作戦会議
ヨハンが固まった。
「えー……その」
恐らく、ヒースが年若い為言ってもいいかどうかを迷っているのだろう。だがヒースは散々見てきて理解もバッチリだ。
「意味は分かってる」
頷いてみせた。
ヨハンの端正な顔が引き攣る。
「は、はは……」
ちら、と横のシーゼルを見た。どう考えてもこの銀髪の男の熱は全てヨハンに向かっているのだが、あの言動からするとヨハンはそれに気付いてないのかもしれない。
「俺はヨハンみたいな落ち着いた大人じゃないから」
シーゼルを横目で見ると、初めてにっこりとされた。正解だったらしい。
斜向かいに座るハンは、目を白黒させていた。ハンは言われるまで気付いてなかったのかもしれない。
「は、話を続けよう」
ヨハンが首を捻りながら咳払いをした。
「まあ知っての通り、俺の隊の奴らは非常に血の気が多い。しかも若い分、体力も有り余ってる。早く発散したい、というのが昨日から嫌という程伝わってくる。だから、出来れば今夜にでも行ってくれると助かる。あいつらの暇つぶしに付き合うのも大変でな……」
「暇つぶしって?」
ヒースが聞くと、シーゼルが答えた。
「殴り合いとかの勝負だよ。皆誰が勝つか賭けるんだが、これまで勿論隊長の一人勝ちでね」
「段々あいつらも成長してきたからな、最近結構本気出さないときつくなってきた」
「それをあいつらに言っちゃ駄目ですよ。調子に乗りますから」
「分かってる」
何だか色々と面倒くさそうな隊の様だ。こんな所にニアを連れてくるなんて、無謀そのものの様に思えた。しかしジオが来ないことには接点でシオンにプロポーズすることも出来ない。
「ヨハン、実は後続の班に若い女の子が一人いるんだけど、やっぱり危ないかな?」
「若い女の子? それはまた珍しいな。まあ危ないだろうが、俺が命令してシーゼルが見張ってれば大丈夫だろう。問題は作戦中の方だな」
ヨハンの眉間の皺は深い。シーゼルが後を引き継いだ。
「カイラを襲おうとしたネビルは、作戦中にやらかそうとしましたからね」
「あ、片玉の」
ヒースが言うと、シーゼルがくっと笑った。
「本人から聞いた? そうそう、それ」
「なので、後続の班がこちらに到着する前までにシーゼルが戻っていれば大丈夫だろう」
「分かった。だったら今夜行くのは俺も賛成だ。早ければ早い程早く戻ってこれるもんな」
ヒースは頷いた。真剣なヒースの様子を見て、シーゼルがからかう様に笑った。
「何、その子ヒースのいい人な訳?」
「今頑張ってるところだよ」
ブホッとハンが吹いた。激しく咳き込み始めた。
「ハン、大丈夫?」
「ゴホッヒースさあ、そういうこと普通に真顔で言うんだもんなあ」
「言っただろ、表情に出さないのは得意なんだ」
「可愛げないんだね、近頃の子って」
シーゼルが言う。
「シーゼル、すぐそうやって喧嘩を売るな」
即座にヨハンに注意されたが、本人は全く気にした様子はない。そしてヒースも気にならない。こういう人間に真剣に取り合っても大抵時間の無駄なことは、よく知っていた。
「で、俺場所とか分からないんだけど」
ヒースは流すことにした。それよりももっと詳細情報が欲しかった。この先はハンもいないし、ろくに知らない人を食った様な態度を取るシーゼルしかいない。
「これから説明する。来い」
ヨハンが立ち上がると、洞穴の外に出た。先程空から見たよりも遥かに近い場所に森が広がる。
森の左奥の方を指差した。
「集落は、あの奥だ。一度明かりが確認出来た。我々がここに陣取ってからは用心している様で見えなくなったがな」
「つまりばれてるってこと?」
ヨハンがヒースを見下ろしながら頷いた。しかし大きな男だ。
