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足りていないもの

 ヒースがハンに話していないこと。それを全て話して欲しいというのか。


 ヒースは首を横に振った。


「だって無理だよ、俺覚えてないから」


 首を振ったと同時に涙が飛んで行った。ハンの表情は優しいままだ。孫を見守る様なあの微笑みをしていた。


「そうじゃないヒース、その覚えていないこともそのまま話して欲しいんだ」


 ヒースの肩を握るハンの手に力が篭って、少し痛かった。


「覚えてないことを知って、何が分かるんだ?」


 ハンは何故そんなことを知りたいのだろうか。ヒースには理解出来なかった。分からないことを分からないと知ったところで、それが一体何になるのだろうか。


「ヒースが何を恐れているのか、何に苦しんでいるのかのヒントになるかもしれないからだ」

「恐れてる? 俺は、別に何も苦しんでなんか」

「それは嘘だ、ヒース」


 ハンの目があまりにも真っ直ぐ過ぎて、ヒースは急にこの場から逃げ出したくなった。肝心なことはまだ何一つ聞いていないというのに。


「ヒース、ジオはジェフじゃない」

「そんなこと、言われなくても」

「でもヒースの中では同じになってる様に思えるぞ」

「そ、そんなこと」

「じゃあさっき言ってたのは何だ。思い出さないとジェフみたいにジオが死ぬってのは、どういう意味だ」

「……それは」


 先程までの興奮状態が、急にすっと引っ込んでいった。言われてみれば、確かにおかしな話だ。母の話とジェフやジオの話は関係ない、繋がってなどいない。


 だが、ヒースは強烈にそう感じたのだ。何故だろう。


 ヒースの目を覗き込み、ヒースが落ち着きを取り戻したのが分かったのだろう、ハンの手の力が弱まった。


「すぐに答えなんて出ないかもしれない。でも、俺に話すことで考えがまとまるかもしれないぞ?」


 確かにそれはそうかもしれない。また悪夢にうなされてニアに手をぶつけたりしたくもない。


「本当に、覚えてないんだ」

「うん」


 ぽつり、ぽつりとヒースは話し出した。ハンなら分からないことでもそのまま聞いてくれそうな気がしたから。少しほっそりした顔が、一瞬ジェフに見えた。


 家族は父と母で兄弟はいなかったこと。


 父は射士で街の見張り台に立つのが仕事だったこと。


 母の顔だけ覚えていないこと。


 母は好きだったが、父に構われた記憶はあっても母に構われた記憶があまりないこと。


 父がいる時は、いい母親だったこと。


 十年前に街が魔族に襲われ、家の中で父が竜人族に斬られ絶命したこと。


 母は父に(すが)り泣き喚いていたが、その視線がヒースに注がれることはなかったこと。


 その後の記憶がぷっつりと途切れ、気が付いたら街の子供達と同じ箱に閉じ込められ、そこから奴隷生活が始まったこと。


 ジェフが幼い自分を助けてくれて、最期の時までヒースを気遣って逃してくれたこと。


 泣きながら火に追われてクリフ達を追いかけたこと。


 ジオと二人で過ごしていた間は毎日が楽しくて、何も思い出さなかったこと。


 ニアと出会い、次第に思い出すことが増えたこと。


 ニアといても、いないんじゃないか、いなくなるのではと不安になること。


 そして、ヒースの望みはジオを幸せにして、ニアを泣かせないこと。


 全てを話した。その間、ハンは一切口を挟まなかった。時折小さく頷くだけだった。


挿絵(By みてみん)


