待ち合わせへ
蛇の皮は割とあっさりと取れた。内臓もするんと取れたが、シーゼルのこの手慣れた感じを見ると初めての解体ではないのかもしれない。
ヒースがジャバジャバと短剣から水を出して身を洗っていると、シーゼルがヒースの手の上に自身の物を重ねる。すると、何もなかった手の内側の空間から水が流れ出した。
ヒースは純粋に驚いた。
「剣からじゃなくても出せるのか?」
「出せるよ。だってさっきコップに入れてあげたでしょ?」
「ああ!」
そうか、そういうことも出来るのだ。
シーゼルは氷の山の中に洗い終わった蛇の肉片を投げている。この氷も全てシーゼルが出した物だ。ナスコ達の班にいた時は、誰一人として氷を出している者はいなかったと思うので、そう考えるとやはりシーゼルの魔力は強いのかもしれない。
ヒースはこれまで作業現場の魔族達が氷を出しているのは見た方があったが、この大きさのものは初めて見る。シーゼルが細い身体でもここまで無事に生き延びてこられたのにも、この魔力がひと役買っているのかもしれなかった。
ようやく全ての蛇を洗い終える頃には、日が大分傾いてきていた。夕方まではあと少し。
すると、段々とシーゼルがソワソワしてきた。時折、チラ、チラッとヨハンの位置を確認している。ヒースは思い出した。そういえば、ヒースが待ち合わせをしていなくなった後、報告がてらヨハンにねだりに行くと言っていた。きっとそれが待ち遠しいのだろう。
ヒースの顔に思わず笑みが浮かぶと、シーゼルが訝しげにヒースを見た。
「なになに、どうしたの急に人の顔見て笑って」
「うん、シーゼルがソワソワしてるのが可愛いなって思った」
「……ヒース、まさか僕に恋心を?」
「違うから」
「つれないねえ」
隊員達は、また煮炊きの支度を徐々に始めている。シーゼルが片玉のネビルを呼びつけると、そばかす顔をにこにこさせて走り寄ってきた。
「はい! 何でしょう!」
「これ配って」
シーゼルはネビルに顎で指示をすると、ネビルは「はい!」といい返事をして蛇の肉を手に持ち走っていった。やはりカイラを襲ったとは思えない程のはつらつさだ。いずれ合流した時に会うことになるが、その瞬間を見たい様な見たくない様な、何とも言えない気分であった。
ヒースが余程微妙な表情を浮かべていたのか、シーゼルが尋ねてきた。
「どうしたの?」
「いや……カイラの件、本当に本当なのかなと思って」
「ああ、それね」
シーゼルが朗らかに笑う。朗らかに笑う様な内容の話ではないのだが、そこはシーゼルなのでぶれはない。
「本当だよ。だって片玉潰されて泡吹きながらのたうち回ってるのを味方の陣営まで引っ張って戻ったのは、僕だもの」
泡を吹く。やはり泡は吹くのか。ヒースは自分のそれがきゅっと縮まるのを感じた。出来れば一生体験したくはない出来事だ。
シーゼルは手を丁寧に洗いながら、ふふ、と笑う。始めの印象と違い、随分と優しげな笑顔を惜しげもなく見せる。ヒースがシーゼルに親しみを感じた様に、シーゼルもヒースに対して親しみを持ってくれているのだとしたら、嬉しかった。
何というか、頼りになる兄貴分、といった感じなのである。あれこれ教えてくれるが、時折面倒臭がったりする辺りも、ジオやハンの様に年の離れた大人とは違い、子供っぽさが残るというか、非常に話しやすい。
時折ひやりとすることはあるが。
「あいつはね、どうも年上の女性好きらしくて。母親の姿でも追い求めてるのかねえ?」
「母親の姿か……」
ヒースにとって母親は甘える対象ではなかった。それは何となく覚えているが、たとえそうだったからといって自分の倍以上年の離れた年上の女性に興味が湧くかと言ったら、正直全く湧かない。これは好みの問題なのだろうと思う。
