ご褒美の内容
まさかの、報酬内容。
シーゼルはヨハンをカイネと共に行かせたくないのだろう。理由はもう絶対それに違いなかった。
「危険なので、隊長はここにいて下さい」
「お前が来るのは嫌だっ」
カイネが噛み付く様に言った。当然だろう。もう散々脅されている。
そんなカイネを見て、ヨハンがまた同情顔になった。やはりヨハンはこの可愛い顔に少しやられているのではないか。ちょっと怖くなった。シーゼルが。
そしてヨハンが余計なことを言った。
「ほらシーゼル、怖がらせるからすっかり怯えているじゃないか」
「はっ。獣人族の癖に弱っちい」
「何を!」
カイネは言葉では噛み付いているが、ヒースの背中に少し隠れた。もしかしたらまた殺気を感じているのかもしれない。
「だって、この隊の中で獣人とまともにやりあえるのなんて僕か隊長位でしょう? でも隊長は皆を押さえておくという大切な役目がありますから」
「お前のことの方が皆よく言うことは聞くと思うんだが」
それはそうかもしれない。ヒースも内心頷いた。勿論そんなことはおくびにも出さない。
「とにかく駄目です!」
きっぱりとシーゼルが言った。こうなるとシーゼルは頑固そうだ。ヨハンが困った様に一同を見回して、最後にシーゼルに視線を戻した。
「仲良く出来るのか?」
「隊長命令ならば」
「絶対か?」
「……まあ、ヒースの命に危険がなければ」
前回はこれで騙された。
「ヨハン、無理だと思う」
小声でこそっと言ったが、勿論シーゼルには丸聞こえだ。
「そこ、黙る」
「……うん」
ヨハンは暫く考え込んでいた。そして、意を決したかの様に、重々しく言った。
「絶対に約束を守ったら、その時は褒美をやろう」
「……え?」
シーゼルが一瞬目をぎらりと輝かせた。でた。獲物を狙う目だ。
「きちんと任務完遂、及びヒースの証言があっての上だぞ」
「隊長、報酬ってなんですか!」
シーゼルは食い気味だ。それはそうだろう、まさか報酬の話がヨハンから出るとは思ってもいなかったに違いないのだから。
ヨハンが言った。
「俺と一晩過ごせる。これでどうだ」
ヒースは口をぱかっと開けた。横を見たら、カイネもハンも同じ様に口を開けていた。恐らく皆考えていることは同じだ。一晩過ごすということの意味を。
そしてそれは、シーゼルも同様だった。
「……隊長、一晩を共に過ごすことの意味、とは」
ヨハンがただ言葉通り一晩を一緒に過ごすだけならば、この話は乗れないだろう。だが、それが言外に言われていることを指しているとしたら。シーゼルの表情には、嬉しさと半信半疑のその両方が見て取れた。
ヨハンはしっかりとシーゼルの目を見つめ返して、言った。
「お前が望む様に」
シーゼルの頬が、ぱあっと紅潮した。この人は、なんて嬉しそうな顔をするんだろうか。話している内容はあれだけど、なんて純粋にヨハンを愛しているんだろう。これまで取ってきた行動はまあひと言で言ってしまえば散々なものではあるが、でもそれを帳消しにする位の、こちらが思わず笑顔になってしまう様な笑顔を惜しげもなく見せるのだ。ただ一人、ヨハンの為だけに。
これは実は隊員にも焼きもちを焼いている人が一人や二人はいるんじゃないか? ふとそう思った。これだけ美しい人だ、いくらやることが恐ろしいからといって、美しければ美しい程、怖いものを見たくなる、というものもある。万が一ヨハンが死んでしまったら、淡い期待を持って寄っていく奴は確実にいるに違いない。
ヨハンの本意は分からない。そしてシーゼルがきちんと想いを伝えるかも分からない。だけど、この二人が上手くいったらいいな、そうヒースには思えて仕方なかった。
「必ずや……ヒースを守りますから」
胸に握りこぶしを押し当て、シーゼルが顔を輝かせ言った。
「頼んだぞ」
