2話 私怨混じりの決闘
召喚されてから早3週間。若干この生活に慣れてきた気がする。とは言うものの、着慣れている普段着とは全く別の、皮や材料が全く分からない布で作られた服や靴に防具にはまだ慣れない。
あの加護確認会でアタシは解読不明な加護が数個あることが分かり、皆と違って加護以外で強力な能力がある事が分かった。良い意味でも悪い意味でも。なんでも生まれながらの体質の問題らしい。
病気や魔法による状態異常や攻撃には滅法強いが、それ故に魔法が使いづらかったり、それによる回復や強化があり得ないくらい効果を発揮しないから色々危険ということだった。魔法がどうかは分からないが、確かにアタシは生まれてこのかた17年、小さな風邪1つ引いたことのない。
もちろんアタシは戦いの出るのを拒んだ。こんなの、戦いの出たら魔族とか言う奴ら達のいい餌だ。だが海原がそれを許さなかった。
「よく分からないが、魔法の攻撃とかには強いんだろ?なら前に出て戦わなくてもこの街の人たちだけでも助けられるように動くべきだ」
とかふざけた事をさらっと言いやがった。
「はぁ!?これで戦えって!?よく分からない力を使って?物理攻撃一発受けたらアタシ死ぬんだけど!?」
そう言い返したが、クラスメイトの半分が海原の意見に乗っかって一気にアタシの説得にかかった。
言い返す度に皆の空気が悪くなっていくし対立するのは本意じゃない。街から出なくて良いって言うから仕方なく折れたけど、こんなの、はいとyesの選択肢しかないようなもんだ。
でもこんなものを制御するために他の皆と別メニューの訓練だなんて。しかも生まれながらのものを一体どうしろと。
女王も
「何てことでしょう…!」
とか言って威厳ある顔が、鳩が豆鉄砲くらったみたいになっていたし、周りにいた魔導士もざわめいていてクラスメイトのいい見せ物になった気がして少し居心地が悪かった。
多少の強さの違いはあれどその能力を持っているのはアタシだけじゃない。アタシの他にあと五人...色々と、個性的な...。
もう本当、能力の訓練と戦闘訓練はヤバい、死ぬ。筋骨隆々でゴツい黒獅子の異名を持つ騎士団長レオンさん直々に、いかにして戦闘時を立ち回るか、能力を効率よく生かすかを叩き込まれている。控えめに言って訓練量がイカれてる。圧倒的にアタシ達の方が多い。朝から晩まで動いてる。
「はあああああ」
ため息を吐き桜に似た木の下で、座り込み剣を利き手において項垂れている。少し後ろにある宿舎の窓からの太陽の反射が眩しい。
ここの気候は地球の南半球みたいな進み方をしている。元の世界はそろそろ冬に差し掛かろう頃、こっちは感覚的には二回目の夏を迎えるハメになる。
夏は嫌いというわけじゃないが、アタシの一年間の中で冬が無いのはいただけない。
もう一度、今度は浅くため息を吐いた。日本にいたような残暑を感じる秋の風が通った気がした。
でもまぁ、今日が終われば、この国の建国祭で丸一日休みだ。妹と祭りを周れないのは寂しいけど騒がしい雰囲気で多少は気が紛れるだろうし、何かみあげ話しくらいはしてあげたい。異世界の話しは喜んでくれるかな?
