6話 狼ゾンビって怖い
アタシは狼の後ろを付いて行くことにした。いや、そうじゃない。狼が左の裾を引っ張って付いて来いって促してきたんだ。
足手まといになるのに何で付いて来いと誘ってのかは分からないけど、左腕のじわじわと激痛が主張し始めるようにアタシもこの場所で生きていける自信が無くなった。余計なことは考えないでおこう。
水溜りから出て傾斜を下った先、霧が立ち込め鍾乳石が垂れ段々に滝が流れる空間だった。杖の明りがなくても、水中を泳ぐ緑や黄色に光る金魚によって足元は見える。
調べてみても毒は無いみたいで安心した。
「おまえは、いせかいじん、しょうかんしたくに、どこ」
「は?」
おっさんの様な声に歩みが止まりそのまま体が固まった。今狼が日本語を喋ったのか?流暢ではないがそう聞こえたぞ。
しかもアタシのことを異世界人と見抜いてる。力不足で見えなかったこいつの持っているスキル、まさか同じ『知識の能力』持ち⁉
「なん、で、日本語・・・」
「まえのいせかいじん、のことば、おそわった」
前の異世界人、一年前の失踪事件のあれか。
「しょうかんしたくに、どこ」
「えっ、聖ウィル・・・」
ここまで言うと狼は舌打ちをして歩みを進めた。
何で舌打ちするんだ。
「ここからおりる」
狼が比較的浅い段差からぴょんと水面に降りてそう言った。比較的浅いっつっても二メートル半位あるんだけど。
足を僅かに引っ掛かる場所に置き少しでも高さを縮め飛び降りた。
「いっ・・・!」
水滴が傷にかかりやがった。もうクソふざけんな。
しかも絶対まだまだ降りるんだろこれ。この、その、終わりが見えないここを。マジか。
どんどん下る狼の後を必死に辿ること恐らく数時間、流石に休憩に入るらしく浸水していないちょっとしたくぼみで腰を下ろした。
アタシは腕が痛くて蹲っていた。
綺麗、なんだよなここ。愛里が見たらなんて反応するんだろう。歩けるようになってたら金魚追いかけてそう。
そういえば今更だけど狼の名前を聞いてない。聞けば答えてくれるかな。
「あの、名前、何ですか」
対面に少し視線をあげた。
「なまえ。・・・ノワール」
ノワールさんか。ノワールってどっかの国での黒って意味じゃなかったっけ。前の異世界人からもらった?偶然この世界の言葉そう聞こえるだけ?まぁそれはいいか。
「アタシの名前、きさち。よろしく」
聞き取りやすいようにハキハキ喋ってみた。名乗ってもらったしこっちも名乗るもんだよな。異世界の言葉は知らないけど。
「なまえ、おぼえておく」
ノワールは地面に伏せそう答えた。
暫くしてまた下り始める。少しずつ段差が小さくなった頃、今度は不揃いのカルデラ湖が密集している様な場所に着いた。
広いな。杖を拾った場所と殆ど大差ない。
「ここをすぎる。きけんなばしょほとんど、ちゅういする」
危険な場所が殆どなのか。万が一、戦闘になったとしてアタシは多分何も出来ないけど、ここに留まる訳にもいかない。頑張って付いていこう。
水脈を渡り、大滝が落ちる渓谷を過ぎ、ほぼ崖とも言える坂道を登り・・・ようやく出口が見えた。
得体の知れない動物ファイトに遭遇したり、足下が崩れて酸の湖に落ちそうになったり、出鱈目に大きい洞窟でもう何度か死にかけたが、大きく口を開けた闇から朝日が差し込んでいるのを見て少し安心した。
見たことのない植物が広がり、辺りを満たしている。
何処かで休める場所、あったら良いな。一日近く気を張って進んでたから体力が保たない。
外に出ようと一歩を踏み出すと、何故かノワールさんが突然炎の魔法を放った。
「アッツ!」
直ぐに鎮火したがまだジリジリとした感覚が残っている。
一体どうしたと声を掛けようとしたが、その前にノワールさんが意を決した様に振り返った。何だか深刻そうだ。
一方アタシは何を燃やしたんだ。そう疑問に思ってさっきまで燃えていた場所に視線を移した。
それは水色と黄色のキノコの塊?のようでブヨブヨした何かに根付いている。
燃え残っている物を『鑑定』で調べてみるとキノコはカバネダケだということが分かった。
あれ?これってノワールさんに出会う直前に見たやつ?確か死骸に寄生して体を乗っ取るって書いてあった。
もしかしてカザなんちゃらとかいうエイも本来燃やした方が良かったんじゃ。
「・・・ちゅういする、うしろ、くるぞ」
ノワールさんがそう呟いた。
耳を澄ますと歩いて来た方向から何かが駆けて来る音がする。時折り何かが弾けて潰れ、枯れた遠吠えが聞こえてくる。
後ろに振り向いた瞬間、草むらからゾンビ化した狼四体が飛びついて来た。
あの時倒れてた狼達か・・・!
