髪の毛
シーゼルに向かって襲いかかった炎を、シーゼルは横に素早く避けることで躱した。
「あっつ!」
シーゼルが剣を持っていた手を持ち替え、プラプラと振った。
「あ! ごめん痛かった!?」
近寄って確認したいが、炎が消えない。
「シーゼル、これどうやって消せばいいんだ!?」
「え……そこから?」
シーゼルが氷を出すとそれを火傷したのであろう辺りに当てている。うん、便利だ。
「炎が収まる想像をしてご覧よ」
「成程」
ヒースは目の前の炎を見つめながら、それが段々と小さくなっていく想像をしてみる。
「消えないんだけど」
「えー……」
すると、ハンがクリフを肩に乗せたまま駆け寄ってきた。
「ヒース、一緒にやろう」
「ハン」
ハンはヒースの剣の柄を持つ手に自分の手を重ねると、もう片方の手をヒースの背中の肩甲骨辺りにそっと置いた。
「手先に集中して」
「うん」
「剣と自分の手との間に境界線を作ってみろ。魔力の蓋をする感じだな」
「蓋……」
「柄を握る手に鞘を納める感じかな」
手に蓋、つまり鞘を納め、自分と剣を繋ぐ接点を閉じる。そういうことだろうか。
ヒースは手に集中し、身体から流れ出る力を剣に流さないイメージで想像の鞘を被せた。すると、燃え盛っていた剣の炎が静かに消えた。
「あ! 出来た!」
「よく出来たな、ヒース」
「ヒース格好いい!」
この二人はいつもヒースをべた褒めだ。ついにやけてしまいそうになった。
「初歩」
ボソリとシーゼルが呟いた。は、ははは、とハンが乾いた笑いをして、ヒースにウインクしてみせた。
「初めての割にはよく出来たよ」
「ありがとうハン。――あ、シーゼル、怪我した所見せて」
ヒースは氷を持って押さえているシーゼルの元に駆け寄った。
「大したことないよ、これ位」
そう言いながらも見せてくれたのは右手の手の甲で、親指近くに少し水ぶくれが出来ていた。白いきめの細かい肌だけに、余計痛そうに見える。これをヒースがやってしまったのだと思うと、途端申し訳なさが襲ってきた。
「ごめん、シーゼル」
しょんぼりとしたヒースを見て、シーゼルはあからさまに呆れた顔をしてみせた。そしてヒースの腕を指差す。
「そっちの方が酷いんだけど」
ヒースが自分の腕を見ると、始めの時に出来た小さな刀傷に、その次に氷の刃で出来たであろう細い切り傷。更には全く記憶にない火傷が点々とある。夢中で気付かなかったが、あの炎はヒースの肌も焼いてしまっていたらしい。
「痛そうだね」
「他人事だねえ」
そこでヒースは一つ思いついた。
「なあシーゼル、この辺に狩り出来る所ってあるか?」
「はい?」
「夜ご飯用に何か」
するとシーゼルは、空を見上げた。鳥が数羽気持ちよさそうに飛んでいる。
「あれかな?」
「あれを当てられる自信は一切ないんだけど」
壁際に置いておいた自分の弓矢を見つつ、言った。
「うーん、じゃあ、そっちの洞穴の奥に蛇はいたけど」
「蛇……」
「多分食べられるとは思うよ。あ、噂をすれば。ほら、そこで日向ぼっこしてる」
「え? どこ?」
シーゼルが指を差した壁の近くに、地面の赤色とあまり色味が変わらない蛇がいた。そして想像していたよりも遥かに大きい。そして太い。
「よし! あれを狙うんだヒース」
気軽にポン、と背中を叩かれたので、ヒースは剣を鞘に納めると弓矢を取りに行った。
「何で弓なの?」
「この弓に付いてる属性が必要なんだ」
「へえ?」
ヒースは出来る限り蛇の近くに寄ると、狙いを定めた。以前ハンにした蛇の赤ちゃんの話を思い出す。あれも元気に生きていれば、これ位の大きさになっているだろうか。
集中する。ヒースの剣の腕は酷いものだが、それでも弓矢は他のものよりは若干はましだ。後は射士だった父からの遺伝を信じるしかない。