「とっくにばれているだろう。動きが特に見えないのは、こちらの出方を窺っているのかもしれない。俺達は今足止めされてる真っ最中だからな、すぐに戦う気がないのは分かっているのかもな」
「そんなこと分かるものなのか?」
「遊んでるのが見えるだろうからなあ」
ヨハンはそう言うと、顎を撫でながら背後でダラダラとしている隊員達を振り返った。カードゲームで遊んでいる者、早寝を決め込んでいる者と様々だが、共通して言えるのはその緊張感のなさだ。
「あー! また負けた!」
「ウェインは手が単調なんだよ」
「エドはすーぐちょっと待ったって言うじゃねえかよ!」
「俺のカードだ、だから俺がルールだ!」
「ちっくしょー!」
何だか楽しそうではある。笑い声だってしている。確かに今すぐ戦いに行こうという雰囲気でないのは瞬時に分かる。そういうことかもしれない。
「俺達が来た道は基本一本道な筈だが、ヒース達が見たと言う獣人は一度も見かけなかった。獣人は身軽だから、もしかしたら人間には通行不可能な近道があるのかもしれないな」
ヨハンが腕組みをしながら言った。ヒースは頷きそれに応える。
「俺達がそいつを見かけた時も、崖の中腹に立ってこちらを見ていた。周りには道みたいなのもなかったし、獣人は跳躍力も高いから、上から来てる可能性もあるかもね」
ヨハンが、納得した様に頷いた。
「そうか、ヒースは奴隷だったな。俺達よりも余程身近で獣人を見知っているか」
「自分の身長程度は軽々飛ぶよ」
作業現場の監督者の中でも、獣人は下っ端の方だ。その為、高所に縄を括る時などは、ぶつくさ言いながらも竜人の命令の下実際に作業を行なうこともあった。獣人もピンキリなので小柄な奴からでっぷり大きい一体何の獣人だろうという奴までいたが、大体において皆身体能力は高かった。
「確かに崖に沿ってぐるりと辿る道でなく上を真っ直ぐに進めるなら、かなり早く移動は可能だろうな」
ハンが崖の頂上を見上げながら言った。
ヨハンが洞穴へと戻って行くので、皆も後をついて行く。
「つまり、俺達に奇襲攻撃をかけようと思えばいつでもかけれる訳だな。それをしないということは、やはりカイラの娘の影響が多少なりともあるかもしれない」
また焚き火を囲むと、ヨハンがヒースを見た。
「念の為、酔木を持って行ってくれ」
「分かった。……ハン」
「ん?」
ヒースを見るハンの顔は、少し浮かない。でもハンは行かないでくれとは絶対に言わない。そこがハンがジオとは違うところだ。
「クリフを頼む」
そう言った瞬間、ヒースにひたすらしがみついていたクリフが顔を上げた。
「クリフも行く!」
「クリフは置いて行く」
「やだ! やだやだやだ!」
「今日はクリフはいっぱい飛んだだろ? 疲れてるのは分かってるぞ」
クリフがヒースの肩を揺さぶる。
「疲れてない! 元気! クリフも連れてけ!」
「あー、クリフ、悪いが、今回はヒースとシーゼルの二人で静かに見つからない様に行ってもらいたいんだ」
ハンが慰める様に言う。
「クリフ静かに出来るよ!」
クリフは必死だ。
「今ですらもう騒いでるじゃないか。駄目だよこんな餓鬼連れてったら」
シーゼルが嘲笑う様に言った。
「クリフ」
ヒースがクリフの頭を撫でながら声を掛ける。クリフの目からは涙が溢れ、唇はキツく結ばれている。
「クリフに任務だ」
「……任務?」
ヒースが頷く。
「クリフは木を倒せる位強いだろ?」
「クリフ強いよ! ヒースの役に立てるもん!」
「ハンはね、戦いは得意じゃないんだって」
ぷ、とシーゼルが笑う音がした後、ペン! という音が響いた。ヨハンがシーゼルの頭を叩いたらしい。
「だからハンを守ってくれ」
「ハンを……?」
ヒースはにっこりと笑い頷いてみせた。
次話は明日投稿します!




