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警戒

 こんな見つかりにくい場所で待っていても大丈夫なのだろうか。少し不安に思いながらも、あまり移動しても逆に見つけにくいだろうと思いヒースはその場に留まることにした。


 後ろに両手を付き、空を見上げる。


 先程シーゼルが狙えと言ったのと同じ鳥だろうか、遥か上空を茶色っぽい鳥が風に乗って同じ場所に留まっている。あんな距離の離れた場所を飛んでいる鳥を狙って打ち落とせたら、それはもう達人と言っても過言ではないのではないか。少なくともヒースは無理だ。絶対無理なのがやる前から分かっていた。そもそもヒースは武人でもなければ反乱組織の人間でもない。これまで戦う(すべ)などなかったし、この先それが必要かどうかも現時点では未定だ。


 時折、思う。自分は今どこに向かっているのかと。


 ずっと奴隷をしていて、ジェフの命を犠牲にしてジオに保護された。それから鍛冶屋に弟子入りし、妖精族と関わり合いになって、魔族に捕らえられた鍛冶屋を助けに行くハン達に便乗してシオンを迎えに行って。


 その途中でニアに恋をした。


 そこからヒースの目的は、ジオの幸せから徐々にニアの気持ちをこちらに向けることに変わりつつある。ハンにもう少し甘えていいんだと言われたから、次にニアにあったらもっともっと甘えたら、頼りないと嫌われてしまうだろうか? ニアはむきむきの魔力たっぷりの男が好きなんだろうか。そこもきちんと聞いておけばよかった。


 どうしたらこの先、ニアがヒースと一緒にいたいと思ってくれるのだろうか。


 急に寂しさが押し寄せてきた。会いたかった。会っておまじないをしてもらいたかった。いいこいいこと頭を撫でられ、頑張ったねと褒められたかった。そこまで思って、気付く。これじゃどちらが子供っぽいか分からない。ヒースはニアが予想だにしないことをやるのを子供っぽい、アシュリーと離れてしまって怒って泣くのも子供っぽいと思っていたが、少なくともニアは誰かに寄りかかって任せようとはしていない。


 だがヒースはどうだ? ニアがいないとソワソワと落ち着かない。寂しくて逢いたくて堪らなくなる。


 瞬間、依存、という言葉が脳裏に浮かんだ。


 途端、ゾッとして自身の身体を腕で抱き締める様に縮こまった。その言葉には、聞き覚えがあったのだ。どこで聞いたのか、はっきりとは覚えていない。だが、それは愛とは違うものなのだ、と誰かが言っていた。その言葉だけが脳に刻み込まれている。それは一体誰の言葉だったのだろうか。


 愛と依存とはどう違うのか。どこかに明確な境界線があるのだろうか?


 シーゼルを見ていると、あれは深い愛なのだと思う。盲目的と言っていい程のその愛の深さは、だが二番目でいいならヒースにどうかと聞いてくることが出来る辺り、シーゼルなりの深い思いの逃げ道をうまく用意している様に見える。そうやって、心が潰れてしまう前にどこかで息抜きをしているのではないか。ヨハンがいなくなったらシーゼルは暴れるだろうが、沢山暴れた後は、もしかしたら立ち直れるのかもしれない。あのシーゼルの前向きさを見ていたら、そう思える様になってきた。


 だがヒースはどうだろう。このまま何も考えずニアといたら、ヒースはきっとどんどんニアが好きになる。そしてどんどん独占したくなって、そしてその先には何が待ち受けているのだろう。分からない。分からないだけに、このまま進んでいいのかが急に分からなくなった。


 何で急にこんなことを考えてしまっているのだろうか。少し考えて、実は一人になるのが久々だったことに気が付いた。ヒースの隣には、必ず誰かがいた。ニアと出会ってからは、ずっと誰かが隣にいた。だから寂しくなかったから、余計なことを考えずに済んでいたのだ。


