私はロボットではありません!使い勝手の良い便利な女だと思わないでください。
「お前はロボットだよな。笑いもしないし、泣きもしない。言われたことを言われただけやるんだから」
婚約者はそう言いながら、飲み終わったカップを私、アイエスに押し付けた。
身分に見合った、上質なカップだ。
彼は私の婚約者。名のある家の貴族だ。
そんな彼は、膝の上にのる愛人と仲良くお喋りしはじめる。
その女性は、ここ最近顔をみせるようになった人物だ。
平民の女性だが、ころころ表情が変わる、喜怒哀楽の変化が分かりやすい人。
その愛人は、妻として迎えられる予定の私よりも、立場が強くなっていた。
我が物顔で屋敷を歩き回り、使用人に指図していた。
遠慮してしまう私は、そんな事やった事もないというのに。
愛人は私がいるのを見て「なぁに? あんたまだいたの? 早くどっか言ってちょうだいよ」と、そう言ってくる。
そして「しっしっ」と手を払った。
まるで動物に対する扱いだ。
いや動物なら可愛がってもらえるだけまだ、マシなのかもしれない。
彼等にとっては、私はただのロボットなのだろうから。
私は、彼らの生活を便利にするための道具にすぎないのだ。
彼等が私を人間として扱う事はない。
「アイエス、廊下が汚かったから掃除しとけよ」
「分かりました」
扉を閉める前に愛人の女性が「まるで使用人ね」と言いながらくすくす笑っていた。
婚約者の屋敷から帰って、自室の部屋で落ち着く。
着替えの手伝いをしてくれた、使用人の男性ヴィータにその話をしてみた。
彼は私がこの部屋を使う様になってから、身の回りの世話をしてくれるようになった人。
数年が経ったけれど、誰かに尽くされるというのは、未だになれない。
着替えた後今日あった事を話し終えると、彼はひどく憤慨したようすだった。
「君はロボットなんかじゃないよ。心のあるれっきとした人間だ」
彼は絶体にそうだ。と力強く頷いて肯定してくれた。
それが嬉しくなる。
私は表情が乏しいし、人のいう事を唯々諾々と聞いてしまうような自立していない存在らしいので、ヴィータの言葉が嬉しかった。
「そもそも悪口に使うなんてロボットに失礼だよ。ロボットだって人間の役に立ってくれるのにね」
この世界には、機械の神様が存在する。
かつて存在した古代文明は、全てを洗い流す大津波で何から何まで壊れてしまったのだが、機械の神様が一部の品物を守ってくれた。
たまに町でみかける鉄道やら、車などがそうだ。
人々の移動手段は馬車が主流だが、地位や権力を誇示するために貴族はそういった物を使用している。
かつての大災害から機械の神様が貴重な品々を守ってくれたおかげで、高い技術のロボットが存在しているのだ。
壊れたら修理ができないという問題はあるけれど、それらのロボットは今日も各地で人々を支えている。
この私の屋敷でもそれは同じ。
そんなロボットがあった。
ご飯をつくるロボットだ。
ちょっとしたロボットで一部壊れているが、今日も元気に稼働していた。
そのロボットは、数年前に貴重な品としてオークションに出されていたらしい。
それを、(骨董品収集の趣味がある)両親が購入したとか。
ヴィータは、表情の乏しい私をみながら、穏やかな声音で言葉を紡いでいく。
「アイエスは自分が思っているより表情が豊かだよ。怒った時は眉根がよるし、何か困った時は逆に眉が下がるし、嫌いな食べ物がある時は口の端がピクリと動くしね」
そして彼はそのままじっとこちらを見ながら「あっ、恥ずかしがっている時は視線を落とす」ともいう。
足元を見ていた視線を戻した。
彼にいつもそんな風に細かく観察されていると思うと、これからどうすれば良いのか分からなくなってしまいそうだ。
「君には神秘的な魅力がある、そう思ってたらいいんじゃないかな」
私は彼の言葉に頷いた。
胸の中のもやもやは、すぐになくならなかったけれど、少しすっきりした気持ちにはなった。
それから、私はこまめに婚約者の屋敷に通った。
その数、十数回目だ。
ある日。
私は、彼が出迎えに出てこない事に首をかしげた。