ヒースは始めの内こそジェフが描いてくれていた様な豊満な胸の女性を夢描いていたし、アシュリーを見た時は是非触ってみたいと思ったものだ。だがそれは今思えば興味本位なだけで、今もし目の前にアシュリーとニアの禁断の果実を並べられてさあどちらかを選べと言われたら、ヒースは間違いなくニアの方を選ぶだろう。
ヒースはつらつらとそんなことを考えていると、シーゼルが尋ねてきた。ネビルは何度も行ったり来たりを繰り返しては蛇を運んでいるが、シーゼルはそれを気にする様子すらなかった。
「ヒースは、母親は?」
聞かれると思った。でも、一度ハンに言ってしまってからは、何故あそこまで頑なに言ってはいけないのかと思い込んでいたのか、自分で少し疑問に思う様になってきた。
それに、この目の前のシーゼルはきっと聞いてそれでおしまいだ。だからきっと、言っても大丈夫だ。
「多分どこかで生きてると思う」
「ああ、魔族に拐われちゃった口?」
「多分」
「何かあんまり興味なさそうな言い方だね。仲、悪かった?」
仲は悪かったのだろうか? 殴られたことはない。食事を与えられなかったこともない。だから多分、そう。
「よくはなかったと思うけど、覚えてない」
「ふーん」
よく分からないだろうが、シーゼルはそれ以上は聞いては来ず、一言。
「ま、あるよねそういうことも」
という台詞で片付けた。シーゼル自身が親に売られたので、親に恨みはあれど愛慕などは残っていないのかもしれなかった。
「運が悪かった、そう思っておけばいいし」
「シーゼルは……それで納得出来てるのか?」
「納得? うーん、どうだろう」
でも、とシーゼルは続けた。
「そもそも売られなかったら、僕はとっくに死んでたかもしれないし。あそこにいなければ隊長とも出会わなかっただろうし。そうしたら隊長とキスなんて出来なかっただろうし。あ、ヒースそろそろ一人になった方がいいんじゃないの?」
シーゼルが目を輝かせながら言った。自分でキスと言ったことで、この後のことを待っていられなくなったらしい。単純といえば単純だが、これも一途で可愛い。
ヒースは空を見上げる。少し空が赤らんできている。確かにそろそろかもしれない。
「うん、そうしたら、ちょっと見えにくい所に行っておく」
「あっちの奥から、少し上に登れるよ」
シーゼルが先程蛇がいた方を指差したので、ヒースは小さく頷くとそちらに進み始めた。煮炊きを始めている隊員達の方をちらっと振り返ると、ハンとヨハンがこちらを見ており、小さく頷いてみせた。
蛇がいた場所の先に行くと、そこは少し奥まっており、登ろうと思えば登れなくもない程度には急な壁があった。シーゼルならひょいひょい登れるのだろうが、ヒースには正直厳しそうだが、仕方ない。
「せーのっ」
ヒースは声を掛けて自分を鼓舞すると、崖を登り始めた。そして気付いた。武器を携帯してくるのを忘れていた。取りに戻った方がいいだろうか?
ヒースは少しその場で考えた。カイネは話し合いだと言っている。ヒースは昨日は武器を持ってはいたが、構えてはいない。ブンブン振り回していたのはシーゼルだけだ。
「うん、要らない要らない!」
ただの話し合いだ、後でもしかしたらシーゼルにぶつぶつ言われるかもしれないが、言われたらヨハンとのキスがどうだったか聞けばいい。そうしたら、きっとヒースのことなど忘れて話をしてくれるに違いないから。
暫く苦労しながら登っていくと、ヒースが寝転べる程度の平らな場所に着いた。下を見るが、隊員達の姿は見えない。上を見ると、まだ崖が続いている。
とりあえずここで待とう。
ヒースはそこに座り込むと、大きく伸びをしたのだった。
明日、挿絵が描けたら投稿します。




