14 さくらさくらさくら
登校時にある、小川沿いの道。
電車通学の生徒は、皆ここを通って学校へと向かうことになる。
小川沿いには沢山の桜の木が植えられており、進級時には満開の桜が出迎えてくれていたのが記憶に新しい。
時間は放課後、17時過ぎ。
今日は部活のミーティングがあった。一時間ほど直近の予定を話したり、世間話のようなことをして解散となり、二人で帰っている所である。
自転車を漕ぎながらふと見上げると、その枝先からは柔らかそうな若葉が次々と顔を出していた。数は花弁と比べて少し少ないくらいだろうか。
二色のコントラストが見目麗しく、人によってはこちらの方が好きな人もいるだろう。
(「―――――ぃ」)
アスファルトには、所々に薄桃色がふんだんに散りばめられている。なんとなく、これにも風情がある気がする。
なんとなく踏むのを躊躇う気持ちもあるが、流石に避け切れる数ではない。
(「―――――ねぇ、聞こえて―――」)
この桜たちも、時期に散ってしまうのだろう。桜が咲き、そして散っていくまでの短さには少し淋しさを感じる。
「さくらさくらさくら」から始まる有名な現代和歌が、そんな情景を詠んだものだったっけ。
いつか、この花弁達も風に吹かれてどこかへ旅立つのだろうか―――――
「―――――ねぇ!」
「うおっ!?……え、な、なに?」
急に話しかけられ、心臓が大きく跳ねた。
「何度か呼んでたんだけどね……。んっと、大丈夫?なんかぼーっとしてる」
後ろから話しかけられ、ハッと我に返る。
ちらりと後ろを見ると、怪訝な顔をして自転車を漕いでいる高林さんが目に入った。
「……ちょっと似合わない事を考えてた」
「何それ。変なの」
後ろから、くすくすと笑い声が聴こえる。
なんとなくばつが悪い思いがしたので、コホンと小さな咳払いをした。
今日は「春風」という言葉がぴったり合うような、暖かく柔らかな風が吹いている。
「なんかさ、園芸部に入ってから、普段気付かなかったことに興味が湧く気がするんだよね」
「ふぅん?」
「前は、桜見ても『綺麗だなー』くらいしか思わなかった気がする。でもなんか、今はちょっと違って見えるというか……」
「ふむふむ」
「あー、その、なんだ。まぁ、そんな感じのことをぼーっと考えてた。それだけ」
……言ってて恥ずかしくなってきた。
何を感傷に浸ってたんだろう。今更ながら。
「まぁ、徐々に園芸部員としての自覚が出てきたってことで。うん。嬉しいよ、私ゃ」
「誰だよ…」
ふぉっふぉっふぉ、と謎のモノマネをしている高林さん。それを見て、思わず苦笑してしまった。
最近、話す機会が増えてきて気付いたのだが、高林さんはかなりのおしゃべり好きらしい。しかも、話をしていて、面白いと感じることが多い。
今みたいに少し戯けてみせたりとか、冗談を言ったりする。
自分自身、一緒にいて、なんとなく居心地の良さを感じている。
こうして、二人で話す時間を心待ちにしている。そんな風に思うようになりつつあった。
……だからこそ。
心の中に、しこりとなって残っているある言葉が、忘れられずにいた。
(「【月下美人】。詳しくは俺も知らないんだが……みんなの前で自分を出さないとか、そういう感じなんじゃねーかな」)
あの時、瑞貴から聞いた言葉。
それ以来、教室でも様子が気になってしまう。
同じ名前の人が、二人いるような感覚。
「でも、桜を見て何か考えちゃう気持ち、ちょっとわかる気がするな。すっごい綺麗なのに、散るのも早くて。ゆっくりと見られる時間って、ごく僅かなんだよね。……ああ、今年はお花見しなかったなあ」
ふと振り返ってみる。
高林さんは、桜を見上げて柔らかな笑みを浮かべている。
……今の姿と、教室での姿。
明らかに違う。
教室で自分から話している姿は、あまり見ない。誰かに話しかけられたり、グループワークになったりした時には受け答えをしている。
だが、それだけだ。
会話、をすることを、拒んでいるようであった。
自分とは普通に話してくれているように思う。
理由はわからないが、正直嬉しい。
しかし、そんな自分だからこそ、心の中のしこりはどんどん大きくなっていくのだ。
(いつか、無視できなくなる日がくるのだろうか?)
それが、少し怖かった。
(でも、話題に出すのは、なぁ……)
こちらから触れていいことなのだろうか、ということすら分からない。
高林さんの方から何も触れてこない以上、自分からはどうすることもできないだろう。
少しだけ感じる、無力感ともどかしさ。これにも、少し慣れてきた。
「……まだ間に合うんじゃない?」
「え?」
「花見。今の時期の桜、自分は結構好きだけど。……葉桜、ってやつなのかな」
「……たしかに。遅いってことは、ないのかも」
「うん。いいと思うよ」
こうして、今日も楽しい話で締め括るのである。
と、思っていたのだが。
その日の夜、風呂上がりにベッドで寝転んでいると、高林さんからメッセが届いた。
『ねぇ、お花見しようよ!』
『いいけど』
『いつ?』
『土曜日、放課後って空いてる?』
『うん。大丈夫だよ』
『やった。じゃ、終わってから部室前に集合ね』
『おっけ。楽しみにしてる』
お花見。春らしいし、微妙に園芸部っぽいと言えなくもない。
ポケット図鑑を持っていこうかな。そうして外を歩くのも、少しだけ楽しみかもしれない。
とりあえず、誘われそうなのは園芸部のメンバーと、お姉さんあたりだろうか?
『準備とかどうする?シートとか、そういうの』
『んー、まあ歩いてみて、良さげなところが有れば座って眺めればいいんじゃないかな?』
まぁ、それもいいか。のんびり楽しもう。
『二人だけなのに、そんな大きなシート持ってったら邪魔になっちゃいそうだしねー』
『そっか』
『持ってくものとかは、まとめてまた今度連絡するね。それじゃ、また明日。おやすみ!』
『うん。おやすみー』
………え?
二人きり、って言った?