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洞穴へ

 ヒースはようやく納得がいった。何故シーゼルが頑なにヨハンとカイネを会わせたくないと言っていたのか、その理由に。


 よく考えてみれば、ヨハンは元武人であり、隊長を務めている位だから純粋に強い筈だ。昨晩、シーゼルと谷底に向かう時に隊員達を相手に立ち回っていた時も、三人を一度に相手しても余裕そうだった。蒼鉱石の剣を持っているシーゼルとどちらが強いのかは分からないが、瞬発力や速度などはシーゼルの方が上かもしれないが、体術を含み総合的に見たら、もしかしたらヨハンの方が強いのかもしれない。


 でなければ、キスをする為に剣で脅すなどしなくても、もっとぐいぐいっといっていたのではないか。だが、勝てる自信がないからこそあの手を使ったに違いない。ヒースは、ようやくそのことに思い至った。


 あれだけ強いシーゼルよりも強いヨハンならば、もしかしてカイネは刃が立たないかもしれない。だとすると、確かにそこには別の明確な、どうしても会わせたくない理由があって然るべきだったのだ。それを、さすがに獣人の前だからか「隊長を殺されたくない」という理由にしていた様だが、カイネの顔を見て本音があっさりと出てきてしまったということだ。全く、この人は。


「別に僕は、自分の顔で何かしようなどとは思っていない」


 カイネが不快そうに言った。それにどうも獣人は顔の美醜よりも純粋な強さがもてる要素の様ではある。ヒースは少し気になって、悪いかな、と思ったが尋ねてみた。


「カイネ、男性は強さがもてるんだとしたら、女性はどうだともてるの?」


 一瞬、カイネが物凄く嫌そうな顔をした。やはりあまりいい質問ではなかったらしい。


 カイネが吐き捨てる様に言った。


「美しさだ。後は大人の女性の方が成熟した者と見做されもてる」

「へえ」

「……何が言いたいのだ」


 カイネの機嫌は最悪になっていた。どうしようか。だがこのままでは話が先に進まない。ああもうどうしてこうシーゼルといいカイネといい、もうちょっとうまくやろうという気にならないんだろう。ヒースは頭を抱えたくなったが、勿論そんな素振りはおくびにも出さない。


「ええと、カイネは女性にはもてないけど、男性にはもてちゃうってことだよね?」

「ぐっ」


 カイネが胸を押さえた。やはり図星だったらしい。それにどうも、迫られている様なことを言っていたのはあれはまさか。


「アイネの許嫁が、言い寄ってきてる?」

「だからっお前はどうしてそう見てきたかの様に言うんだっ!」

「やっぱり」


 今までの話を総合すると、どうもアイネの許嫁はカイネの周りをちょろちょろとしているのだ。だが、カイネは族長の息子ではあるが、跡取り候補としての立場は混血という立場からしても若干その許嫁に負けている様である。しかも許嫁はカイネよりも強いと言っていた。


 そこで出てくるのがアイネだ。彼女の年齢は十三歳。先程の話からすると、子供っぽい女性はあまりもてない。成熟度が上がるにつれて段々と恋愛の対象となっていく様だ。とすると、アイネの許嫁はアイネに魅力を感じていなかったのではないか。そして横にいるのはこの顔のカイネ。獣人とて人間と同じく女の数が少ないから、程度の差はあれど男性同士のあれこれなんていうのもまあそれなりにあるに違いない。


