16話 渓谷を越えるだけの簡単なお仕事
「《■■■。■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■》」
歩いて少しって言ってたのに全然少しじゃない。
もう日が傾きかけてるし。
目の前に写るのは、底が見えない真っ暗な渓谷。
そして、その...何だあれ。
体感五キロは離れてる向こうの崖の向には、此処にある太い木と同じ高さ位あるだろうの土の柱だったり、丘を支えてる崖が異様に抉れていたり。
......うわぁ。
近くで見たら絶景なんだろうけどこの中にも強いモンスターが潜んでるわけだし...チートが欲しい。
「この渓谷をどうやって渡るか...」
あっ、そうだった。
降りる...のは眉間にシワを寄せた狼を見るに選択肢には無さそうだな。
確かにこの真っ暗闇の中を降りるのは『暗視』があってもちょっと。魔力も少ないし。
かといって役立つようなスキルは...う~ん。
『ステータスオープン』
......『念動力』...。
いけるか?これで?
多分物を浮かす系のスキルだけど、それをいきなり応用じみた事をするのか。
でもこれ以外には特に無いしな。
狼に体を向ける。
まだ考えてるようだ。
「《......■■■■...■■、■■■......■■...》」
「なぁ、」
「《■■■■》」
えぇ...。
せめて向き直ってくれても良いんじゃねぇの?
多分この調子だと気を引いても邪魔とか言われそうだし。
かといって無理矢理持ち上げるのも...コイツ細切れにしてきそうだし。
まぁ、コイツはコイツで考えは無いわけでは無さそうだし。
初スキルをいきなり応用で使うのは気が引けるs...
あぁぁあ"ぁあ"ア"あぁ"ア"ア"ぁァ"ァア!!!
えぁっ!?何だこの甲高い叫び声!?
人間の声に聞こえなくも...無......。
後ろを振り返ったその先に、モンスターが居た。
ソイツは毛深い毛に覆われた体に、鋭い爪を持ち、クソデカイハエのような羽を持って物凄い速さで迫って来る。
しかも極めつけはそのモンスターの顔が人間の顔に酷似していて気味が悪い。
えっ、待てこれどうすんの?
後ろは崖だし、回避するにも木々が邪魔で上手く出来ないだろうし。
あっ、ヤバい。もう目の前に...!
「クソッ、まだ追ってくるか!『結界』!」
そう狼が言いはなった瞬間、灰色の五角形の魔法陣がアタシ達の周りを瞬時に囲んだ。
が、アタシ達を守る分厚い壁がモンスターの突進に耐えきれずその魔法陣は粉々に砕け散った。
不味い何かしないと!と思ったが体が硬直して動けない。
アタシ達は渓谷の上に放り出された。
うわっ、声出ねぇ。
何か周りがゆっくりに見える。
モンスターが手を伸ばして来る。
吹っ飛ばされたからか、『結界』だかを壊された衝撃からか知らないが、狼が気絶してる。
やるしか無いか、ぶっつけ本番『念動力』!
アタシは諦めが悪いんでなぁ!
狼の前足を引っ掴かんで!
『念動力 Lv1 を発動』
「い"っ!」
急上昇し始めた!し始めてるけど、浮いてるの狼の方だ!何かスマン狼!
何て言ってる場合じゃない!
モンスターに追い付かれる事は無さそうだが前後に動かない!
アァあ"ァ"ぁアあ"ぁぁあ"ア!!
キィィ...
あのモンスター黄緑色の波線の魔法陣、風の魔法陣を展開し始めた!
アンタも魔法使えんのかよふざけんなぁ!
ビュゴォォォォォオ!!!
何じゃそりゃぁ!?
普通風は目に見えない筈なのに、空間が歪んでるように見えてハッキリと竜巻の形が見えてやがる!
とんでもない速さだ、このまま上昇すれば直撃せずとも体勢が崩される!
一旦『念動力』を切ってやり過ごさないと!
ガシッ
「ぐぇ」
念動力を切った瞬間モンスターに腹を掴まれた。
まさか竜巻は『念動力』を切らせるための陽動!?
アァあ"ァ"ぁアあ"ぁぁあ"アぁアぁアぁア!!
キィィィ...
はっ?何だその馬鹿みたいに大掛かりな風の魔法陣。
効率の良し悪しは良く知らんが、これは素人から見ても高威力の魔法!
明らかにオーバーキルだろ!?
