31 次の手
放課後。
扉に近い席のため、教室から出ていくクラスメートが次々と前を通り過ぎていく。
それが新鮮な光景に見えたので、席に残ってそれをぼんやりと眺めていた。
「麻実の近くになる」という目的がなければ、恐らくこの席を希望することはなかっただろう。
隣の席を見ると、麻実はもう教室にいない。
授業が終わるとすぐに帰り支度をし、早々と出て行ってしまった。
「……まぁ、初日だしね」
席は近くなったが、今日は別段何かを話すことはなかった。
いきなり話しかけたりして、注目を浴びるのは嫌がるかもしれないと思ったからだ。
焦って状況を悪くしたら、元も子もない。ゆっくりといこう。
今日は部活もないし、とりあえず帰って……
「…………ん?」
スマホの電源を入れると、すぐにメッセの到着を知らせるポップアップ通知が来た。
《2件の新着メッセージがあります》
差出人は……小町さんと瑞貴、か。
先に小町さんの方から確認する。
【高林小町】
『どうだった?』
今日のこと、心配してくれていたみたいだ。放課後になってすぐ連絡をしてくれたようである。
『席替え、麻実さんの隣になりましたよ』
『わ、すごい!』
『麻実ちゃん、何か言ってた?』
『いえ……話してはないですね』
『少し驚いてはいるみたいでしたが』
『そっか』
『まぁ、ここから何かきっかけが作れるといいね』
そう、まずはきっかけを作らなくてはならない。
この席替えは、あくまでその一環だ。まだスタートラインに立ってすらいない、準備段階。
『そうですね。とりあえず、いきなりは話しかけないつもりです。タイミングを伺って……ですかね』
『タイミング、か……』
『難しいよね。授業でのグループワークとか、そういう場面で組むことは増えそうだけど』
『あ、それなんですけど』
席替えは、うまく行った。
だからこそ、次の手が大事になる。
昨日から考えていた、もう一つの案。
提案してみよう。
『実はもう一つ、試してみたいことがあるんです』
『試してみたいこと?』
『はい』
『といっても、すぐに何かをするわけではなくて。実は、再来週に向けてなんですけど…………』
『……………なるほど。再来週、ね』
小町さんに概要を話す。
概ね賛成してくれたようだ。
それまでは、お互いに気になった点や、気づいた点を話していく形でまとまった。
続いて、瑞貴のメッセも確認。
実は、瑞貴には後でこちらから連絡しようとしていたところだったのだ。
【中野瑞貴】
『おめ。良かったじゃん』
『ありがと。何がおめでとうかわからんけど』
勘違いだからね、それ。
ニヤニヤしてる瑞貴の顔が頭に浮かび、小さなため息が出る。
『またまたー』
『席替えで移動した時、一瞬2人で見つめ合ってなかったか?』
『ないから。向こうが驚いてただけだよ』
瑞貴の席は、自分の席の3つ後ろ。
ちょうど二人の姿がよく見える位置である。
『そうか?』
『俺の席から見てる限り、高林さんはお前の方をちらちら見てたけどな』
『………えっ』
マジか。
あまりそちらを見すぎないようにしていたからか、気付かなかった……
『ま、うまくやれよ』
『そろそろ部活始まるわー』
『あ、ごめん。その前に一個だけいい?』
『頼みたいことがあるんだけど』
『ん?』
よし、ここだ。
もう一つの布石を打つことにした。
『再来週、林間学校での班なんだけど―――』