 こんなことで何が分かるのだろう、内容は断片的でまとまりもなく、何が言いたいのかヒース自身ですら分かっていないというのに。


「よし、分かった!」


 明るい笑顔でハンが言った。


「何が分かったんだ?」

「ヒースに足りてないのは、甘えだ!」


 ぽん、と肩を叩かれて言われても、全くピンとこない。


「ごめん、意味分かんないんだけど」


 ハンに話している内にかなり時間が経ってしまったらしく、男達が立ち上がり片付けを始めているのが遠目からも確認出来た。そろそろ戻らねばなるまい。


 ヒースが戻ろうとする素振りを見せたからか、ハンがヒースの肩を掴んでハンに向き直らせた。話はまだ続行ということらしい。


 居心地が悪かった。


「逃げるなヒース。お前は過酷な状況でずっと気を張りながら生きてきたんだなってのは分かる。だから無理矢理物分かりのいい大人になろうとしてるのも分かる。そうしないと目をつけられる環境だったんだろう?」

「俺、物分かりいいか?」


 ぽかすかジオに殴られてばかりな気がするが。


 ハンが頷いた。


「もっと弱音を吐け。お前の周りのお前の大事な人間にもっとぶつかっていけ」

「弱音なんて……」


 ジオに置いて行かれてようやく追いついた時は、本心のままぶつかったが。そういうことだろうか。


「誰もお前を嫌ったりはしない。少なくとも俺は、お前のことが大好きだ」

「……俺、口説かれてる?」


 あはは、とハンが笑った。


「そうだな、近いものはあるかもしれない」

「ええ……」


 ヒースが顔を歪めると、ハンが慌てて訂正してきた。


「そ、そういうんじゃなくてさ! 俺にとっちゃあヒースは可愛い弟分みたいな感じなんだよ! だからもっと我儘を言って欲しいし、もっと懐いてもらいたい!」


 きっぱりはっきりと、拳を握り締めながら宣言されてしまった。


 いつからこんな話になったのだろうか。獣人族についての情報が欲しい、という話をしていた筈なのに。ヒースが半ば呆れてハンを見返していると、ハンがふ、と笑った。


「俺はヒースの母ちゃんにはなれないが、でもお前の周りの皆でお前が欲しがってるものを埋めてやることは出来ると思うんだ」

「欲しがってるもの? それが母ちゃんと何の関係が」


 ハンの話は飛び過ぎててよく分からない。何を伝えようとしているのかも。


 ハンもどう伝えようか考えながら話しているのだろう、頭を掻きながら上を見たりヒースを見たりと落ち着きがない。


「あー、俺が思うに、お前とお前の母ちゃんはあまりうまくいってなかったと思う」


 薄々とそんな気がしていたことを、他人からはっきりと口にされ。


 ようやく、やはりそうだったのだ、と納得した。ハンが続ける。


「その所為かは分からんが、ヒースはとにかく人を優先し過ぎる傾向がある」

「優先? そんなことないよ。だって今回だって俺の我儘でジオを巻き込んだんだし」

「ヒース、それは我儘じゃないぞ」

「いや、だって俺とアシュリーがジオを焚きつけたんだし」


 『シオン救出大作戦』は半ばヒースがごり押しして始まったものだ。


 ふう、とハンが息を吐いた。もどかしそうな表情をする。どうやらハンが伝えたいことをヒースは理解していないらしい。


「ヒース、お前が言ってたお前の中の優先順位ってやつな、あれはジオとニアのことだろ。お前のことじゃない」


 言っている意味が分からなかった。男達が二人を呼ぶ声がした。


「今行く!」


 ハンが返事をすると、ヒースの肩を抱いて歩き始めた。


「じゃあさ、こうしよう。ヒースはこの旅の間に、ヒース自身が望むことを見つけて、それを俺に報告する」

「俺自身が望むこと?」


 これまでのは違うというのか。


「ムキムキになりたい、とかならあるけど」

「そう! そういうことだ! 何だあるじゃないか!」


 にこにことハンが微笑みかける。褒められて嫌な人間はいないだろう。従ってヒースも嬉しくなった。


「それを、見つける度に教えてくれ」


 それなら何とか出来そうだ。ヒースは頷いた。


「あ、それと、明日、全員に向けて作戦会議を開くことにするから。そうしたらジオももう誤魔化せないだろ?」


 お茶目にウインクしてきたハンを見て、ヒースはようやく屈託のない笑みを浮かべたのだった。

次話は明日投稿します!

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