デカイ魔法陣は展開に時間が掛かる、その間にどうにか対策を!
"貴様の声は耳障り"
耳障り......魔物は音に敏感...。
もしかしたら、ワンチャン助かるかも
音に敏感ってことは耳が良い筈。
アタシの声が耳障りなのがこのモンスターにも効くなら...!
深く息を吸い込んで、大声で叫ぶ!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ア"ア"ぁぁア"あああ!!!
人面モンスターがマラカスの如くアタシ達を振り回し始めた。
止めろぉ!振り回すなぁ!
ただ、様子を見る限り効いてるっぽい!
だめ押しで『力の底上げ』上乗せを食らえ!
『力の底上げ Lv3 を発動』
「「「ああぁぁあぁあああ!!!」」」
ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!
振り回すのを止めた代わりに今度は綺麗な放物線を描くように空中に放り投げた。
胃がっ!胃がぁ!
で、でもラッキー!
どうやって渡ろうかと思っていた反対側の崖に向かって投げられた!
つか腕力スゴすぎだろ!
もう足下に地面が見えるぞ!
で、真っ黒な目を見開きながら耳を塞いで悶えている人面モンスターが退散する...筈もなく...。
ぁあア"ァ"ああぁア"ア"ァ"あ"あ"!!!
めっちゃ怒ってる。
しかもアタシの声を警戒してか、此方に向かって来ても一定の距離を保ってる。
とりあえず『念動力』を発動させよう。
『念動力 Lv1 を発動』
「おぉっ!?」
今度はハンマーが浮いた!
しかも思っていたより狼が重い。
アァあ"ァ"ぁアあ"ぁぁあ"アぁアぁアぁア!!
キィィィ...
さっきのヤバそうな風の魔法陣!
此処じゃ声は効かないし、攻撃を防ぐスキルも魔法も無い!
この『念動力』で逃げ切れるか!?
といっても空中で上に上がるだけだけどな!
キィンと魔法陣の展開が終わった音がした!
攻撃が来る!
狼だけでも庇わないと!
フッ
頬に血液が伝う。
あっ、これは想像以上にヤバいやつだった。
身体の力が抜けていく。
その理由はすぐに分かった。
首から生暖かい液体が流れている。
...『念動力』のスキルが消えた。
人面モンスターが人間では不可能なほどの大口を開けアタシの頭が入りかけた。
もうこれ以上の抵抗は出来ない...。
とでも思ってんだろ?
だけどよぉ、レベル1だが『物理攻撃耐性』持ちで、このスキルは自動的に発動するみたいでなぁ。
『力の底上げ』がレベル3である今、制限時間も長くなりスキルのレベルは今も強化されてるんだ。
しかもアタシはアビリティに『生命力』が付いた女だぞ。
そう簡単に諦めてたまるかぁ!
「「「このクソ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
人面モンスターの口内で叫んだ声は一番効果を発揮した!
何せ耳に一番近いからな!
モンスターの体勢が大きく崩れ、アタシ達と落下し始めた。。
『回復魔法 Lv2 を発動』
スキルを強化したとはいえ、首の傷は致命傷。
これ以上の戦闘は不利だ。
今この瞬間でトドメを刺す!
ハンマーを握り締め勢いよく地面に叩きつけた。
ドゴォォォォン!
叩きつけた、は良いものの、此方は此方でヤバい!
うぉぉ!『念動力』!『念動力』が間に合わねぇ!
ベキッバキバキバキバキ
ガサガサっドン!
痛ってぇ!腹打った!
デカイ木、と言っても山の中で見る程度の高さだけど、それがクッションになって助かった。
狼も未だに気絶中だが生きてはいる。
問題はあの人面モンスター...。
コイツもまだ生きやがる。
突っ伏してはいるけど、また起き上がって来る!
そうなれば今度は確実に詰み...!
さっさとトドメを刺してやる!
狼を寝かせ、短剣を抜く。
「アタシはまだ死にたかねぇんだよぉ!!!」
モンスターに向かって走り、ソイツの首を掻き切った。
ァッああぁァ"あぁァア"あ...
う、うへぇ。
な、生々しい。
しかもまだ生きてる。
「ォガァザッ...オォドォオザァ」
......。
えっ。
そ、空耳?
早くトドメを!
短剣で何度も首を切りつけ、やっとモンスターの首を落とした。
「ジニダ、グ...ナイィィ...」
うへぇ。
まだ付いた血が、生暖かい。
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