会いたい
洞穴からヒースが出てくると、「ヒースー!!」と叫びながらクリフが走って来た。
「クリフ」
ヒースは足にしがみつかれる直前に、クリフの脇を抱え上げた。首にぐりぐり頭を擦り付けるこの愛情表現はクリフならではだ。ヒースは何だか久々にクリフを抱き締めた気がして、何だかジンときてしまった。
「クリフはさ、ヒースの横にシーゼルがずっといたから、それで近寄れなかったみたいだぞ」
ハンがにこにこしながら向かってきた。見ると、先程シーゼルにのされた隊員達は揃いも揃って腹や足を抱えながら地面に寝転がっている。その中でただ一人無事だったハンは、炊き出しの余りを掻き集めてくれていたらしい。
「ご飯、まだだろ?」
「もうすっごくお腹空いたよ、ハン」
言った途端、ぐぎゅるるるるる、とお腹が鳴った。ハンが楽しそうに笑う。
「今日一日、お疲れ様。明日からもっと大変だと思うけど、本当によくやってくれた。感謝してるよ、ヒース」
「俺、大して何かやった訳じゃないけど」
「いっぱいしてくれたよ。俺の期待以上に」
「そう?」
ハンが案内したくれた場所に腰掛けると、ハンが甲斐甲斐しく器に鍋の残りをよそってくれた。そうだ、一つ釘を刺しておかないといけないことがあったのだ。ヒースは器の中身を啜りながら、ハンに注意することにした。
「ハン」
「うん?」
「今日はヨハン達の所に行っちゃ駄目だよ」
「え? 何で? 後で明日の打ち合わせをしようかと思ってたんだけど」
「多分二度目はないから。ハン、シーゼルに殺されたくないでしょ?」
「ころ……」
ハンは、何のことだかを理解したらしい。ヒースの隣に腰掛けると、辺りを見回しつつ小声で確認してきた。
「あのさ、さっきヨハンが言っていたことって、やっぱりそういうこと?」
「そういうことだよ」
「……ヨハンがシーゼルを受け入れたってことか……? ていうか、シーゼルがヨハン狙いだったなんてお前よく気が付いたな」
「え、見てすぐ分かったけど」
「俺はお前がほめのかすまでは気付かなかったぞ」
「あんなに分かりやすいのに?」
「普通は分からないだろ。だってあの二人は元々信頼し合っている隊長と右腕だぞ? それがまさかその右腕の態度が尊敬だと思ってたら恋心だったなんて、一体誰が思う」
ハンのその言葉で、何故シーゼルの想いをヒースしか気付かなかったのか、ヒースは理解した。ヒースはこの場では新参者だ。ヨハンとシーゼルとの関係も知らなければ、そもそもこの隊の立ち位置だって知る由もない。だから、見たままを感じ取ることが出来たのだろう。
「それにシーゼルに懐く人間がいるんだってことにも驚きだったし」
「そこは皆驚くよね。そんなに普段のシーゼルって怖いの?」
確かに初対面の時は結構ツンケンしてたとは思うが、怖がる程ではない。
ヒースがそう言って器の中身を飲み干すと、ハンが重々しく頷き返しながら器に手を伸ばした。お代わりしろということらしい。正直固形物らしいものが殆ど入っていなかったので、全然足りなかった。あの大量の蛇の肉は一体どこへ消えてしまったのだろうか。
「笑顔なんて見たことなかった」
「そうなの? 意外」
「俺は笑顔を惜しげもなく向けられるお前の方が意外だよ」
器を受け取ると、また口を付けた。やはり殆ど水分のみだ。物足りない。
「俺はニアが好きだから、そういうのが分かったんじゃないのかな」
「ニアが好き……随分とはっきり言うようになったな」
何故かハンが照れくさそうに頭を掻いた。
「ニアといる時にはまだこれが好きってことなんだって分からなかったけど、今は分かるよ」
そしてニアがいるであろう方向を向いた。暗い谷の奥。まだまだ遠くにいる。それが分かった。
「どんどん近付いてきてるのが分かると、嬉しくなるし、早く会えたらいいなって思うし」
