右腕の役割
やがて男達がのんびりと起き出してくると、ヨハンも少し暗い雰囲気だが洞穴から出て来、一同を見渡し本日も待機の旨を伝えた。
「えー! また今日も待機っすか隊長!」
「気持ちは分かるが、耐えてくれ」
ブーブーと不満を垂れる隊員達を見て、ヨハンが溜息をつく。すると、シーゼルがヨハンの隣にやって来ると、隊員達に向かって剣を抜いてみせた。
「動き足りないなら、僕と戦うか? 寝不足だから間違って斬っちゃうかもしれないけど」
「不満はありません!!」
統率力のある右腕のようだ。満足げに剣を納めるシーゼルを横目で見るヨハンの表情は浮かない。あの表情はきっと、ああやっちまった、それだと思う。
だけど隊員の前ではあの艶っぽい表情を見せないところは、シーゼルも右腕を務めるだけのことはある様だ。先程あの可愛らしい表情を惜しげもなく見せた人と同一人物だとはとてもじゃないが思えない。
「解散! くれぐれも余計なことをしないこと!」
「はい!」
解散と言っても、行く場所はどこにもない。崖下には降りるなと言われ、後発組が向かって来ている道を荒らすなと言われ、ただひたすら待機も三日目だ。
だが、ヒースは眠かった。昨夜は一睡もしないまま崖下に降りて行き、話が出来たと思ったらまた翌日と言われ、更にはあの崖登り。最後はシーゼルの後押しをさせられ、今に至る。それにしてもシーゼルも同じ様に全く寝ていない筈だが、何であんなに元気なんだ。
とりあえず夕方まで寝ていたい。近くにいたハンに声を掛けた。
「ハン、俺ちょっと寝る」
「ああ、寝てないもんな。クリフは面倒見とくから、しっかり寝とけよ」
「うん。昼には起こして。お腹空いたし」
「はは、分かった分かった」
なるべく他の隊員達から離れた日陰に寝転ぶ。地面はひんやりとしていて、僅かな間しか浴びなかった筈の日光ですっかり火照ってしまった身体を冷やす。気持ちよかった。
すると、ストン、と誰かが横に座り込む音がした。足音が全く聞こえなかったので、シーゼルかもしれない。
でももう瞼が開かない。すると、ひんやりとした手が目元を覆った。
「寝てていいよ。あいつら君にちょっと興味ありそうだけど、僕がいれば近付いて来ないから、安心して寝てていい」
やはりシーゼルだった。
「僕も眠いし」
ちっとも眠そうじゃない声で言うと、頭を撫で始める。わざわざ、他の人間がちょっかいを出して来ない様に来てくれたみたいだ。そして何故頭を撫でられているんだろうか。
ヒースが年若い年少者だから心配になったのだろうか? でもシーゼルはヨハン以外の人間に心配なんてしそうにないな、そんなことを考えている内に。
ヒースは心地よい夢の中へと入って行ったのだった。
◇
ザワザワと男達の賑やかな話し声がする。
ヒースは、自分が少しずつ覚醒し始めていることに気が付いた。だが身体は石の様に重く、瞼も開く気がない様だ。
そんな中、一人分の足音が近づいて来るのが分かった。この足音はハンだろう。
「シーゼルは寝ないのか?」
やはりハンだった。
「寝てたよ。今起きた」
「いつも思うんだけど、いつ寝てるんだ?」
「寝てるってば。僕、物音に敏感なんだ。だから傍に来られると起きるんだよ」
「そりゃ失礼」
ハンが立ち去ろうとする気配がすると、シーゼルが引き止めた。
「で、何? 用事があるから来たんでしょ」
「隣、いいか?」
「いいよ」
ハンが近くに座る音がした。ヒースが身動きをすると、シーゼルがまたヒースの頭を撫で始めた。これは狡い。また眠くなってしまう。
「獣人は、どんな奴だった?」
「ヒースに聞けばいいじゃないか」
「ヒースには後で聞く。シーゼルの印象を聞きたいんだ」
「印象ねえ」
しばらくシーゼルは黙り込む。やがて衣擦れの音がすると、答えた。
