9 ラナンキュラス
湊高校、職員室。
とても広く、自分が小学校の時に入った職員室の、およそ3倍ほどの大きさがある。
中学・高校どちらの教員もここを使用しているため、覚えるまでは目当ての人物を探すことが大変である。
吉岡先輩と共に訪ねると、西井先生はまだ座席でお仕事中だった。もうお昼休みに入っている先生方も多いのに、頑張り屋さんな先生である。
実際、こういった姿を見ているからこそ、若くして生徒からの信頼も厚いのだろう。
「奥野くん、これ……」
「はい。よろしくお願いします」
入部する旨を伝えると、予想以上に喜ばれた。どうやら、部員が活動人数に足りたことにホッとしたらしい。
しかしその後こちらを向いたと思うと、
「あまりお手伝いはできないけれど、何かあったら力になるからね!奥野くん、クラスでも部活でも、たくさん会えて嬉しいわ」
と言われてしまい、本気でドキドキした。
他意はないだろう。当たり前だが。
気の利いた人なら、ここで「僕も嬉しいですよ」とか言うのだろうか。いや、そんな高校生いないか。
優しい大人のお姉さん、というだけで全男子高校生の弱点なのである。さらに美人教師。
西井先生は、なかなか罪作りな先生らしい。
用事を終え花壇へ行き、蛇口の場所や水やりをする箇所などを教わる。
「ここが園芸部の花壇です。季節のお花を植える場所になりますね」
「今植えてある花のうちいくつかは、小町先輩たちが引退の時に贈ってくれたお花たちなんだよー」
結構広い。
部室と同じくらいの面積はありそうだ。
そこに、赤、白、黄、オレンジ―――と、色とりどりの花が植えられている。
パッと目に入って来たのは、ほぼ唯一名前がわかるビオラとチューリップ。あとは、ええと……
「これはね、ラナンキュラスっていうの。バラに似てるんだけど、柔らかさがあって可愛いんだ……私、この花が一番好き」
高林さんが隣に来て、花の名前を教えてくれた。
ラナンキュラス。覚えておこう……。
他にも数種類の花が植えられているらしく、「これはガーベラで、これは……」と教えてくれた。正直、後半は覚えきれたか怪しい。
でも、満面の笑顔で、少し興奮したようにこちらを見て話しかけてくれる高林さんは、なんというか、すごく自然体でいるように見えた。
「あっ、ゴメンね、なんか喋りすぎちゃった」
「いや、全然。高林さん、本当にお花好きなんだなってわかった。なんかそういうの、ちょっと憧れる」
「え?あ、うん。ありがと……まだまだ勉強不足だけどね」
あはは、と苦笑して頬を掻く。
教室で見る高林さんと、部活で見る高林さん。
うまく説明はできないが……眼鏡の有無、それだけではない違いがあるように思う。
「では、もうお昼も回ってますし。畑を案内して、解散しましょうか」
「……理紗ちゃーん……私部室にいてもいいー?」
「うん?いいよ。裕佳梨の分だけ、デザートに作ってきた八朔の砂糖漬けがほんのちょっと少なくなるかもしれないけど…」
「よーし、案内はわたしに任せておけ!おーぶねに乗ったつもりでついてこい!」
相変わらずの先輩達、ほんとすき。
畑までは少し離れており、僕、小町さん、高林さんの3人はそのまま帰るため、自転車で向かう。
向かう途中、小町さんが寄ってきて「ね、大丈夫?私、オジャマ虫じゃない?」と言われたが、スルーしておいた。
オジャマ虫て。
平成どころか昭和のワードセンス。
畑へ到着し、中に案内される。
こちらも広く、テニスコート半面くらいの広さはあった。今は土を休ませている状態で、梅雨前までに耕し、畝にしていくらしい。
育てたい野菜とかあれば考えておいてね、とのことだったけど……また調べておこう。
その他、水道などの施設の案内をしてもらって解散となった。
自転車を漕ぎ、駅へ到着する。
ホームで電車を待つ高林さんたちは、とても仲良さそうに話している。改めて見ると、本当に美人姉妹である。
すると、こちらの視線に気付いたのか、小町さんがこちらへ寄ってきた。
やたらニコニコしていて、ちょっと逃げたい。
「ね、二人も連絡先の交換、まだよね?」
そういえば。
「じゃあ、交換しましょう?私も含めて、ね」
スマホをふりふりし、連絡先を交換する。
思えば、高校生になり初めて増えた連絡先であった。
2人と電車内で別れ、最寄駅で降りる。一人になった帰り道。侑都は駅の近くにある本屋に立ち寄った。
いつもは漫画コーナーに向かうが、今日は学習書籍のコーナーに向かう。
そして、持ち運びが簡単そうなポケットサイズの草花図鑑を一冊購入し、帰宅の途についた。
「はぁ、色々あったな……」
購入した本を取り出し、中に目を通す。
それと同時に、1日の記憶が思い起こされる。
思い浮かぶのは、色々と教わった部活の活動や、花の詳細。そして……
高林さんの、嬉しそうな顔であった。
侑都は、図鑑に付箋をつけ、本を閉じ部屋の電気を消した。