3話 破壊に冤罪に転移にそれから……
あの騒動から一日経った昼下り。暑いといえば暑いが、日本よりはマシ。というより丁度いい夏の暑さだ。山に囲まれているだけあって涼しいまである。
一応パーカーも腰に結んで持って来ている、今肩から掛けている茶色のボディバッグと相まって異世界の服装と合わず浮きまくりなくがするが、支給されたバッグは普段使いするには大きすぎるし、上着も今の時期そんな分厚くなくても……といった具合だった。
今日はこの国の建国祭。聖都が活気付いている。
「本当にお祭りだね。いつもより色々屋台が出てる」
そう言ってこだまちゃんが肉まんのような物を頬張る。
さて、何故訓練三昧のアタシ達にこんな物を買える金があるのかというと、
「前に召喚された勇者達の中で、金の使い方に戸惑ってる奴等が多くてな」
という訳で、使い方の練習も兼ねてわざわざレオンさんがお小遣いをアタシ達にくれた。
クラスのお小遣いを自身の給料で…...。いくら給料貰ってるか分からないけど合計すると凄い金額になるよな。
ありがとうございます!!!ごちそうさまです!!!
「にしても、色々な種族が集まってるよね。獣人とかフィクションの世界だけかと思ってた。でも現実で見るとこう、どうなってるのか触りたくなってくる」
動物の耳で音を聞くってどんな感覚なんだろう、尻尾ってどう動かしているんだろうと獣人を見かけてから常々思ていた。
「あはは!犬の耳と尻尾が付いてる人を見たときは私本当にびっくりしたよ!」
他愛もない会話をしていると、一つ約束を思い出した。
そういえば午後は志夢川と鼓嶋、後は二人とよくつるんでる櫻木卓也に街巡りに付き合えって言われてるんだった。まぁ、待ち合わせまでそこそこ時間があるわけだけど。
「どうかしたの?」
2個目の肉まんモドキを取り出すこだまちゃん。半分あげると渡された物を、ありがとうと受け取った。
「いや?ただ、志夢川達と午後、街巡りに付き合って欲しいって言われたなと。順応性が高いなって思ってさ」
温かい肉まんモドキのお礼に、こだまちゃんへチュロスっぽい物を半分千切って開いた紙袋に差し込んだ。
「へぇ、そうなんだ。私もついて行って良い?」
「アタシはいいよ。あの3人も駄目とはまず言わないだろうし」
やった!という表情が見て取れる。少しして美味しそうな匂いに釣られ、今度は焼き菓子を売っている屋台へ行ってしまった。いつ肉まんモドキを食べ終わったんだろう、こだまちゃん。
戻って来るまで座って待ってようとベンチに腰掛けた瞬間、石のような硬い物を尻で踏んだ気がした。
正体を確かめようと尻の下を手で触った瞬間静電気が走った。
「オウッ!」
...傍から見たらオーバーリアクションなんだろうけど痛い。この世界って夏に静電気が頻発するのか?
落とした物体を恐る恐る触る。今度は普通に持つことが出来た。
透明で良くわからないが小さな宝石がはめ込まれ、電子基盤のような模様が彫られているお洒落な指輪だ。
落とし物だろうな。これはどこに持っていけば良いんだ。この世界に交番ってあるのか?
「おい」
前から不機嫌そうな風上の声が聞こえた。
「え、風上?アンタ謹慎中なんじゃ?」
謹慎中という言葉を聞いて苛立ち始めた風上。その後ろから浜見が姿を表した。
「僕といることを条件に行動が許可されているんですよ」
そう浜見はにこやかに言った。そりが合わないというか、あまり仲がいい様には見えない二人だけど大丈夫なんだろうか。
「その指輪、鼓嶋のだぞ」
指輪を指して風上がそういった。
「えっマジ?」
「はい。何処で見つけたんです?」
「いや、偶々尻に敷いてさ」
そうですか。と、アタシの手からひったくる様に指輪を取っていった。
「僕が渡しておきますので」
「ちょっ、浜見!アタシ午後に会うんだけど!」
声が聞こえなかったのか人混みに紛れて二人は消えてしまった。何だったんだ?