ヨハンの表情は全く変わらず、読めない。この人は一体何を考えているのか。そして本当にこれの為にシーゼルに身体を許すつもりなのだろうか? 後になって違いました、と言われてシーゼルが大暴れをしても困る。ここは、出発前に一度ヨハンを捕まえてきっちりと本意を聞き出しておきたかった。でなければ落ち着かなくて獣人族の集落で寝られないかもしれない。
「では、僕は今日は一旦帰る」
肩からクリフを降ろしながら、カイネが言った。ヒースを見て続ける。
「明日、日が登ってから迎えに来よう。お前に戦う気がないことを示すには、陽の光に晒すのが一番だ」
晒すという言い方がちょっとあれではあったが、言いたいことは理解出来た。こそこそせず堂々と入ってこい、ということを言いたいのだろう。ヒースは頷いてみせた。
「武器は持っていっていい?」
「勿論だ。それと酔木も」
すると、ハンが提案する。
「一部を貢ぎ物として贈呈するといいんじゃないか?」
「ハン、いいねそれ」
ヒースも賛同した。要は酒だ。お近づきの印にどうぞ、ということであればこちらに悪意がないことも伝わりやすいかもしれない。
ヨハンが立ち上がった。
「よし、では今日は他の者に見つからない様立ち去れ。明日までには隊員にカイネの存在について説明をしておく」
「分かった。宜しく頼むぞ」
カイネも立ち上がると、この場はお開きになった。髪の毛の話はしていないが、それよりももっとでかい話が舞い込んできたので、もういいのかもしれない。シーゼルも特に何も言わないところを見ると、いいのだろうか。
シーゼルが真っ先に洞穴から出ると、こちらに背を向けたまま言った。
「あいつらが来ない様に僕が相手をしている間に、消えて」
「……分かった」
相変わらず言い方は冷たいが、ヨハンのご褒美の話のお陰だろう、前よりも刺々しさは減っていた。
「ではヒース、また明日」
「うん、気を付けて」
ヒースはその場に座ったまま、カイネに手を振った。 ハンが、クリフを再び抱いて洞穴を出た。クリフが手を振っているので、挨拶させに行ったのかもしれない。
ヒースは、立ち上がっているヨハンを見上げた。
「ヨハン、二人で話がしたい」
「……何だ」
「座ってもらえるかな」
シーゼルはごろごろしていた隊員達を集め、何かを始めている。あ、寝転がったままのネビルを蹴飛ばした。始めたのは、まさかの真剣対素手。シーゼルは勿論素手の方だ。大丈夫だろうか?
ヨハンがヒースの視線に気付いたのか、言いながら再び座った。
「そう心配しなくても、シーゼルは大丈夫だ」
「でもさすがに素手は」
すると、ようやくヨハンが笑い顔を見せた。
「あのシーゼルを心配する人間など、初めて見た」
「だって、怪我でもしたら大変だろ。ヨハンは心配じゃないのか?」
曲りなりにも右腕だろうに。ヒースが少し責める様に言ったからだろうか、胡座をかいたヨハンが、はは、と笑って答えた。
「そう怒るな。言い方が悪かったな。俺が言いたかったのは、俺以外の人間でシーゼルを心配する奴がいるとは思ってもなかった、ということだ」
ヒースはシーゼルから視線を外し、ヨハンを見た。
「ヨハン、あんたはシーゼルのことをどう思ってるんだ? あんな約束して、やっぱ止めたじゃ俺は困るんだ。シーゼル、怖いし」
「ああ、あれか?」
ヨハンが苦笑しながら話し出した。
「俺の耳には、隊の中に好きな男がいる、としか入ってきてなかったからな。正直、今回唇を奪われるまで、その相手が自分だなんて全く気付いていなかった」
やっぱりそうか。ヨハンは鈍感そうだと思っていたが、あの熱い眼差しにも気付かないなんて鈍感にも程があるんじゃないか。
ヒースの視線に何を思ったか、ヨハンが言った。
「だって仕方ないだろう。あいつは会った時からずっとああいう風だったから、まさかそれが俺に対する想いだなんて気付かなかったんだ」
そう言って、また笑った。
次話は明日投稿します。




