待ち人は後ろにいる、殴り合いなさい
『待ち人は後ろにいる』。
男子高校生、拳神剛が購入したおみくじにはそう書かれていた。余りにも雑な答えにため息をついて「まあ話題にはなるか」と呟いた瞬間――――背後で膨れ上がる気配と殺気。
「っ!?」
全身にナイフを突きつけられたような威圧感。それに臆することなく、反射で上段回し蹴りを放つ剛。
蹴りと同時に振り返り拳を構えた先には、剛の蹴りを回避したであろう同年代くらいの女が一人。
(こいつ、できる!!)
剛は久しく現れなかった強敵の存在に歓喜した。
『待ち人は目の前にいる』。
女子高校生、武神流奈が購入したおみくじにはそう書かれていた。余りにも雑な答えにため息をつきつつ前を見る。そこには同年代くらい男が一人いるだけ。
「まあ物は試しね」と呟いて軽く殺気を放った瞬間――――顔のすぐ横まで迫る剛脚。
「っ!?」
殺気から一切のタイムラグなく放たれた、速すぎる回し蹴り。それを反射で跳び退いて回避した流奈。
跳び退くと同時に拳を構えた先には、男が隙の無い立ち姿で流奈を見据えている。
(こいつ、できる!!)
流奈は久しく現れなかった強敵の存在に歓喜した。
それなりに人通りのある神社で向かい合う二人、剛と流奈は警戒しながら互いを観察していた。
(肉体の強さはそこまででもない。だが完璧といって良いほど構えに隙がねぇ。技量に関しては俺以上か?)
(よく見たら隙はある。けれど肉体から立ち上る圧倒的なオーラは、身体能力の高さを表しているわ。力に関しては私の数段上かしら?)
自身の強さを把握した上で、相手の強さを認める。そんな警戒による膠着状態を打ち砕いたのは、剛だった。
瞬時に距離を詰め、拳の乱打を放つ。戦いの素人が見れば、マシンガンのように感じるであろう殴打の速さと威力。喧嘩自慢の不良でも数秒耐えれば奇跡と言うべき猛攻は、しかし流奈には通じない。
「全て受け流す!」
「な、にぃ!?」
開いた手の甲を剛の拳に当てると、まるで流水を想起させる動きで受け流していく。剛の剛拳は、流奈の絶技によって全て防がれる。
(空気を殴ってるみてぇに手応えがない! なんて技の完成度だ!)
(受け流しているのに手が痺れる! なんて馬鹿力よ!)
猛攻と受け流し。拮抗した戦いの流れを変えてみせたのは、流奈だった。
拳の嵐の中、ほんの僅かな攻撃の隙間に体をねじ込む。剛に構え直す暇すら与えず、掌底を腹部に叩き込む。
確かな手応えに流奈が浮かべた笑みは、けれどすぐに引っ込むことになった。
「――軽いぜ」
(効いて、ない!?)
剛の腹部はまるで岩石のようだった。格の違う耐久力に戦慄している流奈の腕を、しっかりと掴む剛。
「しまっ――!」
「くらいな」
剛が選択したのは投げ技。背負い投げによって地面に叩きつけたが、剛は表情を歪めた。
叩きつけたことによる衝撃がほとんどなかったからだ。まるで曲芸のように衝撃を殺した流奈は、剛の手から巧妙に逃れて距離をとる。
拳を構えて再度向き合う二人。
ほんの僅かな時間の攻防であったが、神社の客も剛たちの様子に気づき始めた。
「ママー、あの人たち喧嘩してるよ?」
「しっ、見ちゃダメ! 貴方にはあの戦いの格は早すぎるわ!」
「ほっほっほ! 最近の若いもんは良い動きしとるのぉ! 幼子の心を折りかねん強さじゃ」
「肉体の強さは男が、技の熟練度は女が上だな。こりゃどちらが勝つのか全く予想がつかないな」
ざわざわと響く声は、しかし剛と流奈の耳には聞こえていなかった。
他の情報を入れている余裕はない。今目の前にいる強敵に全ての五感を費やさなければ。奇しくも思考が重なった二人の意識には、既に相手以外の何者も存在していない。
((――――入った))
カチリ、とスイッチが入る音が頭に響く。ゾーンと呼ばれる極限の集中状態に入った二人は、同時に地を蹴った。
己が打てる最強の一撃の構えをとる剛、あらゆる敵を打ち倒した奥義を放たんとする流奈。二人の必殺の一撃が交わろうとしたその時、一つの影が超速で間に割り込んだ。
「はい、そこまでです」
「「ッ!?」」
それは信じがたい光景だった。剛の拳は指一本で止められ、流奈の腕は二本の指で挟まれ固定されたのだ。
それを成した人物、壮年の神主は穏やかに笑って頷いた。
「うん、良い力、良い技だ。だけどここは争うための場所じゃない、やるなら他所でやりたまえ」
圧倒的なまでに格が、いや桁が違った。剛の力をもってしても、流奈の技を使ってさえ指の防御を超えられない。
「だが!」
「それでも!」
抵抗は敗北を意味する。それを理解してなお二人の武芸者は決着にこだわり――――結果、蹂躙が起こった。
剛と流奈の体が縦に回る独楽のように回転する。おおよそ物理法則を無視したような現象は、神主の途方もない力と絶技によってなされたのだろう。
「「きゃん!!」」
高速回転して互いの頭をぶつけた剛と流奈は、仲良く並んで気絶した。倒れた二人をズルズルと引きずって神社の外に放り投げた神主は、何事もなかったかのように去っていった。
数分後、目を覚ました二人は誓った。必ずやあの神主を打ち倒してみせると。そのために強くならないといけない。そしてそれは、隣にいる待ち人――――宿敵と共に研鑽するのが最短だと、二人は本能で理解した。
「このあと時間はあるか? (殴り合いできる)良いとこ知ってんだけど」
「ええ、是非とも。よろしくお願いするわ」
(獲物として)熱い視線を交わし合う二人は恋人同士のように(殴り合いのため)人気の少ない場所へと歩いていった。
続編となる短編小説『拳神と武神と怪談話』を投稿しました。