いつもなら彼は、嫌々ながらもこちらを迎えに玄関まで来てくれるのだが。
円滑な関係ではなかったが、それくらいはする男性だった。
何かあったのだろうかと心配になってしまう。
「あの、すみません」
だから私は家の中に入れてくれた使用人の女性に、婚約者の行方を尋ねた。
するとその女性は、顔を赤らめながら「今はお部屋にいます、その、いつも遊びにいらっしゃる女性と。忙しいので誰も入れないようにと」
いつも遊びに来る女性、思い浮かんだのは愛人の女性だった。
今日もいるらしい。
その愛人と婚約者が部屋の中に二人きり。
それで、私は彼らが何をしているのか大体の見当がついてしまった。
当たっていない可能性もあるが、日ごろの仲の良さをみてると、ハズレではないようなきがしてきた。
お客が来た時使用人が困るだろうから、そういうのは夜にやってほしい。
眉がピクリと動くのを感じながらも、私はその場を去る事に決めた。
使用人には、一言。
「お仕事の邪魔をしてはいけないので出直してきます。来訪の件は話さなくても良いですよ」
そう言って。
出迎えてくれた人はあからさまにほっとした。
やはりそういう事なのだ。
昼間から、私室でみだらな行為に及ぶとは。
唇が動いてへの字を作っているような気がした。
私はどうやら婚約者から、蔑ろにされているようだ。
そして、軽んじられてもいるようだ。
私が婚約者の屋敷を訪ねても、気に留めてもらえない。
注目されても「何だいたのか」と追い払われる。
追い払うのが面倒くさくなると、目の前で愛人とイチャイチャしはじめる。
私が、何も言ってこないと思っているのだろう。
その通りだが。
私は自分から何か発言するのが苦手だ。
だから婚約者になめられているのだろうと分かるのだが、どうにもこればかりはままならない。
今日も「ゴミが落ちてるな。おい、掃除しとけ」と言われてしまう始末。
それは、婚約者に頼む事ではない。
気を利かせた使用人が名乗り出てくれなかったら、「こんな事もできないのかよ」と理不尽な文句を言われていただろう。
はっきり断れない私にも非はあるのだろうが、どうもどうやれば断れるようになれるのか分からないのだ。
ヴィータに相談すれば「普通にやりたいって思った事があるなら、そのままやればいいだけなんだけどな」と言われた。
私と彼の間には、ある意味飛び越えようがない溝があるため、適切なアドバイスをもらえないのは仕方なかった。
婚約者の態度は変わらなかった。
例によってぞんざいな扱いをされてしまっている私は、その日も全く相手にされないまま婚約者の屋敷から出た。
交流を行うつもりだったおに、何をしに来たのか分からない。
しかし、馬車に乗ってこれから帰る所だったが、野良ネコがその前近くでお昼寝を始めてしまっていた。
車輪の近くで、木陰に身を隠し涼んでいたのだろう。
遠くから見た時、馬が視線を下に向けて挙動不審だったので、何事かと思った。
このまま放置しておいて轢かれてしまうとまずいので、別の場所へ移動させておいた。
ネコはねぼけばがら「にゃ?」と一回鳴いたが、のんきな性格だったのか私に運ばれている間も目を覚まさなかった。
呼吸に合わせて小さなもふもふの毛並みが動く様子は、見ていると癒された。
このままもう少し小動物をながめていたかったが、諦めて馬車へ。
ヴィータと話す事柄が、婚約者といた思い出より、かわいらしいネコについての方が濃くなりそうだった。
それでも良いと思えてしまうのだから、私と婚約者の関係は冷えるところまで冷え切っているのだろう。
今まで家のために、婚約関係を維持してきた。
それは父や母のためでもある。
子供がいない家庭にやっと私という娘ができたらしく、父と母は私の存在をひどく喜んでくれたからだ。
だから、両親の役に立ちたかったのだが、この調子では先の事が大いに不安だった。
家に帰った後、使用人の男性に一日の出来事を話したら、やはりネコの話題ばかりになってしまった。
婚約者の屋敷に行くたびに、愛人の身なりが派手になっていく。