「何かあったの?」
「浜見達に会ってまぁ、何にも?」
何だか変なヤツだな。急ぎの用事かなんかか?
暫くして街を散策していると、風車のような時計塔から鐘がなった。合流時間の12時のようだ。
アタシ達は既に待ち合わせ場所である麓から2番目のゴンドラの駅の近くにいる。舗装されたレンガ道の上を空中に浮かぶ四角い箱が、行ったり来たりしているのをぼーっと眺めていた。
「何かあったのか?アイツ等時間とかきっちりしてるタイプなんだけどな」
「多分あの人、櫻木君かな?ほら、建物沿いを歩いてる」
確かに、丸い眼鏡を掛けた天然パーマの男が、花屋の前で辺りを見渡しているのがわかった。
目線が合った。こっちに気付いたらしい。
「遅れてごめん!明渡!」
駆け足で近づく櫻木。でも志夢川と鼓嶋の姿がない。
「おう、何かあったのか?他の二人は?」
「あの二人。鼓嶋が気に入ってた物を落としたみたいでさ、色々聞いて周ったけど届いてないし、訓練場にあるかもって」
あぁ、指輪の話か。
「三人で探して間に合わなかったら明渡に悪いからって事で僕だけ来たんだ」
なるほど、アタシに繋がる通信手段なんてないし、まぁ仕方ないよな。スマホは持ってるけどやっぱり圏外だし。
「落としたのってアレだろ?宝石がはめてある指輪。アタシが見つけたのを浜見が渡しとくって言っていたけど」
「浜見が?ちょっと前にすれ違ったからそろそろ届いているかな。志夢川は加護で追いつけるから先言っててって言ってたけど...」
「じゃあ先行くか」
「それで、音鐘も一緒に来る?」
櫻木が、アタシの後でソワソワしていたこだまちゃんに微笑み問いかけた。
「え!良いの!」
「勿論!人数が多い方が楽しいからね!そうそう、この山の頂上には行った?開けた場所に遺跡みたいなのがあって、その中には文字が書かれた石板があったんだけど、加護の力がまだまだ弱いからか解読が出来なかったんだ。でもその石碑」
あ、不味い。マシンガントークに入り始めた。
「あー、歩きながら話そう?それ」
櫻木の後ろを付いていく。ゴンドラに乗って活気ある街を見下ろした後は、登りが続く坂を歩いて行く。
本来ならクリスマスとか年越しとかが迫って来るはずなのに実感がない。多分この気候のせいなんだろうけど。
「ここ。さっき言った場所だよ」
目の前に現れたパッ開けた土地。その上に円形に刺さるツタの張った白い柱。その中心に石碑と言うより透明な水晶が、2メートル程度の長さの五角柱に切り出されたようなものがそこに立っていた。
「わぁ!ここ凄いよきさちちゃん!」
こだまちゃんは、神秘的な柱にあった興味を後ろの絶景に移した様だった。分からなくはないけどそっちに行くのか。
アタシもこういう場所は嫌いじゃない。絶景もそうだが古代遺跡ってのが良い。未知の場所はワクワクする。
櫻木は解読出来なかったと言っていた石碑に近づく。そこには一面づつ何か短い文が彫ってあった。言語の解読に関する加護が無いアタシはもっと解読出来ない……筈だ。ただ、見ているうちに何だか見覚えがある様な気がきてきた。何だろう、アタシのあの加護の文字ってこんなんだったような気がする。
遺跡で暫く時間を潰したが、いつまで経っても志夢川達が来ないので迎えに行くことにした。訓練場がある山に向かって行ってるから、そろそろ合流してもおかしくない筈だけど。
「来ない。まさか迷ってる?」
「浜見君と上手く会えてないのかも?」
「僕先にちょっと行って来ようか?」
上を見上げる櫻木。魔法か加護を発動させ空でも飛ぼうとしているのだろうか。
急に寒気のスッとした妙な感覚がした。
何というか、空気の肌触りが変というか。熱い?