 すると、シーゼルがお尻をちょいちょいと指差して尋ねた。


「まだ無事?」

「当たり前だっ!」

「なんだつまんない」

「つまらないとはなんだ! もうお前らは僕をそうやって虐めて、楽しいのか!」


 カイネが半泣きで喚いた。また泣いている。


「この天然っぷり……やはり隊長に会わせるのは危険かも」

「ヨハンってこういうのが好みなの?」

「こういうのとは何だ!」

「ちょっと黙っててよ。煩いな」

「うっ煩いだと……」


 シーゼルのはっきりとした言い方に、カイネはみるみる凹んでいった。ああ、もう。


 ヒースは溜息をつきたくなったが、その欲求も必死で押さえた。とにかく話を進めなければならない。


「まあ基本的に女が好きだからね、あの人。頭固いし」

「僕は女じゃない」

「一見女にしか見えないんだよ」

「それは僕の所為じゃない」


 シーゼルが首を傾げる。


「もう少し男らしい雰囲気があれば大丈夫だと思うんだけど……そうだ」


 そう言って、スルリと腰の剣を抜いた。


「ちょっと顔に傷を付けたらどうかな?」

「ひっ」


 カイネがすすすっとヒースの背中に隠れた。出来るだけ小さくなって、肩越しにシーゼルをちらちらと見ている。獣人は強いんじゃなかったのか。とうとう、ヒースの口から溜息が漏れた。


挿絵(By みてみん)


「シーゼル、カイネがいないと髪の毛の話が出来ないでしょ?」

「あ、そうだった」


 シーゼルはそう言うと、剣を鞘に納めた。ヒースは今度は背後のカイネに声を掛ける。


「カイネもそうビクビクしないで。大丈夫だから」

「いや、その男は今真剣だったぞ!」

「さすが獣人の端くれ、感性はヒースよりも尖そうだね」

「端くれとはなんだ!」

「だって半端者なんでしょ?」

「くううっ悔しい!」


 ヒースはその間、口を挟まなかった。いや、正確には挟めなかったといった方が正しい。


「……あのさ、話をそろそろ進めたいんだけど」

「あーうん、じゃあ隊長達を呼んでくるから、先にあの洞穴で待ってて。なるべく可愛くない顔しててよ」


 シーゼルは無茶なことをカイネに言い捨てると、煮炊きをして騒いでいる隊員達の元に向かって行った。


「洞穴? ヒース、そこに逃げ場はあるか?」

「カイネ、大丈夫だから」


 シーゼル以外は。


「とりあえず、こっち。俺の後ろに隠れるようにして着いてきて」

「……分かった」


 後はもう信用してもらうしか他はない。ヒースはなるべく壁際に沿って、カイネがヒースと壁の間に挟まる様にして移動を始めた。


 横にぴったりとくっついて歩いているカイネを盗み見る。確かに綺麗な顔をしている。喋らなければ、胸の小さい女と言っても十分通るかもしれなかった。


 ヒースは目下、ニアという胸は小さいが立派な女性のことが大好きなので、カイネを綺麗だとは思ってもそれ以上どうこうなりたいとは思わない。


 だが、長年ご無沙汰で特に気になる相手もいない人間ならば、確かにちょっとちょっかいを出してしまおうかという悪戯心が湧いてきてしまう気持ちも、正直分からないでもない。


 ヒースとて、もしこれまでにアシュリーやニアという本物の女性を目にすることないままこの場にいたら、本当にこの人は男なんだろうかと確かめようかと思っていた可能性も否めない。


「……なんだ」


 視線が気になるのか、カイネが顔を顰めて小声で聞いてきた。


「いや、やっぱり女に見えるよなあって」

「……髭でも生えてくるならいいんだが、なかなか生えない」

「カイネに髭ねえ……」


 多分、似合わない。でもそんなことを言うとまた泣きそうだったので、慰めるように言った。


「その内男っぽくなるよ、きっと」

「切にそう願う」


 返すカイネの声色は真剣そのものだった。相当苦労しているのだろう、可哀想に。自分の所為ではない顔の所為で今回の交渉も難航したのだから、憐れは憐れである。


 どうにか洞穴の前まで辿り着いた。ヒースが中を覗くと、そこには小さな焚き火が燃えていたが、誰もいない。


「入って」


 辺りを窺いながら、カイネを促した。カイネも警戒しつつ、中へと一歩踏み入れた。


「安心出来るまで、俺の背中に隠れてればいいよ」


 ヒースはそう言うと、安心させる為に微笑んでみせた。

次回は明日投稿します。

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