長生きしてほしい
ヒースとシーゼルの剣の特訓という見世物が終了した途端、遠巻きに見ていた隊員達は皆日陰に引っ込み寝転んでしまった。
そんな中、ヒースとシーゼルは蛇の皮剥ぎをしていた。
「そこそこ大きいから、今夜はこの人数でもお腹一杯まで食べられそうだね」
「毒とかないのかな?」
「牙の所は気を付けてね。あ、頭切っちゃおうか」
シーゼルはそう言うと、ヒースに同意を求める前に蒼鉱石の剣に氷を纏わせて蛇の首をスパッと切ってしまった。断面が綺麗に凍りついているお陰で、ヒースがちょっと苦手な血が出ていない。
「氷が出るの、便利そうだね」
「まあそうだね。でもヒースも凄かったよ。剣から火が飛び出してくるのなんて初めて見たし」
にっこりとシーゼルが笑いながら、手に持った蛇の頭を谷底に投げ捨てた。蛇とシーゼル。ちょっと雰囲気が似ているかもしれないと思ったのは内緒だ。絡みついてぎゅっと絞めて離さなさそうなところが似ていると思った部分だ。言ってもシーゼルは平気な顔をしそうではあったが、万が一ぶすっと刺されても困る。先程の剣の特訓で分かったのは、シーゼルは割とすぐ何でもやり過ぎる傾向にある人だということだった。
「火を纏うって聞いたことがあるんだけど」
「あー、実物を見たことがなかったのか。納得。子供の創造力って凄いねえ」
馬鹿にされた様な気がしないでもないが、多分本人に他意はない。ヒースはこれについては流すことにした。子供じゃない、とむきになればなる程子供扱いされそうな気がした。
「普通は、僕の氷の技と同じ様な感じで、ただ剣の周りに火が付く感じだよ」
「ふうん」
「火がなかなか止まらなかったことを考えても、ヒースにはそこそこ魔力がありそうだね」
「そうなの?」
「うん。強い方なんじゃない?」
ジオはドン! と叩くと土鍋を作り上げていた。あれの方が凄い様な気がしたが。
「自分の属性じゃない属性の魔法をあそこまで出せるのは、実は凄いことなんだよ。ヒース、自慢にしちゃっていいよ」
「自慢……」
色んな魔法が使える様になったら、ジオ程はまだムキムキでないヒースでも、ニアは格好いいと思ってくれるだろうか。妖精族は魔力が多いとムキムキになると言っていたので、それはつまり魔力が多いことももてる要素の一つということ。
その新たな可能性に、ヒースは目を輝かせつつ顔を上げた。
「どうも魔力が多くてムキムキだと、妖精族からは格好よく見られるらしいんだ」
「ふーん?」
シーゼルがどうでもよさそうに相槌を打ったが、ヒースは話を続けた。
「色んな属性を一人で使えたら、ニアは俺を凄いと思って好きになるかもしれない」
「ヒースって鋭い時ととてつもなく馬鹿な時とあるよね」
「……今のはどっち?」
「どう考えても馬鹿な時の方だよね」
「どこが」
「そういうところが」
さっぱり分からない。いやでもそもそもシーゼルがさっき言ってたことにこそおかしな点があることに、今更ながら気が付いた。
「シーゼル、火って俺の属性じゃないって始めから分かってたよね?」
「そうだね、剣が反応してなかったし」
シーゼルがにっこりして頷いた。ヒースは確認を続けた。
「俺の属性じゃないって分かってて、火を出させようとして氷の像を作ったよね?」
「そうだね、これ何を確認してるの?」
シーゼルがくすりと首を傾げる様は嫣然としており、それまでシーゼルに興味がなかった者でも気になってしまう程に思えた。だからこそ彼は、人に対し苛烈なまでの対応を取る様になったのかもしれない。
「さっきの特訓、もう絶対火を出せだったよね?」
「そうだね」
「属性じゃない魔法は出にくいんでしょ?」
「中には全く出ない人もいるよ」
「俺が火を出せなかったらどうしてたの?」