「きさちちゃん?」
二人のはてなが浮かんでいる顔を見る限りもしかして気付いて無い?街の人も特に気に留めてるわけじゃなさそうだ。
「あのさ」
今も続く違和感を二人に話そうとした。が、その前に更なる異変が起きた。
いきなりキィィィンと耳の奥が熱くなるような耳鳴りが響く。
「きゃあ!」
「なにこの音!?」
二人が、街中の人達が耳を塞ぎ動揺している。何となく覚えがあるこの禍々しさ。昨日の風上の時と似ている気がする。
「ヤバいって!」
今にも、張り詰め破裂しそうな空気から少しでも逃げるために、混乱している二人を引っ張りながら下りの狭い路地に入る。
次の瞬間、訓練場方面から胸を内側から押す様な爆風が爆音と共に吹き荒れた。
割れるガラスや人々の悲鳴がひっきりなしに聞こえてくる。
路地に入ってなかったら危なかった。ここにいても転んだのに、判断が遅かったらふっ飛ばされてた。
「イッタいなもう。二人共無事?生きてる?」
「わ、私は平気」
「僕も大丈夫。それよりも上が心配だ。行ってくるよ!」
アタシ達の返事を待つこと無く煙の様に姿を消した。多分移動系の魔法だろう。
「どうしよう、志夢川君達の事も心配だし、私も……行こうかな。祈幸ちゃんは?」
そうこだまちゃんに問いかけられた。
確かに心配だけどこの状況で爆心地に行くなんて何考えてるんだ!?
「やめた方がいいって絶対!また何かあるかもしれないし……」
「でも……」
とこだまちゃんは心配そうな顔で訓練場方面にに視線を向けた。このままじゃ一人で訓練場方面に行きかねない。
「なら私も付いていくよ」
一人にしちゃいけない、と、引き留めるよりついていく方を選んでしまった。不安な声色を隠すように答えていた。
アタシ達は櫻木みたいな移動に便利な能力なんて持ち合わせてないし、この騒動で訓練場の行き来専用のゴンドラなんて動いている訳がない。百数十段の階段を徒歩で行くことになる。
「道長くない?あと何キロなの」
「わかんなぁい。きさちちゃん待って、はぁ、早いね」
あんなに活気があった街が訓練場に近い所から崩れて行っている。場所によっては火事になっている。
「あれ?」
階段の終わりに誰か居る。目を細めよく見てみると3、4人のクラスメイトを引き連れた海原が仁王立ちをしている。
「海原!アンタそこで何して」
「音鐘!今すぐ明渡から離れるんだ!」
「えぇ?」
「は?」
こだまちゃんと顔を見合わせた。何だその、海原のアタシのことを軽蔑する目は。アタシ、アイツに何かした?
ゆっくりと距離を詰めていく海原。え、なに?何に怒ってるの?
「そいつは鼓嶋の指輪に細工し、使うと爆発するように仕掛けたんだ!志夢川が素早く処理してくれなかったら、この街の半分は消滅してたんだぞ!」
「はぁぁ!?何で!?」
「とぼけるな!」
とぼけるもクソもない!何なんだよいきなり!
「指輪の石から明渡の魔力の反応が出た。これが動かぬ証拠だ!」
「何で出てくるんだよ!そもそも、アタシは魔法はまともに使えねぇし、何ならそんな攻撃系の能力なんてもん持ってねぇよ!」
「なら何で直接鼓嶋に渡さなかった。櫻木から聞いたぞ!今日合う予定だったそうじゃないか!」
「だって浜見が持って言ったから!」
「言い逃れですか?見苦しい」
コツコツと階段を下って来る浜見。は?なんだお前。
「何でアンタがアタシを糾弾してんだよ。てか話を聞かずに持って行ったのはアンタ達だろ!」
「黙りなさい。貴方には騎士団の皆様が直々にお話を聞くそうです。さぁ、罪を認め素直に投降しなさい」
どうする。このまま行って事情を話すか?アタシ何にもしてないし。いや、本当にアタシにしか非がない様には見えない状況で弁解できるのか?てか何でアタシなんだ。
「認めないか。なら!」
剣を構え今にも突進してきそうな海原。まるで躊躇がない。
「ちょっ!?」
後ろに退こうにもいつの間にか別の数人のクラスメイトにもと来た道が塞がれている。
「祈幸ちゃん...?」
「待って、マジで何も知らないって!」
そう言い放った瞬間、海原の堪忍袋の尾が切れたかのように突進してきた。
「否が応でも来てもらうぞ!」
「ばっ!危ねぇだろ!」
風を切って迫ってきた刃先をスレスレで回避することは出来た。ただこのまま行くと本気で命が危ない。
階段の横は殆ど崖とも言える急斜面。でも行くしかない!じゃないと殺されるッ!
