新たな作戦
朝餉の後、ハンは先程の呼びかけ通り、一同を一箇所に集め説明を始めた。男達は各々座り込み、ハンの話す内容に集中している。
「一昨日の話になるが、獣人の影を見かけたとの報告がカイラからあった」
男達がざわつく。カイラを振り返る視線も複数あった。ハンはそれを手で制すると、再び話し始めた。
「昨日話をしなかったのは、検討に時間が掛かったからだ。すぐに報告出来なくて済まない」
「声とかは聞かなかったのか? 何か相手からの発信は」
ナスコが手を挙げながら尋ねてくる。ハンは首を横に振った。
「遠目にしか確認が出来なかったそうだ。だが、ここで朗報だ」
ハンが一息つく。
「獣人の顔に見覚えがあったそうだ」
再び男達がざわつく。若い獣人で顔に見覚えがある、それも見たのはカイラ。谷底の獣人族は大人しいとはいえ、カイラやハンが住んでいた街からは一番近い獣人族の集落だ。カイラをちらりと見、首を振りつつ頭を抱える男もいた。その言葉の持つ意味に気が付いたのだろう。
すると、カイラがすっくと立ち上がった。
「ハン、回りくどい言い方はしなくてもいい。時間の無駄遣いだ」
凛とした雰囲気で言うカイラを暫く見つめていたハンは、ふ、と笑うと小さく頷いた。
「カイラの事情を知っている者が大半だとは思うが今一度説明をすると、カイラは俺と同じ街の出身だ。十七年前に街が竜人族に襲われ、カイラの娘、アイリーンが拐われた。以降カイラは作戦以外の時は各地の竜人族の集落を確認して回ったが、十七年経った今でも消息は不明だ。今回カイラがこの作戦に参加したのは、この先の獣人族の集落はまだ確認していなかったからだ」
男達がカイラを静かに見つめる。
「そしてそのお陰で、アイリーンがこの谷底の獣人族との間に子供を設けたことが分かった」
「そんなに……似てたのか?」
ナスコが尋ねる。カイラは感情の読めない厳しい表情のまま頷いた。
「生き写しだ。あれは間違いないよ」
「ああ……」
ナスコがうつむいた。ヒースの横に座るジオも、痛ましげな表情でカイラを見つめていた。
ハンがパン! と手を叩き注目を自分に集める。
「谷底の獣人族が人間を襲わず大人しかったのは、もしかしたらアイリーンのお陰もあるのかもしれない。それにまだ生きているとしたら、獣人族は俺達とは戦いたくないんじゃないか? であれば、何故今まで放っておいた谷の入口の鍛冶屋に手を出した? きっと何か、理由がある筈だ」
ハンが息継ぎをして、言った。
「俺はその理由を確かめたい」
「どうやってだ?」
「ヨハン隊が先行してるんだろ? あいつらはすぐに殺すぞ!」
男達が口々に言う。
「例の獣人は、カイラがアイリーンの名を呼んだのを聞いた筈だ。姿を見られた上で何も攻撃を仕掛けてこなかったのは、その所為もあると思っている。向こうもすぐに攻撃をしたい訳じゃない、そう思えるんだ。だから」
男達がハンに注目する。
「飛べる俺とヒースがヨハン隊と急ぎ合流する。ナスコ、この班を仕切ってくれ」
「分かった」
ヒースは隣にいるニアを見た。ニアは驚いた顔をしている。きっと自分もだろう。それを見たのか、ハンが少し声の調子を和らげてヒースに話しかけた。
「ヒース、ここはジオもカイラもいる、他のメンバーもまともな奴ばかりだからニアは任せても大丈夫だ」
ニアと、離れる。ニアの安全を考えればハンの言っていることの方が正しいのだろうが。
離れる? 自分から?