「氷の像を切ってたかな」
守れと言っておいて切り刻む気満々だったということだ。
「そうしたら全く向いてないのが分かるでしょ?」
「うん……そうだね」
今度はヒースがそう答える番だった。何となく更にシーゼルがどういった人間なのかが分かった気がした。ハンと話した内容から察するに、冷静に状況から物事を判断するのは得意なのだろうが、人の心情に関する部分についてはかなり無頓着なのだ。だから大切なものを守れと言っておいて、それを自分が壊したからといって相手がどう思うかまでは考えない。
いや、もしかしたら本当に分からないのかもしれなかった。勿論そこまで他人に興味がないだけの可能性もあったが。なんせシーゼルの興味はヨハンにしかない。
不意に思った。ヒースが母に対する何らかの恐怖を抱えている様に、シーゼルにも恐怖の対象が何かあるのかもしれない、と。
「なあに? そんなにじっと見つめて」
ふふ、とシーゼルが微笑む。まるで子供の様な心を持ち、同時に冷静な大人の思考を持つこの人が、途端不安定な場所に立つ人の様に思えてしまい、ヒースは思わずシーゼルの腕を掴んでしまった。
蛇の皮を剥いでいたシーゼルが、不思議そうな顔をした。
「どうしたのヒース? 人肌恋しくなっちゃった?」
「人肌はまあ恋しくはあるけど、そうじゃなくて」
「恋しいんだ」
「そりゃね。じゃなくて」
「うん?」
でも、何と言おうか。シーゼルはヒースよりも遥かに強い。剣の腕も気持ちの上も、ヒースよりも遥かに強い。
「あの、長生きしてね」
「……ごめん、話の流れがさすがに天才の僕にもちょっとわからないかも」
「ええと、うまく言えない」
すると、シーゼルがふふ、と笑うと隣にしゃがみ込むヒースの前髪を血だらけの手で避けた。
「よく分かんないけど、僕のことを思って言ってくれてるのは分かるかな」
「分かってくれてる? 大丈夫かな」
「ヒースが僕を憎からず思っているっていうのは分かるよ」
「憎からずってどういう意味?」
「嫌いじゃないってこと」
シーゼルの目元が穏やかそのもので、血だらけの手との差が非常に激しい。
「嫌いじゃないよ。だってシーゼルいい人だし」
「ぷっっだからそれ、他の人が聞いたらひっくり返るって」
シーゼルが楽しそうに笑う。だって何だかんだ言って、蛇の皮だってこうやって一緒に剥いでくれている。剣だって何だかんだで教えてくれた。やり方はちょっと、いやかなり厳しいものではあったけど、シーゼルはどう考えてもいい人だ。
「とにかく、無理しないで長生きしてね」
「よく分かんないけど分かったよ。気を付ける」
仕方ないな、といった表情になったシーゼルが、突然ヒースの頬にキスをしていった。あまりにも突然のことに、ヒースは一切反応が出来なかった。
「え?」
それだけ、言った。
シーゼルが今見せている表情は、ヨハンにキスをした後に幸せだと言ったあの時と同じ様なものだった。
「やっぱりヒース可愛い」
ふふ、とシーゼルが艶っぽい目でヒースを見た後、言った。
「ねえ、隊長を落とすのは多分かなり厳しいと思うんだよね。僕、別にヒースに恋人がいても構わないから、僕の二番目の人にならない? 一番目はどうしたって隊長だけど」
「二番目の人?」
「二番は駄目?」
「シーゼルは好きだけど、そういう好きは無理かなあ」
「ばっさり切られちゃった、残念」
「ヨハンが勘違いしちゃうよ」
「それは確かに困るね」
シーゼルがふう、とわざとらしく肩を落とした。
「じゃあ仕方ない。でも寂しくなったらいつでもおいで。僕が慰めてあげるから」
こうしてヒースは、ヨハン隊の中で『シーゼルのお気に入り』というかなり高位置の立場を会得したのだった。
挿絵が描けたら明日投稿します!




