ヨハン隊と合流
暫しの休憩の後、ヒース達は再び空の旅に出発した。
頭部をジリジリと差す太陽の熱は熱いが、風は冷たい。
先程ハンが説明したこの辺りの地形は、言われてみれば微妙に右に弧を描いている様に見える。成程、だからいつまで経っても先を見通すことが出来ないのだろう。
今日は、獣人族の住む地域手前でヨハン隊が待機する場所まで行けるかどうかぎりぎりの所らしい。ハン曰く、風次第だそうだ。ヒースのこれまでの人生、一度たりと風に何かを左右されたことなどなかったので、ハンのその言葉は新鮮だった。
「クリフ、疲れてないか?」
時折クリフに声を掛ける。ヒースは外套を羽織っているので直射日光からも風からもある程度守られているが、クリフは何も身に付けていない。毛皮があるので人間の肌よりはマシだろうが、それでも暑さ寒さは当然のことながら感じるだろう。
「クリフね、何か元気!」
「……そういえば、俺も何か元気かも……」
はっと気付く。クリフとヒースで共通していること、それはニアの羽根を新たにもらったことだ。もしや、と思って胸にあるそれを握ると、手のひらの中に何かを感じた。何だろう。温かいものが、触れた部分を通して流れ込んできている様だ。
「これ……ニアが何か獲物を捕まえたのかな?」
「クリフ分かんない」
ニアは、今はハンが乗ってきた馬に一人跨っている筈だ。昨日まではヒースと一緒だったが、一人になった途端もしかしたら狩りに精を出しているのではないか。この先、どちらが怪我の可能性が高いかというと明らかに先行するヒースとクリフだ。であれば、定期的に狩りをすることでこちらに精気を送るつもりなのかもしれない。
ヒースは笑った。ニアとはまだそこまで長くは一緒にいないが、でもとても濃い時間を過ごしてきた。だから、ニアの考え方は何となく理解出来た。あの実験好きのニアのことだ、後で気付いたか気付いてないか、どれ位効果があった等聞いてきそうだった。
「ニアって面白いな、クリフ」
「ニアは優しいからクリフ好き」
「俺もニアが好きだよ」
会話の流れでそう口にして。
ヒースは、今になってようやく初めて、その事実に気付いたのだった。
◇
あの後、二度休憩を挟みつつ、ヒース達はひたすら谷を下って行っていた。昼飯はハンが持っていた干し肉を齧るだけの簡易食だったが、これだって奴隷時代の物に比べればご馳走だ。
空はもう大分赤い。あれからもう一度、身体に元気が漲ることがあった。ニアがまた何かを捕らえたに違いないと思うと、その気持ちが嬉しかった。それにそのお陰だろう、今日はクリフがとても元気なままだったので助かった。
右へ右へと旋回しつつ谷を下って行くと、段々と通れる空間が広くなってきた。
「うわっぷ!」
「ハン!」
先を行くハンが風で煽られ、大きく傾いた。器用に大回りで旋回するとまた安定して飛び出したが、風が強くなってきた気がする。
ヒースはただクリフにしがみついているだけだが、ハンはずっと両手に魔具を握ったままで魔力を放出し続けている。もう暗くなりそうだし、今日はもう休憩にした方がいいんじゃないか、そうヒースが思ったその時。
「ヒース! 見てみろ!」
「え?」
ハンが言ったそのすぐ後、延々と続いていた岩壁が急になくなり、眼下に広大な緑の森が広がった。
ヒースがその圧巻の景色に言葉を奪われていると、下の赤壁の隙間から何かが飛び出してきた。こちらに一直線に向かってきている。
「カル!」
「あいつだ!」
ハンの声は嬉しそうだったが、クリフのは非常に嫌そうなものだった。まあ仕方あるまい。
「案内してくれるのか? ん、そうかそうか。――クリフ、下に行くと風が逆に吹いているから気をつけろだってさ!」
