剣の特訓
寝返りを打ち、頭を落ちていた石にぶつけて目が覚めた。
「い……っ」
すると、ずっと横に居てくれたのだろう、シーゼルがクスクスと笑った。
「本当よく寝るね、君」
「シーゼル」
「面白かったよ」
「え?」
周りを見ると、小石でヒースの人型が出来ている。石なんてどこにあったんだと思ったら、シーゼルが周りに並べて遊んでいたのだ。
「そろそろお昼だからなーって思って起こしたけどぴくりともしないで寝てるから、石で囲って遊んでた」
何故そんなことをしたのか。本当に謎な人だ。
「起きなかった? 本当?」
寝ても寝てもまだ眠かったのは、ジオの家にいた時以来だ。余程疲れが溜まっていたのかもしれない。ニアと一緒に寝ていた時は、どうも早起きばかりしてしまっていたので、もしかしたら心のどこかでニアといることに興奮していた可能性はある。
「久々によく寝た」
そう言ってそうっと起き上がった。また石にぶつけたら痛くて仕方ない。
「余程信用してもらえたみたいで、嬉しいな」
ふふ、とシーゼルがにっこりと笑った。この人は、本当に子供の様に笑うんだな、とヒースは思った。まるで子供がそのままある日突然大人になってしまった様な、そういった雰囲気がある。
「あれだけ信用しちゃ駄目だって言ってるのにさ」
こういう風に後からひやりとすることを言うのも、ある意味子供っぽい証拠なのかもしれない。
パンパン、と服をはたきながら辺りを見回すと、すでに煮炊きが始まっていた。ハンがクリフを肩車しているのが見えた。すっかり懐いてしまったらしい。まあ付き合いの長さでいえば長い方ではある。鹿の時から数えれば。
「出来上がったら行こうよ。向こうに行くと手伝わされるよ」
そう言って引き止められてしまった。シーゼルが顔を向けると、隊員達が目を逸らす。やはりこの人は避けられているのか恐れられているのかは分からないが、この中では浮いているらしい。そしてそんな人にやたらを気に入られている様に見えるヒース。隊員としては近寄りがたいに違いない。
でも、とヒースは思う。半覚醒状態の時にハンと話していたシーゼルは、非常に冷静に物事を判断していた。それはあんなに滅茶苦茶なことをしようとしていた人とは思えない程の冷静さだった。それを思うと、この人の中には二人の人格がいるんじゃないかと思えてしまう。とにかく好戦的で、邪魔なものは全て排除しようとするシーゼルと、それを後ろから冷静に見ているシーゼルと。
だから分かった。今日になってやたらとシーゼルがヒースの近くにいるのは、別にシーゼルがヒースを特に気に入ったからなどという感情的な理由からではなく、夕方にヒースが一人になっても不自然に映らない様にだ。
獣人のカイネが迎えに来ても、ヒースが少しの間消えても誰も不思議と思わずシーゼルといると思わせる為に。
多分、これもヨハンを守る行為の一環なのだと思う。獣人との交渉がうまくいけば、こちらから死人が出る確率も減る。きっとそういうことだ。
そこで残念だとか思ったり、裏切りだと思ったりしない冷めた人間がヒースなのだ。シーゼルはハンにヒースを利用するなと言った。でも利用しているのはヒースとて同様だ。人のことは言えない。
ヒースがそんなことをつらつらと考えていると、隊員達の煮炊きの様子を眺めていたシーゼルが突然提案してきた。
「午後も暇だからさ、それ、鍛えてあげようか?」
自分の腰にぶら下げている蒼鉱石の剣を指でトントンとする。
「え? いいの?」
シーゼルはにこ、と微笑みながら頷く。
「暇だし。身体動かさないとなまっちゃうしね。あ、一応ヒースが怪我しない様には気を付けてあげるよ」
「俺剣は使ったことないんだ。ど素人だから、そこのところよろしく」
