8 春風駘蕩
園芸部に入部すると伝えた後。
吉岡先輩と竹内先輩は、歓迎の言葉をくれた。
吉岡先輩は本当に驚いたようで、「え、でも。こちらが手伝ってもらっただけなのに?」と少し困惑していた。しかし、そのお手伝いが楽しかったという旨を伝えると、満面の笑みで喜んでくれた。
竹内先輩は、何故かドヤ顔で「ま、わたしはこうなると思ってたけどねー」と言っていた。まぁ、それでも人手が増えたことについて嬉しそうにしてくれていたので、良かったと思う。
高林さんはというと、こちらを見て一言、
「あー……。私、もうさっき入部届出して来ちゃった。どうせなら一緒に行けば良かったね」
と言ってくれた。少し嬉しい。
その隣に、何やら含みのある笑みを浮かべている人がいなかったならば、はっきりと表情が緩んでいたかもしれない。
ちなみに、今の高林さんは眼鏡をしていない。部活の時は外すんだろうか?
「入部届は後で出しに行こうと思います。この後、何か活動はあったりするんですか?」
すると、竹内先輩がぐでーっと机にへばりつきながら、こちらに笑顔を向けてくれた。
ネコ科の動物みたいで可愛い。動物園にいるライオンみたいな。
「実はさ、ゆーとくんが入ってくれたお陰で、一つ仕事が減ったようなもんなんだよねー」
「え、そうなんですか」
「うん。……実はね、もし奥野くんが入ってくれてなかったら、結構頑張って新入部員勧誘しないといけなかったんだよね」
新入部員……ということは、人数が足りなかったということだろうか。
「文化部って、活動していくためには四人以上の部員が必要なんです。それと、二年続けて二人以上の新入部員が入らないと、廃部になっちゃうらしいんですよね……」
「だから奥野くん、そういう意味でも本当にありがとうね!」
なるほど。部活の存続にも、結構しっかりした規定があるんだな。
……もしかすると、高林さんが誘ってくれたのも、園芸部に無くなってほしくないという思いからだったのかもしれない。
うん。まぁ、考えてみるとそうだよね。
色々考えて舞い上がってしまった。
「さて。では、今後の活動について軽くミーティングをしますね」
吉岡先輩が、コホンと咳払いして切り出した。
小町先輩がいることもあり、もしかしたらちょっと緊張しているのかも。
「天気予報を見る限り、今週は晴れが続きそうです。なので、明日から水やりをお願いします。頻度は基本朝夕の2回、始業前と放課後に行います」
「お昼にはしないんですか?」
「そうですね。今の時期はそんなに暑くないので、あげても構わないんですが……。あまり暑い日にあげてしまうと、逆効果なんですよね」
へえ。知らなかった。
「暑すぎて、根っこに辿り着く時にはお湯になっちゃうんだよねー」
「水がすぐ蒸発しちゃうと、サウナみたいになって萎れちゃったりするんだよ」
「なるほど……」
うーん、しっかり知識をつけないと。
帰りに本屋寄ろう……。
「理紗先輩。当番ってどうします?」
「そうね、時間の調節がしやすいように、とりあえず学年で分けましょうか。月水金が2年生、火木土が1年生。雨の日はお休みです。長期の休みについては、また相談しましょう」
「了解でーす!」
「夏期講習や特訓もあるしね……はぁ……」
この高校は、進学率がほぼ100%である。家庭の事情などがない限りは、大学等へ進学していく。
そのため夏冬にある長期の休みには、大多数の生徒が予備校や塾の夏期講習・特訓を受ける。
特に二年生は、進級と同時に文理選択があったばかりであり、志望校へと意識を向け始める時期だ。
恐らく、先輩方も忙しくなるのだろう。
「あ、今日の夕方はどうするんですか?」
「今日は私と裕佳梨が自習室に残ってく予定なので、帰り際に行くつもりです」
「わたしは残りたくないんだけど……まぁ、理紗ちゃんが手作り弁当作ってきてくれるっていうから、仕方なくね?」
「仕方なく?」
「あ、いや」
「ふふ、冗談。でも、食べた分は頑張りなさい」
「あい……」
………うん。
先輩達の関係、良いなあ……。
ほっこりしていると、正面から『きゅるる』という可愛らしい音がした。
前を見ると、お腹を押さえている高林さんと目が合う。と思ったらフイッと目を逸らされた。
…………。
自分も目を逸らして時計を見た。正午を回ったところである。うん、仕方ない。
もう少ししたら解散するから我慢してね、と苦笑する吉岡先輩。
高林さんはそれを聞き、俯きがちに頷いた。耳はトマトみたいになってるけど。
「あと、今年も地域の展示会や文化祭などに出展する予定でいます。こちらはまた、近づいたら連絡しますね」
先週、高林さんに聞いたやつだ。地域のイベントの参加、正直イメージが湧かない。期待半分、不安半分といった感じ。
「それではこの後、花壇と畑の場所を案内しますね。そこで水やりの仕方だけ教えますので、奥野くんは少しずつ覚えてください。そのまま現地解散としましょう……それでいいですか?」
「はい」
「ホースを挿し込む蛇口の位置、めっちゃわかりにくいんだよねー」
「ミーティングは以上です。お疲れ様でした。小町先輩、裕佳梨、麻実ちゃんは先に花壇の方に向かっていてください」
「はーい」
「お疲れ様でしたー」
それぞれ荷物を整理し、席を立つ。
吉岡先輩は、小町先輩から「堂々としてて良かったよ、新部長」と褒められていた。
少し恐縮しているようだったが、表情からはとても嬉しそうに見えた。
「じゃあ奥野くんは、職員室にいって入部届を出しましょうか。私も活動記録の提出があるので、ご一緒しますね」
「はい。よろしくお願いします」
いよいよ入部かと思うと、ワクワクしてくる。
思えば中学の時は、仲良くなりたての隣席の友達に誘われ、同じ部活に入った、それだけだった。
自分の意思で、自分のやりたい部活をする。
今まで感じたことのないような高揚感がある。
「それでは、10分後に花壇に集合しましょう!」
部室から出ると、少し暖かみのある春の風が、優しく肌を撫でた。