護衛選定
ヒースはまじまじと横に座るカイネを見た。すると何を勘違いしたのか、カイネがしっかりと頷いてみせた。いや違う、そうじゃない。
「ヒース、僕はお前なら信用出来る」
「いやさカイネ、信用出来るとか出来ないとかじゃなくて、俺がのこのこと獣人族の集落に行ったら問題にならないの?」
するとハンが混乱したのだろう、口を挟んで二人のやり取りと一旦止めた。
「ちょっと待て二人共。話が見えない。きちんと頭から説明してくれないか」
「では僕が」
「あー! 俺がする!」
ヒースは身を乗り出したカイネを手で制した。途端、カイネが口を尖らせる。だからそういう表情をすると危険だから止めて欲しい。ほら、シーゼルのこめかみがピク、と動いたのが目の端に映った。
「何故だ」
「何故も何も、その隠せない性格があるからここまで来ちゃったんでしょ?」
「……お前は物言いが直接的だな」
「事実だろ」
「……」
よし、黙り込んだ。ヒースはカイネが復活しない内に、先程カイネから聞いた話をざっと駆け足で説明することにした。
十七年前のアイリーンとティアンの出会いの話。アイネが竜人と駆け落ちしたのではないかとの憶測と、許嫁がそれを理由に竜人を討伐しようと画策していること。だがカイネは戦いは望まず、アイネの許嫁とその周りの奴らのみを押さえつけたいことを。
ついでにカイネがぽろっとすぐに喋ってしまい、嘘も隠し事もすぐにばれてしまうことを話した時は、カイネがまた少し涙ぐんでいた。本当に泣き虫だ。
ヨハンが同情顔になった。
「成程、よく分かった」
顔をキリッとさせて頷いてみせている。カイネの涙に絆されてしまったのだろうか。
「だが、ヒースはこの中では誰よりも戦いの経験が浅い」
「ヨハン、浅いんじゃない。ないから」
ヒースが冷静に訂正すると、ヨハンの頬が引き攣った。そういう反応をされても、経験がないものはないのだ、今日のシーゼルとの特訓が初手合わせである。あれは経験とは言わないだろう。始めの一歩だ。
「だから、さすがに無謀ではないだろうか?」
至極当然の意見だ。むしろ正論といって差し支えない。
だが、カイネは食い下がった。
「ヒースは、人間などろくに知らない僕でもすぐに信用することが出来た。ヒースの何が僕をそうさせたのかは分からない。だけど、ヒースならきっと僕の仲間も信用してくれる。それが大きいと思ったんだ」
すると、壁にもたれかかっているシーゼルがからかうかの様に笑った。
「随分とあっさり信用してるじゃないか。昨日はあんなに警戒してたのに」
「警戒していたのはお前にだ、ヒースにではない」
きっぱりとカイネが言った。信頼してくれるのは嬉しいのだが、シーゼルに喧嘩は売って欲しくない。顔は平然を装ったまま、ヒースはシーゼルの顔色を窺った。あ、やっぱりイラッとしてる。こめかみがピクピクいっている。この状況でどうやって髪の毛の話なんて出来るのか。というか、多分カイネは忘れている。賭けてもいい。
すると、ここでハンが助け舟を出した。
「シーゼルだってヒースには随分と気を許しているじゃないか」
「……だってこんな敵意のない坊や、敵意持っていたら逆に恥ずかしいでしょう」
「ほら、答えが出ているじゃないか」
「……本当ハンは嫌いだよ」
ボソリと呟いたが丸聞こえだ。ハンにだって勿論聞こえていただろうが、ハンは気にした様子はない。この人もある意味強い人だ。
ハンはカイネを真っ直ぐ見ると、微笑みながら言った。
「カイネ、実は俺もヒースが可愛くて仕方ないんだ」
「……何の話だ」
カイネが不可解そうな顔をした。ハンはあはは、と笑うと続けた。
「だからヒースに危険が及ぶのは本当は避けたい。だけど、君が今言った理由はそっくりそのまま俺がここにヒースを連れてきた理由と一緒なんだ」