「はは、じゃあ今のところそれ飾りなんだね。分かったよ」
シーゼルの言い方をいちいち気にしてたら日が暮れてしまう。だがシーゼルの剣技はお世辞抜きに凄かった。もう凄いしか言えなかった。だって、見えない位早かった。この先誰かと戦う機会があるかどうかすら分からなくても、身を守る方法を知っているのと知らないのとでは大違いだ。
「じゃあ、腹ごしらえしたら早速ね」
シーゼルが、実に楽しそうに笑いながら言った。
◇
ヒースは、その笑いの意味を理解し、この人に物を教わるのは間違っていたんじゃないかと後悔し始めていた。
「ほら、腕上げて。下がってるよ、そんなんじゃ敵を倒す前に自分の足を斬っちゃうよ」
「ちょっと、ま、待って、休憩っ」
「敵は待ってくれないよ」
シーゼルは軽く剣を振るが、元々シーゼルの剣は異様に細く軽そうな上に蒼鉱石の属性のお陰で体力も筋力も底上げされているから、軽くでも相当速い。とてもではないが目で追えないので、全身で一気に身を引くしか出来なかった。もう足ががくがくだ。そういえば今朝崖登りをしてきたばかりだ。がくがくの原因の一つは確実にそれだろう。
「ヒースはあんまり動体視力よくないみたいだねえ」
「……ぜーっはーっ」
「もう声も出ない? 仕方ないなあ」
シーゼルが剣を音もなく鞘に納めると、洞穴の中に入っていく。すぐに手にコップを一つ持ってきたと思うと、手に一瞬集中した様に見えた。
「はい」
空のコップに、いつの間にか水が並々と入っていた。しかも氷も浮いている。ヒースが驚いてシーゼルを見上げると、シーゼルが実に満足そうに笑った。
「僕の属性。凄いでしょ」
ヒースはこくこくと頷くと、コップを受け取り一気に飲み干す。冷たくて気持ちいい。
「お代わり!」
「はいはい」
今度はコップの上に手を翳すと、また氷入りの水がコップに目一杯入っている。
「凄い!」
「でしょ?」
「属性が付いた何かがないと出来ないかと思ってた」
「そう見える? へえ」
「シーゼル凄いね」
「そうでしょ? 僕天才だから」
ダボダボ止まらず剣から水を放出し続けてしまうヒースとはえらい違いだ。お代わりの分も飲み干すと、少し元気が戻ってきた。コップをシーゼルに返すと、シーゼルはそれを壁の近くに置いた。
「てことで、僕は結構水属性強めの人だから、その剣で攻撃しても大丈夫だよ」
「? どういうこと?」
すると、シーゼルが呆れた顔をした。
「その剣、火の属性でしょ?」
「あー……何の属性か知らなかった」
「……」
さすがにシーゼルも呆れ切ったのか、黙ってしまった。だって慌ててジオの家から持ってきたから、知らなかったのだ。それに属性の確かめ方も知らないし。
「僕の反対の属性だから、僕は分かるんだけど、それ火属性の剣だよ」
「そういうのも分かるの?」
「うん、何か嫌な感じするからね」
ヒースは剣をじっと見つめる。何一つ伝わってこない。首を傾げるヒースを見て、シーゼルがわざとらしく深い溜息をついた。仕方ないじゃないか、分からないんだから。
「じゃあ分かった。僕が水属性の攻撃をするから、ヒースは頑張って抵抗してご覧」
「は? え? 蒼鉱石の剣って属性纏えないんじゃないの?」
「これは出来てるやつだもの」
「え? 何でそんな凄いの持ってるの?」
「戦利品。話聞きたい? 結構えぐいよ」
「……止めておく」
「そう? 残念」
「また今度」
「聞く気はあるんだね。分かった」
そう言うと、シーゼルは軽く剣を構えた。
「ま、怪我がない程度にするから」
正直疑わしい。ヒースの腕にはもう数本血の筋が出来ていた。
「ほら、構えて」
ヒースが言われた通りに剣を構えると、シーゼルがにやりと恐ろしい笑みを見せた。
次回投稿は週明けの2021/6/7にします。




