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 カイネが小声のまま続ける。


「とにかく、あいつらは強い。人間のお前らが束になったところで、瞬殺されるのがオチだ」


 獣人の中でも強い方なら、相当強いに違いない。ヒースは素直に頷いておいた。


「そうしたら、どうしたらいい?」

「そこなんだ。何かに奴らの注意を向けさせて、その隙に一網打尽に出来るといいんだが」

「勿論殺さない程度に、だよね?」


 同じ部族の仲間だ。どんなに腹が立つ奴であっても、さすがに殺したりはしたくはないだろう。そう思っての発言だったのだが。


 カイネの表情は厳しかった。


「出来れば仲間内で殺し合いはしたくない。だが、殺すつもりで立ち向かわないとあいつらには勝てない」

「カイネ……」


 だからといって、殺してもいいという訳ではないだろう。曲りなりにも同族なのに。


 そんなヒースの思いを読んだのか、カイネが厳しい表情のまま続けた。


「殺すことで文句は言えない。だが、出来れば殺さずにいて欲しい。これは僕の我儘だ。それにそんな悠長なことを言っている程の力の差はお前らと奴らとの間にはない。むしろ危ないのはお前らの方だ」

「そうか……あの中の誰かがやられて死んじゃうことだってあるんだよね……」

「当然だ。それが戦いならば」


 これまで、殺し合いの現場に居合わせたのは十年前のあの日一回のみだった。死にゆく人は何人も見た。見送ったりもした。知らない間に死んでいる時だってあった。でもそれはあの日とは決定的に違っていた。


「それに、奴らをただ放っておいた場合、確実にその後、竜人族との戦いで我々の中に死人が出る。僕はそれだけは避けたいんだ」


 カイネの口調ははっきりとしたものだった。そう、カイネは単純で泣き虫で分かりやすくてお人好しっぽいが、それでもヒースより遥かに強く、そしてすでに覚悟が出来ている。出来ているから、今こうしてヒースと会っているのだから。


 覚悟が足りていないのはヒースの方だ。そこまで考え、ふとあれの存在を思い出した。


「カイネ。俺達は酔木を持ってきたんだ。それをうまく使うことは出来ないかな」

「酔木? 何だそれは」


 カイネが不思議そうに首を傾げた。


「知らない? 獣人達が燃やして酔っ払う物なんだけど。よく奴隷の時の作業現場で獣人達が酔っ払ってたよ」


 カイネがああ、という表情になった。


「それだ。先程お前を迎えに行った時、凄くいい匂いがしたんだ。甘い様な思わず笑ってしまう様な……」


 それは酔木だろう。燃やさなくても鼻のいい獣人だったらそれをいい匂いだと思う可能性はあった訳だ。


「それだと思う」

「ああ、あれがそうなのか。確かにあれなら……」

「この辺りにはないの?」

「少なくとも僕はお目にかかったことはないな。なんせうちの集落は自給自足生活が基本だから」


 そうか。南に下ればすでに手中に収めたとはいえ人間の国、北に上れば魔族の国の入り口にあたる砂漠が広がっているとなると、交易などはなかなか難しいのかもしれない。


「昔は人間とも物資を交換したりしていた時代もあった様だが、あそこの街を襲った以降はもうそれも途絶えた」

「そうか……」

「まあそれはともかく、あれは奴らが欲しがりそうだ。あれを奴らに渡して酔わせてから寝込みを襲えば、僕と人間でも取り押さえることが出来るかもしれない」


 やはり酔木は持ってきて大正解だった訳だ。出来ることなら戦いたくない、そう考えたヒースから出た提案だったから、ヒースは少し嬉しくなった。これで、一人でも死なない人がいるのならば。