「命令することに慣れている、だから多分上の方の立場の男の子供だと思う」
「ふうん?」
「単独行動をしても咎められない程度には。昨日も単独行動だった。周りに他に獣人の仲間の気配はなかったから。今日も単独行動じゃないかな」
「カイラの娘を拐ったのがその偉い奴かどうかは分からないが、偉い奴との間の子、というのは納得がいくな」
「女性の希少価値を考えるとそうだろうね。ただ、妹の許嫁が幅を利かせている様なことを言っていたから、立場としては一番上ではない。許嫁がただ単にあいつより上の立場なのか、混血の立場が弱いのか、その辺は分からないけど」
「……そうか」
ハンがふう、と息をつく。シーゼルは思い出した様に続けた。
「ああ、それと。あいつ自体はあまり好戦的ではなさそうだった。妹を取り返せればいいって言ってたからね。だから、獣人族の中で勢力が分かれている可能性はあるかも」
「なあ、シーゼル」
「なに」
シーゼルの撫でる手はひんやりしていて気持ちがいい。また寝てしまいそうだった。
「何でそれをヨハンに言わないんだ?」
「隊長は、余計なことを吹き込むとそっちばっかり気にしちゃうから」
「え?」
ふふ、とシーゼルが笑った。優しい笑い方だった。
「隊長は変なところで優しいから、余計なことを考えるんだ。だってどうする? もしカイラの孫が人を殺しまくる悪い奴で、カイラの目の前で斬らないといけなくなった、でも例えばそれは偉い奴の命令だったとかあったらさ。隊長はきっとそれを知ったら斬れなくなる。それだといざって時動けないから困るんだ。でも僕なら斬れる。隊長が知るのは、ただの事実、それだけで十分。だから余計なことは僕が覚えておけばいい。それが右腕の役目だろ?」
「……シーゼル……」
「その辺はハンも一緒だけどね」
「でも俺にはこうやって話すじゃないか」
「だってハンが死のうが僕はどうでもいいもの」
ハンは絶句した様だ。でも、とシーゼルが続ける。
「でも、この坊やはちょっと死なせたくないかな」
「ヒースは? 何故だ?」
「僕のことを怖がらないから。でも別に懐いてもくれない感じが好きだよ」
「……ええと」
ハンは返答に困っている様だ。ヒースもシーゼルが何を言っているかよく分からない。というか眠い。そろそろ限界だ。
「こうやって触れても怖がられないのって珍しいから、珍しいものはとっておきたい。それだけ」
「……そうか。済まなかったな、寝ているところを起こして」
ハンが立ち上がった音がした。
「ハン」
「――ん?」
「あんまりさ、自分の都合で人を振り回さない方がいいよ」
ハンが息を呑む。
「この子、利用されてるのは分かってると思うよ。でもさ、人の気持ちを先に汲み取っちゃうから、流されて従いやすい。相手の期待に沿う様に行動する。昨日一緒にいて分かった」
ハンは何も言わなかった。
「もっと我儘になればいいのにね。自分は一人しかいないんだから」
「シーゼル、済まない、俺は」
「僕に謝っても仕方ないでしょう。この子、このままだと、大事な人に死ねって言われたら死んじゃうよ。ハンはそんなこと出来ないでしょ? まあ僕もしないけど」
「シーゼル……」
シーゼルがヒースの方に身体を傾けたのが気配で分かった。
「寝るから、あっち行って」
「……ああ、済まない」
ハンが立ち去る足音がする。遠のいて、やがて足音が分からなくなった。
心地よい風が吹き、それに合わせる様にシーゼルがヒースの頭を撫でる。
「ちゃんと寝な、ヒース。起きるまではもう邪魔は入れさせないから」
半覚醒状態だったのを、シーゼルは分かっていた様だ。この守られている感じ。シーゼルはこれまで沢山の命を殺し奪った人なのに。
何故かジェフを思い出した。
次話は挿絵描けたら投稿します。