「君って魔法が苦手な分剣術みっちり叩き込まれてるよね」
「うわびっくりした」
肩が飛び跳ねた。考え事をしていて気配に気づかなかった。
四季稜真。アタシと同じくデメリットが強い能力の持ち主だ。加護の影響で薄かった影が更に薄すまり敵にも味方にも感知されにくいらしい。
「剣に慣れて無いレディがするもんじゃないよ」
アタシは魔法を使う為の魔力は一番多い。なのに魔法を発動させる際、アタシの体質が邪魔をして通常ならバスケットボールサイズの火の玉がピンポン玉サイズしか出せない。
「柔軟な動きを生かした剣技は見事だと思うがなぁ?明渡殿」
前からロン毛をなびかせながら鼓嶋大治が歩いてきた。志夢川のオタク友達だ。
「あぁそー。てか二人共休憩?」
二人が顔を見合わせ、訓練場に目線を向ける。
「休憩っていうより」
「避難が正しいな」
二人の目線の先には、ゴツい鎧に大剣を背負った騎士団長にメンチ切ってるツンツン頭の風上勇吾が居た。また何か文句言ってんのか。
それを離れてただ見ている浜見源太と、一緒にブーブー言ってるギャルの美川菜由。いつもの俺は勇者なんだぞムーブか?前は調子に乗って、破壊神の加護で宿舎ぶっ壊しかけてレオンさんに〆られてなかったっけ。
レオンさんと目が合い、次に風上と目が合った。まさしく般若のような凄まじい形相だな。怖。
少しすると眉を思いっきりひそめ、目尻を釣り上げた風上がズンズンと歩いて来る。…怖。
「...何でこっち来てんのアイツ」
片膝をついていつでも動けるように体勢を整える。
「明渡殿に用事だろうな」
「え、やだ」
立ち上がって剣を持つ。風上の顔が凄いことのなってる。
「おい明度!決闘だこっち来い!」
ドスの効いた声が距離があるこの場所までハッキリ聞こえた。
魔法が使えないアタシをへっぽこ呼ばわりするのはいつものことだ。最初こそ腹は立ったが今はぶっちゃけどうでもいい。下手に関わるのもよくないし。
「ビビってんのかまな板ぁ!」
「舌引きずり出すぞテメェ!!!乙女に向かって何てこと言いやがる!!!」
「えぇ」
「風上殿の失言とはいえ、けたたましいな...。」
四季と鼓島の引く様な声が聞こえた気がした。
剣だ剣を持って行こう金属製とはいえ訓練用で刃は潰れてるから一回くらい殴っても問題ないはず。
「おうオマエ、人の胸見て大きさ云々言うなら、アタシより背ぇ伸ばしてから言え!」
「うるせえなぁ!大してそこいらの男と背丈変わんねぇくせにまだ乙女気取ってんのかオイ!!」
「はぁ!?」
両者目を見開いて威嚇する様に叫んだところでアタシの右肩を誰かがポンと叩いた。
「コラ落ち着けキサチ。背丈はあまり変わらないし、身軽なのは良いことだぞ?」
いつの間にか騎士団長がいるところまで来ていたらしい。
「嬉しくないですレオン騎士団長」
多少頭の血が引いた気がしたが多分気のせいだった。
レオンさんがハハッと苦笑する。
「キサっちこわぁい」
スイカの美川に言われたくない。
「で?コイツ殺さずに倒したらダンジョン探索に行って良いんスよねぇ?レオンさん?」
何その話し。ダンジョンってたしか、魔法を使う獣、魔獣の巣窟じゃん。
「ああ、勿論。ユウゴがキサチに勝ったら、来週の通常組が行くダンジョン探索にお前を連れて行こう!」
「チッ、合同かよ。まぁ良いや、こんなへっぽこ瞬殺出来るし」
小馬鹿にした顔でこっちを見る風上を見て怒りで顔が引き攣る。煽ってんのかコイツ。
「殺しちゃまずいんじゃなかったのかよ馬鹿がよ。ってかアタシの勝ったらダンジョンに行くって?あっそう、完膚なきまでに叩き潰して追加訓練受けさせてやるよクソ野郎」
「言ってろザコが」
アタシだってまな板言われた手前コイツ勝たせる気は無いけど、召喚されたアタシ達の中で多くの神から多くの加護を貰った奴だ。気を付けないとな。
「いやぁすまないなキサチ。こうでもしないとユウゴが納得してくれなくてな」
手を頭の後ろに回し軽くスマンスマンとレオンさんが言った。
「ハッ、ハハッ……」
乾いた笑い出てさらに口角が引き攣る。
学校のグラウンド程度の広さの訓練場の中央に、五メートルの間隔を空け風上と向かい合わせで立っている。
「では、両者構えッ!」
騎士団長の号令で一斉に構える。先制攻撃をしようにも有利な加護を持ってないからコイツ相手にはどうしてもスピードが足りない。一応風上もある程度一緒の訓練を受けているから下手に突っ込んだら叩き落とされるのは分かってる。訓練用の模擬刀とはいえ、当たるとクソ痛いからあまり喰らいたくないな。
さて、こいつは最初どう出る。
「始めッ!」
破壊とは違う加護を使ったのか破裂音がし、風を切り一気に距離を詰めて来る風上。でも新幹線みたいな騎士団長よりもマシなスピードだ!
キィンと鋭い金属音、ズシっと重い感覚とそれに連なる両腕の痺れ。流石男子、単純な力はアンタが上かっ!
「は!?闘いの神の加護だぞ!?何で明渡がっ・・・!」
コイツまさか加護頼りで無鉄砲に突っ込んで来たのか!?チャンスだ、コイツの力を後ろに流してみぞおち狙って膝で蹴り上げる!