隙を見てバッと飛び出し石の柵を飛び越え斜面を下る。今まで登って来た時間より遥かに早く下っている。風を切り重力のなすがまま足を動かしている。
「逃さないわ!」
クラスメイトの誰かの声と共に前方両端からせり出す土の柱。驚き焦って脚がもつれ、身体が中を舞い、滅茶苦茶に転がり落ち背中に肺を叩くような衝撃が走った。
「カヒュッ」
い、息が。全身のあちこちを打って痛い。でも幸い坂は下りきった。このまま逃げよう。
アタシの体質が功を奏してか、魔力を介しての探知には引っかからなかった様で、どうにかして巻くことは出来た。にしてもなんだって言うんだ。
逃げ込んだ先は、石碑があった場所か。不味いな行き止まりだ。誰かがこっちにくる前にさっさと引き返さないと。
木の陰に隠れ息を整えていると何だか一気に不安になってきた。アタシちゃんと帰れるんだよな。
「おーい、どこ行ったきさち!出て来いよ!」
ゲッ、風上じゃん。なんかケタケタ笑ってる。
「まぁ、素直には出てこないよなぁ!」
野球ボールの様な火の玉を手のひらでしっかり掴み、元から目星を付けていたのか、迷いなくアタシに投げてきた。
咄嗟に伏せ難を逃れたが、当ったらひとたまりもない。前にあった筈の木が消し飛び、その後ろの木も音を立て倒れ燃えている。
「バッカお前!殺す気か!」
「はぁ?この程度の魔法で死ぬわけねぇんだろ?あぁそうか、へっぽこだからすぐ死ぬんだっけ?」
何ヘラヘラしてんだコイツ頭おかしいんじゃねぇの。
この態度を見て確信した。あの気配も、あの爆発もコイツの仕業だ。
「アンタだろ、あんな爆発起こしたのは」
「あぁそうだ。いやぁ、指輪を落とした時は焦ったぜ。最終的にはテメェに渡すつもりだったのが、まさかこんなになるなんてなぁ?」
アタシのこと恨んでるんだな。こいつの癇癪のせいで爆殺されるなんてたまったもんじゃない。
「志夢川の奴が結界?なんざ張らなけりゃ、もっと愉快な事になってたのによぉ!」
風上から放たれた閃光。それは魔法ではなく物理的な攻撃だった。
「い"っ!?ナイフなんか持ち歩いてるのかよ!」
カスッたぞクソが!危ねえ。右腕にナイフがカスッた!
「っしゃあ!ヒット!」
バチン!頭の中で火花が散った。し、視界が揺れる。
「ナイフに塗ってあった毒、特別製って聞いてたけどよ、お前にも効くんだな」
「毒、だって!?」
吐き気などは特に無いが、とにかく視界が揺れる。これはまともに走れないッ!
道は風上に塞がれている、少し先は結構な高さの崖。ワンチャン飛び降りれば助かるか。
崖目掛けて、出来る限りの全速力で走る。風上が魔法を準備してるけど知ったこっちゃない。
石碑に体をぶつけそうになり、避けようと手をかけた。
瞬間、石碑が光って消え、勢い余った手が空振った。そして前転して転んだ。
転んだ表紙にギュッと瞑った目を開けると、アタシは聖都にいたはずなのに何故か奇妙で静かな森を、寝っ転がって見上げている。まるでアニメの場面がパッと切り替わった様にいきなり景色が変わった。風上もいない。クラスメイトたちが居る気配も無い。
「え、はっ?」
色々ありすぎてまるで状況が理解できない。とりあえずこの目眩が治るまでここで待機していよう。このままじゃ何もまともに出来ない。
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