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暫しの別れ

 ようやく腹一杯になれる程の食事にありついたヒースは、感動していた。何の肉だか分からないが、焼けて脂が染み出したそれはとても美味しかった。


「美味しいね、これ」


 ヒースがホクホクしながら言うと、やっぱり今も隣にいるシーゼルが、器用に汚れない様肉を齧りながら笑った。同じ火を囲む隊員が、そんなシーゼルを見て驚いた表情をしていたが、何も言わなかった。


「朝、ハンが砂漠にいる大蜥蜴が美味しいからって、隊長がクリフに乗らせてもらって一緒に捕まえに行ったんだよ」

「そんなことしてたんだ? ちっとも知らなかった」

「よく寝てたもんねえ。あ、でもかなり早朝だよ。日が登るか登らないか位の時。他の人も寝てた」

「シーゼルは?」

「見張りで残ったよ。僕が見張ってれば、ヒースが手を出されることもないし」

「え」


 ヒースは思わず周りにいる隊員達を見た。二人程、さっと目を逸した人がいた。ちっともそんなこと思っていなかった。


「ヒースは若いし男前だし、特にその白い肌。いいよね」


 シーゼルはそう言うと、つ、と人差し指でヒースの顎を少しだけ持ち上げた。シーゼルがそうした瞬間、同じ火を囲んでいる隊員の顔がぽーっとシーゼルに見惚れたのをヒースは見逃さなかった。やっぱり、シーゼルに好意を寄せている人間は隊の中にもいたらしい。この人はただ怖くて恐れられているだけではなく、その美しさと気高さで崇拝されている可能性もあった。


 男だけが集まると、やはりこういうことになるのか。ニアはここに来て本当に大丈夫なんだろうか。段々不安になってきた。カイラが隣にいるからといって、一人になる瞬間を狙われたらどうしようもない。


 ここは悔しいが、ジオにしっかりと守りを固めてもらうしかないかもしれなかった。本当はヒースが守ってあげたかったが。多分剣の腕はニアの方がヒースよりも上だろうが。


 後でハンとクリフにもしっかりとお願いしておこう。ヒースはそう思った。


 ヒースが大蜥蜴と判明した肉にもう一口齧り付いたその時。シーゼルの周りの空気が、す、と冷たくなった。


「――来たか」


 シーゼルが呟いた瞬間、洞穴側の崖の上からトン、とカイネが飛び降り着地したのが見えた。この人は何で気配だけで分かるんだろうか。これも後で聞いてみよう。


 隊員達は、話を聞いてはいてもその獣人がこの獣人だとは分からないからか、ザワザワと騒ぎ始めていた。なので、ヒースはこの獣人が待っていた獣人だと皆に示す為、笑顔で立ち上がって駆け寄った。


「カイネ、おはよう」

「おはようヒース。よく寝れたか?」


 そう言って小さく笑うカイネの顔は、今日も輝いている。まさか、そう思って後ろをぱっと振り返ると、隊員達がカイネに見惚れているのが見えた。ヨハンはどうだろう? そう思ってヨハンを探すと、ヒースの視線に気付いたのか急いで目を逸した。シーゼルはヒースに向かって歩いてきている。危なかった。あの人本当に大丈夫なんだろうか、と少し不安になった。


