それを咎めるようにバレンシアが視線で射る。

 視線を受けたヴァルフォイルは、ヴィルを庇うバレンシアの態度も気に食わないとばかりに怒りの籠った息を吐く。

 誰から見てもあからさまに険悪な雰囲気に、先頭を歩く女生徒も気まずげに緊張を露わにしている。

 気取られぬよう、ヴィルはひっそりと溜息を吐く。

 このまま何事も無く新人戦を終えて欲しい。

 それがヴィルの偽らざる本心であった。


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