3 共同作業
部室を出て、そのまま部室棟の裏に向かう。すると、沢山のプランターと物置小屋が見えてきた。
「みんな綺麗に咲いてますね」
「建物の側だけど、朝日がよく当たるから結構元気に育ってくれるんですよ。あとは、元気のないプランターを動かしたりとかしてますよ」
これだけあるプランターに、満遍なく愛情を注いでいく。それって、凄いことだと思う。
今日1日で、園芸部の方々への尊敬の気持ちがどんどん深まっていくのがわかる。
「もしかしたら、このプランターの一つ一つが前の代から続くバトンのような物なんじゃないかなって。私は、そう思ったりしています」
「お、理紗ちゃんいいこと言うー」
「なんかカッコいいです……。でもほんと、そんな感じなんですよね。このお花って、お姉ちゃん達3年生が最後に育てた子たちなので……」
去年のことを思い出しているのだろうか。高林さんは、なんだか少し寂しげに見える。
「ささ、雨が降ってきても困りますし、どんどん運んでしまいましょう!それでは、麻実ちゃん、奥野くん。渡り廊下はお願いします。何かわからない点があれば、声をかけてくださいね」
「落として怪我をしないよう気をつけてねー。あと、遠い所から先に運ぶといいよー」
「はい!よいしょ……っ」
「ありがとうございます。……よっ、と」
さぁ、頑張ろう。
「……よし、この辺から置いていこうかな」
「じゃあ私、それと対称になるように置いていくねー。あ、なるべく花びらが内側を向くように置いてほしいな」
「なるほど、ありがとう」
一つずつ向かい合うように置き、また取りに戻る。
「プランター、そんなに重くはないんだよね。ただ、行ったり来たりするのが大変で……」
「確かに。十往復以上必要なんだよな……」
二人並んで、また部室棟へ向かう。高林さんとこんな風に二人きりで話すのは、多分初めてだと思う。
「なんか、奥野くんと二人ってあんまりなかったよね。すごく新鮮」
「同じこと考えてたよ」
「奥野くん、なんか話しやすくて良かった。……こんな機会が無かったら、そんなに話さなかったかもしれないしね」
「確かに……。でも、クラス一緒だよね?確か」
「あー、そうだったかも……。ごめん、自己紹介とかあんまりちゃんと聞いてなかったんだよね」
「知ってる人ばかりだしね、正直」
「それもあるけど……うん、まぁ、そうかも」
ちょっと苦笑気味に話す高林さん。
「でも、なんで急に手伝ってくれることになったの?」
「いやほんと、成り行きなんだよ……。西井先生と先輩たちが困ってて、なんか出来ることあるかな?って。ただ、それだけ」
「凄いじゃん。それで声掛けられるの」
「え……。ありがと」
ストレートに言われると、ちょっと照れる。
「うん、まぁ、思ったより大変な仕事でびっくりしたと言うのもあるかな。でも不思議と、ちょっと楽しんでる自分もいてさ……。あんまりこういう活動って、したことなかったし。あと、園芸部の皆さんが優しくて、なんかやる気になってるんだと思う」
あー……。俺、戸惑ってだいぶ早口になっちゃってる……。恥ずかしい。
「……ふふ。園芸部が褒められてると、正直嬉しい。ありがとね」
高林さん、すっごくニコニコしてる。こんなに表情豊かな人だったんだ。
「……よし、二周目。どんどんいこう」
目を逸らして、次のプランターを持ち上げる。これはもう完全に照れ隠し。戦ってるわけじゃないけど、負けた感じがある。
まぁ、まだまだ数はある。ちょっと本腰入れて運んでしまおうか。
30分くらい作業していただろうか。時折プランターどうしの位置を調整したり、綺麗に咲いているビオラがよく見える位置に動かしたりしながら、作業を進めていった。
先輩方は、先にプランターだけまとめて体育館の入り口に運び、中の飾り付けをすることにしたようだ。さすが先輩たち、作業が手慣れている。
「次でようやくラストか……」
思ったより疲れがある。プランターを持つ腕よりも、持とうと屈むのをくりかえすことで腰の方にくるんだ。これは予想外。
「これ配置できたらこっちは終わり?」
「そうだね。本当にありがと!助かったー!」
最後のプランターに手をかける。持ち上げようとした時、ポツリと眼鏡に水滴が当たった。
「雨だ……」
「結構ギリギリだったね。なんとか間に合って良かった……」
どうやら、雨を含んだ土の入ったプランターは、体感2倍以上重くなるらしい。運ぶのが大変だっただろう。降られなくて本当に良かった。
「体育館の方も覗いてみよっか」
「そうだね。先輩達も、もうそろそろ終わりそうかな?」
数分前に、西井先生が中学校の先生や、教頭先生たちと一緒に様子を見にきてくれた。先生達は体育館の方に行った後、まだそちらにいるみたいだ。
体育館に来てみると、床にシートが敷かれ、椅子が並べられていた。プランターもきちんと置かれており、式を迎える準備が進んでいるようである。
「あ、麻実ちゃんと奥野くん。お疲れ様、そっちも終わった?」
「はい、終わりました!先輩達も終わった感じですか?」
「まぁなんとかねー。……あとは、先生にお任せって感じかなー」
んんっと、竹内先輩が大きく後ろに伸びをして答える。制服のカーディガン越しにはっきりする体のラインと露わになった首筋が目に入ってしまい、なんとなく目を逸らす。
「では、とりあえずこれで解散にしましょうか。二人とも、今日はありがとうね。特に奥野くんは、部員でもないのに……助かりました」
「おつかれー。ほんとに助かったよー」
「私達は最後に西井先生と話して、部室の鍵を返したりするので、二人は先に帰っちゃってくださいね。……では、お疲れ様でした!」
「はーい!先輩もお疲れ様でした!」
「こうして設営に関わることは初めてだったので、僕も楽しかったです。お疲れ様でした」
本心から出た言葉だった。なんだか名残惜しい、そう感じている。
体育館を後にし、下駄箱のある校舎に向かう。
渡り廊下から見える空は、少し薄暗い。先ほどから降り始めていた雨は少し強さを増しているようだ。
「うーん、本降りになってきちゃった……」
「帰るのだるいなあ、これ……」
「奥野くんは歩き?自転車?」
「自転車。駅までだけれどね」
「あ、私も自転車。でも雨も強いし、押して歩いてこうかな……」
「あ、うん。じゃあ……」
『さよなら。』
そう言おうとした筈なのに、侑都の口からは声が出なかった。
「今日はありがとう。……また、教室で」
ここで、このまま別れてしまっていいのか。
何故かはうまく言葉にはできないが、このまま帰ってしまってはいけない気がした。
「……待って!!」
「……え?」
「自転車、僕も押してく」
「……一緒に歩くの?」
「うん」
言ってしまった。もう、あとは勢いしかない。
高林さんは、驚き、立ち止まっている。
「園芸部のこと!」
「うん?」
「園芸部のこと、もっと知りたい。……教えてくれる?」
高林さんは、ぱちりと瞬きをする。
「そう……うん。いいよ。どんなことが知りたいの?」
侑都は、ほっと、大きく息をついた。
それが雨合羽の中で籠り、眼鏡を曇らす。
曇った眼鏡の先にいる高林さんは、どんな顔をしていたのだろう。