シーゼル
ヨハンと共にいる銀髪の男が、少し洞穴になっている場所へと導く。他の者は洞穴の外、少し離れた場所で寝たり座ったりして過ごしていた。この洞穴が指揮官の場所なのかもしれないな、とヒースは思った。
銀髪の男に促され、焚き火の周りを囲む様にして座る。ヨハンはその一番奥に座った。ヒースはヨハンをじっと観察する。ハンやナスコ達とヨハンとは、明らかに雰囲気が違っていた。そして彼の立ち位置も、これまでの二人とは違った。ヨハンは隊の中ではなく、上に立っているのだ。
ヒースはこの雰囲気を持つ者達を知っていた。人間ではなかったが。
彼は、武人だ。ナスコ達が班、と呼ばれていたのにヨハン隊が隊、と呼ばれている意味が分かった。
ナスコ達は同志の集まりだった。だがこちらは、一つの軍隊なのだ。だが、むしろそうでなければ先発隊としては成り立たないのかもしれないな、そう思った。
指揮官の能力如何で状況が左右される場面では、指揮系統は一つに絞られている方が統率が取れる。奴隷時代に学んだことだ。作業効率と速さに直結するので、現場を知らない若い竜人族がいきなり上に立つと、その下の獣人族が不満を垂れていたものだった。
「で、いきなりこっちに合流してきた理由は?」
ヨハンが切り出した。
「新しい情報が入った。状況が変わったから、特攻されるのを止めに来た」
ハンが答える。銀髪の男の表情が少し歪むのが分かった。ほんの僅かではあったが。
「もう昨日からこの場に留め置きされて、あいつら腐ってますよ」
「シーゼル、お前は口を挟むな」
ヨハンが遮った。銀髪の男はシーゼルというらしい。ヨハンに頭ごなしに言われた瞬間、彼の顔に一瞬恍惚とした表情が浮かんだ様に見えたのは気の所為だろうか。
シーゼルがヒースの視線に気付くと、口の端を少し上げた。馬鹿にする様なその笑みに、ヒースは少し怖いものを感じた。こういう笑い方をする奴は過去に会ったことがある。同じ種類とは限らないが、大体こういった第一印象が一番正しい。
奴隷の中でも統括役の近くで、自らの身体を利用して安全を確保することに躊躇いを見せなかった奴らがいた。決してそれが悪いとは言わない。そうしなければ生き残れない奴も、勿論いるのは分かっている。ヒースだって、ジェフがいなかったらそうなっていたかもしれない。だが、その中に、明らかにそれを楽しみ、競争に負けた奴らを見下ろすことで悦に浸ることを隠しもしない奴がいた。
このシーゼルという男は、ヨハンの下に望んで付いている。その地位を脅かす者がいたら、遠慮なく排除しようとするのではないか。この男がどれだけ腕が立つか分からないが、ヨハンの側に控えている位だ、それなりに腕は立つには違いない。自分を見る目が仲間を見るそれではないこと位、ヒースにも分かった。ならば、不用意に近付くのは止めておいた方がいいかもしれない。
ハンはヨハンに対し、カイラが目撃した獣人族の話を小声でしている。外に漏れ伝わらない様に、だろう。
何となく、状況が分かった。まだ表面的なものだけだが。
ざっと雰囲気を把握したところで、ヒースは大人しくハンとヨハンのやり取りを聞くことにした。クリフは人見知り全開でヒースの膝の上で丸まっている。
「では、先行して数を減らすのではなく、誰かをその獣人に会わせて話をさせたい、と、そういうことか?」
「そうだ」
ハンが頷く。
「この場所は、魔族の国との重要な接点だからな。もしここの獣人族達が多少なりとも俺達に協力的になったとしたら? そしてその可能性はなくはない」
ヨハンがふむ、と顎をしゃくる。
「魔族軍の大半はまだ魔族の国の方にいるからな、軍や国の情報がもらえるなら、西ダルタン連立王国側での行動も少しは大胆に取れるかもしれないな」
「だろ? だからここは敢えて敵対は避け、出来るだけ協力を取り付ける形に持っていきたいんだ」
ヨハン隊は危ない、そう聞いていたが、隊長であるヨハンは至極まともな考えの持ち主の様だ。普通に冷静に物事を判断出来るようだ。それでもヨハン隊があれだけ悪評を受けているということは、優秀な指揮官の下でも抑えきれない程の危ない奴らが下に付いている、ということなのかもしれない。
ハンとて、彼等が人間の生き残りでなかったら組んでなどいなかったのではないか。そう思えた。
人間の逃げ延びた生き残りがどれだけいるかは分からないが、一人でも惜しい、ということはそこまでいないのかもしれない。いや、いたとしてもすでに戦う年齢でなかったり、病や怪我などの理由で動けない人もいる可能性は高い。だからこそ、戦える人間は多少危ない奴だろうが味方にしておきたい、そういうことなのかもしれなかった。
「酔木を持って、いざとなったら火にくべて逃げれる様にするか」
ヨハンが提案する。
「入手は?」
「完璧だ。大分足元を見られたがな、量はたんまりとある。奴らも最近はなかなか獣人族との商売をおおっぴらには出来ないらしくてな」
「あんまり値切ると怖いから気を付けろよ」
「知ってる。この前斧持って追いかけ回された」
ヒースは分かった。小人族の話をしているのだろう。どこの小人族も、斧を持って追いかける習性があるのだろうか。
「まず、ヒースは行かせたい。ヒースはその獣人の顔を見た」
「……そうか、それでこんな若いのを連れてきたのか」
「それもある。それ以外にも理由はあるが、今は言えない」
ヨハンが薄く笑った。
「出たな、ハンの秘密主義」
「ゆっくりと説明したいだけだよ」
ハンが肩を竦めて笑う。
「ただ、ヒース一人だけだと危険だから、出来たらヨハンに行ってもらいたいんだけど」
ハンは戦闘要員としては役立たずだ。つまり警護にヨハンを付けたい、そういう意味だろう。すると、シーゼルが即座に反対した。
「駄目です。この隊は、隊長なしには抑えられません」
「でもなあ、俺は弱いし、ヒースも戦ったことないし、出来れば一番の手練がいいんだよな。それに、他の奴らだと好戦的だろ? 話し合いをしたいのに殺されたら困るんだ」
「では僕が行きますよ」
シーゼルが名乗りを上げた。しかしハンの顔が歪む。
「え、シーゼルこそ一番……」
「僕は隊長命令であればちゃんと命令に従いますよ。他の奴らの命令なんぞ聞くつもりはありませんが」
それって駄目じゃないか、と思ったが、ヒースは黙って聞くことにした。
ヨハンが腕組みをして考えている。時折ちら、とこちらを見るが、あれは何を確認しているのだろうか。
「あー、シーゼル?」
「何でしょう、隊長」
言いにくそうなヨハンに、嬉しそうなシーゼル。この二人の関係もよく分からない。
「行くのはいいんだが、その、迫ったりしてヒースを困らせない様に。あと、極力むやみな殺生はしない様に。基本ヒースの指示に従い、ヒースの身に危険が生じた場合のみシーゼルの判断を優先すること」
「やだな、隊長。僕、こんな子供に興味ないですよ」
シーゼルが、馬鹿にする様にヒースを見て笑った。成程、この人はそっちの方の人な訳だ。まあ女がいないのはここも奴隷も変わりはない、そういうこともあるのだろう。
「ならいいが」
コホン、とヨハンが咳払いをした。
「僕、大人な男性が好みなので」
シーゼルがにっこりと笑った。
次話は明日投稿します。