矢を放つ。残念、手前の地面に突き刺さった。蛇がこちらに気付き、鎌首をもたげる。口をかあっと開けてこちらを威嚇している様だ。ヒースは次はその口の中を狙って矢を放った。
「刺さった!」
蛇は暴れていて、威嚇しながらも今にも去って行きそうだ。するとシーゼルが音もなくやって来たかと思うと、シーゼルの蒼鉱石の剣を鞘ごとヒースのズボンに縦に差していった。え? と思ったが、途端沸き起こる集中力に漲る力。これが蒼鉱石の力。とんでもない力なのはすぐに分かった。シーゼルがやたらと元気なのもこれで得心がいった。
ヒースはもう一度深く息を吸って、こちらを見ている蛇に集中した。もう、蛇しか見えなかった。
息を長く長く吸ってから、矢を射る。
ドン! とこれまでにない位の大きな音を立てて、矢が蛇の頭を貫通し、地面に深く突き刺さった。蛇はまだ動いてはいるが、弱々しくなってきている。すると、前にカモを射た時に感じた感覚が襲ってきた。これは命だ、生命力だ。それが押し寄せる波の様にヒースに襲いかかり、ヒースに力を与えていく。傷だらけだった腕からみるみる内に傷がなくなり、残ったのは血の痕だけになった。
そして強烈に感じる、ニアの存在。ヒース達が飛んできた方向にニアが確かにいるのを感じた。今頃ニアもこの力を感じ取っているに違いない、それも確信出来た。そうやって今もヒースとニアは繋がっている。ついでにクリフも。
「どう? 蒼鉱石。凄いでしょ」
また知らない間に横に立っていたシーゼルが、ヒースのズボンの中から剣をすっと抜き取っていった。そしてヒースの腕を見て、少し驚いた様な顔をして見せた。
「これはまた、とっても珍しい属性だね」
「うん、俺の好きな子の属性だよ」
「あ、例の小さい胸の子?」
「シーゼル、それ本人に絶対言わないでくれよ」
多分、ニアのことだから物凄く凹むだろう。出来ればニアは悲しませたくないヒースとしては、この話題が他の人間から上がることは避けたかった。
「その子、人間?」
シーゼルは興味がある様だ。でもシーゼルが如何にヨハンのことを好きかはもう十分理解したので、そういった意味の心配が不要なのは少し助かる。ニアはどちらかというと顔の良し悪しよりも筋肉で人を見ているような気がしてならないので、比較的ほっそりとしているシーゼルは恐らく対象外だとは思うが、それでもヒースから見てもシーゼルの外見はとても整っているので、心配は心配だ。
「妖精族だよ」
「で、その子に属性付けてもらってるんだ。好きな子に」
シーゼルがジロジロとヒースの弓を見て、ヒースの髪にぶら下がる赤髪の三つ編みを指差した。
「あ、それってもしかしてその子の髪の毛?」
「うん。うまく魔石を作れないから、その代わりにお互いの髪の毛を身に着けて、弓にも巻いてある」
「お互いの髪の毛を交換……」
シーゼルが羨ましそうに呟いた。もう大体何を考えているのかは想像がついた。ヨハンの髪の毛を欲しいと思っているに違いない。出来れば自分のもヨハンのどこかに忍ばせたいと思っているのだろう。間違いない。
なので、ヒースは助言してみた。
「ヨハンの属性って何?」
「隊長、あまり魔法は得意じゃないんだよね」
「じゃあ、氷の加護がありますようにとかってシーゼルの髪の毛を編んで渡すとか。俺に聞いたとか言ってさ」
「それいい! あ、でもそれだと僕は隊長の貰えないなあ」
「次にキスしてもらってる時にこっそり切っちゃえば?」
「ヒース天才!」
手放しで褒められた。
「じゃあ、今日ヒースがいなくなった時に報告がてら……うん、そうしよう」
シーゼルの幸せは、ヨハンの独占。ヨハンはがっしりといい身体をしているので、ここは是非押さえておいてもらいたいものだ。ニアが見て万が一、なんて冗談じゃない。
「頑張って」
「ありがと、ヒース」
互いの利益の為に。二人はにこっと微笑み合ったのだった。
次話は挿絵が描けたら投稿します!




