6 逡巡
「はい、じゃあこれでHRは終わりますね。号令お願いします」
「起立、礼」
1日の授業が終わった。
「………どうしよ」
結局、高林さんに何もアクションを起こせないまま終わってしまった。
挨拶しようとして、タイミングを逃し。
休み時間になったが、勇気が出ず。
この様である。
はぁ。
「侑都、なんか悩んでたりするのか?」
帰り支度をしていた瑞貴が話しかけてきた。
「まぁ、少し……なんでまた?」
「いや、そんなでっかいため息ついてりゃ気になるっての……」
瑞貴は苦笑しながら、鞄とエナメルバッグを2つ、軽々と背負った。
「ま、あんま悩み過ぎんなよ。あれならキャッチボールだけしに来てもいいぞ?スッキリするかもしれんしな」
瑞貴はひらひらと手を振り、教室を出て行った。
良い奴だな、しかし……。
今日一日、ふと気がつくと高林さんの方に目線を向けてしまっていた。
見ていた感じ、特定の誰かと一緒に行動することは少ないようだ。
座って本を読んだり、手帳のようなものを開いて何か書き込んだりしていることが多かった。
眼鏡を掛け、座っている高林さんは、やはり先週とは雰囲気が違って見える。
だからこそ、先週歩きながら話していた様に、気軽に話しかけて良いのか逡巡してしまっているのかもしれなかった。
(そもそも、話し掛け方も分かんないんだけど)
教室には30人以上いる。
新1年だとはいえ、ほぼ皆が顔見知りである。
そのような中で、男子が、今までそれほど仲良くなかった女子にいきなり話し掛ける。
(……いや、無理でしょ……)
よく話す女友達がいるわけでもなく、豊富な恋愛経験があるわけでもない。
侑都には、ハードルが高すぎた。
放課後の、教室に人が少ない時ならチャンスがあるかもしれない。
そう思い帰るのを遅らせていたのだが、どうやら高林さんはいつの間にか教室から出てしまったようだ。
本気でどうしようか、今日はもう諦めて、明日にしようか……などと考え始めた時、ふと良いアイデアが閃いた。
(園芸部の部室へ行けば会えるんじゃないか…?)
それはそれで懸念はある。
吉岡先輩や竹内先輩しかいなかった場合、何をどう話せば良いのか。
(「高林さんと話したくて来ちゃいました!」……なんて言えるわけない)
何故か、竹内先輩のにへらっという笑みが脳裏をよぎり、ゾクっとした。
よく気のつく、聡い先輩なのだ。変な勘繰りをされそう。もしそうなってしまったら、高林さんにも迷惑をかけてしまうかも……。
(でも、まぁ、これしかないか……)
ただ侑都としても、こうして躊躇っているだけでは何も進展しないことも分かっていた。
(…………行こう)
こうして侑都は、願わくば部室へ向かう最中に高林さんと出会ったりしないものかと期待しながら、園芸部の部室へと足を運んだ。
(……着いてしまった……)
結局、ここまで一人の知り合いにも会わず、部室までたどり着いてしまった。
ここまで来て引き返すのは無いだろうと、侑都は意を決したように深呼吸した。
(…………よし!)
コンコンコン。
「はーい?」
ノックをすると、すぐに返事が返って来た。同時に椅子を引く音がし、ガチャリと扉が開いた。
「………どなたですか?」
「あ、えっと………」
予想とは違い、出迎えてくれたのは、初対面の先輩であった。
侑都は尻込みしそうになるが、グッと堪えて目的を告げる。
「あの、突然すみません。高林さんに用があって来ました。……今いらっしゃいますか?」
言えた。
よくやった自分、と褒めてやりたい。
しかし、そんな自分の思いとは対照的に、その先輩は一瞬困ったような顔をした。
そしてすぐに、何かに気付いたようにはっとした顔になり―――――
今度は、にっこりと微笑んでこちらを見た。
「…………高林は、私ですが?」
「…………えっ」
えっ。
侑都は完全に固まってしまい、茫然と先輩を見ることしかできないでいる。
片や先輩は、どこか品のあるような、穏やかな笑みを浮かべている。
「宜しければ、中でお話を伺いましょう。どうぞ」
先輩は扉を大きく開け、中へ誘ってくれる。
そして侑都は促されるままに、部室へと入っていくのだった。