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美しい人

 ヨハンは、シーゼルの興味が他に向いてしまうのがそれ程嫌らしい。


「でもさ、さっきカイネのことジロジロ見てなかった?」

「……ヒースはあれだな、結構聞きにくいだろうことを平気で聞くな」

「だってさ、シーゼルを独り占めしたいって言ってる割に、あれ? て思ったんだよね」


 万が一ヨハンにカイネに対する(よこしま)な気持ちが多少なりともあったりでもしたら、大変なことになる。


「皆の平和の為にも、ああいう表情は絶対シーゼルの前でしないで欲しいんだけど」

「いや、その、あまりにも綺麗な子だったので、本当に男なのか? とちょっと疑ってしまったことは否めない」


 ほらやっぱり。ヒースがやや冷めた目でヨハンを見ると、ヨハンが睨み返してきた。


「仕方ないだろうが。あんな女みたいな美形、久々に見たんだから」

「シーゼルも美形じゃないか」

「いや、まあそうなんだが、あれはもう少し男っぽいというか」

「とにかく()めて。カイネがシーゼルに殺されちゃったら大変だからさ」

「……善処する」


 つい見惚れてしまったのはもう仕方がないとするにしても、今回はシーゼルがヨハンの背後にいたからよかったものの、あの表情をもしシーゼルが見ていたらと思うとゾッとした。もし見ていたら、シーゼルはヨハンではなく間違いなくカイネの方に襲いかかっていたに違いないから。


 ヒースがヨハンに聞きたいことを一通り聞き出し終わった丁度その時、シーゼルが隊員全員をのして戻ってきた。白い肌がピンク色に火照り、汗ばんでいる。それすらも色っぽく見えるのだから、得をしているのか損をしているのか。このご時世、損の方が多いかもしれないが、今ヨハンの目の前にいる分には得をしているのかもしれなかった。


 それを見て思い出した。


「シーゼル、あの件、聞いてなかったけどいいの?」

「あの件……? ああ、あれか」


 シーゼルもすっかり忘れていたらしい。髪の毛と一晩を比べたら、それは吹っ飛ぶだろう。


 でも、後で何をきっかけにぶつくさ言い出すか分からない。獣人族の集落で過ごしている内に、やっぱり欲しかったと言われる可能性だってあった。


 なので、ヒースははっきりとお願いすることにした。


「ヨハン、シーゼルにお守り代わりの髪の毛を少し譲って欲しいんだけど」

「ん? 髪の毛?」


 ヨハンが不思議そうな表情を浮かべて聞き返してきた。ヒースはカイネから聞いた話を中心に話をすることにした。


「何でも、獣人族では戦いに赴く際、部族の中で一番強い人の髪の毛を貰っていくんだって。それを小さな袋に入れてお守りにしていくといいんだとか何とか」


 正直少しうろ覚えだったので、後半は適当に濁してみた。そして自分の耳の横にぶら下がるニアの髪の毛を指で摘んで見せた。


「俺はこれは属性付けでやってるんだけど、そういった話になって。ヨハンてこの隊の中で一番強いんでしょ?」


 ヨハンが「本当か?」とでも聞きたそうな顔でシーゼルを振り返った。シーゼルが、明らかに戸惑った表情になると、視線だけでヒースに助けを求めてきた。そんなシーゼルの表情を見て、ヨハンが面白くなさそうな顔をする。面倒臭いったらこの上なかった。人の恋路に巻き込まないで欲しい。


 ヒースは、不機嫌そうな顔になったヨハンに尋ねた。


「……言ってもいい?」


 すると、ヨハンの目が泳いだ。シーゼルは本当に訳が分からないのだろう、戸惑いの表情を浮かべたままだ。この人はヨハンのこととなると、日頃のあの氷の様な冷たさは鳴りを潜め、こういった可愛い表情を見せる。まあこれを普段見せられていたら、ヨハンもその上に胡座をかくには違いないとは思った。