 本当に、このままニアを好きになっていい? ヒースがニアを好きになったら、誰かの様に壊れていくのではないか。ニアが壊れたら、そうしたら。


「――おい、大丈夫か」


 背後から突然声が降ってきた。ヒースはハッとすると、声がした方を振り返った。


 そこには、黒髪の獣人、カイネが訝しげな表情をして立っていた。


「顔色が悪いぞ、真っ白だ。具合でも悪いのなら、今日は止めておくか?」

「え……あ、ううん、大丈夫だよ」


 いつの間にか声も枯れる程喉が乾いていた。手で触れる二の腕には鳥肌が立っていたが、カイネを見ている内に治まってきた。人でなくとも、誰かと一緒にいると大丈夫なのかもしれない。ふとそんな風に思った。


「さすがにここはお前達の仲間のいる場所から近過ぎる。もう少し離れた所に移動したいが、構わないか?」

「あ、うん。帰って来られるのであれば」


 するとカイネが一瞬きょとんとした後、あはは、と笑った。その顔は思ったよりも幼く見えて、そういえばカイネは幾つなんだろう、とヒースは疑問に思った。もしかして、殆ど同じ位かもしれない。


挿絵(By みてみん)


 ジオ達の街が襲われたのが十七年前ということは、それから出来た子供だろうから。だが子供はどれ位お腹の中にいるものなのだか、ヒースは知らない。何となく一年位なのかな? という認識はあるが、兄弟もいなかったしよく分からなかった。


「お前はあれか? 男が好きな種類の人間か?」

「はい?」


 カイネがいきなり変な質問をしてきたので、ヒースは普通に聞き返した。


「ごめん、何聞かれたの今」

「だから、お前は男が好きな種類の人間かと聞いている」


 ヒースはカイネとの距離に気が付いた。手を伸ばしても届かない程度には離れている。


「俺、警戒されてたの?」


 警戒することはあっても、警戒されたことはさすがになかった。


「どっちだ」

「俺が好きなのは妖精族の女の子だよ」

「男には」

「一切興味がない」


 するとようやくカイネが肩に入っていた力を抜いた。昨夜は暗かったから、ここまではっきりとは分からなかった。


「あー、女顔だね」


 綺麗な子だとは思ったが、体格を除くと女に見えなくもない。


 ヒースの発言が気に食わなかったらしいカイネは、むっとした様だ。


「悪かったな」

「別に悪くはないと思うけど」

「この顔の所為で苦労してるんだ」

「やっぱり女の人は少ないの?」


 カイネが黙ったまま、躊躇いがちに頷いた。やはりどこも一緒なのだ。本当になんでこんなに偏っているんだろうか。


「移動するぞ、捕まれ」

「どこに?」


 カイネはヒースよりやや身長が低く、ヒースよりも少し細い。


「では勝手にやる。口を閉じていろ」


 言った瞬間、カイネが少し屈むとヒースの腰を抱え、カイネの肩にヒースの腹を乗せた。


「ぐえっ」

「……吐くなよ」

「保証は出来ない……」


 カイネの眉が歪んだ。そんな顔しなくてもいいだろうに。


「まあ、落ちない程度に捕まっておけ」


 さすがは獣人である。恐らく自分よりも体重のあるヒースを軽々と抱えると、カイネはいきなり皆がいる方とは逆方向に走り出した。恐ろしく早い。そのお陰かあまり揺れないので助かった、と思った次の瞬間。


 腰に回された腕に力が入ったかと思うと、カイネが跳躍した。高い! そして落ちる! 


 カイネの背中を手で掴むが、服しか掴めず飛んで行ってしまいそうになり、思わず声が出そうになった。だが叫び声なんて上げた日にはどうなってしまうか分からない。なんせ身体を動かせてなくて不貞腐れている連中だ。ここぞとばかりに集落に殴り込みに行く可能性があった。多分、かなりの高確率で。


 着地すると、今度は前に落ちそうになる。呆れ顔のカイネが、ヒースを抱き抱え直した。

次話は月曜日(2021/6/14)に投稿します!

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