カイネはじっと真剣な眼差しでハンを見返す。肩に乗って足をぱたぱたしているクリフが雰囲気に全くそぐわないが、誰もそれには触れなかった。
「始めに会った時にヒースが言っていた。母という人間の存在があるなら、僕達と話し合いで解決出来るのではないかと。そういった意見があったから、あの場にヒースが赴いたと。それはお前の意見だったのか?」
ハンはにこやかに頷いた。
「俺だ。俺がヒースを無理やりここに連れてきた。ヒースの師匠の意見も聞かずに、勝手に決めた」
そしてヒースに向かって苦笑いしてみせた。
「結局ここに来てもヒースに頼りっぱなしで、俺は何一つやっちゃいない。クリフと遊んでただけだ。その間にヒースは君と出会い、君とこうして打ち解けた。期待通りだけど、それだけ危険な目に合わせてもいる。ヒースの師匠に知られたら、今度ばかりはさすがにぶん殴られるかもしれないな」
「ハン、ジオは傷つける目的で人を殴らないよ。ポカッと頭は叩くけど」
そこそこ痛いけど、人を傷つけるつもりではない。あれはあれでジオなりの愛情表現だ。その表現方法が下手くそ過ぎるだけで。まあ時折こっちがやり過ぎると半ば本気で追いかけてくるが。
ハンがくしゃっと笑った。
「はは、俺の方が付き合い長い筈なのに、ヒースの方があいつのことをよく分かってるな」
「どうだろうね。ジオは何も言わないから」
「ヒースは知らないから」
ハンの静かな声が響いた。その思ったよりもしんとした声色に、ヒースはハンに何かあったのかと思ってしまった。微笑むハンの表情も、静かだった。
「お前が来る前までのジオがどんなだったかを」
何故、ハンはそんな泣きそうな顔で笑っているんだろうか。あの皮肉屋のシーゼルすらも、黙ってハンを見ている。
少し居心地が悪くなった。
「だからね、カイネ」
ハンは改めてカイネに向き直ると、先程と同じ様な微笑みを浮かべたまま続けた。
「ヒースに何かあったら困るんだ。皆嫌なんだ。だから、ヒースだけでは行かせられない」
「……誰かもう一人を護衛に付けるということか?」
「そうだ。それに人間を集落に招く理由付けも必要だろう? どうするつもりだったんだ?」
カイネがヒースをちらりと見ながら答える。
「ヒースは鍛冶屋だと聞いた。であれば、あいつは蒼鉱石の剣の仕上がりを今か今かと待っている。だが圧倒的に手が足りていない状態で、早く鍛え上げるのは無理だと鍛冶屋は言っていた。だから、その手伝いを出来る者を連れてきたと言えばどうだろうかと思った」
「あ、カイネそれ頭いい」
思わず言ってしまった。しまった、これではヒースが行く気満々みたいじゃないか。でもまあ、カイネもここまで来たのだ。苦手なシーゼルがいても、ちゃんと。
まあ、なんとかなるだろう。ヒースは腹を括った。大丈夫、ヒースには万が一があってもニアの属性も付いているし。
「行くよ。でも俺一人で行く」
カイネに向かって笑ってみせた。途端、ハンが反論した。
「ヒース! 一人は駄目だ!」
「カイネ、別に一番弱い訳じゃないでしょ?」
「剣の腕だけは磨いたからな。獣化されるともうどうしようもないが」
「それに酔木もあるし」
「それは大きいな」
「じゃあ決まりだ」
ヨハンはその間、ずっと黙っていた。ヨハンが黙っている時は、シーゼルも比較的大人しい。
やがて、ヨハンが口を開いた。
「俺が共に行こう」
「いやいいよ」
ヒースは即座に断った。ヨハンが来ると、絶対シーゼルが怒る。
すると、一番恐れていたことが起こった。
「僕が行きますよ」
銀髪の細めの美男子でこの任務に一番向いてない人が、仕方ないなあといった風に名乗りを上げた。
次話は月曜日に投稿します!