ヒースがそう言うと、ハンが怪訝そうな顔になった。どうしたんだろうか。ヒースは器の中身をぐびっと飲み干すと、もう一度器をハンに渡した。全然足りない。肉が欲しかった。
「ハン、お肉ないの?」
「すまん、全部食われた」
「……俺が捕まえたのに」
「すまん……」
ハンがしょんぼりしてしまった。ああ、でも明日から獣人族の集落に行くのなら、曲がりなりにも族長の息子の客人になるのだから、もう少し腹一杯になる位の量の飯を食べることが出来るかもしれない。よし、それに期待しよう。ヒースは明日に期待することにした。ないものをねだったところでどうしようもない。
ハンが残りのほぼ汁を器に注いだ。それで鍋の中身は空になった。腹がぐう、と鳴る。それを聞きつけたハンが、また済まなそうな顔をしてみせた。
「いや、本当悪いヒース。まさかこんなに時間がかかると思ってもなくて、食べてる最中に帰ってくるだろうと油断していた」
確かに思ったよりも時間がかかってしまった感はあった。夕方に出て行ったのに、日が暮れて暫く経ってもまだ話が終わらなかったから。
「俺の干し肉を分けてやるから」
ハンがそう言うと、懐の中からガサゴソと干し肉を出して渡してくれた。一体どこに入れていたんだと思うと若干口に入れるのに抵抗を覚えたが、でもないよりはマシだ。ヒースはそれを最後の汁に細かく千切って入れることにした。せめて少しは水分を吸い取ってくれたらいいのだが。
ヒースはくるくると器を回しながら待った。ひたすら待った。気持ち膨れた感じもするが、微妙だ。もう少し待つことにした。
ヒースのその様子を憐れむ様な目で見守っていたハンだったが、先程怪訝そうな顔をした時に感じたであろう疑問を口にした。
「なあヒース、さっき、ニアが近付いてきてるのが分かるって言ってなかったか?」
「分かるよ」
ヒースはぐるぐるとひたすら混ぜて待つ。少しでも膨れてくれ、頼むと祈りながら。また腹がぐうう、と鳴った。
すると、ハンが深刻そうな顔で言った。
「普通は分からないんだ、ヒース」
「そうなの? じゃあこれの所為じゃない?」
ヒースは耳の横のニアの髪の毛と、首からぶら下がるニアの羽根の破片をハンに見せた。
「クリフも同じの持ってるぞ!」
クリフがヒースの膝の上からストンと降りると、首からぶら下げたニアの羽根をハンに見せた。
「あの子、自分の妖精の羽根を千切ったのか?」
「痛くないって言ってぶちぶち引き千切ってたよ」
「……大胆な子なんだな……」
ハンが遠い目をした。確かに大胆かもしれない。ヒースはニアと過ごした数日間を思い返しながら、深く頷いた。
「確かに、いきなり肩に噛みつかれた時は驚いた」
「何だその状況は。何をどうやったらそんなことになるんだ」
ハンの疑問は尤もだろう。あれはヒースも心底驚いた。というか、怖かった。
「しかもその後はハサミを持って追いかけてきたし」
「だからどうやったらそんな状況になるんだよ」
ハンの顔が引き攣り始めた。あ、少しいい感じに肉が汁を吸い取っているかもしれない。ヒースは口に含んでみた。ああ、固形だ。ジンとした。
「そもそも一番始めに会った時も、もう閉じた接点の妖精の泉に頭を突っ込んでジオと引っ張り上げたんだった」
「何かもう滅茶苦茶だな、ニア……」
「猪突猛進だよね」
ヒースは更にもう一口飲んで、笑った。思い出したら、心がほんわかしてきた。
「会いたいなあ……」
心から思った。あの次に何をするのか分からないニアの隣にいたかった。
ハンが済まなそうに笑う。
「彼女が到着したら、ヒースの状況は説明するよ」
「会いたがってたって言っておいて」
「うん、分かった」
ハンがにっこりと笑って請け負った。
次話は挿絵が描けたら投稿します!