ドレスが華美になっていって、指輪や首飾りなどを身に着けるようになっていった。
贈られたのだろうか。
私が見ている事に気が付くと、愛人は自慢げな顔になる。
私も一応そういった物は身に着けるのだが、普段行動する時はつけない。
なので、私と愛人を横に並べたら、多くの人がが婚約者を間違えてしまうだろう。
「腹が空いたな。そうだお前、なんかつくれよ」
その日も婚約者の屋敷へ向かったのだが、到着が昼時だったからか、婚約者がそう言って来た。(ちなみに彼はもう玄関で私を出迎えてくれる事はなくなっていた)
周りには使用人がいない。
ちょうど他の用事で離れていたからだ。
仕方なしに私は頷いた。
「俺の妻になるんだから、お前が作ってみろよ」
強く意見を押されると弱いのだ、この私は。
屋敷の厨房に向かうと、調理人達にやはり驚かれた。
そして「そんな事はさせられません」と普通に拒絶された。
しかし、貴族令嬢でも手作りのお菓子を作る事くらいはある、消費した材料は後で補充させてもらう、と言って部屋を使わせてもらった。
彼らは長々と手料理の重要性を説いている私に面食らったのだろう。
自己主張しない婚約者として知れ渡っていた私が、急にしゃべりだしたのだから驚いたに違いない。
何だか根本的に、頑張る場所が違っているような気がした。
いつも話をするヴィータは「そういう所は、ある意味必然なんだろうけど。天然な可能性も否定できないよね」と言っていた。
私という存在の性質を考えると、料理をしたくなってしまうのは、仕方がないのと思う。
「では、厨房の一画をお借りします」
調理人の邪魔にならないようにする、という条件で隅に陣取らせてもらった。
慣れた手つきで、おやつの焼き菓子を作った。
良い匂いがしたところで気が付くと、周りで作業していた調理人達がじっと手元を凝視しているのが分かった。
「材料の使い方がお上手ですね」
「慣れてますので。よろしかったらレシピをお教えしましょうか」
「えっ、そんな」
「良いんです。別に隠す事はありませんから」
婚約者の屋敷に来ているというのに、ヴィータに話す思い出話が、「調理人と焼き菓子制作のコツについて熱く語り合った」になってしまう。
レシピをまとめていたら、婚約者の男性が厨房にやってきた。
調理人たちがかしこまるなか、彼はずかずかとこちらまでやってくる。
そして彼は、私が作った菓子をみて「へぇ」と言った。
そのまま手に取って口に放り込む。
「まあまあだな」
彼がゆっくりと焼き菓子を咀嚼していると、愛人もこの場にやってきたようだ。
「まさか本当に作ってたの! うそ、ありえない。何この女。貴族のお嬢様でしょ。馬鹿じゃないの?」
愛人は焼き菓子を食べる事なく、こちらを蔑むように笑うだけ。
けれど、焼き菓子を咀嚼し続けている思い人を見て、盛大に顔をしかめる。
「こんなもので気を引こうとか調子に乗らないでくれる? 行きましょう? こんな得体のしれないやつが作ったものなんて何が入ってるか分かったもんじゃないわ」
「それもそうか。じゃ、処分しとけよ」
愛人に手を掴まれた婚約者は、その手に持っていた焼き菓子を捨てる。
香ばしい匂いをはなっていたそれは厨房の床に落ちた。彼の靴で踏みにじられて、無残な姿になってしまう。
その光景を見た調理人たちが「あ」という顔になって、部屋の中にいたたまれない空気が満ちた。
香ばしい匂いをかきけすように移動していく婚約者が、そのまま部屋を出ていくかと思われた。
が、最後に振り返ってこう述べた。
「そういえば、屋敷の前に住み着いてるネコも邪魔だから、捨てとけよ。お前になついてんだろ。噂になってるぞ。放っておくようなら処分施設に持っていくからな」
その言葉を聞いた途端。
私の体内にある、何かの配線が切れたような錯覚がした。
誰かの役に立たなければならない。
これまでお世話になってきた人たちの恩に報いたい。
そう思ったから、これまで頑張ってきた。
それに何より、人の役に立てれば幸せになれる、そうこの身には刷り込まれていたから。
抗おうとは思わなかった。
けれど、そうでないとしたら?