「シーゼル、座って」


 ヒースはヨハンとヒースの間の空間を指差した。シーゼルは疑問一杯の表情を浮かべつつも、そこに大人しく座った。


 ヒースは、ヨハンに向き直った。


「俺が言う? それとも自分で言う?」

「お前な……本当恐ろしい奴だな」


 ヨハンがソワソワと明らかに挙動不審な態度を見せると、シーゼルとヒースを交互に見た。シーゼルが不思議そうに首を傾げる。


「隊長、どうされたんです? 話が見えないんですけど」


 ヒースは待った。ヨハンの口はきゅっと横に結ばれていて、開かれる気配がない。この人、案外こういうことは苦手なんだろうか。ヒースは思った。とにかく早く済ませて、何か食べたかった。この中でまだ食事にありつけていないのはヒースだけだ。お腹がキュルル、と鳴った。


 暫く待ったが、ヨハンはあっちを向いたりこっちを向いたりするだけで先に進まない。ヒースは諦め、ヒースの口からシーゼルに伝えることにした。


「シーゼル、あのね、ヨハンは実は」

「いっ! 言う! ちゃんと言うからお前は言うな!!」


 ヨハンがヒースを止めた。端正な顔には焦りが見えた。


「どうぞ」


 ヒースは促した。ヨハンの目の下がピク、と動いたが、触れないでいてあげようと思った。


「あー、そのだな」


 ヨハンの目は相変わらず泳ぎまくっている。


「はい」


 シーゼルはただ不思議そうに返答をするだけだ。額に浮かんだ汗を、形のいい指で拭った。


「俺は、その、今朝まで正直お前の気持ちには気付いていなかった」


 え、という顔をして、シーゼルがまたヒースに助けを求める表情をした。全くこの人は、大胆なんだか違うんだか。


「俺に、ただ懐いてるとだけ思っていた」

「隊長、それって、僕の気持ちに気付いちゃったってことですか?」


 一晩を共に過ごすのがご褒美になると思われているのだから、考えてみれば勿論ヨハンが気付いていることは分かっただろうが、憶測するのと直接言われるのとはまた違うのかもしれない。


「……気付いた」

「た、隊長。あれはその、そう! 僕は人肌が」


 明らかにシーゼルが動揺していた。ああ、泣きそうになっている。ヒースは、ヨハンを見つめて言い訳をしようとするシーゼルの横顔を見て、美しいと思った。この人は、心も全て、どこまでも美しい。


「シーゼル、俺は、お前がヒースに心を開いたのが悔しかった」


 とうとうヨハンが言った。覚悟を決めたのだろう、もう瞳は揺らいでなかった。そして思った。自分はこのままここにいてもいいのだろうか、と。もしかしたら、どこかタイミングを見計らって席をさっと外した方がいいかもしれない。


 ヒースは機会を窺うことにした。


 シーゼルはポカンとしていた。


「えーと、隊長?」

「分からないか?」


 二人は見つめ合っている。先にヨハンが口を開いた。


「お前が他の奴に盗られるかもしれないなんて、これまで思ってもみなかった。だけどヒースが現れて、俺以外に懐かなかったお前があり得ない程面倒を見ているのを見て、嫉妬したんだ」


 シーゼルの頬を、涙が伝った。


「だから、これからも俺の傍を離れるな。俺といろ。あと、俺以外は好きになるな」


 ヨハンが、物凄い台詞を言い放った。これだけ言っても、シーゼルが逃げないことを知っている人間しか言えない言葉だった。


 シーゼルが、涙をはらはらと流しながら微笑んだ。


「はい……命に誓って……!」


挿絵(By みてみん)


 ヨハンがほっとした様に肩の力を抜くと、シーゼルの頬に手を伸ばし、顔を近付ける。そしてヒースの視線に気付くと、手でシッシッとやった。全くこの二人は。


 ヒースは小さく笑うと、即座に立ち上がり出口に向かった。


 後ろから、シーゼルの涙声が聞こえた。


「じゃあ隊長、髪の毛貰えるんですよね……?」

「ああ。……て、おい! すぐにその剣を出すな!」

「まずは切ってからにしようと思って」

「後でだ!」


 すると、二人の声がピタリと途絶えた。


 ヒースは表に出ると、口の端に笑みを浮かべながら伸びをした。

次話は挿絵が描けたら投稿します。

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