「じゃあその手でいこう! といっても、だからって俺が勝手に決められることでもないんだけど……」

「それにあれだ、満月の日に妖精界との接点に行くんだろう? そこの場所も教えておかねばな」


 ヒースは、声をやや潜めてカイネに言った。


「実はさ、あの人達ちょーっと好戦的でさ。だから戦う気がない人には是非とも隠れていてもらいたいんだけど、その交渉ってカイネ一人で出来る?」


 正直不安だった。カイネがあいつらと呼んでいる例の許嫁とその周りの奴らに、この素直な獣人は簡単に悟られてしまいそうである。


「ぼ、僕にだって……」

「隠せなさそうなんだよな……」

「……何故か分からないが、皆僕の考えていることを先読みするんだ」

「それ違うから。顔に出てるし態度に出てるし何だったら喋ってるから」

「いや! そんなことは決して!」

「ないって言い切れる?」


 カイネはキッと美形な顔で出来得る限り睨んでみせたが、迫力のないことこの上ない。すると案の定、ふにゃふにゃと肩の力が抜けると、情けない顔をして白状した。


「言い切れない、な」

「だよね」


 つまり今回の作戦の最大の難関はそこということだ。ヒースとカイネは頭を突き合わせて考える。


「つまり、カイネが何かを言う前に誰かがそれを遮ればいいんだ」


 そうヒースが言うと、


「何だかそれでは僕がまるで駄目な奴みたいな言い草じゃないか」


 とカイネが反論する。ヒースはカイネに諭す様に話しかけた。


「カイネ、ここは君の大切な人達の為に、一旦『カイネは喋ったらばれる』っていう設定で話を進めたいんだけどいいかな?」

「設定……」

「そう、設定だ」


 ヒースが頷く。これは何とかカイネにうんと言わせなければならない案件だ。


「そういうことにしておけば、話が統一出来て意思の疎通もしやすいと思うんだよな」

「そ、そうか、知らない者同士で共闘するからな、そういう設定か、成程」


 乗ってきた。やはりカイネは単純だ。ヒースは顔に一切そんな考えはおくびにも出さずに話を続けた。カイネとは違い、表情に出さないのはヒースの十八番(おはこ)である。


「じゃあ共通認識ということで、そういう設定でいこうか」

「わ、分かった」

「じゃあ次に、誰がカイネの傍にいるかだけど、誰か適任っている?」

「適任……つまり僕の仲間でそれを話しても大丈夫だと信頼が出来る人物ということか?」

「そう。幼馴染とか、たとえば部下とか、そういった信頼出来る人っていないの?」


 ヒースがそう尋ねると、途端にカイネがしょんぼりと項垂れてしまった。要するにいないらしい。本当に分かりやすいったらありゃしないが、若干憐れでもあった。なので、ヒースは慰めるつもりで言った。


「大丈夫、俺にも幼馴染はいないし、部下だっていないし、親友だっていないし」

「でも好きな人はいるんだろ」


 ぐず、と鼻を啜る音がした。また泣いているらしい。余程悔しかったらしい。


「まあ、それはいるけど」

「いいよな、相手がいる奴は」


 今度は愚痴が始まった。確か結構重要な話し合いをする為に集まった筈だが、どうしてこうなったのだろうか。


「カイネだっていいなって思う人はいるんだろ?」


 すると、カイネはふるふると小刻みに首を横に振った。あれまあ。


「女の人っていないの?」

「いや……まあそれなりにはいる。いるが、皆一様に混血はちょっと、とか言って相手にしてくれない」

「そ、そうなんだ……。でも、妹は婚約者がいるのに?」


 カイネが膝を抱えて小さくなっていく。段々憐れになってきた。聞かない方が良かっただろうか。


挿絵(By みてみん)


「混血でも女は別だ。人間の血が入っているから、子供が出来やすいのでむしろ重宝される」

「男だってその、一緒じゃないの?」


 血の濃さで言えば一緒な様な気がするが。


 カイネが実に悲しそうな目でこちらを見た。


「女共は皆、自分よりも弱い男など相手にはしない」

「あー、女の人より弱いんだ……」


 言ってしまった後、はっとしたが後の祭りだった。


 カイネの綺麗な形の瞳から、ぽろりと涙が溢れた。

次回投稿は月曜日2021/6/21の予定です。

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