2 園芸部のお仕事
部室棟まで歩いている中で、吉岡先輩から今日の園芸部の活動内容を伺った。
「今日は、園芸部の一番最初の活動――金曜日にある中学生の入学式に向けての準備をする日なんです。春休みまでの間に育てておいた、ビオラやパンジーの入ったプランターを、色んなところに置いていくのが今日の活動ですね」
なるほど。
毎年、学年初めに体育館や渡り廊下を彩ってくれていた、カラフルなお花の道。あれは、園芸部の先輩方が用意してくださってたのか。
「私も去年、お姉ちゃんの手伝いをするために来たんだけど、なかなか疲れた覚えがある……まぁでも、お花を見ながらのお仕事だから、そんなに苦には感じなかったけどね」
「ビオラやパンジーってありふれたお花だけど、実はたくさん種類があるのよー。中にはウサギみたいなお花が咲くのもあって、すっごく可愛いの!」
「可愛いし、綺麗よね。最近は、エディブルフラワーとしても売られてたりするし、結構いろんな役割を担ってる、働き者のお花なのよね」
流石は園芸部員。皆、お花についての知識がとても
多い。
あと、お花やそのお世話について話してる時の皆の顔が、凄く楽しそうで、誇らしげで。
何だか少し、眩しいなと感じるくらいだった。
「凄い活動をされてたんですね……なんか、失礼ながら園芸部って、花壇や中庭でお花を育てたり、生育記録をつけたりするイメージしかありませんでした」
「ふふ、ありがとうございます。実はあんまり、園芸部って活動報告をしてないんですよね……なので、それは仕方ないと言うか、私達の課題って感じですね」
「理紗ちゃんはマジメだからねー。今年は何か対策を!とか考えてそう」
「まぁ、出来るところからね。まだ始まったばかりだし、焦ってもいいことないだろうし…」
吉岡先輩、部長になったばかりだと聞いたけれど、今後のことをしっかり考えてる。ノリや勢いでどうにかしようとせず、一歩ずつ進んでいこうとしているのが凄いな。
先輩の考え方を聞いているだけでも、高校に入ったという実感が湧いてくる。
渡り廊下を通り、部室棟へ渡る。一階の一番奥の部室の前で止まり、吉岡先輩が取り出した鍵で開錠して中に入る。
「ここが、園芸部の部室です。少し散らかってますが……どうぞ」
「どうぞどうぞー」
部室内は比較的整理されており、埃っぽさなどはあまり感じなかった。部屋の中央にある大きな机の上に、軍手やクリアファイルが置きっぱなしになっている程度である。
部室横にある棚を見ると、ジョウロやスコップ、熊手などが置いてある。あとは、白と黒の2種類のネットや大きめの白い袋などもある。袋の方は、土嚢に使うものだろうか?
中学テニス部の部室の雑然さに比べれば、天と地ほどの差があるように思えた。
「ふふ、色々あるでしょー?といっても、おっきな園芸道具は物置の方に入れてあるから、パッと使いやすいものだけ部室に置いてあるんだー」
キョロキョロしている僕を見て、竹内先輩が教えてくれた。結構よく気がつく人みたい。
「あ、去年は確か、窓際にある二つの椅子に部長さんと副部長さんが座ってたよ。それ以外の椅子ならどれを使ってもよかったはず……今年も同じようにします?理紗先輩」
「うん、今年もそれでいきましょうか。まぁ、奥野くんはお手伝いさんだし、そんなに気にしなくても大丈夫……っと」
吉岡先輩は、机の上にあるクリアファイルから紙を取り出して、こちらに見えるように置いてくれた。
「これが、プランターの配置予定図です」
吉岡先輩が見せてくれたのは、二枚の俯瞰図。学校全体のものと、体育館のもののようだ。
その中に、ペンで色付けられている箇所がいくつか見えた。
「結構数が多いんですね……」
右上にメモが書いてある。体育館に26鉢、渡り廊下
に24鉢。合計で50鉢のプランターを使うようだ。
「こういうとき、人数が少ないと大変じゃないですか?」
「そうなのー。だから、ゆーとくんが来てくれて、ほんとに、ほんっとーに助かってるんだよー!」
……竹内先輩、お会いしてから一番大きな声だった。あと、満面の笑みをたたえる竹内先輩に直視され、なんとなく気恥ずかしい。
すると竹内先輩は、視線を吉岡先輩にスッと移し、手をポンと叩いた。
「……ね、理紗ちゃん。この配置予定図、人数分あったほうがいいよね?」
「うん?まぁ、確かにそうかも」
「じゃあわたし、コピーしてくるねー。詳しい説明とか、理紗ちゃんあとは任せたー」
「ありがと、裕佳梨…………あれ?説明する方が大変ない?」
竹内先輩は、もういなくなっていた。機転が利くというか、立ち回りが上手いというか……。
「とりあえず、図を見ながら簡単に説明するわね。分からないところがあったら、その場で質問してね」
吉岡先輩の説明を、配置予定図を見ながら聞いていく。そして、プランターを運び込む場所や置き方を簡単に覚える。
渡り廊下は、等間隔に置いていく。扉の近くや曲がり角には、なるべく綺麗に咲いているものを置いていくらしい。
体育館は、新入生席の椅子の前と、保護者席の椅子の前に対称となるよう置いていく。あとは、体育館のステージの端中央以外の場所に置くようだ。
「とりあえず、置き方とかはこんな感じです。あと、せっかく四人いるので、渡り廊下チームと体育館チームに分けて動こうと思います」
「いいですね!どう分けます?」
「私達2年チームと、新1年チームでいいんじゃないかなと思ってます。それで、2年の方で体育館を担当しようかなって。式の最中、よく目に触れるところですし……」
「成程、了解です!奥野くん、よろしくね」
「わかりました。こちらこそよろしく、高林さん」
大枠の説明が終わり、吉岡先輩はふぅっと息を吐く。
「……普段の活動では、環境委員会の人たちが手伝ってくれることもあるんですが……。まだ生徒会以外は発足していないんですよね、この時期だと」
「お姉ちゃんがいた代は、男の先輩もいたんだよね。その先輩が友達を連れてきてくれることもあったから……。今思うと、力仕事は楽だったのかも」
「なるほど……。じゃあ、できるだけたくさん運べるよう、頑張りますね」
少し虚勢を張ってしまった。思っているより、やる気になっているらしい。自分自身今まで気付いていなかったけれど、こういったイベントの設営のような仕事、好きだったのかもしれない。
あんまり体力には自信ないけれど……。まぁ、頑張ろう。
「ふふ、ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね?」
にこやかな表情ではあるが、その表情からは、少し心配している様子が見て取れた。本当に優しいな……吉岡先輩。
「はーい、ただいまー。長い旅路であった……」
「おかえりなさーい、裕佳梨先輩」
「そんなでもないでしょ、もう」
コピーを終えた竹内先輩が戻ってきた。
「では、早速動き始めましょうか。西井先生も、会議が終わったら様子を見にきてくれるでしょうけれど……それまでに、置けるところには置いてしまいたいと思います」
「あ、さっき裕佳梨先輩がいないときに、組分けしちゃいました。学年別に動いて、2年は体育館チームだそうです」
「あいあーい…………え?」
「ふふ、『任せる』って言ってたわよね?裕佳梨」
「言ってました!」
「言ってましたね」
「……確かに言ったけども……」
吉岡先輩、してやったりの表情。ちょっと笑ってしまった。
「じゃあ、行きましょうか!」
貸してもらった軍手をポケットに入れ、コピーしていただいた俯瞰図を持って外に出る。
雲は、朝よりも更に厚みを増していた。