「ぐあっ!」
ドッと鈍い音が聞こえる。体重が前に傾いていただけあって綺麗に入ったらしい、地面を転げて立ち上がってはいるものの腹を抱えたまま動かない。
「テメェッ、足技使うなんて反則だろ!?」
「剣しか使っちゃいけません。なんて言われてねぇだろバァカ!」
「ッ、テメエェ!」
風上がやった小馬鹿した様な笑みを作って相手を煽ったら顔から湯気が出てきそうなほど顔を赤くしていた。
程なくして風上の立っている場所を中心に光る紅の魔法陣が見える。あれって中級の広範囲型火炎魔法じゃねぇか!
「剣以外も使って良いんだろ!」
アタシが焦り始めたのを感じ取ったのか風上が調子に乗り始めた。
「ちょっ、風上!威力考えろ馬鹿!ってかそんな魔法効くわけねぇだろ!」
「忘れたか?俺には加護があるんだよ!」
アタシのこと殺す気じゃねぇだろうなアイツ!
あれは多分、風上が得意な火柱が出てくるタイプ。アタシはまだ多分どうにかなるが周囲がまずい。最悪の場合、少し距離がある通常組が訓練している場所まで被害が出るかもしれない。
この決闘で周囲が被害に遭うのは嫌だぞ、煽るんじゃなかった。
さっきので単純に攻撃するだけじゃアタシに当たらないのも学んだはず…。魔法を止めに入る道中で必ず不意打ちが来る。
でも凝った方法で風上をどうにかすることはできない。そうだな、あれは発動までに時間がかかる。悪あがきするか。
風上の右斜め上を狙って剣を思いっきり投げた。そして、アイツの視線がアタシから武器に切り替わった。
腰を落とし脚に力を入れ、左回りで背後に向かって一気に駆ける。
こっちは元とはいえ県大会行った走り競技の陸上部だ。殴れる距離まで全力で走る!
「はぁ?お前どこ狙ってんの?」
勝った気でいたのか、風上が悠長に武器を見ていたおかげで思っていたより時間が出来た。
剣がカシャンと音を立てて地面に落ちる頃には、風上までの距離が1メートルもなかった。
アタシが元いた場所に目線が移された。ハッとする風上。その瞬間勢い良く背後を、つまりアタシを見た。
「あっ、ヤベッ」
風上と目が合って背筋がひんやりする。
「ウッゼェなぁッ!」
風上がそう言って剣を切り上げて攻撃してきた。
脇腹に向かって来る剣。咄嗟に足を軸にして回転する様に避け、そのまま風上の顔面の向かって蹴りを入れた。
クリーンヒットしたらしい。魔法陣が消えた。
地面に叩きつけられた風上の剣を奪い、思いっきり顔に当てようと振りかぶった。
「勝負ありッ!しょ う ぶ あ り だ!」
剣を振った瞬間手からすっぽ抜けた。驚いて声がした背後に目線を向けると模擬刀の刃を持ったレオンさんが、呆れた様な笑みを浮かべて立っていた。
「ちゃんとトドメを刺そうとしたのはいいが、これは殺し合い無しの決闘だからな。もうユウゴは戦闘不能だ」
ユウゴを見ると地面に蹲り、蹴られた顔を抑えている。
「でもコイツ、ここら一帯を火の海にしかけたんですよ?多少は痛い目見てもらわないと……」
「お前、それ私怨入ってるだろ」
一瞬目を泳がせた。違うとは言わない。
「それに、俺も巻き込んじまったから上から堂々とものを言える訳でもないが、私刑はよくない。あといくら訓練用の模擬刀とはいえ、勢い良く顔面に当たれば死ぬときゃ死ぬからな」
そう言ってレオンさんは模擬刀を置いて、立ち上がろうとする風上に近寄っていた
「という訳だユウゴ」
名前を呼ばれレオンさんを見上げる風上。目が血走っててなんだか危なっかしい。
「前にも言ったが、何も考えず加護や魔法を乱発するだけじゃダンジョンで生き残れない。どんな相手でも油断せず相手をちゃんと見ろ。今回は諦めて貰うが、お前なら出来るようになる!頑張れよ!ユウゴ」
そうレオンさんは言うが、風上にその声が届いている様には見えない。どことなく上の空だ。
「明渡に、俺が、負けた?あのへっぽこに?」
風上がアタシを見つめている。その表情には悔しさと怒りが見てとれる。
「糞が!クソがクソがッ‼︎俺がお前に!お前なんかに!」
風上が何らかの魔法を発動させようとして魔法陣が発現し出したが、発動させるより早くレオンさんが睡魔の魔法を施し、風上が眠ってしまった。
「全く、起きたら説教だな」
そう言ってレオンさんが風上を宿舎に運んで行った。
このまま昼休憩になりそうだ。
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