「まだ朝食の途中だったか。別に急いではいないから、ゆっくり済ませばいい」

「カイネも食べる?」

「僕は食べてきたからいい」

「美味しいのに」

「それよりも、今後の伝達方法について話していなかったので昨日のあの黒髪の男と話したいんだが」


 黒髪の男。ヨハンだ。


「俺も一緒に話をする」


 二人きりは危なかった。誰がだ? カイネの命がだ。


「そこは任せる」

「うん。――ヨハン! あとハンも来て!」


 ヒースは少し離れた場所にいた二人を呼び寄せた。隊員達からは少し離れた場所に行き、一同は立ったまま円になる。


「この先奴を捕らえるまでの間、全く連絡を取らないという訳にはいかないだろう。そこで情報をきちんと交換したい」


 カイネがそう告げると、ヨハンが頷いた。


「どこで連絡を取ることにすればいい?」

「この間、初めてヒースと会った森の中では危険過ぎる。あそこは奴らの見張りも巡回しているから、出来たら昨日僕がヒースを連れて登ったこの崖の頂上辺りがいいんだが」


 カイネはそう言うと、崖を見上げた。ヨハンがヒースに尋ねる。


「人間に登れそうなのか?」

「無理」


 ヒースは即答した。


「ということは、ハンが飛んで行くか、俺がクリフに跨って行くかだな」

「ハンがいいと思うよ」


 ヒースが即座に言った。何もないとは思うが、カイネとヨハンを二人にさせる機会は是非とも避けるべきだと思ったからだ。ヨハンがじと、といった目で見たところをみると、ヒースの意図に気が付いたらしい。まあ気付く位で丁度いい。無自覚が一番怖いから。


「……では、その役目はハンに任せる」

「うん、分かった」


 ハンはにこやかに頷いた。カイネが提案する。


「とりあえずは、明日の夕刻に一度落ち合おう」

「分かった。では、次に会うのはその時に決めるってことでいいかな?」

「それでいい」


 カイネが返答し、話し合いは終わった。


「では食事が済み次第出発しよう。僕はここで待っているから支度を済ますがいい」

「分かった」


 ヒースは頷くと、ハンの元に寄っていった。ハンの腕の中にはクリフがいて、少し寂しそうな表情を浮かべていた。


「ハン、ニア達が到着したら、ニアをしっかり守る様にってジオに伝えてくれる?」

「――分かった」


 ハンも、少し寂しそうな顔になった。


「あー、ヒース?」

「うん?」

「その、結局お前を巻き込んじまって、悪かった」


 ハンはどうもヒースをこの場に連れてきたことがよかったのかどうかを、未だに悩んでいるらしい。そんなこと、考えたって仕方がないことなのに。


「元々ジオを焚き付けたのは俺だよ、ハン」

「いや、まあそうかもしれないけどさ」


 ハンはもごもごと続けた。


「俺は安全な所からただ見てるだけで、戦ったこともないヒースをこうして一番矢面に立たせてそれでいいのかって、ずっと思ってたんだ。その……怖くはないのか?」

「怖い?」


 その時初めて、獣人族の集落に向かうことは怖いことらしいという認識がヒースの中に生まれた。ヒースがこれまで怖いと思ったのは、母とのことを思い出すこと、大切な人を失う可能性を考えることだった。あとは山火事に追われた時は振り返るのが怖かったが、あれは置いていかれる恐怖からだった。


 自らの足で先に進む分には、何も怖くはない。この先は、ちょっと暴走しがちだけど頼りになるシーゼルがいるし、カイネだって十分立場のある人だ。その客人になるヒースに危険が及ぶ様なことをカイネが許す筈もなく、それにヒースにはこれからしなければならないことが明確にある。


 何もない、何も残らない。それより怖いものなど、ないと思った。


 だからヒースは笑顔で答えた。


「俺は自分がカイネの村に行く分には何も怖くないと思ってるよ」

「ヒース……」

「だけど、ニアやジオやクリフにハンに何かあると考えると怖いから、危ないことはしないでね」

「お前は」


 ハンが泣きそうな顔になった。何故だろう? すると、ハンがヒースの頭を掴むと自分の肩に引き寄せた。


挿絵(By みてみん)


「……自分を一番に考えろ、もっと我儘になって甘えろって言ってんのに、結局は人のことばかりじゃないか」

「違うよハン」

「何が違うんだ」

「俺にとって大切な人を守るのは、俺の我儘だよ。俺が、皆がいないと怖くなるから、それだから守りたいんだ」


 ハンが息を呑んだ音が聞こえ、暫く動かなくなった。どうしたんだろうか。


「ハン?」

「約束する」


 ハンが瞳に涙を溜めて、ヒースを見た。


「危ないことはしない様にする。約束する。だから、ヒースも必ず無事で」

「うん」


 自分にはニアの守りも付いている。だから大丈夫だとヒースには思えた。

次回は挿絵描けたら投稿します。

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