「ハン、鳥の言葉が分かるの?」
「はは、エルフの特権」
「そうなんだ……」
長寿な上に動物とも会話が出来るなんて、どれだけ優れた種なのだろうか。ニアも多少は意思の疎通が出来てはいたが、ハンの様に自然には出来ていなかった。
カルが案内を始める。森までは行かず、その手前の崖の中腹にある一見何でもなさそうな場所に、屋根のついた空間があった。人間が何人か確認出来る。あれが噂のヨハン隊だろう。
「クリフ、どんな人達か分からないから、俺と一緒にいるんだぞ」
「クリフ、ヒースといる!」
「うん、そうして」
あの中に、ちゃんと話せる人はいるのだろうか。好戦的な奴ら、と散々ナスコの班の人間が言っていた。正直不安だが、でもハンの仲間だ。それにハンの口からは直接ヨハン隊についての悪い話は聞いていない。
恐らく、自分の目で見て判断しろということだ。ハンにはそういうところがある。ジオは寡黙なので自然とこちらが観察していかないといけないが、ハンはよく喋る。その割に、誰がどう、といった話はこれまであまり聞かなかった。
自分で見て、考えて、それで分からなかったら聞け。そう言われている気がした。
いい人ももしかしたらいるかもしれない。とにかく話してみなければ何も分からない。この先ニアと会わせてもいいのか、その辺りも含めしっかりと観察が必要だろう。
冷静に一歩引いて人間関係を見る、それに関してはヒースは多少は自信があった。我が強すぎても弱すぎても、あの閉じられた人間関係の中ではうまく立ち回れない。必死で覚えた処世術だ。
台座の様になっている部分に足を着く少し前に、ハンが風でまた煽られた。あれがカルが言っていた逆風のことだろう。
「クリフも気を付けて」
「うう。分かった」
従いたくはないが従った方がいいのは、クリフも分かっているのだろう。クリフがゆっくりと旋回しつつ降りていくと、やはり先程ハンが煽られた場所でいきなり風の流れが変わった。ヒースは身を屈めてクリフにしがみつき抵抗を減らすと、クリフが台座部分に降り立った。
男達が、ポカンとクリフを見ている。それはまあそうだろう、こんな生き物、クリフ以外には存在しない。
ヒースは目視で数えると、ハンを除いて十名。ナスコの班よりも全体的に年齢が低い。ヒースと大して変わらなそうな者もいる様だ。
その中に、恐ろしく姿勢のいい長い黒髪の男がいた。その横には銀髪の目の細い男。多分、あの黒い髪の男がヨハン、つまりこの隊の隊長だろう。明らかに一人だけ雰囲気が違った。
「クリフ」
「うん」
ヒースがクリフから降り両手を差し伸べると、クリフが人間の姿になりながらヒースの腕の中に飛び込んできた。
「お疲れ様」
「クリフ頑張った!」
「うん、そうだね」
抱き締めながら頭を撫でてやると、いつもの様に固い髪の毛をぐりぐりと擦りつけてきた。それをにこにこと見ていたハンが、ヒースを手招きする。ハンの前にいるのは、やはりあの黒髪の男だった。
「こんにちは、まだこんな若い人が残ってたなんてね」
穏やかに男が微笑む。三十代だろうか? 見た目はハンとどっこいどっこいだが、こちらの方が大分いい男だ。そして筋肉が付いたがっしりとしたいい身体をしている。少しニアに会わせるのが嫌になるタイプだ。その隣にいる銀髪の男は、もう少し若そうだ。こちらを観察しているのは分かった。あまりいい第一印象は持てなかった。目が細くて感情の動きがよく見えないからかもしれない。
「俺は元奴隷だよ」
「奴隷……? 刻印は?」
やはり皆気になるのはそこらしい。ヒースは手の甲を順繰り見せた。
「付けられる直前で逃げることが出来た」
「それはよかった」
男がにっこりと笑った。
次話は明日投稿します。