咄嗟に杖を突き出し噛みつきを防ぐ事が出来たが、一撃が重いし速すぎる。実戦経験が無い上に片腕じゃ長いこと動くことも出来ない。
しかもこいつ等全員アタシに牙を剥き出している。死んでも弱そうなのは分かるってか。
「きさちはしれ!みぎひだりに!」
蛇行しながら走れってことだな。
狼ゾンビが虫を吐きながら迫ってくる。飛びつくのに合わせて右脚に力を入れ地面を蹴り、左足で草を踏みしめ日に向かって走り出した。
アタシより足が速いそいつ等は豪雨の勢いで引っ掻いて来る。『強化の能力』で脚力を底上げしてどうにか左右に振ろうとするが、両側が固められ躱すことと前を走るので精一杯だ。
とうとう杖を払い取られ、脇腹にボーリング玉が投げつけられた感覚を食らった。
「カハっ・・・!」
嗚咽になりきれない声が漏れる。横に一回転しながら体が宙に浮く。
待っていたと言わんばかりの狼ゾンビが少し地面から脚が離れたその一瞬のうちに、走って来た跡を高速で辿る四つの火の玉にかき消されながら爆散した。
受け身が取れず背中から落ち、頭を打ってしまった。視界が揺れる中追い打ちで『強化の能力』が維持出来なくなり、脚が少し重く感じる。
ダメ押しの様に今までの疲労が一気に伸し掛かってきた。何だか意識も霞んできた。
重い首を火の玉が飛んできた方向に動かす。
何時でも追撃が出来る様に、炎の魔法陣を展開しながらこっちに近づくノワールさんを最後に意識が霧の中に消えていった。
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仲間を燃やした。灰になったことも確認した。
まだ・・・まだしっかり死んだ事を確認できて、これ以上無惨な姿にせずに済んだことに関しては良かったが、警戒を怠ったばかりに追尾してきたカザキリトゲに気付かず死なせてしまった。
これで、二度も死なせたのか。
結局、崩落したイシトビの群生地への入口にもたどり着けなかった。
長い時間どうにか延命していたが、まさかその時に異世界人に出会うとは思わなかった。
イシトビの巣の迂回路を知らない、ましてやまともな回復魔法すら出来ないことから、召喚されてからさほど時間も経っていないのだろう。どうやってここに来て、今までどう生き延びたんだ。
一先ず杖を回収してこの伸びてる異世界人と共に避難しよう。この森に安全な場所はないが、ここにいるよりまだずっとマシな場所はある。
きさちと名乗った異世界人。あの杖や仮面といい···何なんだ彼奴は。
イシトビの毒は食らった瞬間動けなくなり炭化する。ただこいつは毒の周りが異常なまでに遅かった。しかも、瞬時に腕を切り落とす判断を下すとは。ここに来て間もない、平和と聞いている国から来たであろう人間がするには余りにも躊躇が無い。
既にあのイカれた王国の影響を受けているかも知れない。警戒をしておくことに越したことはないだろう。
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