怖かった。昨日は甘えろと言われたばかりなのに、今度は離れろと言うのか。ハンの考えていることが分からなくなった。
すると、ニアがそっとヒースの腕に触れて掴んだ。
「ヒース、また会えるから」
そう微笑まれると、もう何も言えなかった。ヒースはただ無言でニアの肩に額を付けた。よしよし、と頭を撫でるニアの手が優しかった。
ハンが続ける。
「この班は予定通り進んで行って欲しい。何か変更がある際には、俺かヒースかカルかが連絡をする様にする。俺達は合流後、ヨハン隊と先行して獣人族の集落の様子を窺い、出来ればアイリーンかアイリーンの子供と接触を持ちたいと思う」
ハンがヒースを見た。
「俺達は散々これまで魔族を殺してきた。勿論奴らだって人間を殺した。だけどヒース、お前なら、ヨハン隊や俺と違って、損得勘定や勝ち負けだけじゃなく話し合うことが出来るんじゃないか、そう思ったんだ。協力、してくれないか」
今度はヒースが男達の注目を浴びる。
そうか、そういう意味があってヒースを連れて行こうとしているのだ。ヒースはニアの肩から頭を上げると、大きく頷いた。
「分かった」
それにヒースにはニアの属性が付いている。もし怪我をしても、回復の余地がある。
「ヨハン隊はすでに集落の手前まで到着していて、ヨハンが留めてはいるがいつ何時血の気の多い奴が我慢出来ずに先陣を切って行ってしまうか分からない。だから、俺とヒースはこの後すぐに向かうことにする。ヒース、荷物などニアと一緒になっている物があったら分ける様にな」
「分かった」
水属性の短剣は同じ袋に突っ込んでいたので、ヒースはこれにも頷いた。
「では、ここの痕跡を消した後、出発する。ヒースは荷物の仕分けが終わったら、クリフと俺の元へ来てくれ」
「うん」
クリフはカイラの足元でカイラを見上げていたが、話の細かい部分までは理解出来ずともこれからカイラと別れヒースと行動をすることは理解したのだろう、カイラに抱っこをせがんだ。
「カイラ、クリフはヒースを助ける!」
「……うん。宜しく頼むよ」
すりすり、と抱き合った後、カイラはクリフをそっと降ろした。クリフはカイラに手を振ると、ヒースの元へと飛んできた。
「ヒースー!」
「何だか久しぶりだなクリフ」
「クリフ、ヒースと一緒!」
ドン、と足にしがみついてきたので、ヒースは久々にクリフを抱き上げると肩の上に乗せた。横でヒースを見上げるニアを振り返る。
「ヒース、気を付けてね」
「うん、ニアも。カイラと一緒にいてくれよ」
「分かってるって。あの、ヒース」
ニアが言い淀み、次いでばっと羽根をいきなり出した。周りの男達が驚き食い入る様にそれを見ている。それはそうだろう、妖精族の羽根など滅多に拝めるものではない。
「これ」
前に千切った部分をまた手でブチッと大胆に千切ると、ヒースに手のひら大の羽根を手渡した。
「え」
「ヒース、持ってて」
どういう意味だろうか。
「お守り。離れるから、怪我があったりした時にちゃんと回復するか心配だから、だから肌見放さず持ってて」
そういう意味か。何事かと思った。
「あ、じゃあ紐にでも通して首からぶら下げる」
「いいわね、じゃあ出発前にさっとやってあげる。弓の紐、少し余分に持ってたわよね?」
「うん」
弓の弦が切れてしまった時様に、一定の長さに切った紐を数本持ってきていた。まさかこんな風に役に立つとは思ってもみなかったが。
「クリフも! クリフも!」
「うふふ、クリフにもあげるね」
「わーい!」
そう言うと、ニアは反対側の羽根から同じ様にブチッと引き千切ってみせた。やはりニアは大胆だ。
「ニア、なるべく早く獲物捕まえておくから、待ってて」
そうすればすぐに回復する。ニアは、ヒースの言葉ににこりと笑って頷いた。
次話は明日投稿します。