プログラムに従って行動していても、幸せになれないのだとしたら?
「私はロボットではありません! 使い勝手の良い便利な女だと思わないでください」
気がついたら私はそう言っていた。
投げつけられるようにして発した言葉は、彼等の耳に届いた。
まさか、ロボットである私に口ごたえされると思ってはいなかったのだろう。
立ち止まった婚約者と愛人はあっけにとられている。
だが、二人ともみるみる顔を赤くしていった。
「いい気にならないでよね! ねぇこんな奴もう要らないでしょ。捨てちゃってよ。あんたが今まで大人しくていう事聞いてたから、彼が婚約してやってたんだからね!」
「そうだ。婚約破棄してやる! お前がそんな反抗的なロボットだと思わなかった。飯くらいしか作る事ができない、壊れたロボットのくせに」
私はどうやら婚約者に捨てられてしまったようだ。
野良猫を拾って、すごすごと自分の屋敷に帰る事になった。
機械の神様の活躍があってか、ロボットと婚約する貴族はとても珍しいと言うほどではない。
大昔に作られたロボットの多くは、なぜか大抵人型をしていて、どの個体も美形だった。なので、愛人を作ろうと考えている人間には都合が良かったのだろう。
大抵は人より器用で、何でもこなせたので、ロボットの婚約者は重宝された。
血は残せないが、所持していればステータスになる。
けれど、私は一部の機能が壊れてしまっていたため、ご飯を作ることくらいしかできない。
しかも心やさしい両親に、貴族令嬢として育てられてきたため、それも禁止されていた状態だ。
子供が作れないと嘆いていた彼らに巡り合えた事自体は、良い事だし、出会いに感謝したい。
が、人間扱いされるたびに、私は自分の存在意義が分からなくなっていたのだ。
人間なのか。ロボットなのか。
それが分からないから、人に頼まれたことは何でもこなそうとしてしまった。
「そうか大変な事したもんだ」
屋敷に戻った私は、これからの事を考えて途方にくれた。
ヴィータに相談しながら、この先の事に思いをはせる。
あるかどうかも分からない心には、不安しかなかった。
人の役に立てない自分に存在価値があるのだろうか。
けれど、彼はそんな私にこう言った。
「役に立つから愛される、役に立つから必要とされるってわけじゃないだろう?」
そしてヴィータは、私が抱えている猫を示した。
例の猫だ。
あのまま屋敷においてきたら、処分されてしまうと思ってつれてきたのだ。
猫は何も知らないような顔で、こちらに甘えるように、頬ずりしてきた。
「君はこの猫を愛しているし、この猫は君を必要としている。ならそういう事なんだと思う」
その人にいてほしいと思うことに、メリットとデメリットはさほど重要ではない、という事らしい。
小さな野良猫をなでる彼は、微笑みながら告げた。
「俺も、君のご両親も、きっと君を愛しているし必要としているよ。ロボットじゃなくて一人の人間として」
彼等にとって私はただのロボットではないのだろう。
人間として扱ってくれているのがその証拠だ。
なら、人間の様に自ら行動して、声をあげても良いのだろうか。
この身を狭い場所にとどめようとするプログラムの制限もなしに。
――だったらこんな私でも、あなたを愛していいですか
その時浮かんだその言葉が、どうして出てきたもののか分からない。
私は猫を見つめながら、首をかしげるしかなかった。
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最近ごちゃついててすみません。
雨音